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一手で伝える力 佐藤天彦九段―千田翔太五段:第2期 叡王戦 決勝三番勝負 第2局 観戦記

プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトの頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。
羽生善治九段も参戦し、激戦となった第2期叡王戦の本戦を勝ち抜いたのは、現名人・佐藤天彦九段と若き俊英・千田翔太五段。
新世代を担う2名の決勝三番勝負の様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。

叡王戦公式サイト

左から、千田翔太五段、佐藤天彦九段。

 12月11日。迎賓館和風別館「游心亭」。この場所で第2期叡王戦決勝三番勝負第2局が行われる。叡王戦の決勝戦といえば様々な場所で行われるが、今回の対局場には流石に私も驚いた。人生でこのようなところに仕事で来る事があるのだろうか? また、この大舞台で対局をする二人の心境はどうなのだろう? 

 そんな事を考えながら待っていると、対局者の千田五段が9時50分頃、対局室に入ってきた。千田五段は深々と頭を下げ、下座についた。直後に佐藤九段が威風堂々と対局室に入り、上座に座る。この時、佐藤九段には心の余裕を感じたが、千田五段はどこか落ち着かない様子に見えた。

 ピリピリとした緊張感の中、両対局者は駒をゆっくりとならべていく。寒さのせいもあるかもしれないが、佐藤九段の手は若干震えているようだった。佐藤九段は対局開始時刻になるまで目を閉じていた。棋士それぞれで対局開始を待つスタイルは違うが、佐藤九段はこれが一番落ち着くのかもしれないと感じた。

 千田五段も時間が経つにつれ、表情が少しずつ柔らかくなってきたように見えた。そろそろ対局開始の時刻かな?と思っていると、立会人の高橋道雄九段が定刻になったことを告げ、対局が始まった。対局者以外も息の詰まるような、長い長い10分間だった。

 序盤の何気ない進行だが、早い段階で佐藤九段に工夫の一着が出た。9手目の▲2五歩だ。部分的にはある形だが、先手が飛車先を早く突くのはほとんど見た事がない。形を決め過ぎの意味がある為、あまり指されない手。手の良し悪しは難しいところだが、将来突き捨てる筋もあり、悪手にはなりにくい手だ。13手目の▲3六歩はとても攻撃的な一手で、新手。後手の駒組みが甘いと、いきなり▲3七桂や、▲3七銀から▲4六銀などの攻め筋がある。どうやらこれが佐藤九段の用意してきた作戦だったようだ。

 しかし、千田五段も佐藤九段の作戦に怯む事なく、堂々と対応していく。午前中から両者一歩も譲らず、慣れない対局場で存分に持ち味を出している。

 局面は進み、高度な駆け引きが続く中、時刻は12時半を迎え、千田五段の手番で昼食休憩に入った。対局室には陽光が差し込み、盤上を照らすように輝いていた。

 昼食休憩も終わり、対局再開後は両者鋭く盤上に視線を向けている。再開の一手は力強く指された△8六歩だった。先手は▲同歩と取るよりないが、△8七歩が手筋。▲同金は△8六角で受けきれないと見て、本譜は▲6六角△8六飛と進行した。後手は拠点を作り、快調に攻めているようだが、やや攻め駒が軽いのが気になるところ。ただ、先手も攻められてばかりではつまらないので、そろそろどこかで利点を求めなければいけない。

 そんなふうに検討陣も私も考えていたところで、じっと▲5九金……。金は受けに使えという格言もある程だが、佐藤九段の将棋はどこまでも王道を行く。検討陣もこの手は誰も気付いていなかった。▲5九金が最善かどうかは分からないが、この一手は対局者の顔が浮かぶ一手と私は感じた。

 千田五段も△6五桂と攻撃準備を整える。互いに一手一手を丁寧に指し、刻々と時間は過ぎて行く。時刻は15時を回り、両対局者におやつが運ばれてきた。先におやつに手を付けたのは佐藤九段。ショートケーキを黙々と口に運んでいたが、ショートケーキが横に倒れて皿からこぼれ落ちそうになった時、一瞬、冷や汗をかいたように見えた。しかし、私の気のせいかもしれない。

