ボカロP・大漠波新が語る「わかれみち」を2024年2月に投稿した意味――「あいのうた」「のだ」などVOCALOID STARシリーズの初出し裏話【はじめて聴く人のためのインタビュー】
人気ボカロPの定番曲を集めたプレイリストを作り、それを元に様々なお話を伺う本シリーズ。今回インタビューに登場したのは、2021年よりボカロPとして活動する大漠波新さんだ。
「のだ」を筆頭とする「VOCALOID STAR」シリーズのスマッシュヒットで、今まさに熱い注目を集めるクリエイターでもある大漠さん。
そんな彼のルーツとなる音楽や、楽曲制作における裏話。そして人気曲の数々に込めた自身の強い決意や、ボカロに対する深い愛。
様々な一面が垣間見える、そんなインタビューともなっている。
現在もまだまだシーンを席巻する「VOCALOID STAR」シリーズだけじゃない!
魅力的な楽曲が集まったプレイリストを聴きつつ、ぜひ彼の言葉や思いに本記事で触れてみては。
取材・文/曽我美なつめ
面白そうなものに出会ったら…深く考えずにまずは動く!
──大漠さんは元々、楽曲制作はいつ頃から始められたんでしょう。
大漠波新:
PCと一緒にDAWを買って、打ち込みで曲を作り始めたのは2020年初期ぐらいかな。最初はボカロじゃなく、HIPHOPのビートメイクをしてたんです。元々10代~20代初め頃にHIPHOPをよく聴いてたんですが、中学時代からボカロ曲にも触れていて。青春時代の音楽が、HIPHOPとボカロの二本柱なんです。そんな形で元々よく知ったジャンルでもあったので、その半年後にはボカロ曲の制作も始めてましたね。世代的にもネットミュージックの流行があったり、HIPHOPのサンプリング的要素から、電子音楽のサウンドには元から馴染みがあったんですよ。
──ボカロを聴き始めた当初、印象的だった曲などは覚えていますか?
大漠波新:
一番最初に聴いたボカロ曲が、確か「六兆年と一夜物語」で。初めて聴いた時、明らかにテレビとかで流れてる音楽とは違うと感じた事をよく覚えてます。そこからいろんな曲を知ったんですが、今も昔も一貫して影響を受けてるのは「砂の惑星」ですね。ボカロっぽい曲って明るさやキラキラ感、希望のある曲が多い印象ですけど、本当に現実的な部分ってそれだけじゃないし、それは人間もボカロも同じで。人も皆それぞれ抱えてる悩みがあるし、ボカロも音楽ジャンルとして生まれてから20年経ってない、まだまだ発展途上の新しい文化で。「VOCALOID STAR」シリーズをはじめそこに焦点を当てがちなのは、そんなルーツ曲の影響も大きいですね。
──そこから作り手に回ったきっかけは何でしたか。
大漠波新:
昔からなんでもそうなんですけど、見るだけでなくとりあえずやってみるタイプで。もちろん一度挑戦してやめちゃったものもたくさんありますけど、音楽もそのひとつだった感じです。聴くだけに留まらず感覚的に作り始めてみたら「面白いな」と思って、そのまま今に至るという。
──例えば音楽以外だと、どんなものに挑戦したんです?
大漠波新:
サッカーとか柔道とか。小学校の頃に本当に一瞬だけやってやめちゃいました(笑)勉強もあまり得意じゃなくて…。元々好きじゃないと続かない性分だし、楽しいと思えるものが多いタイプでもないんですけど。なぜか音楽制作は敷居が低かったというか、すっと入れた感じはありました。
──お話を聞いていると、いろんな事に能動的な印象もかなりあります。ボカロPクルー・GaLの発足にも携わっていますし。
大漠波新:
何事も一番不安で大変なのって初めの一歩じゃないですか。だからこそ逆に面白いな、いいな、と感じた事には自分から積極的にアクションするようにしてて。今のボカロP活動はホントその延長線上ですね。楽しそうだなって思ったら、あんま考えないでとりあえず動いてみるっていう。興味の矛先が局所的なので、クラスの中心人物って感じではないですけど、でも何かに興味を持つ時この一歩が踏み出せる気持ちがあるモノは信用していいと思ってます。ひとつ自分の中にある判断軸ですね。
──楽曲制作を行う際、アイデアの源になるものはありますか?
