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なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.01】

 そして角換わりといえば、丸山忠久九段に話を聞かねばならない。
 名人2期、棋王1期を誇り、兄弟子である故・米長邦雄永世棋聖をして「角換わりを指させたら、谷川、羽生でもかなわない」とまで言わしめた、角換わりのスペシャリストである。
 今期の叡王戦にもシード棋士として本戦から登場する。
 その丸山に、将棋ソフト登場以前と登場以後の角換わりを取り巻く状況の違いを語ってもらった。

 

丸山「角換わりは、わりと自分の手持ちのカードが見えづらかったんですよ。見えづら『かった』、というのは、AIが登場する以前ということなんですが」

丸山「要するに、自分の研究していることや、自分の狙ってる手が、非常にわかりづらい戦型だったので、『これはここで出そう』『これはあそこで出そう』とか、そういうふうにカードを切れる。でも今は(ソフトで検討すれば)見られちゃいますからね」

――では、丸山先生の研究が丸裸に……。

丸山「研究がっていうより、もうぜんぶ見られちゃってるようなものです(笑)」

――AIの登場によって角換わりが大流行しています。藤井聡太先生も矢倉党から角換わり党になられたりと……そのあたりはどう捉えておられますか?

丸山「角換わりは研究しづらい戦型だったんですよ。それがすごく見えるようになったので。それでみんな猛烈に研究して、という感じじゃないですかね」

 

 藤井が将棋ソフトを研究に用いるようになったのは、三段リーグ開幕の翌月。2016年5月。
 例会日に関西将棋会館の棋士室で千田翔太六段から勧められたのがきっかけだった。インストールの方法も教わったという。

 将棋ソフトの登場で、研究しづらい戦型だった角換わりが「すごく見えるようになった」のであれば……藤井が角換わりに惹かれたのも理解できるし、藤井の序盤が急成長したのも納得できる。

 上位者のアドバンテージが消滅したうえに、それまで矢倉を使っていた藤井にとって、将棋ソフトの示す新しい角換わりは新鮮であり……先入観がないぶん、その感覚を取り入れやすかったのだろう。

 増田も「作戦は固定されてますけど、使ってる戦法は優秀なんで」「あんまり分が悪くなる作戦は取らないです。上手さがありますね」と、藤井の序盤について語っている。

――矢倉や角換わりに変化をもたらしたのは将棋ソフトの発達でした。将棋ソフトに引っ張られて、人間の棋力そのものも向上したとお考えですか?

「将棋ソフトが強くなったことで、人間の棋力が爆発的に向上したというようなことはないと思います。序盤の幅が広がったという感じでしょうか」

――やはり序盤なのですね。ところで最近、プロの先生方の解説などを聞いていても『この局面は○○点くらい』みたいな発言が増えている印象があるのですが……。

「はい」

――ソフトの『評価値』という共通の物差しを得たことで、研究効率がアップしたというようなことはありますか?

「自分は、あまり感想戦でも(評価値で何点くらいかとか)そういう発言はしないようにしています。ソフトの種類やハードのスペックなどによっても、値は一定しませんし」

――では、普段の研究などでも評価値はそんなに気にしないのですか?

「んー……そういうわけではなく。そこはやはり参考にしつつ、という感じではありますね」

――棋士はどなたも『脳内将棋盤』を持っておられます。でも藤井先生は、あまり盤面を思い浮かべておられる感じではないと、以前、記事で拝見したのですが。

「はい」

――では、対局中はどんな感じで考えらおられるのですか? 棋譜で思考している?

「ん……それは、自分でもよくわからないというか。んー…………」

――盤は思い浮かべない?

「まあ、盤は(対局中は)目の前にあるわけですので」

――詰将棋を解くときなどはどうです?

