電王戦・叡王戦をもっと楽しむ将棋講座 ―― プロ棋士と将棋AIのこれまでとこれから
プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。
ニコニコでは、将棋電王トーナメント及び叡王戦本戦トーナメントの開催に合わせて、「叡王戦・電王戦をもっと楽しくみるための将棋講座」を実施。解説役にプロ棋士の遠山雄亮五段と室谷由紀女流二段、将棋をたしなむゲーム実況者・セピア氏を聞き手に招いてトークショーを開催しました。
竜王・名人など将棋界のタイトル解説や、コンピュータ将棋の誕生から始まる電王戦・叡王戦の歴史、今期の電王戦・叡王戦それぞれの注目ポイントなど、盛りだくさんの内容をお届けします。
※本記事は、電王トーナメントおよび叡王戦本戦の開催前に行われたイベントの内容となります。
将棋界のタイトル解説
遠山雄亮五段(以下、遠山):
叡王戦・電王戦の話をする前に、まずはタイトルの話をしましょうかね。将棋界には男性の方には、7つのタイトル戦があって(竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖)、これらのタイトルを獲得するために、プロはみんな対局をしているわけですね。みんなトーナメントに参加という形でやるんですけど、今は竜王戦が将棋界では、一番賞金の高い、格の高い棋戦になってます。
セピア:
賞金ってどれぐらいになるんですか?
遠山:
竜王戦は優勝するとだいたい4000万円ってところですね。
セピア:
それは、対局料プラス賞金ってことですか?
遠山:
優勝賞金は4200万円だったかな、そこにプラスアルファってところかな。ちなみにタイトルを獲ると、他の全部の棋戦の対局賞金もあがりますし、イベントとかのお金も上がるんで、たぶんタイトル獲ると、その倍ぐらいは収入になるんじゃないかと、勝手に想像しています。
セピア:
だいたいその対局でほぼ1億、その対局と関連で1億ぐらい行くってことですかね。すごい世界ですね。
遠山:
だいたい1億は行ける世界ですね。プロの世界なんでね。それぐらい夢があって、いいかなって思いますけど、改めて話すとすごい額。
続いて、名人戦というのが、歴史としては一番古くてですね。これは、江戸のころからあって、400年ちょっとの歴史があります。昔は名人しかなかったんですね。
セピア:
将棋がルールとして確立したころからある称号ってことですよね。
遠山:
はい。昔はこの名人を江戸の将軍様に認めていただいて、将軍様からお金がもらえるみたいな仕組みだったんですね。そうやって、将棋の棋士って成り立っていたんですけど、それが今タイトル戦って形で、みんなで勝ち獲るモノになったんですね。
セピア:
ある意味、江戸時代から400年ぐらい脈々と続く歴史の中で、他の派生してきているタイトルもあると思うんですが、基本的にはそういう系譜を継いでいる、ものすごく歴史のあるものですね。
遠山:
そうですね。この中で、一番新しいのが王座戦、それが1983年ですから、だいたい30年ぐらいですかね。短くても30年、確か棋聖戦は、100年に近いぐらい回数を重ねてまして、そうやって、どれも歴史に彩られたものだと思いますね。
セピア:
ちなみにこの中ですと、私の感覚だと竜王と名人が「二大タイトル」って言うようなイメージなんですけれども、
遠山:
そうですね。一応将棋界の7つの中でもランクがあって、竜王、名人、王位、王座、棋王、王将、棋聖ってランク順になっているんですね。
将棋指しとしては、ランクが上の物を獲ったほうが良いですけども、プロになった以上は、タイトルを獲るってことが、棋士人生の最大の目標になるわけですね。
セピア:
言葉がカッコイイですよね。
遠山:
私今五段ですけど、この五段の部分がタイトルになるんです。遠山雄亮竜王みたいな感じになるんです。それ、なかなかならないんですよ。多分今の現役棋士の一割も獲ってないと思う、だから誰もが獲りたい、そのために頑張っている。
セピア:
二冠になると、竜王名人になったりすると。
遠山:
そうですよね。カッコイイですよね。羽生さんはずっとこれを何十年と持ち続けている。
セピア:
一冠も持ってない時期ってないですよね。七冠で騒がれたのが、ちょうど20年前かと思うんですけれども。
遠山:
そのちょっと前ぐらいからタイトルを持ってたので、そこから今に至るまで、ずっとタイトルを持ち続けているんです。さっき何パーセントかっていいましたけど、将棋界のタイトルの6割ぐらいは、羽生さんが持ってる、この何十年の間に。
セピア:
この中で19年防衛していたタイトルもありましたからね。
遠山:
王座戦がそうですね。19年23期です。23年間は羽生さんが王座だったんです。その間誰も王座じゃないですからね。ほぼ、羽生さんが持っていたんですけど、その間に獲ったり獲られたりとしてるわけですね。
室谷由紀女流二段(以下、室谷):
ちなみに永世○○とかあるじゃないですか? 何期とれば永世になるんですか?
