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なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.01】

 6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。

 類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?

 ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。

 「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。


叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー

『なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?』

 私は2015年から『りゅうおうのおしごと!』という、将棋界を題材にしたライトノベルを出版している。
 第1巻出版当時、13歳の藤井聡太は奨励会二段。中学1年生だった。
 まだ世界は藤井聡太の存在を知らず……私もほとんど意識していなかった。

『りゅうおうのおしごと!』

 ここで『りゅうおうのおしごと!』について説明しておこう。
 中学3年の秋にプロ棋士となった主人公が、その1年後、16歳で『竜王』のタイトルを獲得する……というところから物語は始まる。
 そしてその竜王位を狙うのが、永世七冠・タイトル100期を目指す絶対王者『名人』。
 主人公は、小学生の幼い弟子と共に様々な苦難を乗り越えて成長し、名人と激闘を繰り広げる……というストーリーである。
 当初、その設定に対して世間の声は厳しいものだった。

『16歳で竜王とか将棋バカにしすぎ』
『現実感がない』
『ラノベ特有のガバガバ設定』

 だが、藤井の登場によって状況は一変する。
 史上最年少となる14歳2ヵ月で四段昇段。
 そしてデビュー後無敗の29連勝で全世界を震撼させると……どういうことか、私と作品への評価も変わってきたのだ。

『りゅうおうの作者、ちゃんと調べて書いてたんだな』
『ラノベが現実になっとる』
『予言者かな?』

 ……今まで荒唐無稽とバカにされていたのが『予言者』などと呼ばれ、先見の明があったと評価され始めたのである。テレビの取材まで受けてしまった。
 イエス・キリストも真っ青な掌返し……。
 とはいえ私は「ありがたいなー」と感じていた。
 2018年1月から始まった『りゅうおうのおしごと!』のアニメ放送にとって、藤井ブームの盛り上がりは確実に追い風になってくれていたからだ。
 しかし……事態は私の予測を遙かに超える展開を見せる。

 アニメも佳境に入った2月。
 藤井は佐藤天彦名人と羽生善治竜王を連続撃破し、決勝戦では今期の竜王戦挑戦者ともなった広瀬章人八段にも完勝。
 朝日杯将棋オープン戦という全棋士参加棋戦に史上最年少で優勝し、これによって五段昇段からわずか16日で六段になる。
 もう『りゅうおうのおしごと!』どころではない。
 15歳で羽生に勝って棋戦優勝。
 完全にラノベを超えてしまった。

『現実に追い越される程度の想像力』
『作者震えてるだろこれ』

 設定に現実感がないと叩かれていた私だったが、今度は想像力がなさすぎると叩かれるようになっていた……。
 だが確かにこうなってくると、作家としては立つ瀬がない。
 現実のほうがフィクションよりも面白いのであれば……フィクションは必要ない。
 藤井ブームの後に始まった将棋漫画が次々と連載終了に追い込まれるのを横目に見つつ、私は背筋が寒くなるのを感じていた……。

 藤井は竜王戦でも快進撃を続ける。
 2年連続の決勝トーナメント入りを決め、これにより七段へと昇段。

 だがその後、藤井は竜王戦決勝トーナメントで増田康宏六段に敗れる。
 16歳の竜王は誕生しなかった。
『りゅうおうのおしごと!』はその一点においてのみ、フィクションとしての役割を果たしたのだった……。

 ホッとしつつも一抹の寂しさを感じていた私のもとに、ドワンゴからこんな依頼がもたらされた。

『叡王戦本戦に出場する24名の棋士にインタビューして、記事を書いてほしい』

 藤井にも直接インタビューできるという。
 インタビューする人数の多さに驚きはしたものの、私はその依頼を受けた。
 確かめたいことがあったからだ。それは――

 インタビューが組まれたその日は、新人王戦準決勝が行われていた。
 藤井は昇段スピードが早すぎるため、16歳にして既に新人王戦に出られるチャンスはこれが最後。
 ラストチャンスとあって記者の数も多い。

 終局予想時刻は「早ければ17時頃」といわれていたが、藤井は16時30分に勝利。
 最初で最後の三番勝負へと駒を進めた。

 終局と同時に、対局室は記者で溢れかえる。
 誰もが藤井の表情を撮影しようと、敗者である青嶋未来五段の右斜め後方にひしめき合っていた。
 感想戦で藤井の笑顔がこぼれれば、大量のシャッター音が響き渡る。
 そんな状況に対して、藤井は全く動じた様子は見せない。
 本当に高校生なのか……堂々としたその佇まいは、風格すら漂っていた。

第49期新人王戦 準決勝 藤井聡太七段 vs 青嶋未来五段

 17時13分、感想戦は終わった。
 4階から3階へと移動して、これから私の独占インタビューである。
 叡王戦のために大量に備蓄されている生茶を2本用意し、ニコ生の運営さんと写真撮影の打ち合わせをしていると、声を掛けられた。

