『俺の妹』伏見つかさ×『はがない』平坂読 対談──ラノベにおける“現代ラブコメ”を極めた二人に創作論や作品誕生秘話を語ってもらった!
『十三番目のアリス』――伏見つかさの誕生
──伏見先生のデビュー時のことについて教えてください。デビュー作の『十三番目のアリス』は、SFですよね? しかも、ラノベにしてはかなりハードな展開が続くSFだと感じたのですが。
伏見:
ありがとうございます! 事前にいただいた資料(※質問事項等を書いたメモ)を読んだら「これ、全部読んでくれてるんだ!」って思って。
──いえいえ。で、1巻のあとがきで「学園ものに書き直した」というようなことが書いてあって。それでもラノベにしてはハードだなと思ったんですが……もっとハードなSFだったということですか?
伏見:
雰囲気は、だいぶ違ったんじゃないですかね。
これって……『十三番目のアリス』は、「電撃文庫大賞」に応募して、二次選考まで進んで落ちた作品なんです。
──二次なんですね。最終までは進めなかった。
伏見:
はい。でも気に入ってくださった編集さんが二人いらっしゃって。
で、その編集者さんたちから「どこがよかったか」を聞いて、書き直したのが、デビュー作になります。
直すときに、99パーセントくらい書き直したので……ちょっとその時の恨み節みたいなのが、あとがきに出ているかもしれませんね(苦笑)。
──出てましたね(笑)。特に最終巻となった4巻のあとがきには、「この4巻は投稿作のリメイクで、ノートパソコンの奥に眠っていた登場人物やイベントシーンを復活させることができた」……みたいなことが書かれています。
伏見:
ただ、僕がラブコメを学ぶ切っ掛けになった作品ではありました。とにかく編集部の、その二人の編集者を納得させないと本にはならないんだな、ということがわかりましたので。
まずはその二人を楽しませるものを書こうと、ラブコメの勉強を必死にしていたことを憶えています。
──平坂先生は、ラブコメを勉強なさったことはあるんですか?
平坂:
他の娯楽作品を読んで、何が面白いのかをつい分析してしまうことは、職業柄あります。ただ、ことさらに勉強のために読もうと意識したことはないですね。特にラブコメは元々好きでよく読んでましたし。
──話を戻しまして……二次拾い上げというのは、電撃文庫では珍しいんでしょうか?
伏見:
他にもけっこういらっしゃったと思います。
──賞には落ちたけど、編集者が「いける」と思ったら書かせると。
伏見:
はい。
──それって、作品を見ているのか、書き手を見ているのか、どっちだと思われますか?
伏見:
……書き手でしょうね。この人にはこういうのを書かせたら伸びるんじゃないか、みたいなのを考えていたんじゃないかと。僕の想像ですけどね。
──ということは、伏見先生にはラブコメを書かせたらいけるんじゃないかっていうふうに思ったと?
伏見:
はい。直接明言されたわけではなかったんですけど、そういう意図があったと思っています。
──拾い上げた段階から、次の作品ではラブコメを書かせようと思っていた……と、感じますか?
伏見:
そう……ですね。ただそこまで期待されていたかというと、怪しいと思います。いつでも捨てていいよみたいな雰囲気は、ちょっと出ていた気がする(笑)。
──ははは! こわぁ……。
伏見:
芽が出なかったら捨てていいや、みたいな(笑)。
伏見つかさはラブコメをどう勉強したのか
──ラブコメを書こうと勉強を始めたときに、参考になさった作品はありますか?
伏見:
ええっと、そうですね……一番に思いつくのは『いぬかみっ!』でしょうね。
──おお!『いぬかみっ!』ですか。同じ電撃文庫のラブコメで、漫画化、アニメ化、映画化と、メディアミックスされた作品です。
伏見:
人気がありましたし、教科書にするにはすごくよかったです。
あと、同じ担当編集さんの作品は全部読んでおこうと思って。当時の売れ線だった『灼眼のシャナ』や『とある魔術の禁書目録』を全部読みました。
──メタ的な感じで、担当を攻略しようと思った……みたいな意図はあったんですか?
伏見:
そうですね。当時はとにかく……ヒット作品を作ろうという段階ではなく、その前段階の、いかにして本を出すかということだけしか考えていなかったと思います。
──『乃木坂春香の秘密』なんかは読んでいらっしゃったんですか?
伏見:
読んでます読んでます!
──あの作品は『俺の妹』とも共通点があるように思えます……というか1巻の帯が「乃木坂春香さんも大絶賛!!」でしたし。
伏見:
ありがたいことに。
──ハードなSFを書いていらっしゃった頃に影響を受けた作家さんは、どなただったんですか?
伏見:
ぶっちぎりで貴志祐介先生ですね。
──はぁぁ~!
伏見:
『クリムゾンの迷宮』が大好きで。『天使の囀り』も大好きで。ああいう恐怖体験をテキストで表現できるところを、すごく尊敬していたんです。
だから僕は最初、ホラー作家になりたいと思っていて。
──ええ!?