遠山:
難しい質問ですね。モノによって違いますけど、名人だったら5回、永世ってつくものを獲るってことは、もっとすごいことなんですよ。今たぶん5人ぐらいしかいないんじゃないかな?
セピア:
永世になると、対局料ですとか、そういった実際の収入や待遇も変わってくるんですか?
遠山:
そうですね。実際の待遇も変わりますし、将棋界の棋士の格として、永世称号を持つということは、それだけの格になるということですね。タイトルを一回持つのとは違うという意味になりますね。
室谷:
羽生先生は竜王以外永世なんですよね。
セピア:
そうか逆に言うと、竜王が……
室谷:
あと一期で、永世七冠?
遠山:
他に複数永世を持っている人はいないですからね。羽生さんだけ6、あとみんな1です。渡辺永世竜王、谷川永世名人、森内永世名人、佐藤康永世棋聖とか、みんな単独なんで。
セピア:
ちなみに女流のタイトルは?
室谷:
6タイトルあります。女流王座戦と女流王位戦、女流名人戦、女流王将戦が被ってます。あと、倉敷藤花戦、マイナビ女子オープン。
セピア:
マイナビ女子オープン、名前だけ聞くとゴルフみたいですね。
室谷:
そうですね。マイナビさんがスポンサーしてくださっているんですけど、タイトルを獲ると女王になります。
遠山:
室谷さんこの前もう一歩で女王だったんです。室谷さんがもし女王を獲ると、女王ってあだ名確定か、と思ってたんですよ。なんでかって言うと、室谷さん名前がユキって言うからユキの女王なんですよ。
セピア:
今コメントに「むろとゆきのじょおう」って出てきましたよ。
遠山:
でも、室谷さんもタイトルが近いんでね。女性だったら室谷さんを応援してれば、今タイトル戦に近い女流棋士だと思いますね。
セピア:
というわけで、男性棋士のタイトルと、女流棋士のタイトルについて、お伺いしたわけですが、次に、こちら将棋AIの話に移らせていただきたいと思います。
将棋AIの歴史
セピア:
こちらですね。簡単に将棋AIの歴史ということで、見ていきたいと思います。歴史の年表のようなものが用意されていますが、まず「1975年世界初のコンピューター将棋ソフト開発される」。40年ほど前ですね。このころの処理能力では、「一戦行うのに年を越す程度の日数がかかっていた」という。
遠山:
ソフトとかカードの能力とかあるでしょうからね。
セピア:
「80年代中盤に初期のゲーム機に将棋ゲームソフトが販売される」ということで、ファミコンカセットとか、ちょこちょこ一般ユーザーにも触れる機会が出始めて、1990年日本で平成になった直後ぐらいで、世界コンピュータ将棋選手権というものが開催されて、その後年一回の定例のイベントとなってきて、そして95年にアマチュア初段レベルに達した。
これすごいですね。対局するのにまる一年かかっていたものが、アマチュア初段って行ったら、そこら辺の人捕まえてやったらだいたい勝てるぐらいの。
遠山:
そうですね。
セピア:
2005年に「激指」っていうソフトが、アマチュアの竜王戦に出場して、なんとベスト16という快挙がありまして、話題になりました。
遠山:
そうですね。これは、段で言うと五段ぐらいになった。かなり強くなったという感じですね。
セピア:
進歩のスピードが、2005年でアマチュア五段という事で、アマチュアの中では最強レベルって言う段階に来て、そして、2011年将棋の電王戦がスタートして、2015年電王戦Final、そして発展的に叡王戦が始まったということで、この頃になると、アマチュアだけじゃなくて、プロの先生方と闘っているという、こちらがイベントとして注目されるようになってきているというところですね。
米長邦雄永世棋聖と将棋AI
セピア:
そして、米長先生と将棋AIの対局。今から4年半前ですね。
室谷:
結構話題になりました。世間でも。
セピア:
対局前からかなり話題になってましたね。
遠山:
この頃から、プロ棋士は表ではコンピューター将棋とは指してはいけないとなっていたんですね。プロが負けるって瞬間をあまり見せないようにしようという、そういう中で米長永世棋聖はこの時引退されていたので、引退した棋士とならどうなのか?っていうのが第一回の電王戦ですね。
室谷:
電王戦の記念すべき第一回は、当時の将棋連盟会長の米長永世棋聖と将棋AIのボンクラーズの戦いでした。ことの発端は、2010年の10月女流棋士代表の清水市代、当時女流王位女流王将と二冠のとき、コンピューターソフト「アカラ2010」と対局して、アカラ2010が勝利しました。
