ボカロP吉田夜世が自身の転換点だったと語る『零度』制作秘話──「音数を詰め込んで曲を作ることが多かったが、音数の少ないアプローチで制作した」【はじめて聴く人のためのインタビュー】
人気ボカロPの楽曲をプレイリスト化し、それを元に本人から様々なエピソードを訊く本インタビュー企画。
今回は今年2024年のボカロシーンを語る上では欠かせないこの人、吉田夜世さんが登場!
重音テトによる楽曲「オーバーライド」は2023年11月の公開からじわじわと再生数を伸ばし、2024年突入後に大きくブレイク。
ランキングトップを独走していた原口沙輔「人マニア」の快進撃に歯止めをかけるなど、その躍進はボカロ好きであれば周知の通りだろう。
そんな「オーバーライド」や、プロセカ公募コンテストにて採用された「I know 愛脳.」ほか、今まさに大勢から注目を集める楽曲の数々を手掛けた吉田夜世さん。
彼のルーツから創作ノウハウ、最近お気に入りのボカロ曲まで。今回は多彩な角度から、その人となりに迫るインタビューともなっている。
取材・文/曽我美なつめ
■DTM&ボカロのルーツは音ゲーから
──吉田さんも元々、ボカロP以前に音楽活動経験があったんですよね。
吉田夜世:
音楽を表現する側になったのは高校時代の軽音楽部からですね。元々は中学の頃に、ギターをやっている友人が楽器を買い替える際に使っていたものを譲ってもらってギターを始めていて。その後高校に進学して軽音楽部でバンドを組んで、なりゆきで僕がギターボーカルになった、って感じです。
──音楽を聴く側として楽しんでいたのは何歳頃からですか?
吉田夜世:
小学校高学年ぐらいからです。当時はGReeeeNやコブクロが好きでした。その頃からずっと、いわゆるJ-POPな音楽が好みではありますね。バンドを始めてからもONE OK ROCKやRADWIMPS、BUMP OF CHICKENなんかが好きでしたし。
──その後大学でも引き続きバンドをされて、4年生の頃にDTMを始められたということで。当時すでにオリジナル曲は作られていたんですか。
吉田夜世:
初作曲としては高校生の時に作った1曲があります。当時はギターのタブ譜制作ソフトでギターとドラムの譜面を作って、メンバーに演奏法だけを書いた紙を配って。ソフトでチープな音を鳴らしつつ、こういう感じの曲になるから、って説明しながらやってました。本腰を入れてDTMを始めてからも練習としてオリジナル曲は作っていました。とはいえ、今とは違ってインスト曲ばっかりでしたね。
──DTMでの曲作りに興味が湧いたきっかけは何だったんでしょう。
吉田夜世:
元々、中学の頃から音ゲーもすごく好きだったんです。「太鼓の達人」とか「Project DIVA」とか。当然ゲームの収録曲がDTMで作られていることも知ってたので、それを作る側にもずっとうっすら興味はあって。ただ、1回高校の頃に無料のDAWソフトをいじってすぐ挫折したんですよ。「こんなんできるか!」って(笑)そこから一旦遠ざかってたんですけど、大学の時にたまたまCubaseがセールをやっていて。買ってみるかあ、と思って購入して、DTMに再挑戦してみた形です。
──ということは、ボカロの入口はやはり「Project DIVA」で?
