『俺の妹』伏見つかさ×『はがない』平坂読 対談──ラノベにおける“現代ラブコメ”を極めた二人に創作論や作品誕生秘話を語ってもらった!
『エロマンガ先生』と『妹さえいればいい』
──『エロマンガ先生』に移りたいのですが、『俺の妹』は最後まで主人公が誰を選ぶかわからない作品だったじゃないですか。対して『エロマンガ先生』は、主人公が最初から好きな人を決めていて、その主人公を他のヒロインたちが揺すっていくというか、そういう順序だったと思うんです。そうなさったのは何故なんですか?
伏見:
違うことをやりたかったっていうのが、まずありますね。こういう形式にしたら、また違う、穏やかな面白さになるんじゃないかなと。
──作家の立場からすると『エロマンガ先生』で身につまされるキャラというと草薙先輩なんですけど。
平坂:
あれはいいキャラです!
伏見:
ははははは!
平坂:
『エロマンガ先生』に出てくるキャラでは、一番考え方に共感できる。書くことが好きじゃなくて評価されることが好きというのも共感できます。
主人公の作品がアニメ化するときに、草薙が言うじゃないですか。「結果はどうあれ、全部終わったとき、自分が納得できるようにしておけよ。成功したとき一番喜ばなきゃいけないのはおまえだし、失敗したとき、一番悔しがるのはおまえじゃなくちゃダメだ」と。
──自分のアニメが世間からメチャメチャ叩かれた草薙先輩の言葉だけに、響きますよね。それでも草薙は自作のアニメ化に感謝しかしてないという姿勢も……。
平坂:
『エロマンガ先生』で一番いい台詞を選べと言われたら、それかもしれません。私が『妹さえ』のアニメにガッツリ関わっていこうと決めたのは、あの台詞に後押しされたからでもあります。
──他人のライトノベルの中からここまで影響を受ける言葉は、そうそうないですよ。草薙先輩は名言の宝庫です。
平坂:
これは伏見さんの中から出てきた台詞だと思いました。
──草薙の語る作家としての動機というか、心情というのは、どの程度、伏見先生の思っていることが反映されているんですか?
伏見:
キャラクターって、自分の考えや思いを一部分切り取って、それをくっきりハッキリさせたような主張をすることが多いと思うんです。
──ふむ。ふむ。
伏見:
だから、ああいう気持ちも、僕自身の中にきっとあると思いますよ。
あそこまでハッキリした意見じゃなくて……僕は書いてるときもけっこう楽しんでますし。彼みたいに、成果だけが超楽しいってわけじゃないですね。ただ、共感はできます。
──お話をうかがっていると……伏見先生にとって、ライトノベルというのは特別なものなのか、それともそれ以外のものがあったら変えてもいいものなのか、どちらなのでしょう……?
伏見:
こだわりは無いですけど、自分に一番合っているものの一つだと思っています。
──こだわりは無い……んですね。
伏見:
そうですね。アニメも楽しいですし、ゲームも楽しいですし。僕に絵を描く才能があれば漫画も楽しかったはずで。そこは全然こだわりはないです。
──そもそも投稿したのも、お金が目当ての部分があったわけですもんね。
伏見:
そうですね。恥ずかしながら(笑)。
──ほぼ同時期にラノベ作家というテーマを作品に選ばれましたが、これはなぜなんですか?
伏見:
その話、当時も平坂さんとちょっとしたと思うんですけど……示し合わせたわけじゃないんです。シンクロニシティ的なものが起こって。
平坂:
そうですね。
伏見:
だいたい同じタイミングで企画を立てていたので、どちらかが真似たとか、そういうわけではなかったと思います。ちょうど同時期に、ラノベ作家ものの作品が幾つか出版されましたが、もちろんそれも作者同士で示し合わせたものではないんです。
──なぜ自然発生的にそうなったのか、その理由は探りたいと思っていて。
伏見:
そうなんですよね。そこ、僕も知りたいと思って。当時、ラノベ作家ものって「売れるネタだから」という理由では選ばないはずなので。
僕自身は、『俺の妹』が終わってから、まったく間を開けずに書き始めたので、取材期間が取れなかったというのがあります。
──なるほど。知ってる業界なら取材をしなくても書けるから。
伏見:
そうです。知ってる業界なら面白く書けると思った。平坂さんはどうですか?