そのあと、日本将棋連盟会長だった米長永世棋聖が、次は引退棋士の代表として、コンピューター将棋と対局すると雑誌上で述べたそうです。そのアカラ2010は、4つの将棋AI「激指」「GPS将棋」「Bonanza」「YSS」という名前のソフトが合議制、多数決で指してを決定するソフトとなっています。
セピア:
ということは、4つのソフトの連合軍というか、人間で言うと4人のプロ棋士の先生がう~んと考えて、「おまえどの手がいい? 俺この手がいい?」って言って、話し合って、4人の力でやってるようなそういうイメージ。
室谷:
そうですね。話し合いですよね。第一回将棋電王戦の対局日は2014年1月14日、米長会長とボンクラーズの対局は将棋会館で行われまして、先手先に刺しました。ボンクラーズが勝利しました。
対局前に行われた会見時に、この対局を第一回電王戦とまして、以降継続的にプロ棋士との対局が行わると発表されました。
セピア:
なるほど。引退棋士とは、ご本人がおっしゃってましたけど、米長先生もかなりの実力の持ち主の方だと思うんですけど。
遠山:
先程も出ましたけど、永世棋聖を持っているので、当然超一流棋士だったわけですね。
セピア:
そんな中で、勝ってくるっていうボンクラーズの強さというのがここに来て際立ってますね。
室谷:
そうですね。また、勝ち負けについても当時反響はありましたけれども、米長会長は、勝ち負け以外に将棋界にとって大切なことを考えて対局をされていたようです。米長会長は、この立ち上げ前に中央公論の中で次のように語っていらっしゃいました。
「私もね、将棋ファンが何を望んでいるかくらいわかります。ファンは羽生善治や渡辺明といったトッププロとコンピュータの対局を見たい。でも私は、「どちらが勝った」「どちらが負けた」という話にもっていくのではなくて、人間とコンピュータの協力関係をとにかく長続きさせたいんです。「考える」ということについて、人間がコンピュータに勝てないというときが万が一来たとしても、お互いがお互いにとってマイナスにならないような関係でありたいと思うんです。そういう関係を作り上げるのが会長の仕事だと考えているんです。」
遠山:
これね、すごいですよ。これ2011年に出ていた雑誌に書いてあった記事なんですけど、今ならこういうことを言える棋士もたくさんいますけど、この時点でこういうことを言えたってのは、流石としか言いようがないです。
セピア:
そうですね。私これを今お聞きして、ゾクッときてます。
遠山:
他にも永世棋聖のPVとかあるんですけど、今見るとその価値がわかるってことが結構あって、この事この段階で言ってるんだみたいなこと結構あるんですけど。
セピア:
先も見通しているし、勝負、将棋界というかある意味、人間とコンピューターAIとの全部を考えているような、ものすごい。
遠山:
まだ当時、そんなに将棋界はコンピューター将棋の事がわかってなかったですから、こんなに強いのかと誰もわかってなかったような感じだった中で、こういう話しているので、これはすごいなと、これから電王戦の第一回があってから、コンピューター将棋ってやっぱすごいなとみんなが思うようになって、だんだん電王戦が世間でも広がってって、今に至ると、今は叡王戦と電王戦と2つの形ができたと、将棋界も2o11年は清水さんがやって、2012年に米長永世棋聖がやって、そっから今に至るまでAIと戦い続けてるんです。
AIとここまで真剣に向き合っている業界って、なかなかないんですよ。侵略してくるAIと闘っているみたいな、そういうことを電王戦でずっとやってきているってことは、少しずつ話として出てくると思いますし、貴重なものになってくると思います。
セピア:
いやぁ、本当にものすごく含蓄に富んだというか。
遠山:
そうです。パフォーマンスは上手ですけど、こういう先見の明があるわけですね。
室谷:
ただ残念ながら2012年に…
遠山:
そうなんですよ。ボンクラーズに負けたあとから急に体調を崩されてしまいまして。コンピューターに負けて、急にガクッと来てしまったのか、それが残念な。
セピア:
今仮に生きていらっしゃったら、今のこのAIとの電王戦と叡王戦という形って、喜ばれているでしょうか?