伏見:
電撃に応募したのは保険というか……とにかくお金が欲しかっただけなんです(笑)。
だからラブコメについても全く重要視していなくて。ちょろっと書いただけだったんですよね。そしたら編集者に評価されたのは、そのちょろっと書いた部分だったらしくて。
それで人生が変わったのかもしれません。
──今のお話はまさに『エロマンガ先生』の12巻ですよね。本人はちょろっと書いただけで全く重視していなかったのに、読み手からは全く違った評価を受けるという。
伏見:
はっはっは!
──しかし貴志祐介先生とは……じゃあ新作が『新世界より』みたいな、いっけん異世界学園ドラマ風だけどダークな感じになったり?
伏見:
ふふふ。趣味では書きたいと思っています。ホラー作品も。
──私は『円環少女』【※】とかだと思っていたんですよ。
伏見:
ああ、大好きです!
※『円環少女』……長谷敏司のライトノベル。スニーカー文庫刊。ハードなストーリーとキュートなヒロインを両立させた名作。『紅』『ロウきゅーぶ!』『SHI-NO -シノ-』と並びラノベ四大ロリ作品に数えられる。
──伏見先生はラノベが好きで好きで書いていらしたかと思ったので、貴志祐介先生のお名前が出たのは本当に意外でした。で、私は『十三番目のアリス』3巻の1話【※】が、今の伏見作品に繋がっていると思うんですけど……。
※短編『女子寮の眠り姫』……サブキャラクターである桐山誠人と宮田怜奈を主人公に据えたスピンオフ作品。世間知らずで家事のできない怜奈の部屋を誠人が片付ける過程で親しくなっていく様子が描かれる。本編の複雑な設定をほとんど使わず、会話中心で進む学園ラブコメとして構成された。後の伏見作品の萌芽を見られる佳作。
──あれを書かれた頃のことをうかがってもよろしいですか?
伏見:
ラブコメを書き始めて、読者からの反響がけっこう来ていたんです。それを反映させたのかな……と。
1巻と2巻を書いているときもずっとラブコメの勉強を続けていましたので、その成果を出して試してみようという気持ちはあったと思います。
──ラブコメの勉強というのは、具体的には?
伏見:
書き写すとか……。
──写経ですか!? 伏見先生が!?
伏見:
も、していたんですけど。効果は無かったです(苦笑)。
とにかく当時は僕、台詞の重要性とか読みやすさとか、ぜんぜん重要視していなくて。
なんて言うか……僕、けっこう本を読むのが得意だったんです。
──はい?
伏見:
だから「読みにくい」という読者の気持ちがぜんぜんわかっていなかったんですよね。
──ああ! 本を読めない人のことがわからないんですね。「文字だけの本を読むのって大変だ」という人のことが。
伏見:
僕自身は、1ページにたくさん文字が書かれていた方がお得だから、改行は少なくてもいい。1文字の情報量が多いから、ひらがなよりも漢字の方が好きという読者だったので。
どんなに漢字をたくさん使っていても、難しい言い回しをしていても、日本語が縦に並んでいれば読めるだろう、と本気で思っていた。そのあたりが「ぜんぜん違うんだな」となって、勉強し直すことになったんです。
──そこのきっかけって、何かありましたか?
伏見:
うーん……編集者が嫌なヤツだったということですかね。
──ははは!
伏見:
デビュー前の指導が非常に厳しかったんですよ。僕はあまり反発心というものはなくて。従順な作家だったと思います。「はい! やります!」としか言ってなかった。
でも全ての行動は、自分で納得してからやっていましたから。感謝も恨みも、たくさんあって、思い返せば楽しかったのだと思います。
『俺の妹』誕生秘話
──『俺の妹』の話に移らせていただきます。この作品って、実妹との恋愛や、未成年がエロゲーをするなど、社会的なタブーに踏み込んでいると思うのですが、そういったものを扱うことに恐怖はありませんでしたか?
伏見:
これすごくいい質問ですよねぇ。めちゃくちゃ答えにくい(笑)。
──す、すみません……。
伏見:
前提として、堂々と発表できる作品だと思っています。デリケートな問題を取り扱う際は、作中でも、ダメなものはダメと書くようにしようと決めていました。
その上で……恐怖は感じていなかったと思います。とにかく必死に面白いものを書くことだけ考えていました。
──『俺の妹』を書いていた時期というのは、『アリス』の最終巻あたりと重なるんでしょうか?
伏見:
『アリス』の打ち切りが決まって、その後に『ねこシス』という作品を執筆していたんですよ。
で、目処がつきそうになったので『ねこシス』を出版する話が進んでいたんですが……その出版枠に『俺の妹』が割り込んできた形になります。
──電撃さんは作家さんが多すぎて、毎月決まっている出版枠の取り合いになると聞いたことがありますが……その貴重な出版枠を急遽別の作品に回したと。
伏見:
なぜかというと、編集さんから電話がかかってきて「面白い企画を思いついたからこっちで書いてみてくれない」って言われて。それでサンプルを書いて送ったら「こっちで行きましょう。ねこシスはやっぱなしね」って。ちゃんと後で出版してもらったのですが、当時は確定していたはずの入金が未定になったので、とても焦りました。
──ははははは!
伏見:
で、『俺の妹』を先に出すことになったんです。
──すみません。つまり『俺の妹』という作品は……伏見先生がちょっと書いてみて、それを編集が面白いと言ったということですか?