平坂:
もともと作家もの、クリエーターものって、書きたいという作家は多いと思うんです。市場的には売れ線ではないんですけど、作り手側からすると書いてみたいジャンル。
──セールスは望めないんですよね。残念なことに。先行作品でそういう結果が出ている。
平坂:
私も書きたいと思っていた作家の一人で、(『はがない』を終えた)今なら書いても許されるかなというのと、幸いにして編集が(イラストレーターの)カントクさんと組ましてくれるというので。即打ち切りみたいなことにはならないだろうと。
『はがない』でいろいろ溜まった毒を出したいと思って、やってみることにしました。
──テーマ自体は共通しているものの、切り取り方は大きく違うと思うんです。水野良先生が『リアリティーレベル』と表現されていますが、伏見先生はフィクション寄り。平坂先生はリアル寄りだったと思います。
伏見:
これについては、平坂さんと書きたいテーマがだいぶ違っているからだと思っていて。
平坂さんの『妹さえ』は、ラノベ作家の生活ってこんなに楽しいというのがテーマだったと思うんですけど。僕は創作自体が楽しいというテーマで書いたので、その違いが出ているんじゃないかと。
──中学生や高校生の年齢で、創作の楽しさというか、ラノベ作家という仕事の神髄に迫ろうとすれば、必然的にフィクション寄りにはなるでしょうね。
伏見:
ええ。そのためには、リアリティーレベルをちょっと下げてやって、突拍子もない奇抜なヒロインたちを出す。そう考えたんですが……平坂さん、今ので合ってますか?
平坂:
おっしゃるとおりテーマの違いもあると思いますし、そもそもメインターゲットとして狙っている層も微妙に違うのかなと。
『エロマンガ先生』は少年漫画で、『妹さえ』は青年漫画、みたいな。漫画のジャンルでたとえるとそういう認識です。
──ただ外形的に見ると、似てる部分があるなぁと。そこが面白いと思うんですよ。メインヒロインが決まってる部分や、そのヒロインと結婚を意識してる部分とか。アニメ化がゴールになったりする部分も。作風も全然違うし、ラノベ業界を盛り上げていこうという気持ちとか。
伏見:
うーん……あんまり僕、他人のことを考えながら書いてないと思います。
とにかく自分の作品を面白くする。その結果、全体の繁栄があるんじゃないかなと。
平坂:
そこは私も同じで。
まず、自分の作品を面白くするというのがあって。その結果としてラノベ業界が盛り上がるなら、それはそれでいいかなと。
伏見:
似ているかどうかはともかく、以前から平坂さんとはネタ被りすることがありました。
平坂:
同じような経験をしてるからなんですよ。単純に。
伏見:
そうですよね。一緒に行動しているから同じような話を考えるんですよ。
で、たまにネタ被りしたときに、話し合ったりするんです。お互いに「こっちのほうが面白かったよね」みたいな(笑)。
後はお互いの失敗を笑ったりしてましたよね。「ベギラマ存在しなかったよね」って。
──ベギラマ?
平坂:
『ラノベ部』で『ドラクエ』をやる描写があるんですけど……。
伏見:
『ドラクエ9』【※】ですね。
※ドラゴンクエストIX 星空の守り人
平坂:
実は『ドラクエ9』って、ベギラマが無いんですよ! 執筆当時は『ドラクエ9』が発売される前だったので、そのシーンは想像で書いたんですが、ベギラマみたいな有名な呪文がリストラされるなんて思ってなくて……。
──そういえば『ラノベ部』3巻でありましたね! 幼馴染みの竹田と美咲がゲームやってるシーン。他の呪文は1回しか出てこないのに、ベギラマだけは2回出てくる……非常にいいシーンなんですけど、そういうお話を聞くと笑ってしまいますね(笑)。
平坂:
『ドラクエ9』発売後にベギラマリストラに気づいて、慌てて担当に「今からヒャダルコに変えられませんか」と真剣に相談したんですが、「もう印刷に入ってるから無理です」と(笑)。
これからの二人
──伏見先生は『俺の妹』の17巻で「次に執筆するのは『エロマンガ先生⑬』になります。(中略)これが、人生最後に出す本。そのくらいの意気込みでお届けします。」と書かれたり、『エロマンガ先生』の12巻も非常に短いあとがきだったりと、近年は並々ならぬご決意がおありだったとお見受けしました。
伏見:
引退するとか、重病になったとか、そんなことはないんですけど。ここ数年、世界的な大事件が立て続けに起こっていて。
──はい。
伏見:
たとえば1年後、僕が死んでいたり、病気で仕事ができなくなっていたりする可能性って、1パーセント以上あると思うんですよね。
ですから……明日死んでもおかしくないくらいの気持ちで、1日1日を大事に仕事をしていきたいなと。その気持ちが出ていたんじゃないかなと思います。
──平坂先生も最新作である『変人のサラダボウル』の3巻で「この作品は自分の最後のライトノベルのつもりで書いています」とおっしゃってます。ここも不思議なシンクロを見て取ることができるのですが……これはどういう心境なのでしょう?
