研究会で切磋琢磨し互いの将棋を知り尽くす久保九段と小林七段、9年ぶりに公式戦で対決:第2期 叡王戦本戦観戦記
プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。
ニコニコでは、初代叡王・山崎隆之八段と段位別予選を勝ち抜いた精鋭たち16名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。
本戦トーナメント開幕
組み合わせ抽選会の場で、久保は「振り飛車で頑張っていきたい」と決意表明をした。近年のタイトル戦など、将棋ファンの目に留まりやすい対局のほとんどは相居飛車である。それは居飛車党が棋士の大半を占めているためだが、そんな中でトップ棋士が振り飛車で戦い続けることには大きな意義がある。
「とんでもない強敵と当たりました。全力でよい将棋を指したいと思います」と意気込みを語るのは小林。両者が公式戦で当たるのは9年振りだが、じつは過去に幾度となく研究会で競い合ってきた。「とんでもない強敵」という表現は、久保の実績だけに向けたものではない。
9月25日14時、関西将棋会館「水無瀬の間」で対局は始まった。
最新変化
戦型はゴキゲン中飛車の定跡形へ。本局と同じ月に行われた公式戦で、久保が採用したばかりの最新変化だ。「当時の進行ならまずまずという感触があったので、それをベースにして指しました」という。
第1図から△3六歩▲4五馬△7二銀▲3六馬△3二金。そこで前例を離れる▲4五馬(第2図)が、小林の用意してきた構想だ。久保の手がピタリと止まった。
狙いは馬を5六に設置すること。そうすれば後手の攻め駒に狙われにくくなるため「盤上に馬がある」という主張点を中終盤まで維持できる。また馬の利きが加わったことで天王山は手厚くなり、先手だけが駒組みしやすくなる。長期戦になればなるほど有利になっていく。「練習将棋で指したことがあって、5六に馬がいると落ち着く」と小林。
久保がひねり出した応手は△1二角。▲5六馬だけは許せなかった。「使えなくなったらひどい角。打ちにくいのですが、しょうがない」。妥協の一着だった。
直球は通用しない
第3図は後手が持ち駒の歩を3八に打ったところだが、代えて△5五銀ならば▲同銀△同飛▲2八馬△3五飛に▲5四歩と垂らす。と金作りを防ぐために△6四銀と持ち駒を使えば、以下▲5三歩成△同銀▲2二歩△3三桂▲2一歩成(A図)で先手ペースだ。
途中の▲5四歩を嫌がった久保は、直球△5五銀ではなく変化球△3八歩を選んだ。バランスの取り方が難しい中盤戦を、緩急自在な指し回しで戦う。
「一瞬で本筋を指してくる」
小林の印象を某棋士に尋ねたとき、即座にこの言葉が返ってきた。攻め将棋を好む純粋な居飛車党で、早見え・早指しが特徴だ。頭の回転が速すぎるのか、対局開始から1時間もしないうちに顔は紅潮していた。
そんな持ち味を生かし、小林が決断よく進めて第4図。後手の勝負手に対し、持ち駒の金を自陣に投入して手堅く受けた。金銀3枚の守りだけではなく、4六馬の利きが強力で、先手陣はまるで鉄の要塞と化している。先手有利の終盤戦だ。
以下△5六馬▲同馬△同飛▲6二歩△7一金▲1一竜に△4四角と進む。ここは角を打たずに△3三歩(成銀取り)も十分に考えられる手だった。
「いや……棋風的に、絶対に角を打ってくるなと思っていたんです」と小林。そのひと言に久保の口角が上がる。研究会で切磋琢磨してきたという間柄なだけあって、互いの将棋を知り尽くしていた。
予定外
「打つべきではなかった」。小林は第5図の▲5八香をしきりに悔やんだ。久保は持ち時間を使いきるまで考え、右手をいったん頭の上に置いてから△6七竜と応じる。以下▲4三角成△6九竜▲4四馬△5八竜▲7八金△4一歩で後手が元気を取り戻した。
▲4四馬が後手玉に▲7一竜以下の詰めろを掛けた感触のよい手で、小林は類似変化を考慮したうえで仕留めるつもりだった。しかし1一竜の横利きを止められ、決め手を失う。
第5図に戻って、△6七竜▲4三角成△6九竜▲7一竜△同玉▲4四馬△5三歩に▲6八金(B図)は先手にとって有力な変化のひとつ。途中で▲6一歩成△同銀を利かしてもよい。
久保は「こうされるともう分からない」と難解な局面であることを示した。しかし小林は肩を落としたまま「決めきれないなら▲5八香は選ばないですね」。先に竜を切る変化も当然読んでいた。しかし第2ラウンドに持ち込まれるはずではなかったのだ。
久保、苦しい戦いを制す
我を通す斬り合い。両者の駒台がみるみるうちに豊かになっていく。第6図は小林が一分将棋に突入した局面だ。57秒、持ち駒の金を持って7七地点のあたりを彷徨う。そして59秒まで読まれてから▲7九金を着手。明らかに迷っている手つきだった。△6四香に対して「めまいがしました」と後に明かした。
代えて▲5八銀なら「読みきれていなかった」と久保。次の一手、104手目△6八銀で小林が深々と頭を下げた。
感想戦後の久保は「ずっと不利だと思っていました。次戦は相手が決まってからしっかりと準備を始めます。普段どおりに指す、をいつも心掛けています」。
2回戦は深浦康市九段-豊島将之七段戦の勝者とぶつかる。
(観戦記者:虹)