ポケモン×初音ミク『ひゅ〜どろどろ』制作秘話をボカロP栗山夕璃が語る──「幽霊が出る京都っぽい、和の激しい曲を作りたい構想があった」【はじめて聴く人のためのインタビュー】
様々なボカロPの人気曲をプレイリスト化し、それを元にインタビューを行う本企画。
今回登場してくれたのは栗山夕璃さん。過去には“蜂屋ななし”として長年ボカロP活動を行っており、現在はボカロ曲制作のみならず、シンガーソングライターやバンド・Van de Shopのボーカル/ギターとしても活動中だ。
今回は“蜂屋ななし”時代の曲から最新曲まで幅広い楽曲の裏話や、栗山さんの音楽遍歴、そしてこれまでのクリエイターとしての歩みなど。様々な角度から、栗山さん自身の人柄にも迫るインタビューを実施した。
ぜひその歩みをこれまでの楽曲と共に、あわせてチェックしてみよう。
取材・文/曽我美なつめ
■ “蜂屋ななし”と“栗山夕璃”、その創作マインドの違いとは
──元々栗山さんは、小中学生の頃から音楽がお好きだったそうで。
栗山夕璃:
当時はBUMP OF CHICKENが好きで、小6ぐらいの頃に「車輪の唄」が弾きたくてアコギで練習したりしてました。高校では軽音部に入ったんですけど、高3の頃お金を貯めてオーディオインターフェースを買ったんです。そこからですね、楽曲制作を始めたのは。高校卒業間近の頃かな。
──ボカロやニコニコ動画と出会ったのもその頃でしょうか。
栗山夕璃:
その少し前、中学1年生の時ですね。本当はあまり良くないんですが、昔はYouTubeに転載された「クレヨンしんちゃん」のアニメを見るのが好きで。ある日別の動画サイトでも「クレヨンしんちゃん」を見つけて、それがニコニコ動画だったんです。そこからコメント付きでアニメを見る楽しさに目覚めて、ガラケーのブラウザからニコニコを見てました。当時サイトのバージョンが(夏)だったんです、確か。そこからいろんな動画を見るうちに、自然とボカロのことも知っていきましたね。
──その後、2014年頃から“蜂屋ななし”としてボカロP活動を始められていますね。
栗山夕璃:
今でも自分がボカロPになれてるのかな、と思うんですけど(笑)それこそ高校の頃は、1曲作ってニコニコに投稿して次の日の朝消す、みたいなことをよくやってたんです。3時間ぐらいでパッと作った曲を出して、翌日コメントを見て喜んで、恥ずかしくなって消すっていうTwitter(現X)みたいな使い方をしてて。
ボカロPって“プロデューサー”なので、僕自身もボカロPという存在にはずっと憧れや尊敬があったんですよ。kz (livetune)さんやハチさん、DECO*27さんやryo (supercell)さん…当時活躍されてた方々って、「無き道を切り開いた人たち」というか。なのでボカロPには未だにそのイメージがあるし、僕はそんな方たちと比べて何かプロデュースできてんのかな、って。なので僕は、自分の事をボカロP(ぺー)って呼んだりするんですけど(笑)。
──ですが今では、そんな栗山さんに憧れてボカロP活動を始める方もきっと多いと思います。その後2020年に一度“蜂屋ななし”の活動を終え、今は“栗山夕璃”として様々な活動をされていて。
栗山夕璃:
以前の蜂屋ななしは、ななしという名義から始めてボカロPを続けていくつもりはなかった名前で、自分の負の感情を出す活動でした。当時は怒りや苛立ちが曲制作の種でしたが、度重なる大病や視聴者さんからの温かいコメントや反応もあり「ずっと後ろを見て、同じことを“許さねえからな”って音楽に込めるのもいい加減しつこくないか」と思えました。そこから方向転換するには同じ名前じゃダメだと思って、名義を変えて再出発しました。なので今は自分で歌うにしろボカロ曲を出すにしろ、“栗山夕璃”で活動してますね。
──その中でも、ご自身で歌う曲とボカロ曲の棲み分けはあるのではないかと。
栗山夕璃:
人間にしかできない表現、ボカロにしかできない表現をそれぞれやってる認識です。最近はバンドで歌う事が増えた分、逆に「これはボカロじゃないと表現できないな」という気付きも増えたし、ボカロ曲作りがいい“あそび”や息抜きになるというか。もちろんどちらも真剣に曲は作ってますけどね。
“蜂屋ななし”時代も曲作りの根幹は負の感情でしたが、曲作りの作業自体は楽しんでやってた部分もあって。ボカロ曲を作ることには、やっぱり未だにその楽しさが残ってるんです。今当時と同じ状況になってもブチ切れることに変わりはないけど、それでもあの時食べたご飯は美味しかったよね、というか。さっきの「ずっと同じことにキレるのもしつこい」みたいに、嫌な過去ばっか見てても前に進めないなって。その意識が“蜂屋ななし”と今の大きな違いですね。
──現在“栗山夕璃”としてボカロ曲を作る際は、どんなものが曲のアイデアになりますか?