「そろそろお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……はい。お願いします」

 そう返事をしつつ、私は自分の中にある疑問を再確認していた。
 なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?
 藤井が三段になったとき、関西奨励会の幹事をしていた西川和宏六段は、三段リーグ初参戦の藤井についてこう語ったといわれる。

『一期抜けはない』

 幹事として奨励会員を見守り続けてきた西川は、他の三段と比べて、藤井の実力が飛び抜けているわけではないと考えていたのだろう。
 その言葉を裏付けるかのように、藤井は三段リーグの開幕戦で1勝1敗。
 13勝5敗が昇段ラインとされる三段リーグで、このスタートは厳しい。

 もう一人、三段時点の藤井について貴重な証言をしてくれた棋士がいる。
 増田康宏六段。
 藤井と同じように『中学生棋士』になる可能性があった彼は、藤井三段と戦った印象をこう述べている。

 

――増田先生は、非公式で指された藤井先生との初対局で勝利なさったとうかがっていますが。

増田「いや負けました。非公式って、AbemaTVさんのやつですよね?」

――いえ、『炎の七番勝負』ではなく、その前に……。

増田「ああ、三段の頃ですか? あの頃はまだそんな、強くなかったんで。あの後の1年間くらいで急成長してます」

 

 ……このように、藤井は三段の頃、他の三段と比べて破格の強さを誇っていたというわけではなさそうである。

 だが結果からすると、藤井は見事三段リーグを一期抜けし、しかも幹事だった西川を公式戦で負かしている。
 増田も、非公式戦の『炎の七番勝負』を皮切りに、公式戦ではあの29連勝目の相手として敗北を喫した……。

 導かれる結論は一つ。
 藤井は……三段リーグの途中で急激に強くなったのだ。そこで、フィクションを超えるほどの力を身に付けたのだ。
 藤井聡太という現実の前に敗れ去ったラノベ作家としては、せめてそれが何だったのかを知りたいと思った。
 このインタビューは、私にとっての感想戦なのだ……!

 そう決意を固める私の前に、リュックサックを背負った藤井はひょっこりと姿を現した。
「よろしくおねがいします……」
 ニコニコと挨拶する藤井を見て、私は意外に感じた。
 さっき対局室で見た、座っている姿よりも……遙かに小柄に感じたからだ。まるで普通の高校1年生のように……。
 慌てて名刺を取り出しながら、私も挨拶を返す。
「は、はじめまして……わたくし、普段は子供向けの小説などを書いております、白鳥と申します……」
 緊張のあまり噛みながら名刺を差し出す。
 藤井は私よりも深くお辞儀をすると、ニコニコしながらこう言った。

「あ、はい。存じ上げてます」

 えっ。嬉しい……。
 知ってるって、どの程度のことを知ってくれてるんだろう?『りゅうおうのおしごと!』の存在を知ってくれてるって意味だろうか? そういえば竜王戦の観戦記で、記者の相崎修司さんが『りゅうおうのおしごと!』に絡めた質問をしてくれてたけど……。

 様々な思いが頭を駆け巡ったが、今回のインタビューは叡王戦本戦に出場する24名の棋士の一人として、だ。
 まずは叡王戦に関連する話題から始めるのがマナー。
 前置きが長くなったが……ではこれから、藤井七段へのインタビューをご覧いただこう。

インタビューに応じる藤井聡太七段

――叡王戦は、番勝負において唯一、持ち時間が変化するタイトル戦です。

 1時間(予選と同じ。1日2局指す)
 3時間(本戦と同じ)
 5時間(夕食休憩あり)
 6時間(第7局に固定)

――これらのうち、どの持ち時間が最もご自身に適しているとお考えですか?

「そうですね……やはり、長い時間で戦ってみたいというのがありますので、6時間が」

――そして本日、新人王戦で決勝三番勝負に進まれることが決まりましたが、叡王戦でも勝ち上がれば七番勝負です。番勝負というものはまだ経験しておられませんが、どんな印象をお持ちですか?

「一度で終わることはないので、積極的に戦うことができるかなと」

――それは、一発勝負では試すことができないようなことも、積極的にチャレンジしていこうということでしょうか?

「そうですね。やはり、トーナメントでは怖さもあるので」

――藤井先生でも、怖さとか感じるんですね……。

「それはもちろん(笑)」

「ただ、そういった感情のない状態で手を選ぶことが重要だと思っています」

――昨年の叡王戦と比べて、ご自身の棋風に変化があるとお感じですか?