遠山:
そうですね。それは喜ばれていると思います。
叡王戦と電王戦ってなんなの?
遠山:
その叡王戦と電王戦なんですけれども、叡王戦というのは、人間のトーナメントなんですね。ここで人間の優勝者チャンピオンを決めて、もうひとつ電王トーナメントというのがあって、ここでコンピューターのチャンピオンを決めて、その優勝した同士が電王戦をやる、という今の形になったんですね。
セピア:
ちなみに、先程竜王戦とか名人戦とか出てきましたけど、こちらのタイトルとはまた違うものってことですよね。
遠山:
そうですね。電王戦自体はタイトル戦ではないんですよね。ニコニコで有名なNHK杯と同じトーナメント戦のなかで叡王戦というのはナンバー1なんですけども、タイトル戦ではない形。
セピア:
ということで、米長先生の意志が、受け継がれている叡王戦、電王戦ですけれども、今はそれぞれのコンピューターのトーナメント、あとは、プロの人間の棋士の方の勝者同士が対戦するというそういう形式になっていて、人間の勝者を決めるのが叡王戦、コンピューターの勝者を決めるのが将棋電王トーナメント、この勝者が対戦するのが、電王戦とういことですね。
昨年の第一期の電王戦では、山崎隆之叡王が、AIのponanzaに惜しくも二連覇となりましたということですね。こちらはどうでしたか、ご覧になられてて。
遠山:
結果としては残念だったですけども、ponanzaがやっぱり強いなというのはありますね。電王戦って最初のころ人間が負けると、すごいガッカリされてたんですね。人間が負けて、ちょっと出た人のブログのコメントが荒れたりとか、すごい人間が負けたことに対してネガティブだったんですけど、今回の電王戦ではですね。
山崎さんが負けた時に、割りと世間がよく頑張ったと言ってくれるような感じになってた。三年ぐらいで、コンピューターに負けることを世間でも受け入れられつつあるかな?というのが、今回の電王戦を見ていた感想ですね。
セピア:
でも、山崎先生ほどの方が負けるってことは、もう見ている方々が、そういう認識になり始めてるっていう……
遠山:
それだけの実力をソフトが持っているってことで、また、人間の頑張りも認められてるっていうところなんだと思います。
セピア:
こういう事をお聞きしてしまうのは申し訳ないというか失礼かもしれませんけど、ドンドンAIが強くなってきている事に対して、わだかまりみたいなものはあるものですか?それとも自分の研究の相棒になるから、ドンドン強くなって欲しいというそっちのご希望のほうが、思いの方が強いんですか?
遠山:
私はコンピューターの進化というのは止められないと思っていますので、コンピューターが強くなるのは当然、人間が追い越されるのも当然だと思っています。違和感とかはまったくないですね。
ただ、それは人によって感じ方は違うと思いますけど、世の中的にはおそらく、いろいろな事に対して、そういう受け入れをしなければ行けないようになってくると思います。
セピア:
見る人の目がどうなっていくか?っていうのも含めての。
遠山:
そうですね。電王戦というのは、そういう実験の場というのはいいすぎかもしれないですけど、川上会長のそういった意思があって、コンピューターに人間が負けることを受け入れる場でもあるという感じのストーリーもありますね。
セピア:
そういった第一期電王戦にまつわる今後のAIに対するお考えもおありとあると思いますけど、まず、枠組みについてお伺いできますでしょうか?
叡王戦、電王戦トーナメントの中身はどういうものなのか?
叡王戦の紹介
室谷:
はい。では、まず叡王戦のご紹介をさせていただきます。叡王戦はエントリー制のタイトルとなっておりまして、段位別にトーナメントを行い本選出場者を決定いたします。本戦の出場枠は16枠ありまして、1枠は現叡王、山崎叡王ですね。残りの15枠を四段から九段に段が高いほど多くなるように振り分けられています。今期の叡王戦では、四段が1枠、五段から七段が2枠、八段が3枠、九段が5枠となっています。
セピア:
なるほど。高段位の方になるにつれて枠が多くなってきているということですね。このシステムでいうと、若手の棋士の方にもチャンスがある。
遠山:
私は五段ですけど、五段には2枠あるわけですから、そこには五段じゃない人はいないわけですよ。羽生さんとかもいないわけですから、やったろうと思うのは、自然ですよね。
セピア:
ちょうど昨日今年の本戦トーナメントの抽選会が行われたそうで。羽生さんと山崎叡王がいきなりぶつかるという。
遠山:
続いては、将棋電王トーナメントの紹介をしていきます。