「詰将棋は読みだけなので、盤面を思い浮かべるという感じでは……」

――えっ? ……私のような素人だと、詰将棋を解くときこそ将棋盤を思い浮かべるというか……むしろ手元に盤駒を置いていないと解けないくらいなんですけど……。

 藤井はニコニコしている。
 ちょっと、得体の知れなさというか……『よく笑ってくれるし、普通の高校生だな』と感じ始めていた藤井に対して、このインタビューで初めて……恐怖に近いものを感じた。
 写真を撮ってくれていたニコ生の運営さんも、この時は明らかに引いていた。

 他のプロ棋士も、こうやって詰将棋を解いているのだろうか?
 それとも藤井だけが特別なのだろうか?
 タイトル挑戦2回・A級在位6期を誇り、今期の叡王戦本戦にもシードで登場するトップ棋士の一人である行方尚史八段に尋ねた。

 

――行方先生は、藤井先生のことをかなり早い段階からご存知だったんですよね?

行方「詰将棋解答選手権のチャンピオン戦ってのがあって、私もずっと出てるんですけど、そこに小学2年生で初出場したのが藤井くん」

行方「で、プロ棋士もいる中でいきなり13位。かなりびっくりして。トントントンッて4年後には小学6年生で優勝」

行方「今年も、違いをまざまざと見せつけられたというか……」

行方「あのレベルの問題を全問正解って……人間業じゃないですね。ヤバい(笑)。それを体感したいから解答選手権に出てるような感じで」

――藤井先生は『詰将棋は読みだけなので、盤は必要ない』っておっしゃってるんですけど、その点はいかがですか?

行方「ああ。頭の盤で考えるってことですか」

――いえ。頭にも盤がないみたいで。

行方「え? 盤面を思い浮かべないってことなんですか?」

――あんまりいらないみたいです。盤は目の前にあるからって。詰将棋は読みだけなので、もっといらないみたいです。『読みだけ』ってどういう意味なんですか?

行方「でも、さすがに頭の中に盤は必要ですよね?」

――ですよね!? 普通は盤が必要だと思うんですよ。だから話が噛み合わなくて……行方先生は頭に盤を思い浮かべてますか?

行方「(詰将棋の問題の)盤面を焼き付けて、頭の中で動かして考えるって感じですけど……」

行方「私は今でも詰将棋をやってますし、今後、長く戦っていくために詰将棋のトレーニングは絶対必要だと思っていますが…………多分、藤井くんには何かがあるんだと思います」

――『ひふみんアイ』と呼ばれている、加藤一二三九段がよくやっておられたように反対側から将棋盤を眺める方法を採用しておられますが……あれも頭に将棋盤を思い浮かべないからですか?

「と、いうよりも……」

「やはり指した後は不安というか。ですが、相手側から見ると、それが少し薄れるというのがあります」

――ああ、なるほど。相手の身になって考えると、相手の感じている恐怖も理解できて、お互いの恐怖が相殺されると。そうすることで、最初に仰っていた『怖さ』のない状態で読みに集中できるわけですね?

「そういう部分もあります」

――あるプロ棋士の先生が、『最近の奨励会員は自分が指した将棋でも最初から棋譜が並ばない』ということを言っておられました。こんなことってあるんですか?

「んー……どうでしょう? そういうことも、あるかもしれませんが……」

――それはやはり、将棋ソフトのように、その局面の最善手だけを考えるという思考法を取り入れているということなのでしょうか?

「確かにそういう考え方……その局面での最善手を考えるというのも、有効だとは思います」

「ただ、自分はそれだけではなく……」

――前後の流れも見つつ手を選んでいる?

「そうですね」

――私、実家が岐阜県の多治見市なんですけど。

「ああ! では、お隣の……」

――お互いに陶器で有名な。

「ふふふ」

――東西の将棋会館から離れた東海地方……さらにその中心である名古屋からも離れていて、岐阜との県境にある瀬戸市という場所にずっと住んでおられる藤井先生は『将棋を学ぶ上で決して恵まれた環境ではなかった』と師匠の杉本先生もご著書で書いておられます。その点はどうお考えですか?

「いや、自分の環境が恵まれていなかったとは感じていないです。東京や大阪の奨励会員ともネットを通じて対戦することもできますし、対戦相手が不足していたということはなかったと思います」

――では一般論として、膨大な量の情報に日常的に接するのと、そうではなくて少ない情報を繰り返して咀嚼するのとでは、どちらが学習方法として有効だと思われますか?