平坂:
私の場合はそういう覚悟を示したものではなく……『妹さえ』と『〆切り前には百合が捗る』で、自分が今書きたいと思っていることは大体書き切ることができて。
わりと……もう、満足している状態になってしまったんですね。
あとは『変人のサラダボウル』で、書きたいものじゃなくて、純粋に自分が楽しんで読めるようなものを書いて、まぁラノベからは足を洗うかなぁくらいに思っています。
──……。
平坂:
ただ、また書きたいものが生まれたら、しれっとラノベを書き始めるかもしれませんし。
完全に……先のことは未定、ですね。小説以外のことがやりたいので、お仕事募集中! って感じです(笑)。
──小説以外なんですね。
平坂:
そうですね……小説を書くのは、あんまり…………もともと小説書くのあんまり好きじゃないですし(笑)。
なんか、楽しそうなお仕事があったらください! って感じです。
──すみません、衝撃的で……あの、じゃあもともと他に何かやりたいことがあったんですか?
平坂:
ない……ですね。興味があることはいっぱいあるんですけど、「これがズバリやりたいんだ!」と言えるほどのものは……。
──草薙先輩みたいに『人に評価されたい』っていう気持ちが原動力だったり? 平坂先生がラノベを書いてきた理由って何だったんですか?
平坂:
…………生活するために? たまたまプロになれたので、生き残るために必死で書き続けてきたら、気づいたらこんなところまで……という感じでしょうか。
もちろん作品が評価されたり読者が喜んでくれるのが嬉しいという気持ち自体はあって、だから続けてこられたという面はあると思いますが。
──伏見先生もラノベに特別な思い入れはないとおっしゃっていましたが……それでは今、何を一番やりたいと思っていらっしゃるのでしょう?
伏見:
僕は何でもやりたいですね。できればお金が儲かることがやりたいです(笑)。
『エロマンガ先生』の最終巻を書き終えたその日は、センチメンタルな気持ちにもなったんですが……その翌日から新しい物語を書きたい気持ちが溢れてきたので。
──それをうかがってホッとしました。私はずっと伏見・平坂に少しでも追いつこうと努力してきたので、お二人にはずっと目標のままでいていただきたい気持ちがあります。
平坂:
もう追い抜いてるんじゃないですか?
伏見:
ええ。随分前に格上になられたと……。
──やめてくださいよ!!!!
ゲームが変わった
──お二人がデビューされて15年以上。現実のラブコメものが隆盛を極めた後に、ネット小説の世界で異世界ものが大ブレイクしました。新人賞などから出てくる作品が売れなくなっている現状を、どう見ていらっしゃいますか?
伏見:
こういうたとえをするのが適切かはわかりませんが……ゲームの環境が変わったくらいの感覚でおります。
なので、新しい環境に対応したものを書いていくのがいいのかな、とか。いま売れているものや、流行っているものをどんどん吸収していかないとな、と思います。
──私が考える伏見先生の難しさって、たとえばタイトル一つ取っても、いま売れているものって『俺の妹』の影響を受けたものだと思うんですよ。ギャルや妹といった、ヒロインの造形にしても。つまり売れているものを学ぼうとしたら、セルフパロディーのようになってしまうんじゃないかなと。そこはいかがですか?
