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藤井聡太の現実離れが止まらない──藤井四冠(竜王)誕生という現実に追い詰められるラノベ作家の“藤井VS豊島”竜王戦観戦レポート

文/白鳥士郎

 

りゅうおうのおしごと! 完。

 

……って、思わず6年以上続けてきた作品を終わらせてしまいたくなっているラノベ作家です。
 みんな俺が頭抱えてるの、期待してるんでしょ? 頭どころか膝まで抱えてるよ……。

 だって史上最年少でタイトルを獲得したり十代で竜王を獲得したりする話を書くに当たって、私は現実に相当配慮したんですよ……。
 すんなりタイトルを獲ったり防衛したりせず、常にフルセットの4勝3敗でギリギリの勝利にしたり。タイトルを獲得した反動で連敗したり……。

 けど現実が『ストレートの4連勝で竜王奪取。しかも史上最年少四冠。おまけにその日は師匠の誕生日』なんてコンボ決めたら「もうやーめた」ってなりません!?
 これがラノベや漫画だったら間違いなく最終回を迎えていますよ!
 だってこれ以上どうやってストーリーを盛り上げたらいいんですか? 11月17日は『将棋の日』なんですけど、その日に宇宙から将棋星人が攻めてきて、今度は今まで戦った渡辺名人や豊島先生と仲間になって将棋星人を迎え撃ったけど実は藤井先生はその将棋星人の弟だった……!! くらいの話にしないと続けられなくないですか?

 だって第4局の将棋とか、終盤で豊島先生にチャンスがあったじゃないですか?
 藤井先生は持ち時間が9分しかなくて。
 豊島先生は2時間以上も時間を残してて、解説の三浦九段も「これ、踏み込んだら豊島さんの勝ちなんじゃないでしょうか?」って言って。
 そして豊島先生は考えて、考えて、考え抜いて……勝つために踏み込んで。それは正しい一手で、勝利への階段に確かに足をかけていて。
 けど途中で少しだけミスをして。
 そしたら藤井先生は、1分も使わずにその手を咎めて・・・・・・豊島先生の玉を詰ましてしまったじゃないですか。
 つまり終盤で読んでる量が桁違いだってことだと思うんですよ。『あ、その手はこういう理由で悪手なんですよ。それならこれでこっちの勝ちですよ。私はもっと別の最善手を読んでたんですけど』……藤井先生はそんなことは絶対に言いませんが、負かされたほうはそんなふうに思ってしまうんじゃないでしょうか。
 豊島先生って令和初の竜王名人になって、三冠王にもなって、今もレーティングで藤井先生に次ぐ2位で。
 将棋界で2番目に強い人より遙かに強かったら……いったい誰が倒せばいいんですか?
 これから先、藤井先生は誰を倒せばいいんですか?

 ちょうど現実の将棋界がインフレしすぎてドラゴンボール状態になってるという記事を書いたところだったんですけど、本当にそんな感じですね。もう何が起こっても驚きません。

 けど三冠になったとき「明日までに記事書いてください!」って言われて、それと同じことを2ヶ月後にまたやることになるとは思いませんでした。
 大変ですけど……やっぱり『竜王』は作品のタイトルにも使わせていただいているので、色々と思うことはあります。こういう機会をいただけたニコニコニュースオリジナルさんには感謝しています!

 今回の竜王戦で私が最も印象に残ったのは、第2局でした
 決着局となった第4局の前に行われたインタビューで、豊島先生もこの将棋について触れています。

「2局目の将棋が、序中盤で失敗してしまって。(第4局は)それと同じ先手番なので……」

 と、悔いが残っているような口ぶりでした。
 実はこの対局は、藤井先生が勝てば両者の通算成績が逆転するという将棋でもありました。お互いに9勝9敗という節目に当たっていたのです。
 最初は藤井先生を相手に6連勝していた豊島先生でしたが、王位戦・叡王戦のダブルタイトル戦の途中から差を詰められて、遂に竜王戦第1局で完全に互角となりました。
 立場が入れ替わるか、それともここで勝って「まだまだ通算成績では上回ってる」と自信を持つことができるのか。
 タイトル戦の行方というだけではなく、今後の2人の力関係をも左右する一局だと感じ、注目していました。

 さて、ではどんな将棋になったのか。
 豊島先生は序盤から積極的に動いていきました。竜王戦では最初の先手番ということもあって綿密に組み上げた作戦をぶつけていった印象です。
 角が見たこともない場所まで繰り上がって行き、かと思えばその角がひらりと身をかわす。28手目までの消費時間は藤井先生が1時間を超えていたのに対し、豊島先生はわずか11分
 研究が見事に刺さったか。そう見えました。
 しかし……研究を抜けたその先で、藤井先生があまりにも……あまりにも、見事な対応を見せます。
 豊島先生が行った端攻めを、何と藤井先生は無視して角を攻め立てたのです!
 最前線まで上がっていた豊島先生の角は自陣の奥まで押し戻され……そして藤井先生は3四歩と反撃を開始します。