吉田夜世:
そうですね。当初はボカロ曲って、DIVAに入っているもので全部だと思ってたんです。でも動画サイトとかで調べたらどうやら他にも大量にあるらしい、と。当時プレイしていたのがDIVA 2ndだったので、初プレイ時友達にオススメされて遊んだ「愛言葉」がいわば最初に触れたボカロ曲ですね。そこからボカロを知って以降、当時は特にkz(livetune)さんの曲が好きでした。「Yellow」とかよく聴いてましたよ。
■曲制作はサウンド先行!直感や思いつきの発想を大事に
──楽曲を作る際は、どんな所から発想やアイデアを得るんでしょう。
吉田夜世:
歌詞は基本的に後から書くので先にオケが出来るんですけど、普段はDAWソフトに向き合って「よし、書くぞ!」って座って作業しながらアイデアを考えることが多いですね。たまに日常生活の中でアイデアがポンって浮かぶこともあるので、その時はボイスメモとかに一旦残すんですけど。
──圧倒的に作曲時は曲先行なんですね。
吉田夜世:
そうですね。で、出来たオケを聴いて「この曲にはどんな詞が合うかな」っていうのを、主に自分の思想・主張の引き出しから引っ張って来たり、映画や小説を元ネタにして作ったり。なので歌詞の内容は、サウンドの雰囲気に沿うケースが大半ですね。明るい曲調だとアッパーな歌詞になるし、重厚感ある音だと重ための言葉になるし。曲の雰囲気に統一感を持たせる点も、常に意識しているので。
──曲作りの際、特にこだわる部分はどういった所でしょう。
吉田夜世:
思いつきの発想や直感はけっこう大事にしてます。「これやったら面白いだろうな」とか、「変なハーモニーになってるな」って感じた部分も響きが不快ならその音は置かない、とか。理論というよりは耳に頼って、自分が違和感を覚えることはなるべく避けるようにしてます。
その裏返しにはなりますが、音楽理論ありきで曲を作らないようにしてますね。個人的に理論はツールとかプラグインの類だと思っていて。行き詰まった時の引き出しのひとつだったり、「なんか変だな」って感じた時の根拠になるもの、というか。「理論的にこれは変だからやらない」みたいな、そこに軸を置くような曲作りはやらないようにしています。
──以前別のインタビューで、「オーバーライド」はバズの仕掛けを綿密に考えていたというお話や、ボカロP活動のスモールステップをきっちり設定されていたお話を見まして。かなり理論的に物事を考えられている印象だったので、そのお話は少し意外です。
吉田夜世:
クリエイティブなところに関しては理詰めしないですね、あんまり。活動の仕方に関しても「長く活動するためには」とか、「クリエイティビティを活性化させる」とか、そういう点はけっこう考えるんですけど。創作の根幹まで理論になっちゃうと、ちょっと味気なくなっちゃうかな、って。
──ありがとうございます。ちなみに制作の過程で、吉田さんが一番楽しい時間はどこですか。
吉田夜世:
メロディーを考える時ですね。ある程度作曲や、場合によっては編曲も進めてからメロディー作りに取り掛かるんですけど。ハマるものが出来た瞬間はやっぱり気持ちいいです。
逆に歌詞を考える時はすごく時間がかかって大変なんですよ。特にお気に入りのメロディーが出来ると、歌詞も渾身の内容を当てたいじゃないですか。そうなるとかなり頭を悩ませることになりますね、書きたい文字数とリズムが合わなかったりして。なので最近は、歌詞を作るタイミングをちょっと変えてみようと画策しています。メロディーの段階で歌詞も考えて擦り合わせていくとか。そういうやり方も試してみようと思っていますね。
■今プレイリストには転換点となった曲が満載!
──直近はやはり「オーバーライド」を抜きにして、吉田さんの曲を語れない部分もありますが。楽曲が跳ねた時は率直にどう思われましたか?
吉田夜世:
もちろん嬉しかった一方で、あまりにも爆発的すぎてちょっと実感が湧かなかったです。これまでの曲と比べても再生数の増え方が明らかにおかしくて、こんなに再生される事ある?って(笑)。YouTubeって投稿側のアナリティクスで1分ごとに再生数が見られるんですが、「1分間でこんなに見られてるわけなくない?」っていう増え方で。本当に何が起こったの?って感覚でした。
──あの曲はバズの仕掛けとして、元々二次創作的な活用を視野に入れていた、と別記事で拝見しました。
吉田夜世:
これは絶対的な条件ではないかもしれないんですけど、僕が観測している範囲では、「二次創作が爆発的に増える」か「元々大手ボカロPである」かの2択でしかなかなか流行を作るのは難しいと感じていて。僕が狙えるとしたら前者しかないな、と。昔からニコニコでは「歌ってみた」でボカロ曲に触れる人も多かったですし、今もYouTubeやTikTokなどの場所は変わっても、二次創作で流行るバズの本質は変わらないと思います。