「ん……そうですね。最近は、たくさんの候補手から手を選ぼうとしていて」

――将棋年鑑2018のインタビューでも、藤井先生はソフトの将棋に解釈を与えることによって、ご自身の判断(感覚?)を拡張する……というようなことを話されていたと思います。
 感覚を拡張し、候補手を増やした場合、より膨大な読みが必要になるのでしょうか?

「はい。やはり読みが必要になりますし、失敗してしまったこともあるんですが……そのあたりのバランスを取ることが大切かなと」

――藤井先生の棋風の変化については、最近『将棋世界』で始まった連載において、トップ棋士の先生方が分析しておられます。

「あ、はい」

――ここにまとめてみました。

糸谷八段「終盤のテクニックが完成されている。本質的には終盤型」

屋敷九段「最初の頃は受けが強く、地力の強さで勝っていました。しかし最近は鋭い踏み込みを見せています」

永瀬七段「変わったと感じた点は、将棋がとても手厚くなった。丁寧な手が多く、単調な将棋は指しません。ただ勝ち方は全く変わらず、きれいに早く最善手を指す」

――……なんだか皆さん、けっこう印象が違うというか。

「ははは!」

――いかがでしょう? 

「昔は攻めばかりだったんですけど、受けを意識するようにはなりました。奨励会の頃は、自分の得意な型に持ち込まなければ勝てない……といったところがありましたので」

「今は、相手にどうこられても、対応できるようにしたいと」

――奨励会のお話が出ましたので、その頃のことについて少し。

「はい」

――藤井先生は以前、囲碁の井山裕太六冠との対談で『奨励会初段、二段のころ、どうすればこれ以上強くなれるのか閉塞感を感じていました』と語っておられました。
 実際、1級は77日間だったのに比べて、初段は252日間、二段は233日間と、昇段のペースが緩やかになっています。それまであまりなかった3連敗があったり……。

「ええ」

――ただその頃って、わりと将棋界全体に閉塞感があったと思うんです。羽生世代の先生方と渡辺明先生がずっとタイトルを独占し、名人戦でも羽生森内戦が何年も続くといったような……。

「ああ……そう、かもしれないですね」

――戦法に関しても、相矢倉の91手組定跡みたいに、事前研究でほとんど勝負がついてしまいそうな感じで……ファンとしても、見ていてあまり楽しくないというか、理解できないというか……。

「そうですね。わりとその頃の将棋は、矢倉の4六銀……」

――3七桂型ばかりが掘り下げられていて。

「角換わりも、その頃のものは待機策という感じで、自分には合ってないなと感じてはいました」

――現在、藤井先生の主力戦法は角換わりですよね。いつ頃から角換わりを指すようになったのですか?

「……三段の頃に変えていて」

――三段リーグの途中?

「はい。それまでは矢倉を指していましたが、角換わりに切り替えました」

――確かに……三段リーグの途中で出演した岡崎将棋まつりの席上対局では、佐々木勇気先生を相手に矢倉の将棋を指していましたね。
 でも怖くなかったんですか? 大事な三段リーグの途中で変えるというのは……。

「試してみたら自分に合っていたので(笑)」

 角換わりに衝撃を与えたのは、塚田泰明九段が将棋ソフトを使って発見した、ある一手だった。
 塚田は2013年の第2回将棋電王戦で『Puella α』と戦って引き分けているが、その際にソフトの有用性を認めて研究に採用。
 そして角換わりの革命ともいえる『☖6五同桂』を発見したのだ。

 公式戦での初採用は、電王戦での対局から約1年後の2014年2月。
 その後しばらく動きはなかったが……深浦康市九段が2015年11月に採用すると、プロ間で爆発的な流行が発生した。
 1ヵ月後には中村太地王座も採用。
 次々とトップ棋士・若手棋士が新手を繰り出すという状況が生まれ、それまでの角換わりとは全く異なる、シンプルで攻め合える戦法へと生まれ変わった。
 塚田本人が「とりあえず革命は起こした」と語るほど、それは大きな変化だった。

 当時の藤井は、2015年の10月に三段に昇段したもののタイミングが悪く、翌年4月から開幕する三段リーグが始まるまで待機せねばならなかった。
 その期間を利用して、師匠の杉本昌隆七段が藤井を関東へ武者修行に連れて行った話は有名だ。
 杉本は増田康宏六段の師匠である森下卓九段に、師弟での研究会を依頼。快諾した森下が他の関東の若手棋士にも声を掛けて合宿が開かれた。
 増田が藤井について「あの頃はまだそんな、強くなかったんで」と語ったのは、この合宿のことである。

 野澤亘伸さんの力作『師弟』(光文社)によれば、このとき藤井は若手棋士に対して全く歯が立たなかった。
 帰りの新幹線で杉本から誰の将棋が一番印象に残ったかを問われると、「増田さんです」と答えたという……。

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