伏見:
仮に(設定が)セルフパロディーっぽくなっても、今の自分が書けばまた違うものになると思いますので。そこまで気にしていないです。意外と、ガラッと違うものを書くかもしれませんしね。みんなが書いている流行ジャンルを書いてみたい気持ちもありますし。
──恐怖感はありませんか? 2作連続で大ヒットして、アニメ化もして、そこから全く違ったものにするというのは……。
伏見:
やるべきならやりますし、やるべきでないならやらない。ただそれだけのことだと思います。
──非常に冷静に市場を捉えておられると思うのですが、伏見先生が紙の本から始めてヒットする確率はどれくらいだと感じていらっしゃいますか?
伏見:
●パーセントくらいだと思いますよ。
──!? そこまで…………低く、見積もっておられるのですか……?
伏見:
リトライが一度も許されない状況ではないので、決して低い数字だとは思いません。デビュー前後の自分と比べるとむしろ状況はずっと良くなっています。
もちろんリトライ前提でやるというわけではなくて、やるからには最初からヒット作品にできるよう全力を尽くします。その結果失敗しても、次はもっと上手く狙えるようになるはずです。
──他の売れているジャンルに挑戦して、確率は上がると思いますか?
伏見:
変わらない……と思いますよ。
作風を変えて離れる読者や、他ジャンルを書くことによる経験不足を考えると、プラスマイナスゼロになってしまうと思います。僕は新しいことに挑戦できて楽しいかもしれませんが、仕事でやるべきかどうかと考えると、現時点ではなんとも言えません。
平坂:
ラブコメ自体は、一時期の異世界ファンタジー一色だった時代とくらべたら、また元気になってきているとは 思うんです。
けど、何と言うか……『はがない』『俺の妹』の頃よりも、よりぬるま湯みたいなものが増えているなとは思います。
──ぬるま湯というのは、何も起こらない展開が続く作品?
平坂:
主人公とヒロインの一対一の関係性で、ヒロイン同士の争いも起こらない平和なもの。それが今の流行なのかなと。
伏見:
ラブコメ漫画でブレイクした形式ですね。
平坂:
そうですね。個人的には、もっと修羅場を見たい。
──漫画でヒットしたものを後追いするような状況になっているような気がするんですよ。ラノベが漫画原作として扱われるようになった影響で。
平坂:
そうかもしれないですね。
──そういう作品を書こうとは思わない?
平坂:
そういうジャンルの漫画も好きでよく読むんですが、自分でやりたいとはあまり……。個人的にはもっとギスギスしていたり生々しい展開のラブコメが増えてほしいですね。
もちろんそういう作品も出てるとは思うんですが、どうしても外側からは流行一色に見えてしまう。もっと色んなタイプの作品が売れて目立ってくれると、業界的にも活気が出るのになと思います。
──ありがとうございます。最後に、伏見先生にお伝えしたいことがありまして。
伏見:
はい?
──私はデビュー作が全く売れなかったんです。そういう時って、まあ、少しでも世間の反響を知りたくて……エゴサとかするわけですよ。そんな時に、人気絶頂の伏見先生が私の作品の名前をイベントで口にしてくださっていて。見間違えかと思ったんです。『らじかるエレメンツ』という作品なのですが……。
伏見:
あ! 僕大好きです!
──自信はあったけど……自信があっただけに、売れなかったことがショックで。伏見先生があの時、名前を挙げてくださらなかったら……今の自分はないと思います。心が折れて、とっくに辞めていたと思うので。
伏見:
いえ、こちらこそ。面白い作品を読ませていただいてありがとうございます、しかないですね。
──けどそのインタビューを読んだとき、恐怖して。伏見先生は他のラノベの二次創作をしていたという話の流れで私の作品も挙げてくださっていたんですが、二次創作って、つまり文体のコピーだと思うんです。
伏見:
うん。うん。
──売れてる作品に対してそれをするのは、わかるんです。でも、ぜんぜん売れていない作品であろうと、自分の目で見て、それを取り入れる必要があると判断すれば、偏見なく取り入れる。さらにそれを公の場で口にする。『この人は本当に、他者に嫉妬しないし、自分を高めることしか意識していないんだな』と、かえって自分との差を痛感させられました。
伏見:
なんて言うか……僕はラノベ作家っていう仕事を、トレーディングカードゲームみたいに捉えているところがあって。
自分のラブコメデッキを使って戦う。強そうなカードを持ってる人がいたら、自分もそれを使いたくなるじゃないですか? 白鳥さんが持ってるカードで、有用そうなものがあったから、取ってきて、使う。そういうことだと思います。
それに『らじかるエレメンツ』というデッキには、僕にとって『大好きだけど使いこなせないのでやむなく封印したカード』が含まれていたんですよね。それが『面白い本』として形になっていたので、あっという間に好きになりました。「ほら! 面白いじゃないか! 可愛いじゃないか!」という気持ちで読んでいたように思います。
──封印したカード?