「ん……そうですね。たとえば、公式戦の棋譜を全て知っているからといって、強くなるというわけでもないと思いますので」

――なるほど。では最後の質問になりますが……将棋における『才能』とはどんなものなのか、教えていただきたいのです。

「はい」

――我々のような素人からは、不思議に思えるんです。ずーっと研鑽してこられた人に、若い人が追いつくということが。

「はい」

――それは……でも、将棋界では当たり前のこと過ぎて、ご自分では考えもしないことなんですかね? じゃあ聞くなって話ですけど……。

「ははは!」

「確かにあまり……考えたことはなかった、ですね」

――何か理由があるとすれば、どんなことでしょう?

「うぅーん…………そう、ですね……………………」

「……いやでもそれは。わからないです」

――では、藤井先生は『努力』についてどうお考えですか? 藤井先生を拝見していると「そんなに努力せずに勝てちゃうのかなー?」とか、不遜なことを考えてしまうんですが(笑)

「あ、いえいえ(笑)」

――ご自身で努力してきたという自覚とか、ここを今も努力してるよという点などはありますか?

「そうですね……もちろん、ずっと強くなりたいと思って取り組んできたんですけど」

「自分は、何かを抑えてとか、努力してきたという感じではないので」

「すごく意識的にやってきたというよりは、自然に……という感じが近いのかな、という気がしています」

――以前、北野新太さんのインタビューで、ご自宅に『ピンポン』という漫画があると。すごく面白い漫画で、私も好きなんですけど(笑)。読まれたんですか?

「ははは! はい、はい(笑)」

――あれも才能の話じゃないですか。

「はい」

――スマイルが強くなるんだけど、やっぱりペコのほうが才能があって、どんどん強くなっていって……。

「ええ、ええ(笑)」

――ああいうのをご覧になって、何か、才能について思うようなところとかは、おありなのですかね?

「ああー…………そう、ですね………………」

「うぅーん……………………」

 ここで藤井は、この日一番の長考に沈む。
 将棋の手を考える時のように俯き、口元に手を当てて……こちらの反応を見てウケそうな答えを探るのではなく、自分自身の中にある答えを探ろうとしてくれていた。
 やがて顔を上げて、藤井はこう言った。

「そうですね……卓球というのは、才能の世界なんだなとは思いましたけど……」

「ただ、どういうのが才能というのかは、んー……わからなかったというか、難しい…………将棋においても、難しいのかなと思います」

――そうですか……あの、最後にもう一つ。

「はい?」

――『ピンポン』は、面白かったですか?

「あははははは! はい、はい(笑)」

――ですよね! 私も改めて読んで、いい話だなぁと思いました(笑)。

「ははははは!」

 まさかこの質問でこんなに悩むとは思わなくてビックリしたのだが……将棋以外の質問に対しても、本当に真剣に考えた末に答えを導く誠実さを、藤井は持っている。
 自分だけの答えを求める姿勢と、どんな問いにも真面目に取り組む誠実さ。
 それが『才能』に対する一つの答えのような気がした。

――叡王戦本戦に出場するに当たり、改めて抱負をお聞かせ願えますか?

「前期の深浦先生との対局を振り返ってみて。時間の使い方とかそのあたりにも課題があったかな、と感じたので」

「読みと感覚のバランスというか、そのあたりにも気を付けて、前期よりもいい将棋を指せたらなと思いますし……」

「もっと上を目指せるよう、頑張っていきたいと思います」

――頂点で待っておられるのは、同じ板谷一門の髙見叡王です。藤井先生が勝ち上がれば、板谷一門同士のタイトル戦が実現することになりますが。

「あ、その……石田和雄先生は、板谷四郎先生の……」

――そうですね。藤井先生のお師匠様は杉本昌隆七段で、そのお師匠様が板谷進九段。そのまたお師匠様が、進九段のお父上でもある板谷四郎九段です。髙見叡王のお師匠様である石田和雄九段は四郎先生のお弟子さんなので、髙見叡王は藤井先生の……『いとこ違い』となります。