 モニターで佐藤九段がケーキを美味しそうに食べるのを見ていたら、立会人の高橋九段が、私たちもおやつが欲しいよねぇ、と一言。観戦記を書くには対局者と同じものを食べないと伝えられないよね、と高橋九段から優しいアドバイスを頂いた。私は、そうですね、と微笑んだ。

 そんな会話をしていると、将棋は中盤から終盤に入ろうとしていた。45手目の局面(第3図)。ここは後手の一手で形勢が大きく揺れそうな局面と睨んでいた。後手の選択肢は二つあり、有力といわれていたのは△6五桂。何ともいえない桂打ちだが、次に△5七桂成▲同角△5五飛の狙いがある。その筋を防ぐ先手の手段はいくらでもあるが、検討では先手がどの変化を選んでもそんなに良いと思える変化は見つからなかった。

 実戦的には後手も指せそうだと考えていたら、夕食休憩の時間になり、対局者は早々に席を立つ。対局者にとって最後の休憩時間であり、最後の勝負所でもある。

 再開時間になり千田五段は△8六歩と力強い手つきで最後の勝負に賭けた。△6五桂に次ぐもう一つの候補手だ。佐藤九段も20分考え、▲4四銀と互いに信じる道を真っ直ぐに突き進む。54手目の△5四桂まで局面は進み、形勢はまだ難しいと検討陣は見ていた。しかし、ここで佐藤九段が受けの決め手を放つ。

 ▲5六銀。この手には△6六桂▲6五銀△4七角▲7九玉△6五角成の王手銀取りがあり、先手も相当怖い形だが、そこで▲4四桂と金の両取りを掛けておけば指せると読み切っていた。実戦は△6六飛▲同歩△3九角と迫り、千田五段は勝機を見いだそうとしたが、佐藤九段は冷静沈着だった。以下▲6八飛△6六角成▲同飛△同桂に▲5七角が好手。これ以上、後手は攻めを続ける事が出来ない。

 本譜は千田五段も懸命に粘ったが、佐藤九段に迷いはなく、佐藤九段が叡王に着実に近付いていると確信した。

 ▲4五桂の局面で千田五段は潔く投げた。時刻は21時39分。水面下での攻防にとても迫力があり、見応えのある内容だった。対局終了後は、感想戦の前に記者のインタビュー。両者、疲労もあったと思うが、質問に淡々と答えていたのが印象的だった。

 感想戦では様々な変化が検討され、後手も戦える手順があったように感じたが、全体的には佐藤九段が押していたように思える一局だった。

 感想戦後は打ち上げがあり、勝者も敗者も笑顔が多く感じたが、千田五段に先手の作戦は想定済みかと聞いたら、相手の作戦は考えずに出来る限り対応しようと思っていたという話を聞けた。佐藤九段2連勝で叡王戦優勝となったが、来春の電王戦ではPonanzaとの二番勝負が決まっている。勝利を喜びつつも、静かに先を見据えているような佐藤九段の表情がとても印象的だった。

 本局は序盤から高度な読みと意地がぶつかり合う大熱戦だったが、慣れない対局環境でも最後まで自分の将棋を貫いた佐藤九段が勝利を掴んだ一局だったと思う。千田五段もまた、大舞台で自分の信じた一手を指し続けた。見ている方にも将棋の面白さ、奥深さ、驚き、様々なものが伝わったのではないだろうか。

 棋士は言葉ではなく、やはり指し手で伝える事しか出来ない。楽しさ、苦しさ、嬉しさ、優しさ、閃き、熱意、感動。自分の生きた証が全て盤上での糧になる。その一手で何かが伝われば棋士は本望だ、と私は思う。

(阿部光瑠)

※本局・第2期叡王戦決勝三番勝負第2局の棋譜はこちら

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