──そんな経験を経て、その後「I know 愛脳.」でも公募コンテスト・プロセカNEXTでの採用を見事勝ち取られていました。
吉田夜世:
「バリアシエラ」で参加した際も「これはいけたな」と思ったし、実際周囲でも「いけるよ!」って言ってくれた方も多かったんですが、残念ながら落選ですごく悔しい思いをして。そのリベンジも含めた同じテーマ・EDM系統で今回も挑んだので、無事その雪辱が果たせたな、って感じです。
──それらの人気曲も含め、吉田さんご自身がこの中で一番気に入っている曲ですとどれになるんでしょう。
吉田夜世:
基本的には一番新しい曲が一番気に入っています。やっぱり一曲出すごとに自分の中で「上達したな」と感じられる部分ってまだまだあって。なので今この瞬間「一番うまくできたな」って曲は、やっぱり最新曲になりますね。
──重ねて、これらの人気曲から吉田さんのことを知ったリスナーに、次のステップとしてオススメな曲だといかがですか。
吉田夜世:
これがけっこう難しくて…特徴がいろいろあるので、どこに誘導するかなんですよね。あらゆる要素が入っているって意味だと「サラダボウル・カルト」でしょうか。「ラフィン」でもいいんですけどね、「オーバーライド」と地続きな感じはあるんで。「ラフィン」の系統を意識しつつ、今の自分にできる軽快なものを、と作ったのが「オーバーライド」なので繋がりとしては正しいんですけど。吉田夜世の曲の視野を広げるにはあまり至らないかな、とも思うので、「サラダボウル・カルト」をオススメします。
──ありがとうございます。そのほか、まだ触れていない曲で印象的なエピソードなどがもしあれば。
吉田夜世:
そうなると「零度」ですね。これまでは音数を詰め込んで曲を作ることが多かったので、音数の少ないアプローチがしたい、というのが当時曲を作る前段階にありまして。実際それに挑戦したんですけど、結果この曲は今でもめちゃくちゃミックスをよく褒められますね。そういう点でも印象に残っています。
というか、よく見ると今回のプレイリストは僕にとっても転換点だった曲ばっかりで(笑)ブレイクスルー、覚醒ポイント、みたいな。その点でもこのリストをおさえて頂けるとバッチリだと思います(笑)。
■推しチームは日ハム!野球好きという意外な一面も
──昔からいろんな音楽に親しんでいるかと思うのですが、最近はどんな曲を聴かれているんでしょう。
吉田夜世:
ボカロもそうでない音楽も幅広くインプットを取り入れようとしてるので、ニコニコもYouTubeも関連動画機能に任せて曲を聴くのはよくやってますね。その中でいいな、と思ったらリストに突っ込んで、みたいな。
──ちなみに、今リストの一番最新に入ってる曲ってなんですか。
吉田夜世:
Aliey:Sさんの「神様じゃなくてごめんね」ですね。Aliey:Sさんは僕、結構前から注目していて。今この曲がYouTubeだと20万再生ぐらいされてて、ようやくちょっと伸び始めて来てるので嬉しいな、と思ってます。
ボカロ以外の音楽は聴く割合も少ないんですけど、一応YouTubeのランキングや急上昇、あとはApple Musicとかで何が流行ってるかは軽くチェックしています。音楽家としてどうなの、という聴き方ではありますけど(笑)。
──活動形態を問わず世間の動向に目を向けるのは大事ですからね。加えて、音楽以外になにかルーツとなるものやお好きなものはありますか?先ほど音ゲーがお好きという話もありましたが。
吉田夜世:
ゲーム、音ゲーは今も好きですし…あとは野球観戦も好きですね。最近はパワプロをやったりしています。自分で買ってプレイするのは今作が初めてなんですけど、ずっとマイライフモードをやってますよ。野球選手・吉田夜世は今…3年目ぐらいですかね(笑)
──野球がお好きなのは少し意外でした。観戦も行くんですか?
吉田夜世:
(日本ハム)ファイターズ好きなんですよ。札幌住んでた時はちょくちょく現地観戦にも行ってました。6月に帰省した時もついでに行ってましたね。ちょうど交流戦で中日との試合があって(笑)。
──吉田さんの新たな一面が見えたお話でした、ありがとうございました(笑)そうしましたら最後に、ボカロPとしての今後の目標ややりたいことなどをうかがえれば。
吉田夜世:
ギターをもっとふんだんに使った曲に挑戦したいです。ロックバンドに寄せたり、EDMの中に取り入れる、とかやり方はいろいろありますけど。実は直近でちょっといいギターを買ったんです。今、人生で一番練習を頑張ってまして(笑)軽音楽部時代より練習してるので、実戦レベルまで実力をあげて、シンセ立ち上げるより前にギターを録音する、みたいな。そんな曲の作り方も憧れではあるので、今後アプローチのひとつとして試したいですね。
■Information
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