大漠波新:
人に伝えたいことがあって音楽を作ってます。曲を作るためにアイデアを出すというより、そもそも言葉じゃ伝わらないもの、音楽でパッケージにしてこそ伝わる思いや主張があって、そのために音楽を作るというか。
──そういった内容はどんな時に思いついたり感じたりするんでしょう。
大漠波新:
僕は元々あまり喋りが上手ではないんですけど、普段の生活の中でもいろんなことを考えてしまう性分で。なので思いつくのも本当に自然発生的です。ただこのスタイルだと、言いたい事がなくなると音楽制作は終わるわけで。やっぱり活動は続けることが美しいとされるし、辞めると悲しむ方がいるのもわかるんですが、個人的にそれはそれで幸せだと思うんです。自分の言いたい事はすべて言い切ったって事なので。とはいえ、今の所その心配はしばらくないんですけどね。
ボカロへの愛と決意表明の「VOCALOID STAR」裏話に迫る
──そんな大漠さんの楽曲ですが、やはり最近は「VOCALOID STAR」シリーズの人気が印象的です。今回のプレイリストにも入っていますが。
大漠波新:
シリーズでも一番直近の「わかれみち」は、自分でもかなり気に入ってる曲です。メッセージ性やサウンド面も当時手元にあったものを全部出せたし、文脈的にもこの時にしか作れない曲ができたので。ひとつ最高到達点を更新した気持ちはありますね。
曲で使用したゲキヤクβとカゼヒキβは製品プロジェクトの都合で、今はもう使えない子たちなんです。ボカロの歴史でも、こういう形で存在が消える子ってあまり前例がなくて。彼女たちをはじめいなくなるVOCALOID β-STUDIOや再ブレイクしたテトへの文脈、あとボカコレ開催。そのタイミングが奇跡的に重なった、2024年2月だからこそ投稿意義がある曲になったのはかなり大きいです。今はもうβの子たちで曲を作ることはできないですけど、こうして作った歌は残るので。それも音楽のいい所ですよね。
──シーンの時代性を反映した座標点を打った感覚ですね。そのお話でいくと、「のだ」のずんだもん起用も個人的には意外性を感じました。
大漠波新:
「のだ」は「あいのうた」で参加したボカコレ終了後の翌日に、すでに歌詞もメロディも全部できてたんですよ。ずんだもんも、歴代のソフトの中では少し異質な存在だと感じていて。フリー素材的な文脈もあるけど、弄られキャラの性質がここまで先行する子はあまりないというか。そういう楽しみ方も好きですが、どちらかというと自分はピエロが陰で泣いている一面を想起したんです。人間にもそういう部分はあるし。普段明るく見える人も、顔で笑って心で泣く時があるというか。その表現の適役として使った形ですね。
──過去作と比べても、この作品群で大きく方向転換をされた印象がありました。何かきっかけがあったんでしょうか。
大漠波新:
当時自分の中でボカロがすごく大きな存在になっていたというか、大事なものになってることを改めて感じ始めて。ボカロを通して自分の伝えたい事を残すなら、ミクやテトの声を借りる事に、より責任を持とうと思うようになったんです。なのでこのシリーズ、特に「あいのうた」は自分がボカロPであることに腹を括る、ある種の決意表明でしたね。自分の実態を消してボカロ自身の言葉として歌を託すことで、今後どんな音楽活動をするにしても、「ボカロP」として生きることは忘れたくないというか。そういった思いも込めてます。
──ありがとうございます。ちなみに先述の曲以外で、聴いて欲しいものや思い入れのある作品はありますか?