「四郎先生の系譜ということだと、髙見さんに先を越されてしまったんですけど(笑)」

「今期もまだまだ遠い道のりですけど、タイトル戦という舞台で戦えるように、一歩ずつ上を目指して戦っていきたいと思います」

――私は先期の叡王戦第1局で観戦記を書かせていただきました。一般メディアの取材では藤井先生に関する話題もたくさん出て……あの時は名古屋対局だったので。

「ああ! そうでしたね」

――私は、敢えて藤井先生のお名前は出さないでいたんです。けど髙見先生はご自分から『藤井さんは一人で強くなっててすごい』と仰っておられました。同時に、自分たちこそが最強世代であり、藤井先生の壁になるとも……。

「……はい」

――実現したら、すごい七番勝負になると思います。

「本当にそれは……自分の頑張り次第ですので」

 インタビューが終わり、再びリュックを背負った藤井。
 対局と、その後の囲み取材、そしてインタビューをこなした上に、ここから家まで2時間以上かけて帰宅しなければならない。
 思わず私は声を掛けていた。
「これから瀬戸までですよね? 飲み物があったほうがいいんじゃないですか?」
「あ、では1本……」
 緑色の生茶を選んだ藤井は、来た時と同じように私よりも深くお辞儀をして、部屋を出て行った。
 残された白いデカフェの生茶は、ニコ生の運営さんが「どうぞ」と勧めてくれたので、私がもらった。
 予想外のボーナスに、何だか嬉しくなった。

 

 白い生茶を飲みながら、私は考える。
 なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?
 持って生まれた才能も、当然ながら、ある。
 あの行方に「人間業じゃない」とまで言わしめた藤井の計算力は、その思考方法と共に、他のプロ棋士を圧倒している。
 しかし丸山が語るように、将棋ソフトの登場によって角換わりという戦法が「ぜんぶ見られちゃってる」状況になったのも大きいはずだ。

 コンピューターの急成長により、将棋界が大変革期に入った。
 序盤戦術において、それまでの経験や技術の蓄積が崩壊するような『革命』が起こったのだ。
 その革命によって頭角を現したのが、藤井だった。
 ナポレオンは戦争の天才だったが、しかしその才能が発揮されるためには、フランス革命が必要だった。
 それと同じように……藤井の才能が最大限に発揮されるためには、将棋ソフトの出現による序盤の革命が必要だったのではないか。

 なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?

 2018年、藤井は3つのタイトル戦で勝ち上がっていた。
 地元名古屋のテレビ番組において、師匠の杉本は藤井のタイトル挑戦可能性を『50パーセント』と語っていた。
 しかしその全てで藤井は敗れ、タイトル挑戦はならなかった。

 藤井はこれまで結果を残してきた。だから藤井ブームが起こったし、フィクションを超えた。
 しかし話を聞いているうちに……果たして藤井が結果を残そうと考えていたのか、私は疑問に思い始めていた。
 三段リーグで一期抜けを目指していたら、途中で主力戦法を変えるなどということをしただろうか?
 16歳でのタイトル挑戦を目指していたら、今以上に多くの候補手から手を選ぶという冒険をするだろうか? 藤井の計算力をもってしても失敗するような冒険を。もう佐藤天彦名人にも、羽生善治竜王にも、勝てる実力を持っているのに。

 なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか?

 それは藤井聡太が、結果よりも『変わり続けること』を選び続けてきたからだと、私は考える。
 努力ではない。藤井は「何かを抑えて」きたわけではない。
 ただ「ずっと強くなりたいと思って取り組んできた」ことだけは確かだ。
 では藤井が求める『強さ』とは何か?
 今までの棋士は、タイトル獲得という結果や、大山康晴や羽生善治といった目標を追い求めてきた。
 しかし藤井は過去にインタビューでこう述べている。

「歴史の中で名局として語り継がれる将棋が多く生み出されてきましたが、常に心に留めている一局、一手はありません」

 誰も想像したことのないような強さを、藤井は、藤井だけが、追い求めている。
 だから――

 現実ではないものをフィクションと呼ぶのであれば、藤井聡太はこれからも、フィクションを超え続ける。


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