伏見:
「妹もので、オタクな設定で書いてくれ」と編集から電話が来たということです。
──実妹もので、ということで?
伏見:
はい。
──その段階でイラストレーターも決まっていたんですか?
伏見:
いえ。決まっていません。
──なるほど……。あの、実妹ものにしたことと、成人向けゲームを扱ったことの、どちらが反響があったと思われますか? 当時。
伏見:
成人向けゲームだと思います。妹ヒロインというのは、最終的に結ばれるかはどうかとして、いたはいたと思うんですよね。
──ふむ。ふむ。
伏見:
ですのでそちらは、そこまで目新しくなかったんじゃないかなと。
──ゲームの部分で注目された、と。しかしそのどちらも、あそこまでヒットするという点に関しては、あまり関係なかったですかね?
伏見:
面白かったからじゃないですかね。
──作品が面白かったから、ですよね。
平坂:
インパクトはありましたよ。妹がエロゲー狂いというのは。
かなりぶっ飛んだものが出てきたな、と思いました。妹とかヒロインがオタク趣味というのは、過去にもあったと思うんです。けど、妹と主人公が仲が悪くて、その仲良くなるきっかけがエロゲーというのは、新しくてインパクトがあった。
──そもそも平坂先生が『ラノベ部』に『俺の妹』を出したのって、どうしてなんです?
平坂:
確か……現実のエロゲーとか、ブログとかホームページとかを、実名で作中に出していたじゃないですか。そういった話題を『ラノベ部』で書くときに、実例として『俺の妹』を出したんです。
私はネットに触れるのが遅くて。まとめサイトみたいなものも見ていなかったんですけど……だから流行のようなものを学んでいこうというのは、『俺の妹』から取り入れた感じはあります。
──桐乃ってギャルじゃないですか。今の言葉で言うと。
伏見:
はい。
──その設定って、今も脈々と受け継がれていると思うんです。逆に、10年以上たった今、ギャルブームが来てると思うんですよ。
伏見先生の作品って、タイトルの付け方でラノベに大きな影響を与えたというのもあると思うんですが、ギャルを出したことでヒロインの属性そのものを拡張したという面もあると思うんです。その点はいかがお考えでしょう?
伏見:
あんまり自分では意識なかったですね。だいたいリクエスト通りに書いて、そこに自分なりに肉付けしたら、いいヒロインができたぞと思って。それでお出しして……という感じなので、そこにあんまり計算はなかったです。自分に功績があるとも思っていません。
伏見つかさと平坂読の創作スタイルの違い
──これは私の感覚なのですが……伏見先生の作品は、どれも1~4章構成で、起承転結がバシッと決まってるじゃないですか。
伏見:
はい。
──おそらくプロットを立てられる時からバシッと決められて、書き進めておられる。そしてもう一点の特徴は、キャラクターがそれぞれ分かりやすく役割を割り振られており、それが被らない。
『俺の妹』はオタクという属性の中にも、沙織のようなコテコテのオタクと、黒猫のような中二病のオタクを、見事に分類して、キャラクターとして命を吹き込んでいる。
そのストーリーのわかりやすさ、キャラクターのわかりやすさが、ラノベを代表する作品となった要素なのかと思うのですが……伏見先生がストーリーやキャラクターを作るうえで意識しておられることは何なのでしょう?
伏見:
基本に忠実に、ですかね。
僕は最初からラブコメが好きだったわけではなくて、書いているうちに好きになったタイプなので、かなり理詰めで作っているんですよね。
──うんうんうん。
伏見:
特に、シナリオ構成と、サブキャラについては、ほとんど……なんと言うか、一歩引いて作っています。
──……私は、伏見先生のプロットがどうしても見たかったんですよ。プロットが凄いと思ったので。あまりにも見事で、これは書き始める前の段階で勝負が決まってると。
だからとある企画で、伏見先生と平坂先生のプロットが読めると聞いて、飛び付いたんです。その時、一度だけメールのやり取りをさせていただいて……結局その企画は流れましたが、私には企画自体が流れようがどうでもよくて。伏見先生のプロットを読むことができたので。
平坂:
ありましたね……(苦笑)。
──で、プロットを拝見した時に驚いたのが、キャラクターのところに、設定よりもまずカギカッコの台詞が書いてある。つまりそれだけ台詞、口調が重要だと。文字情報だけで人格を表現するうえで、いかに台詞が重要なのかということを、そこから学ばせていただいたのですが……。
伏見:
言われてみればそうかもしれないですね。キャッチコピーというか、彼女はこういう台詞を発するんだよ、というのがわかりやすく伝わるだろうと思って、いつもそうしています。
──そこがはっきりしているからこそ、読みやすい作品になると思うんです。さらに伏見先生の作品の読みやすさというのは、低年齢層にも手に取りやすいということでもあると思うのですが、読者層への響き方というのはいかにお考えですか? 他のラノベ作家と比べて。
伏見:
読者層……実際の読者層については、あまり考えなくていいと思っているんです。とにかく読みやすくする。読みやすくするぶんには何の問題もないと思っていて。
というのも……読書好きの人って、どんな難しい本でも読んでくれますけど、簡単な話だからって読んでくれないわけじゃないし。評価してくれないわけでもないので。
逆に、難しい本が読みたくない方は、難しい本を評価してくれないんですよ。そもそも読んでくれないので。
──読まなきゃ評価のしようもないわけですもんね。
伏見:
だからなるべく簡単にしたほうが、多くの人に響くと思って書いています。
──簡単なほうがいい、ということなんですね。
伏見:
そうですね。簡単には書くけれど、それで深い物語が書けないかというと、そんなことはないと思うので。
わかりやすく面白い話にしようと、いつも心がけています。
──さきほど伏見先生は「基本に忠実」とおっしゃったのですが、その「基本」というのは、具体的に表現していただくとどういうことになるんでしょう?