伏見:
少し脱線しますが……僕はオンラインゲームなどでキャラメイクをする際は、身長スライダーをMAXにして、眼鏡アクセがあるなら付けて、肌色を濃くして、筋肉量も増やせるなら増やして、角も生やせるなら生やして、声は豪快な姉御系にして、理想の女戦士キャラクターを作って遊びます。
各ラノベ作家には、そういう……生まれながらに持っている最強のヒロインカードがあると思うんです。自分自身の最強カードは仕事で使えないので、少しでも近いカードを使っている作品は、大事にしたいです。
──……まさか伏見先生からあのキャラを褒めていただけるとは思いませんでした。今の私はロリ作家として認知されているので真逆なキャラではあるのですが、またああいうキャラも書いてみたいです!
伏見:
『らじかるエレメンツ』や『はがない』など、特に参考にした本は、いまも本棚に並んでいるので、これが僕のラブコメデッキなのかもしれませんね。
──個人的な話題で失礼しました。最後に、お二人に対してそれぞれ思うことがあったら、教えていただきたいのですが。
伏見:
さっき平坂さんが「これで引退かな」みたいなおセンチなムードになっていたので、ぜひこれからも続けていただきたいということを言っておきたいですね。
まだまだいけると思いますし。これからさらに最高傑作を書いてくれると信じています!
平坂:
私は、まずは『エロマンガ先生』の最終巻が明後日、出るので――。
伏見:
宣伝ありがとうございます!
──13巻ですね。私も楽しみです!
平坂:
まずはそれを楽しみに読みたいなと。あと、もう少しペース速く出してほしい。
伏見:
ごめんなさい!
平坂:
昔から読んでいて今も新刊が出るのを楽しみにしてる作家って、もう少ないので。伏見さんはその一人だから、今後も頑張っていただきたいですね。
──時間を延長してまでお話しいただき、本当にありがとうございました! 私もまだまだお二人の背中を追いかけていきたいという気持ちになることができたので、ぜひ記事を読んでくださった方々にも、そんな気持ちになっていただきたいと思います!
……このまま終わってもいい。それほど充実したインタビューだったと思う。
だが記事をまとめるに当たり、どうしても話を聞きたい人物がいた。
有沢まみず。
伏見がラブコメの教科書と語った『いぬかみっ!』の作者だ。
有沢と伏見の経歴には共通点がある。
デビュー作がハードな作風であること。その作品が4冊で終わったこと。
その後、電撃hpで連載を経験したこと。『いぬかみっ!』は電撃hpで連載されていた連作短編を文庫にまとめたものが始まりだ。
自分が成功するためのモデルとして、伏見が同じレーベルの先輩である有沢のことを意識していたであろうことは想像に難くない。作品だけではなくそのサクセスストーリーをもなぞろうとしたことは。
では、有沢からは伏見がどう見えているのか?
私が連絡を取ると、今は宮沢龍生とも名乗っているその人は、快く話を聞かせてくれた。
……だが、それを公開することに関しては難色を示し続けた。
「自分はもう商業ベースのラノベという戦場からはおりているので」
「そもそも自分程度の作家が、お二人について何かを言える立場じゃない」
宮沢は後輩想いの人物だ。私の頼みに、いつも快く応じてくれる。しかし同時に、他の作家の評価をメディアでペラペラと語るような人物ではない。
そういう人だからこそ、多くの先輩に可愛がられ、後輩に慕われるのだろう。
以下のやり取りは、宮沢を何度も説得した末に掲載が許されたものであることを明記しておきたい。
──実は対談の中で、伏見先生の口から『いぬかみっ!』がラブコメの教科書として最適だという言葉が出ました。
有沢:
光栄というか……嬉しいですね。本当なんですか?