栗山夕璃:
特定の何かというより、日常全部がアイデアって感じです。今こうやってインタビューでお話する時間も、いつか何かのきっかけになるかもですし。なので楽曲のでき方も本当にいろいろなんですよ。歌詞が先に浮かぶものもあれば、オケと歌詞が同時進行で出来るものもあって。
──その中で、苦労する瞬間などはありますか。
栗山夕璃:
お仕事の際まれにあるんですけど、自分が感情移入し辛いテーマを扱う時は少し苦労しますね。自分が納得する歌詞じゃないと書けないというか、僕の中の頑固オヤジの部分が出てきてしまって。ただでも、そういう事への挑戦も含めて「面白そう!」と思うとすぐ飛びついちゃいます。後先考えずに飛びつく癖、良くないなあとは思ってるんですけどね(笑)。
──反対に、楽しい瞬間はどんな時でしょう。
栗山夕璃:
曲作りの作業全部です。全部というか、曲作り中は「すげー楽しい!」の時間と「めちゃくちゃしんどい」の時間がずっと交互に来るというか。自分が納得してない時は一歩も動けなくなるんですが、その時間以外はずっと楽しいかな。苦しいと1曲作るのに1年かかったりしますけど、ギター1本であっさり出来る時もあって。全部が極端なんですよね、いろいろとね(笑)。
■ 作曲初心者も参考になる!制作曲の変遷について
──今回は“蜂屋ななし”時代の曲から最新作まで、幅広く曲をピックアップしました。ここからいくつか、楽曲の裏話なども伺えたらと。
栗山夕璃:
じゃあせっかくなので…最新曲の「ひゅ〜どろどろ」は元々、映像担当のsakiyamaさんとこういう曲がやりたい!っていう構想が1年ぐらい前からあって。幽霊が出る京都っぽい、和の激しい曲を作りたいな~と。ちょうどポケモンさんからお話を貰った時に「このアイデアが使えるじゃん!」と思ってできた曲でした。
──sakiyamaさんとは「ノイローゼ」などでも過去にご一緒されてますもんね。他の楽曲にも裏話はあったりしますか?
栗山夕璃:
あと「ライムライト」の冒頭のクラリネットは、自分でレコーディング機材を持ち込み、友人に紹介してもらった奏者さんと一緒にスタジオに入って録りました。実は昔からレコーディングのマイキングにも興味があったので、スタジオで練習や勉強をしてたんですよ。
──「ライムライト」もですが、栗山さんの曲はオケの音色も豊富で、作り込まれた作品が比較的多い印象で。そういった曲作りもこの頃に学んだんでしょうか。
栗山夕璃:
どちらかというと、元々ああいうジャンルの曲が好きなんですよ。「HAPPY SHAPE」や「ノイローゼ」みたいなギター中心の曲はノリでも出来るんですけど、管楽器を使う曲の時はVan de Shopのメンバーに頼むことも多いです。「ONE OFF MIND」を作った際に初めて楽器の生録音に挑戦したんですが、その時に彼らと知り合って。管楽器を演奏できる人はいるから、今自分に必要なのはそれを生で録る能力とミックスで変化させる能力、あと作編曲のスキルだな、と思って当時はそこを伸ばしていきました。
──リスト外の曲ですが、そうなると「ONE OFF MIND」もぜひおさえたい1曲ですね。
栗山夕璃:
特にこれからボカロPを目指す方には、むしろ僕の曲を初期から最新まで全部聴いてもらうといいかもしれません。人生で初めて作った曲からずっとアップしてるので、作曲初心者の変化がダイレクトにわかりますからね。最近はボカロPを始めたばかりなのに、プロ級の曲を作る方も多いじゃないですか。でもそうじゃない人もいることを僕の作曲変遷から感じてもらって、新しくボカロPを始める方の背中を押せたらいいなと思います。
■ 「カウンターカルチャーの音楽」であるボカロの魅力
──先ほど好きなジャンルのお話が一瞬ありましたが、具体的にお好きなアーティストや音楽はどんなものですか?