伏見:
(スラスラと即答する)難しい漢字を使わずに、起承転結があって、メインヒロインがいて、一番かわいくて。で、周りに無意味なキャラクターを配置しない。そういう小さなこつの積み上げです。
──その基本を意識なさるのは……たとえばプロットを立てた際に今の項目をもう一度見直すのか、あるいは文章をリライトなさる際にチェックするのか、どちらなのでしょう?
伏見:
両方だと思います。企画書の段階で「このキャラいらないよね」となったら消しますし。実際に(文章を)書いてみて「このキャラ、思ったよりも面白くなったな! 予定外に面白いな」となったらそっちを伸ばしたりもします。
──今の伏見先生のお話をうかがって、平坂先生の創作論とはここが違う、みたいなところってあります?
平坂:
創作論……というか、創作スタイル自体が割とぜんぜん違う。
伏見:
ですよね(笑)。
平坂:
私はプロットあんまりしっかり立てないことが多いですね……。
ゴールと、大まかな流れだけは頭の中で決めて。一応、編集部に提出する最低限のプロットは作りはするんですけど、そのとおりにいかないことも多いですし……。
──それで大ヒットシリーズを書いていくというのは、つらくないですか? 袋小路に迷い込んでしまう恐怖は無いんですか?
平坂:
恐怖はまあ、はい。ありますけど。何とかなってきたので。
──何とかって……。
平坂:
明日の自分に期待するしかない。
──かっこいいですね。明日の自分。
伏見:
これが天才なんだよなぁ。
──これが天才なんですね……。
平坂:
キャラクターを無駄に配置しない、って伏見さんはおっしゃるじゃないですか。でも私は別に、面白いと思ったら出しちゃう。
『はがない』1巻のときの小鳩なんて、いらないじゃないですか。あいつ。
伏見:
くっくっく。
──いや、あの……。
平坂:
1巻の時点ではいらないですよ。裸で風呂から飛び出してくるだけの存在ですからね。
伏見:
後で使う用に出したんじゃないんですね?
平坂:
もちろん今後出てくるキャラではあるんですけど、1巻でわざわざそのシーンを書く必然性が無い。
──『はがない』はそもそも1巻を出版した時点で、「これ終わってないよね?」ってすごく言われたじゃないですか。
平坂:
そうですね。
──結末が何一つ付いていない、みたいな言われ方をして。
平坂:
はい。
──それであそこまで大ヒットするなんて当時は誰も想像すらできなかったと思うんです。編集者はとにかく「オチを付けろ」とか「最後に山場を作れ」と言っていたのに、そうじゃない作品が大ヒットしてしまった。古い価値観が崩壊した瞬間でした。……とはいえ、あれで終わるつもりはなかったんですよね?
平坂:
それはなかったです。当時のMF文庫Jは……出版業界自体が割と今ほど厳しくはなかったので、売れなくても3巻くらいまでは出してくれたじゃないですか。
──そうですね。キリいいところまで書いてくれとは言われましたね。業界全体で。
『はがない』誕生秘話
──創作論の一端をうかがえたところで、そろそろ平坂先生のお話も聞かせてください。
平坂:
はい。
──『ねくろま。』という作品は、それまでシリアスだった平坂作品がギャグっぽくなるきっかけで、フォント変更やイラストで遊ぶことも含めて今のスタイルに繋がる作品だったと思うのですが……イラストが全部裸の巻もありましたし。そういう「攻め」の作風になった理由を教えていただけますか?
平坂:
どちらかというとデビュー作のほうが、視覚効果を狙った演出とかを試験的にやっていて……『ねくろま。』はむしろ王道を狙ったほうですね。自分の中では。王道のファンタジー学園もの、みたいな。
──わかりやすくなっていったと思うんです。デビュー作の『ホーンテッド!』は、ちゃんと文章を読んでいないと、さきほどおっしゃった効果はわからないという人が出てくると思うんですが。
『ねくろま。』は、極端なことを言えばページをパラパラめくってるだけで「これは他と違うな」ということがわかるというか。そうやって読者の感じ方を意識するようになったというわけではないんですか?