──私が誘導したわけではありませんよ(笑)。ただ、同じように勉強させていただいた身としては、伏見先生の言葉は大いに納得するところです。ちなみにこの話、ご本人から聞いたことは?
有沢:
多分、ないと思います。何回か合宿とか飲み会で一緒になったことはあるんですが、私の記憶が確かなら、そんな話になったことは ありませんでしたし。
──『俺の妹』をお読みになっていかがでしたか?
有沢:
明らかな社会現象ですよね。それまでのラブコメとは存在感が違いました。
伏見さんは、編集者・三木一馬チルドレンの最優等生だと思うんです。『シャナ』の高橋弥七郎さん、『とある』の鎌池和馬さん、『ソードアート・オンライン』の川原礫さんなどがいますが、その中でもコンセプトから明確に凝縮して作品として昇華させた最も優秀なチルドレン。
その証拠として、他の作品も伏見さんは売れている。常にコンセプトが明快です。そして意図したところにきちっとヒットを打っている。狙い澄まして、きちんと表現して。凄い人だなと思います。
──ご自身と作風が似ていると感じていらっしゃいますか?
有沢:
自分に似てる人じゃないですね。感性が違う。
僕なりに分析すると……僕とかの世代は、出自が少年漫画やアニメやノベルゲームだった。ラノベという文化が成熟していなかったので、ラノベの影響を受けていないんです。
しかし伏見さんはラノベを参照・研究・発展させている。ライトノベルというものを純粋に結晶化できている。こうして振り返ってみると……自分の作品は、サンデー作品を書きたかったんだなと思うんです。
──週刊少年サンデーですか。確かに『いぬかみっ!』からは高橋留美子先生の影響が感じられますね。
有沢:
ええ。まさに(笑)。
格闘技でいうと、僕らは空手や柔道のバックボーンがある。でもそこから総合格闘技というジャンルができていって……。
──それが、ライトノベル?
有沢:
ええ。そして総合格闘技のルールの中で最も強いのは、総合格闘家なんです。伏見さんは完成された総合格闘家です 。寝技も立ち技もできる、ね。
卑下や謙遜ではなく、あのリングの上で伏見さんに勝てるとは全く思えない。
──なるほど……平坂先生の作品はどう見えますか?
有沢:
平坂さんとは面識がないので、コメントしていいものか迷いますが……トリッキーな作風だと感じました。感性が鋭く、何かを取り入れるというよりも、自分の中にあるもので作っているように見えます。
──それはまさに対談の中でも語られていたことです! 面識がないのに、そこまで見えるものなのですか……。
有沢:
今の総合格闘家は、かえって特異なバックボーンの持ち主が出てきている。技術が均一化した結果、トリッキーな技があるほうが勝率に繋がるからです。これは将棋も同じだと思うんですが。
──はい。AIの登場でセオリーが均一化された結果として、そこから敢えて少し外すことで勝率を高めるという手法が出てきました。
有沢:
平坂さんの印象は、当て感がいい格闘家です。
──なるほど。先生の中で、同期やそれに近いラブコメ作家さんはどなたでしょう?
有沢:
電撃だと五十嵐雄策(『乃木坂春香の秘密』作者)さんが同世代という感覚です。あと鈴木大輔(『ご愁傷さま二ノ宮くん』作者)。
──盟友ですね。
有沢:
ええ。でも大輔は富士見でした。富士見はラブコメの書き手が揃っていましたが、電撃はラブコメが手薄ですらあった。だから僕みたいな者でも、多少は活躍する余地があったのかなと。
──その下の世代となると、どのような印象ですか?
有沢:
伏見さんと平坂さんが圧倒的です。あの二人で全て回っていたという印象すらあります。
──疑問があるんです。ラブコメをヒットさせた作家は、先生を含めてデビュー作がシリアスなバトルものとかが多い。なぜなのでしょう?