栗山夕璃:
幼い頃よく家で流れてたので、ずっと聴いてるのはEarth, Wind & Fireとか。陽気な日はやっぱり「SEPTEMBER」が聴きたくなるじゃないですか(笑)。あとはABBAやスティーヴィー・ワンダーなどのディスコ系や、Caravan Palaceなんかのエレクトロスウィング、バンドだとジャミロクワイとか。セリーヌ・ディオンやMaroon 5のライブにも行ったことあります。
──なるほど!比較的ポップな洋楽がお好きなんですね。
栗山夕璃:
邦楽だと、学生時代にBUMP OF CHICKENやELLEGARDEN、RADWIMPSやASIAN KUNG-FU GENERATIONあたりのバンドが流行った世代なので。主にその辺を聴いてましたね。
──ちなみに、VOCALOIDのルーツだとどんなものになるんです?
栗山夕璃:
一番はkzさんの「Last Night, Good Night」です。実は僕、初期はボカロ原曲より「歌ってみた」を聴く方が多かったんですよ。当時のボカロってまだまだ技術も未発達で、聴いていてやっぱり少し違和感があって。曲のピッチも甘かったりとか。でもkzさんの曲にはいわゆる機械の不快感がなくて、純粋に人が歌う曲を聴くような気持ちで聴けたんです。あれは感動しましたね。なので僕にとって理想の初音ミクの声は、未だにkzさんのミクの声なんです。
──最近のボカロですといかがでしょう。印象に残った曲はありますか?
栗山夕璃:
最近は仲良くして頂いているボカロPさんから刺激を受けることも多いですね。サツキさんや大漠波新さんは在住地が近いので、直近でも一緒にご飯に行ったりしていて。自分じゃできないような表現をされてると、純粋にすごいな、真似できないな、って思います。
──ご自身の曲と近しいものより、全然違う曲の方が惹かれたりします?
栗山夕璃:
どうだろう。でも音楽って、そのジャンルに詳しければ詳しいほど全部の曲を違うと感じるっていうか。僕自身もあまり自分が詳しくない場所、例えばTikTokとかで流行りの曲も、コード進行は同じでメロディが違うだけだから似た曲に聴こえるんですけど、実際TikTokを楽しむ子たちは全然違う曲として聴いてるわけじゃないですか。
──ああ~、確かに。ボカロも詳しくない人は全部「ボカロっぽい曲」で括りますよね。
栗山夕璃:
だから僕にとって、ボカロって全部違う曲というか。ただ露骨に違うと感じるのは、僕がニコニコ動画にハマり始めた2010年から数年はアイドル音楽がトレンドで、勢力の弱かったバンド音楽がボカロ方面に流れ込んでた印象で。でも最近はKing GnuやOfficial髭男dismとかのバンドに勢いがあるから、逆にアイドル音楽がボカロに流れてる印象があるんです。なので最近はボカロ最初期みたいに、ミクやテトのキャラソン的な曲も増えてる気がして。そういう意味での違いは確かにあるかもしれません。
──時代が一周して、また最初の文化に戻ってきた、と。
栗山夕璃:
そうですね。VOCALOIDってやっぱり、メジャー音楽のカウンターカルチャーというか。良い意味で「逃げ場」であることは、これまでもこれからも変わらないんだと思います、きっと。
■Information
栗山夕璃 プレイリスト 詳細はこちら
「The VOCALOID Collection」 公式サイト
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