平坂:
初期の頃は文体を模索していて。『ホーンテッド!』は、いわゆる……当時流行っていた饒舌一人称タイプの……。
──西尾維新【※】先生風のね。いっぱいありましたね。
※西尾維新……「戯言シリーズ」や「〈物語〉シリーズ」を手掛ける。独特な言葉遊びや会話劇が特徴。
平坂:
そうですね。あと『涼宮ハルヒシリーズ』だとか。その次の、『ソラにウサギがのぼるころ』は、饒舌一人称と三人称の合いの子みたいな感じで。
3作目の『ねくろま。』は、クランチ文体っていう、スラッシュで区切ったりするような文体を……。
伏見:
ありましたね。
──冲方丁【※】先生のやつですよね。
※冲方丁……第1回スニーカー大賞・金賞受賞。ライトノベルや小説の世界にとどまらない活躍をするクリエーター。
平坂:
それを実験的にやっていたりして。
……で、最終的には「下手に凝るより普通に書くのが一番いいな」ってなったのが今です。『ラノベ部』と『はがない』は全体的に文章を軽くしすぎた感があったので、『妹さえ』以降は場面によって硬さを調整するようになりました。
──文体の模索もなんですが、題材的にも異能やファンタジー要素が必ず含まれていましたよね? そこからいきなり普通の現代学園ラブコメである『ラノベ部』に路線変更したのは、なぜだったんですか?
平坂:
「ラノベにはファンタジー要素があるものなんだ」という思い込みはあったかもしれませんが、初期の作品も学園モノではありました。『ラノベ部』が転機となったのは、ファンタジー要素の有無ではなく、平凡な日常をメインにしたことでしょうか。
もともと『あずまんが大王』とか『ひだまりスケッチ』のような、まんがタイムきららでやってるような、いわゆる日常系四コマ漫画が好きで。
それをどうにかしてラノベに落とし込めないかな、ということはずっと考えていて。で、そこで『生徒会の一存』が発売されて。「俺がやりたいこと先にやられた!」って焦ったんです。
伏見:
確かに当時はそういう作品が多く出てきた印象ですね。
平坂:
当時の富士見ファンタジア文庫のカバーデザインって、全部統一されたフォーマットだったんですが、『生徒会の一存』だけ違っていて異彩を放っていたんです。だから気になって発売日に買って読んでみたら……。
──やりたいことを先にやられていた、と。
平坂:
それでその日のうちに『ラノベ部』の企画を立ち上げて。『いま生徒会の一存ってのが売れてるんですよー』って編集にアピールして企画を通した感じです。
──私も衝撃を受けたクチです。「うわ! 新しい!」って。伏見先生は読まれました?
伏見:
はい。読みました読みました。
──ああいう作風については、当時どうお感じになりました?
伏見:
とにかく「どういう企画書を書いたんだろう?」という点がまず気になったところで。
──企画書が!?
伏見:
あの内容で企画書を出しても、僕は没になるんです。
──ああ……確かにそりゃそうですよね。
伏見:
だからまず「どういう企画書を出して、どういう流れで本になっていったのか」という点が気になりました。
それともう一つ気になったのが、書き続けるのがすごく難しいんじゃないかなと。僕には向いてないなと思いました。
平坂さんがけっこう簡単そうに書いてるんですけど……僕には無理だなと(苦笑)。
平坂:
簡単そうに書いてないですよ!
小説って、書き出しが一番難しいじゃないですか。
伏見:
はい。
──うん。わかります。
平坂:
ああいう短い話がいっぱい入ってる作品って、そのぶん書き出しが多いんです。つまり一番大変なポイントが普通の小説の何倍もあるということで……。気楽に読めるけど、気楽に書けないと思いますよ。
伏見:
すごい修行になりそう(苦笑)。
──『GJ部』とか『人生』とかが有名ですかね。
平坂:
そうですね。GJ部はもっと細かくて本当に4コマ漫画の小説化という感じで……ようやるなと。
伏見:
平坂さんを含め、ああいう形式の作品をやってる人は、すごいなとしか思わないです。
平坂:
もっといろんな人が書いてくれたら、自分は書かなくていいんですけど……。
伏見:
(笑)。
──使命感みたいなものがあるんですか?『この火を絶やしてはいけない!』みたいな。
平坂:
それはちょっとあるかもしれないです。
──『ラノベ部』の最終巻の翌月に『はがない』が出ていたと思うんです。あとがきに予告されていて、実際にその翌月に私は書店で『はがない』1巻を買いましたから。
平坂:
そうだったと思います。
──どうしてここまでくわしく憶えているかというと、同じ月に私の2作目が発売になったからなんですけど(笑)。あの頃って、何と何の作業を一緒にやってたとか、憶えていらっしゃいます?
平坂:
『ラノベ部』の最終巻の作業と、『はがない』の1巻の執筆は並行してました。あとGA文庫のほうで、別の企画を準備中でした。
──『魔王からは逃げられない』ですね。『このラノ』のインタビューで存在は明かされていましたが……。
平坂:
あれも内容は学園モノですね。
──そうだったんですか!? てっきり当時流行りつつあった魔王と勇者ものかと思っていたんですが。
平坂:
タイトルだけならそう思われても仕方ないかと(笑)……あれは結局、『はがない』が忙しくなりすぎて、書けなかったんですけど。
オタク文化はこっそり堂々と楽しめばいい
──こんなことを言っては失礼かもしれないんですが……平坂先生の作品って、捻ったところがあるというか、敢えて王道を外している感があったんですよ。
平坂:
そうですね。はい。
──でも『はがない』は王道感があった。外しているはずなのに、王道という感じがあったんです。それって、ご自身でも意識していらっしゃいました?