大漠波新:
シリーズから僕を知ってくれた方も多いと思うので、それ以外だと「TOKYO CITY」は今振り返っても良い曲が作れたなと思います。サウンドもシンプルだし、さっきも話したボカロたちではない自分100%の歌詞なのでその違いも含めて楽しんで欲しいですね。
あとはリスト外の曲ですけど、「才能の花」も作った時の状況をよく覚えています。「アマリリス」で挑んだボカコレのラストルーキーで思ったような結果が残せなくて、もちろろんそれだけが全てではないんですけど、この先ボカロPを続ける意義や、曲を作って何がしたいのかをすごく考え直した時期で。「アマリリス」の花の名前から「才能の花」が枯れて散る、っていう文脈も含めて作った曲なんです。歴代の曲でも何かが咲く・枯れるっていう表現は、才能や花の暗喩・ミーニングとして共通でよく活用していて。その下地になった曲としても思い入れがありますね。
ルーツとなるボカロ&HIPHOP、その共通点とは?
──先ほども“音楽は主張を伝える手立て”というお話がありましたが、そうなると曲制作はやはり歌詞から?
大漠波新:
そうですね。曲を作る時は詞とメロディ、基本コードだけで一旦頭から最後まで全部作るんです。それが終わった後改めてアレンジに取り掛かる、という感じで。骨を先に作って、肉や皮を後付けしていくイメージかな。やっぱり伝えたいことが前提にあるので、その軸になる骨組みの所、いい歌詞やメロディが出来た時が一番楽しいんですよ。
あとは個人的に、作りかけの曲をボツにするのをなるべく避けたい気持ちもあるんです。自分がその時々で思ったことや感じたことをなるべく取り逃がしたくないというか、当時の思いを事実として形にしておきたい、というか。ゲームだとマリオが途中で落ちちゃうみたいな、あれに近い感覚になるんです(笑)最初の骨組みがしっかりしてると、それを回避できることが多いので。歌詞とメロディができた時点で、制作の7~8割は終わった気分になりますね。
──重ねて制作の際に、気を付けていることなどはありますか。
大漠波新:
固定概念を作らないことです。曲制作を始めた当初は細部まで決め込んだり、勝手なルールを結構自分に課していて。でも今はそういう足枷を作らない点を意識してます。一方で、とはいえやっぱりリスナーさんありきというか、伝えたい事があって音楽を作っているので。独りよがりにならないよう気をつけてもいますね。自分の伝えたい事と相手の受け取る事が、50:50になるのが一番美しいと思ってるので。
──作り手の活動の中で、直近で気になるボカロPさんの存在や曲はありますか?
大漠波新:
気になってるのはマサラダさんです。「ちっちゃな私」が特に好きです。童謡みたいな雰囲気でメッセージを表現してる点にすごいポップさを感じて。複雑で難解な曲にカリスマ性を感じる人も多いと思うんですけど、シンプルかつキャッチーにメッセージを伝える大事さを感じてた時にこの曲に出会ったので、「その究極系だな」ってすごさを感じました。
──ボカロ以外のコンテンツですといかがでしょう。HIPHOPは今も聴かれてますか?
大漠波新:
最近だとWatsonさんっていう日本人ラッパーが好きです。歌詞が正直というか、取り繕う感じがないというか。メタ視点な表現とかも絡めつつ、ウィットに富んだ言い回しやユーモアのある日本語を使ってる所が魅力で。人間性が垣間見える感じがしますね、すごく。元々高校~大学時代は、XXX TENTACIONとかKendrick Lamarなどの海外アーティストをよく聴いてました。あとはHIPHOPの中でも、Trapが好きです。
──当時は今よりずっと、ボカロとHIPHOPは遠いジャンルだったかと思いますが。比較的人間の“素の部分”を表現する音楽という点では、近しい部分がある気もします。
大漠波新:
そういうのがやっぱり好きなんでしょうね。わりと直接的な表現とか、内面を曝け出してるような音楽というか。「そういう事まで言っちゃうんだ」みたいな部分が昔から好きだったので。
──ありがとうございました。最後に、今後の抱負ややりたい事などを伺えれば。
大漠波新:
いろいろあるんですが、その中でも「VOCALOID STAR」シリーズはこれまで自分の名刺になるよう作ってきた部分もあって。核になる部分は変わらないまま、今後はサウンド面の広がりの部分なんかでちょっと違うアプローチをしていきたいですね。是非とも楽しみにしてもらえたらと思います。
■Information
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