 豊島先生もこの3四歩を「すごく味のよい手です」と終局後に賞賛しました

 2日目からは、豊島先生の指し手は精彩を欠いていました。粘ることもできず、最後は一方的に攻められて70手で投了。最初は多く使っていたはずの藤井先生の持ち時間は、終わってみれば1時間以上残っていました。

 端攻めを無視しても大丈夫という、藤井先生のおそるべき大局観。
 しかも相手は超トップ棋士なのです。
 藤井聡太といえば詰将棋で培った終盤力が際立っていましたが……今はもう、終盤で競り合うよりも早く勝負を決めてしまう。
 以前の藤井聡太とはバージョンが変わったように見えます。


 そういえば、王位戦が始まる前に豊島先生にインタビューさせていただいた際、印象的だった言葉があります。

『でも、ソフトはいいですよね。間違った成長をしたら、バージョンを戻せばいいだけだから。人間は、そうもいかないので』

 豊島先生は藤井先生よりも古いソフトを使って研究をしていたので、今までは、そのソフトによって染みついた感覚というのが、藤井先生を戸惑わせていたのかもしれません。
 自分の将棋のそういう部分に藤井先生が興味を示しているのであろうことを、豊島先生も認めていました。

 しかしあの発言は、最新のソフトを使って感覚を磨き続けている藤井先生がいずれ自分を抜き去ってしまうことへの危機感も同時に抱いていたように、今は思えます。

 自分はその感覚が間違って成長してしまった。それを今から修正するのは簡単ではない……豊島先生ほどの才能をもってしても『自分を変える』というのは、容易なことではなかったのでしょうか……。

 

 でもそこからの展開が早すぎませんか? しかも王将リーグは無敗で独走態勢築いてて今年度中に五冠チャレンジも視野に入ってきてるし……。

 そうそう。王将戦といえば、こんなエピソードがあります。
 実は豊島先生が初めて挑戦したタイトルが王将戦でした。相手は『さばきのアーティスト』久保利明王将(当時)。
 この第一局に敗れた豊島先生は、翌日、将棋大会に集まった子供達の前で、こんなスピーチを行いました。

「将棋は本当に楽しいです。昨日負けた私が言うのですから、間違いないと思います」

 結局、豊島先生は王将を獲得することはできませんでした。そして初タイトルの棋聖を獲得するまで、実に10年近くもの月日を要したのです。
 ダメでもダメでも、諦めずに何度でも挑戦者になり続けることで。

 なお、20歳で王将戦の挑戦者になるのは史上最年少記録であり、その記録は現在も破られていませんが……今期もし藤井竜王が挑戦者となれば、その記録も抜くことになります。


 さて。
 将棋界のタイトルの半分を手に入れてしまった藤井竜王ですが、今後、世間の興味はおそらく「残りの半分を獲得することはできるか?」という点に集中すると思われます
 この点で興味深いインタビューを行った本があります。
 観戦記者の鈴木宏彦さんが執筆した『藤井聡太の軌跡 ~400年に1人の天才はいかにして生まれたか』の冒頭には、鈴木さんと藤井先生のこんなやり取りが記されていました。


 ――最年少名人。そして、史上初の八冠完全制覇は可能だと思いますか

 藤井竜王は「現時点ではどちらも現実的な目標ではありませんが」と慎重に断りを入れつつ、こう答えています。

「これから自分の実力が上がれば最年少名人も八冠も可能性としてはあると思っています。自分は四段になってから、レーティング的に250点くらい上がったと思う。あと250点くらい強くなれれば、その可能性はあると思っています」

(画像は「藤井聡太の軌跡 ~400年に1人の天才はいかにして生まれたか」より)

 藤井聡太にとって、八冠制覇は『目標』ではないのです。
 それは強くなった先に……レーティングが上がっていった先に確率論的に発生する『現象』なのです。
 それ故に、私は予言します。

 このまま他の棋士がバージョンを変えようとしなければ、藤井聡太八冠は誕生すると。

 

 藤井先生は少し前からインタビューで、従来のソフト『水匠』に加えてディープラーニング系のソフトである『dlshogi』も使用していると述べています。
 このきっかけは水匠の開発者である杉村達也さん(@tayayan_ts)との対談でした。
 さらに藤井先生は、互角局面からソフトと将棋を指すというトレーニングも取り入れていると、別のインタビュー記事で語っています(【藤井聡太×広瀬章人】将棋研究2.0 第71期王将リーグ特集 )。
 それは、ソフトの示す手順を暗記するといったような研究とは明らかに一線を画しています。
 人間同士の対局では現れないような未知の局面でも、ソフトと均衡を保ち続けることができるよう、ソフトと自分の感覚をすりあわせていくような……。