平坂:
『はがない』も、別に……王道ド直球というよりは、これまでの作品と同じく、どちらかと言えばニッチ狙いのつもりではあったんですが。どうなんですかね?
──テーマとして、「ぼっち」というのがあったじゃないですか。それってものすごく時代を捉えていたと思うんですよ。
平坂:
たまたま時代に刺さった気がします。
──スクールカーストものの先駆けになっていると思いますし。そもそも『俺ガイル』の1巻の帯って平坂先生が書いていらっしゃいますし。それって意識しておられたのですか?
平坂:
狙ってやったというよりは……友達がいないヒロインや主人公が集まるっていうのが、普通に、何か……ちょっと「面白いんじゃないか?」と思っただけですね。
──オタクの孤独感とか、虐められる対象だったこととか……平坂先生の作品は、特にあとがきを読むとですけど、理不尽さに対する怒りのようなものが出ていると思うんですが、それが作品の中身にも反映されているような部分はありましたか?
平坂:
オタクだからとかそういうことは考えていないですね。別にオタクがすごい迫害されてるという感覚はなかったですし。
ただ、『ラノベ部』を書いている段階で、ちょうど当時エロゲーに対する規制が強まっている時期があって。「非実在青少年」というよくわかんないワードが生まれたりしていて。
それに対する反発というか、自分なりの意見みたいなものを作品の中でチラッと触れるようなことはありました。
──『ラノベ部』のあとがきで、平坂先生は理想の世界について語っておられます。ちょっと引用しますね。
臆面もなく言ってしまえば『ラノベ部』ではただの現実でもただの妄想でもない、果てしなく遠いが実現可能性は残されている「理想」の世界を書いているつもりです。それは具体的にどういうものかと説明する時「ギャルがライブに行った帰りにアニメショップに寄ってラノベを買うような光景に違和感がない世界」という例えを好んで使います。それは人が自分の目や耳や手や足で探し、自分の頭で考えることができる世界で、価値観を一方的に蹂躙されることのない、好きなものを好きだと言える世界です。(『ラノベ部』3巻あとがきより引用)
──……これって、まさに『俺の妹』で表現されている世界だと思うんです。そして現実においても、いつのまにかアニメや漫画や、その原作になってるラノベって、普通に若者たちに受け容れられるものになった。その転換点が『俺の妹』や『はがない』のヒットだったんじゃないかと思っているんですが……。
平坂:
当時も、オタクだからってそんなに迫害されたような感覚はないですね……。今は当時よりも、よりナチュラルにオタク文化が社会に浸透していて、電車の中でサラリーマンが萌え系のソシャゲをやってるのも珍しくなくなったじゃないですか。
その一方で、オタク界隈では、ジェンダーの問題やポリコレ、ミソジニー、ヘイトといったより深刻で根深い断絶が目立つようになってきた。だから一概に「当時と比べてよくなった」と言えるかは難しいと思います。
伏見:
僕は作品を通して「オタクの地位を高めよう」とか「オタクがいじめられるのは間違ってる」とか「自分の趣味は気持ち悪くない」とか、そういう主張は全然なくて。世間の認識を変えるのってけっこう難しいじゃないですか。
──はい。
伏見:
だから、あるがままを受け容れて、自分の趣味をこっそり楽しめばいいと思います。
で、それでいて自分の趣味を後ろめたく感じたり、メンタルにダメージを負ったりする必要もないと思っていて。変な言い方ですけど、こっそり堂々と楽しめばいいというスタンスです。
わざわざ他人に「こういう趣味が素晴らしいんですよ!」と主張して、理解してもらう必要はなくて。自分が好きなものは好きなままでいていいと思います。
……上手く伝わったかは、わからないですけど。
平坂:
スタンスとしては私も同じですね。ことさらにオタク文化が他の趣味や文化と比べて素晴らしいものだとか、偏見をやめろと強調するつもりは、ないです。
私小説だった『はがない』
──話を戻しまして……2010年頃のインタビューで、平坂先生は「書いてて楽しいのはマリア。夜空と幸村は 書いててつらい。特に夜空は何を考えてるかわからない」というのがあったんですけど。
平坂:
基本的にはブレないキャラクターのほうが書きやすいです。
マリアはかわいいだけの存在なんで、書いてて楽しいですし。特にストレスなく書けるんですけど……夜空というのは内面的にもいろいろ抱えていますし、感情を素直に出すのが苦手だったりしますし。
キャラクターというよりは、一人の人間として向き合わざるをえなくなってしまうので、他のわかりやすいキャラクター よりは、書くのが難しくなる。
さらに、『はがない』という作品は、小鷹の一人称で書かれているので、小鷹から見た夜空を書いていかなくちゃならない。他人なので。小鷹と夜空は。だからわかりづらい。
幸村が書きにくいのは、単純に喋らないから。会話劇メインの作品と単純に相性が悪いからという理由ですね。キャラクターとしてはわかりやすくて、自分の目的に忠実な、一本筋の通ったキャラですね。星奈も同じタイプです。
夜空、理科、小鷹あたりが、複雑すぎて……「こいつら面倒くさいな」と思いながら書いていました。
──理科は非常に重要なキャラになりますね。読者の感覚としては。
平坂:
序盤は色モノキャラという印象が強いと思いますが、ただの賑やかしで終わらせるつもりは最初からなかったです。
──理科に対する小鷹の気持ちを、幸村が「それは恋です」と指摘するシーンがありますよね。でも漫画版だと、小鷹に対する理科の気持ちを「それは恋です」と幸村が心の中だけで思うという展開に変更されています。
さらに、原作だと小鷹と幸村は約1年間付き合いますが、漫画版ではその展開にもならない。この変更は、平坂先生的にはいかがでしたか?