有沢:
シンプルな理由で、最初に書くのは「こういうのを書きたい」というもの。でも売れない。その中で、自分の中から出てくるか編集から出てくるかわからないけど……「売りたい」と思うようになる。
──「売れたい」とか「売りたい」という言葉は、伏見先生と平坂先生の口から何度も出てきました。特に伏見先生からは。
有沢:
「売る」という部分で、ラブコメというのはトレンドを捉えやすい。最適解を導きやすいんです。だからラブコメというジャンルに移行しやすいのだと思います。
──どうしてラブコメは最適解を導きやすいんでしょう?
有沢:
白鳥さんもさっき言ったじゃないですか。「勉強」って。他のジャンルで「勉強して」とは言わない。
──あっ……!
有沢:
それは「ラブコメは勉強すれば書ける」の裏返しでしょう。バトルもので一度ダメになって、改めて売れてるラノベを勉強し直すんです。そしてラブコメに辿り着く。結果的にそういう人たちが成功しています。
──では、ラノベ作家になったあとの勉強が大事なのか、それとももともと持っていた才能が大事なのか、どちらなのでしょう?
有沢:
個人的には、もとからの才能だと感じています。重厚な題材を書き切る能力があるからこそ、「勉強すれば」ラブコメも書けるようになる。
──実際にそのルートで成功なさった先生の言葉には説得力があります。お話をうかがって、長年の謎が解けました……。
「自分はもう商業レーベルという戦場からおりた立場。そんな人間が伏見さんや平坂さんに対してコメントをするというのは……」
何度もそう渋る宮沢を、私は必死に説得した。
この言葉は絶対に残さねばならないからと。
あまりにも見事な分析だった。ライトノベルというジャンルを築き上げた先輩作家たちの高い能力を見せつけられた思いがした。私たちが突き当たった壁などよりも遙かに高いものを、きっと彼らは乗り越えてきたのだろう。
宮沢たちが築き上げた、レーベルに象徴されるラノベ業界は、私たちの力不足もあって危機的状況にある。
しかし後輩として、せめてその言葉は残さねばならない。
宮沢の言葉を聞いて、多くの疑問は解消された。
同時に、一つだけ「違うのでは」と感じたこともある。
なぜ伏見と平坂が同時期に『ラノベ作家』という題材を選んだのか。なぜ、それを書きたいと思ったのか。
それは二人がラノベから学んだからだろう。
宮沢はラノベを総合格闘技だと表現した。
しかし伏見・平坂世代の私には、別の感覚があった。
伏見も平坂も、他人と戦っている感覚は無いと言った。それは私も同じだ。もっと違う、仲間意識のようなもので繋がっている。
それは、学び舎……つまり『学校』のようなものではないのか?
二人にとってラノベとは学校であり、そこで過ごした日々は青春だったのではないだろうか? 少なくとも、私はそう感じている。
人気者の二人に憧れ、その背中を追い続けた日々。何度も何度も二人の本を読み返し、真似をして、でも同じようにはできなくて絶望した日々。
それでも歯を食いしばり、しがみつき……伏見と平坂に自分の存在を認識してもらっていると知るだけで、天にも昇るような気持ちになれた。どんな名作も書けると思えた。
私以外にも、そんな作家がたくさんいる。デビュー作が売れなくても、新人賞を取っていなくても、輝けることを教えてくれたあの二人を目標にしてきたラノベ作家たちは。
「自分も、あんなふうに売れてみたい」
そんな下世話な、けれど純粋な夢を抱いて、ラノベという学校に飛び込む――そしてそこで学ぶのだ。
私たちがデビューした頃はそれが『ラブコメ』だった。
今はそれが『異世界転生』になっているのかもしれない。
伏見つかさと平坂読。
頂点を極めた二人は今、それぞれ別の道を歩もうとしている。二人が次にどんな挑戦をするのかは、まだわからない。
だが私にはまだラノベから学ぶ余地がいくらでもある。おそらく残りの一生かかっても学び尽くせないものが、過去にも未来にも。
ライトノベルと出会えたことで、私たちは永遠に終わらない青春時代を手に入れることができた。痛みや苦しみのほうが多いけれど、書き続ける限り、それは終わらない。
そしていつか筆を置くとき、精一杯の強がりの笑みを浮かべてこう言いたいと思う。
『いい青春だった!』
(了)
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