 その発言を受けて、将棋ソフト開発者たちも動きました。
 dlshogi開発者の山岡忠夫さん(@TadaoYamaoka)は、このインタビュー記事が公開された2日後に、互角局面集を公開しています。
 さらに山岡さんは人間がdlshogiを検討で用いやすいように評価値のスケールを調整しました。
 dlshogiは内部では評価値ではなく勝率で局面を評価しているため、その変換用に使っている式の影響で、水匠と比較する際に「若干大げさと言われることがある」評価を出してしまっていました。
 そこで山岡さんは水匠と近い値が出るように調整したファイルを公開し、そのことをツイートしたのです。
 そんな山岡さんのツイートに、たった一人だけ「ありがとうございます」とリプを飛ばしたプロ棋士がいました。
 渡辺明名人@watanabe_1984)です。

 

 今、名人は本気で自分を変えようとしているように見えます。そして、それを隠そうとしていない
 早ければ再来年の春にも名人挑戦者として自分の前に現れる可能性がある藤井新竜王を意識して、同じようにdlshogiを使用し、自分のバージョンを変えようとしています。
 もしかしたらその名人戦は、藤井聡太『七冠』との、将棋史上に残る大一番になる可能性もあります。

 渡辺明という棋士は、史上初めての永世竜王を羽生善治と争って勝利しました。その勝負は二日制の将棋では初めての3連敗からの4連勝という壮絶な戦いであり、将棋史上1、2を争う名勝負です(『りゅうおうのおしごと!』5巻のモデルにもなっています)。
 しかしその後、倒したはずの羽生善治によって竜王位を奪われ、史上初めての永世七冠誕生という偉業を目の前で達成されてしまいます。
 そこから己の棋風を改造して、縁が無いと半ば諦めかけていた名人というタイトルを掴みました。
 そして三冠を獲得し、第二の全盛期とも呼べるほど強くなった渡辺名人の前に現れたのが……藤井聡太という少年でした。
 渡辺先生は棋聖を奪われ、今度は史上最年少タイトル保持者を目の前で誕生させてしまいます。
 これを機にさらなるバージョンアップを完了させ、第三の全盛期を迎えるのか? それとも……。

 

 ……ところで藤井竜王がどんどんタイトルを増やしていってしまった場合、『りゅうおうのおしごと!』をどうしようかという話を編集さんとしました。
 現実に置いて行かれてショボくなってしまう作品を今後どうやって売っていけばいいのかを……。
 ヤケになってた私は言いました。

「もういっそのこと藤井先生のタイトルの数に合わせて読み放題にしましょうか(笑)」
「それいいですね! やりましょう!!」
「え……」

 そんなわけで『りゅうおうのおしごと!』は現在4冠……いや4巻まで読み放題です! この機会にぜひ読んでみてください。いかに私のラノベが将棋界に配慮していて、現実がムチャクチャやってるか、わかると思います(涙)

 今のところ15巻まで出てるので、仮に藤井先生が八冠になったら何とシリーズの半分以上が読み放題に! 破産するわ!!

 そんな事情もありますので、私はぜひ渡辺先生に頑張っていただきたいのです……。本当に……。


 最後にニコニコニュースさんだからこれも言っとこうと思うんですけど……ニコ動で無料公開してるアニメ『りゅうおうのおしごと!』1話が、藤井先生がタイトル取るたびに祝賀会場みたいになってるんです……。
 そして遂に100万再生しました。アニメの放送が終わった時は50万再生くらいだったと思うんですけど。タイトル1つで12~3万再生されるみたいです。こんなところにも影響が出るんですねぇ……。

(画像はりゅうおうのおしごと! 第一局「押しかけ弟子」より)
(画像はりゅうおうのおしごと! 第一局「押しかけ弟子」より)

(了)


  藤井四冠が誕生したことにより、各電子書籍サイトにて1~4巻が読み放題となっている『りゅうおうのおしごと!』

 史上最年少で竜王となった16歳の少年が9歳の女の子を弟子に取る、ハートフル将棋ストーリーです。シリーズ15巻まで刊行中! 現実のほうがハチャメチャなことになっていますが、白鳥先生曰く「まだ終わりません」とのこと。

 また、15巻が始まる前にヒロインの雛鶴あいちゃんが髪を短くしたんですが、その経緯を綴った短編が電子書籍版でのみ発売されます。

(画像は『りゅうおうのおしごと! 15.5巻 ~髪を切った理由~』より)

・『りゅうおうのおしごと! 15.5巻 ~髪を切った理由~』予約注文はこちらから

 ハチャメチャな現実に追い詰められる『りゅうおうのおしごと!』。そんな現実と戦うため、白鳥先生にはどうやら秘策があるようで……。こちらも注目です。

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