平坂:
コミカライズに関しては、いたち先生にお任せしていて。終盤になって、一度、変えてしまっていいのかという相談を受けて。漫画は、いたち先生の作品なので、納得のいくようにやってほしいという気持ちでした。
──これもifルートだと思うのですが、お読みになっていかがでしたか?
平坂:
小鷹と幸村が付き合うかどうかで展開がどう変わるんだろうと思っていたんですが……意外と結末は変わらなかったですね。
──確かに。どちらも綺麗に結末の「いい青春だった!」というシーンに繋がりました。
平坂:
私の中では、印象は変わらなかったんですけど。ただ読者の中には、主人公が他のキャラ(メインヒロイン以外)と付き合うなんてとんでもない、って人もいたのかもしれません。
──原作で、小鷹と幸村が付き合う展開を発表したとき、読者の反応はいかがでしたか?
平坂:
許せない……という声もありましたね。インパクトが強かったみたいで。自分が想定していたよりインパクトが強かったみたいで。
10巻クリスマス会での、夜空が星奈をかばったり、小鷹が二人を守るために自分から悪者になる場面が自分の中でのクライマックスだったんですが、そこの印象が薄れてしまったのだけが……残念かなと。
──小鷹の一人称という叙述形態を逆手に取った……という言い方はアレかもしれないんですが、小鷹にとって夜空は『最初から恋愛対象としてありえない』的な打ち明けがあったじゃないですか。あの反響はどうでした?
平坂:
「ひどいなー」という声は……ありましたよね。
──ははは!
平坂:
いや、でも……実際、自分で小鷹の気持ちになってシミュレートしてみると……恋愛対象ではないですよね?
──ラノベを読んでる読者からすると、そこまで真剣に考えないで、お約束的に付き合わせちゃってくれよ……という声もありそうかなと思うんですが。
平坂:
あります。
──そういう声に対しては、どう思われますか?
平坂:
これが俺の作品だから諦めてくれよ、としか。
伏見:
今の平坂さんの台詞、本当にいい台詞です
本当に、何と言うか……平坂さんは真の意味で意識が高い人だと思います。だから『はがない』とかって、ラノベとしてメジャー感があるのに、人間が一人一人できているというか。
ちゃんと、一人のキャラクターとして完成していると思います。感心しきりです。『はがない』の展開って、僕の中でも常に衝撃的で……「怖いことするなぁ」って、いつも平坂さんのことを思っていました。
──わかります。作者を心配しちゃうんですよね。同業者からすると。
平坂:
はははは!
伏見:
なまじ面識があるものだから、作者と作品をあんまり切り離せなくなっていて。「恐ろしいことを始めたぞ……」というドキドキ感がありましたね。
──純文学だと思うんですよ。『はがない』の中盤以降って。文体へのこだわりだったり、キャラクターの内面の掘り下げだったり、ヒロインが複雑な境遇だったり。ラノベの代表作だからラノベというラベリングをされていますが、これはラノベのお約束を超えている。
平坂:
もともと、ラノベっぽいというか、キャラクター小説っぽい書き方よりは、自分の中にあるものを引きずり出して書いていくという、純文学……私小説的なスタイルで書く傾向が強かったので。
『はがない』の後半のほうは、良くも悪くも自分の色が濃く出たなと。
──私は舞台になった岐阜県出身ですし、作品に登場する場所ってだいたいわかるし、行ったこともあるんです。さらに平坂先生とは同世代だし、だから読んでいて……十代の頃の自分を追体験しているというか……なんて言うか『本当にこいつらいるんじゃねえかな?』って気持ちになっちゃったんですよ。
伏見:
わかります。キャラクターから本物の人間になったような気がしました。
一定以上のレベルの作品になると、キャラクターって実在の人物よりも有名になったり、存在感がすごく高くて、作者自身よりキャラクターのほうが有名になったりするじゃないですか。
──なりますね。
伏見:
自分も、そういうキャラクターを作っていきたいという気持ちにされますよね。
平坂:
私としては、伏見さんのキャラクターとの距離感。適切な距離を取って動かしていくというスタンスも、すごいと思います。
夜空と小鷹については、自分がのめり込みすぎてしまって、エンタメとしては適切な距離感を取れていなかったという反省もあって。
どっちが優れているということではないんですけど……いろんなスタンスで書く人がいていいんじゃないかと思います。
ifという試み
──先ほども話題になりましたが、伏見先生は『俺の妹』でifシナリオ(『あやせif』や『黒猫if』など)を出版なさったじゃないですか。こういう、本編が完結した後に別ルートのものを本として出すのは革新的だったかと思います。これはどのような経緯で決まったことなのでしょう?
伏見:
『伏見つかさ10周年企画』というものがありまして、そのうちのひとつとしてなにか本を書くことになりました。
当時は本業に加え、アニメやゲームの仕事がどんどん増えて、スケジュールが崩壊しつつあったんです。そこにさらに本を出そう……ということになりまして。なるべく速やかに出版できるものにしようと、ifをやることになったんです。
──ゲームのシナリオとして存在するからですね。ただ、ドラマCDの脚本をラノベの最後のほうに収録することは、割とよくある仕様ではあります。それ単体で出版することは珍しいですが。
伏見:
長い年月が経って、PSPのゲーム『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』のシナリオを読んでいただくことが困難になってきたんです。それも大きな理由のひとつでした。
──ニコニコニュースオリジナル編集の竹中さんはこの『if』に衝撃を受けて伏見先生にインタビューする企画書まで立てたことがあるんですけど、竹中さん、何かこの機会に聞いておきたいことあります?
竹中:
アキバblogさんのインタビューで、桐乃以外のルートを書くことに抵抗があったとおっしゃっていたじゃないですか。
伏見:
はい。
竹中:
本という形で、サブヒロインがメインになるルートのものを書くって、ゲームのシナリオよりもさらに心理的ハードルが上がると思うんですけど、それを乗り越える覚悟というのは、どういうものだったんですか?
伏見:
確かに葛藤はありましたね。ゲームよりもずっとオフィシャル感が強くなりますから。だから悩んだんですけど……「多くの人に読んでもらう」ことの方が、僕のこだわりよりも大事だなと。悩んでいるうちに、新規追加シーンのアイデアが浮かんできたりして、楽しくなってきたというのもあります。
竹中:
伏見先生の作品って本を読み進めるなかで選択肢が出てくるじゃないですか。そこって、エロゲーの影響があるのかなと思って。伏見先生の作品って全体的にエロゲーの影響を感じるんです。私がエロゲーが好きだからそう感じるのかもしれませんが。
伏見:
もちろん影響はあると思いますよ。ビジュアルアーツさんの『Kanon』とか『Air』とか、メジャーなエロゲーはだいたいプレーしたので、もちろんそれはあるのかなと。
ただ、自分でゲームシナリオを書くに当たっては、あんまり意識していなかったと思います。単純に、楽しく、「ここで選択肢入れたら面白いよな」と無邪気に書いていました。
──ifシナリオなんですが、一から書かれたという黒猫ルート。あれは……タイムリープというか、SFっぽいものになったじゃないですか。
伏見:
ええ。
──読者の反響はいかがでしたか?
伏見:
基本的には好評で、「こういうのは望んでない」という方も、一部にはいらっしゃいましたね。
──唐突感があったというか、そんな反響もあった?
伏見:
はい。ありました。
──でも伏見先生はあれを書きたいと思って書かれたわけですよね?
伏見:
はい。黒猫って、ああいう不思議現象と相性のいいキャラクターだと思うので。思いつくままにガッと書きましたね。
──私は貴志祐介先生に憧れていたというお話をうかがって、腑に落ちた部分があったんですよ。あのルートは一番、伏見先生が好きなものを詰め込んだというか、地が出たのかなと。
伏見:
あ……確かに趣味的かもしれませんね。他の作品より、ずっと。
平坂:
私は、『黒猫if』の超常現象って、否定派なんです。
──おっ!
平坂:
『俺の妹』に限ったことではないんですが、現実ベースの作品で、後から「実はこの世界には超常現象があるんですよ」と言われると、それまでの登場人物たちの頑張りや葛藤が「実は不思議パワーでなんとかなったんじゃね?」と、水を差されたような気持ちになってしまうんです。
伏見:
本編とは切り分けたものとして書いたつもりですが、もちろんそうは思わない人もいますよね。作者としては、これが俺の作品だから諦めてくれよ、と言うしかないです。
さっき「キャラクターと適切な距離を取って動かしていくというスタンスも、すごいと思います」と褒めていただきましたが、僕ものめり込んで書いてしまうことはあるみたいです。こういったif企画とか、シリーズ最終巻とか、のめり込んで書く大義名分があると色々溢れてしまう。
竹中:
ポータブルシリーズの定番なのかもしれませんが、妊娠エンドってあったじゃないですか。あれは提案を受けて、ああいうエンドも作られたんですか?
伏見:
いえ。僕はシナリオを書くに当たって前作もプレーして、そこで「素晴らしいエンディングだな! 僕もやろう!」って提案しました。
というか、いきなりシナリオとして提出しました!
──完成させちゃってたんですね……。
竹中:
前作というのは『とらドラ・ポータブル!』ですか?
伏見:
はい。
竹中:
ちなみに『僕は友達が少ない ぽーたぶる』にも似たようなエンディングがあったと思うんですが……
平坂:
あれは実際に妊娠してるわけじゃなくて、マタニティードレスを着てるみたいなエンディングだったんで。あのシナリオは私が書いたわけではないので、スタッフさんのセルフパロディー的なものかなと。
──あ、そうなんですか?
平坂:
監修はしてますけど基本的にはお任せしていたので。
伏見:
僕は新しい仕事に初挑戦をするのが好きでして……ゲームシナリオにも挑戦したいなと思っていたので、自分で書かかせていただきました。