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なぜ深浦康市は立ち上がることができたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.18】

 6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。

 類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?

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 ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。

 「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。

■前のインタビュー記事
なぜ行方尚史は十五番勝負を望むのか?【vol.17】


叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー

九段予選Aブロック突破者 深浦康市九段

『なぜ深浦康市は立ち上がることができたのか?』

 2016年10月、母が死んだ。

 まだ58歳だった。
 眠ったまま、まるで蝋燭が静かに燃え尽きるかのように、静かに息を引き取った。
 私の直系の親族が死に絶えた瞬間だった。

 通夜では、私のことを心配して残ろうとしてくれた親戚に感謝を言って帰宅してもらい、母の亡骸と二人だけで過ごした。
 母子家庭。母一人子一人でずっと過ごしてきた。
 前年に父親代わりだった祖父を亡くしてからは、本当に、二人きりの家族だった。

 若い頃の事故によって呼吸器に重い障害を持っていた母は、常々私に『自分は長く生きることはできない』と言っていた。
 私一人を産むことすら命懸けだったのだ。
 そこから思えば58歳までよく生きた。母を知る人は、みんなそう言って私を慰めてくれたし、私自身もそう思っていた。
 しかしどう自分を納得させようとも……悲しくてたまらなかった。どれだけ泣いても泣き足りないくらい、涙が止まらなかった。
 こんなことは生まれて初めてだった。

 当時、私は書かなければいけない原稿を抱えていた。
 しかしもうそんな気力はわいてこない。
 それどころか、このまま死んでしまっても……とすら思った。

 通夜というのは長いものだ。
 日が昇れば母の亡骸は焼かれてなくなってしまうと思いつつも、母との思い出以外にも、いろいろなことを考えてしまう。
 日付が変わるくらいのころだったろうか? 私は、ある棋士が順位戦で昇級したときに記した文章のことを思い出していた。

 私と同じように、母親が58歳という若さで亡くなった、ある棋士のことを……。

深浦康市九段

──はじめまして。本日はよろしくお願いいたします。

深浦九段:
 こちらこそ。よろしくお願いします。

──先期の叡王戦で、私は第1局の観戦記(関連記事)を書かせていただいたのですが、そこにお弟子さんの佐々木大地先生が勉強にいらっしゃったんです。控室ではお隣に座らせていただき、慣れない私にも親切にいろいろと教えてくださいました。

深浦九段:
 ああ、そうでしたか。それはお世話になりました。

──いえいえ! 本当に丁寧に、何でも教えてくださって……その佐々木先生なのですが、奨励会で次点を2回取ってフリークラスからプロになられましたよね?

深浦九段:
 はい。

──ただ佐々木先生は別のインタビューで、フリークラス入りを拒否していた可能性にも言及しておられます。『師匠がもう一度と言うなら、やってもいいと思っていました』と。本当に根性のある方だなと、びっくりしました。深浦先生はお弟子さんに、いつもどんなことをおっしゃって教育しておられるのですか?

深浦九段:
 心構えのようなことも言いますけど……けっこう、将棋の内容のことが多いですね。

 佐々木に限らず弟子に話すのは『好調は長く、不調は短く』という。やっぱり奨励会などで連勝が続くときなどは、それを続けられるようにと。将棋から離れず、勉強の量を多くしなさいということですね。

 ただ不調のときは、頑張っても芽が出ないこともあるので。気分転換とか……とにかく不調のスパンを短くするようにということを指導したりしていますね。奨励会の子とかには。

──将棋ファンからすると、深浦先生は『根性』というイメージがありますので、『もっと頑張れ!』みたいなことをおっしゃっているのかと思いました。

深浦九段:
 いや、それも言ってますね。ハッパをかけるというか。

 佐々木とかには特に言ってるかもしれませんね。増田くん(康宏六段)や、藤井聡太さんの話を出して。そうやって比較して言うのは……けっこうキツイこと言ってるかもしれませんね(笑)。

 『緩みのないように』と言っていますね。『他の子たちはもっと頑張ってるから、追いつかなくなるぞ』と。

──深浦先生は、ご自身も『最前線物語』という著書をお出しになったりと、昔から最新の研究について若手に負けないほど研究を深めておられる印象です。現在ですと雁木とか……それは、そういうご自身の姿を弟子に見せることが大事だと思っておられる?

深浦九段:
 そういうところもあるかもしれませんね。

 まあでも研究会などになれば、奨励会の子は別として、棋士……佐々木もそうですけど、対等の立場で情報交換しながらやってます。

 奨励会の子には、明らかに感覚の違う……緩い手だったり悪い手だったりすると『ここはこうしないとダメだよ』と植え付けるように言いますね。

──年を取ってくると、最新の感覚を取り入れるのは難しいのではないかと我々などは思ってしまうのですが、深浦先生はどうやってそれを身に付けていっておられるのですか? 何かコツのようなものが……?

深浦九段:
 でもやっぱり……なかなか苦労はしてますね。展開のスピードが早くなっていますので。

 理想は、昔から自分の指している感覚と最新戦法の融合なんですけど、なかなか……反発してしまうこともありますし。難しいなと思いながら日々を過ごしています。

──そういう、反発してしまうようなときは、どうされるのですか?

深浦九段:
 非常に難しい問題ですよね。もうそれが本当に必要となれば、受け容れるようにしますし。

 どうしても自分の棋風、昔から培ったものを大事にしたいなら……自分的には指せないとなると、切り捨てますし。

 柔軟にやるようにしていますけど。

──切り捨てる部分もあるわけですね。

深浦九段:
 そうですね。いろいろ考えた結果、若手はこれがいいと言うけど自分としては納得できなかったら、やはり指さないですね。

──そうなのですね。やはりそういう部分も大切なんですね。受け容れるだけではない。

深浦九段:
 自分がやっぱり作る将棋なので、それは、指せないものは切り捨てる場合があります。

増田康宏六段のインタビュー記事はこちら

──プロの先生におうかがいすると、やはり雁木に関しては深浦先生と増田康宏先生がトップを走っておられるということをよくおうかがいします。

深浦九段:
 いえいえ、とんでもない。

──同じ花村一門とはいえ、年齢差が。お二人が並び立っておられることに興味をひかれます。ただやはり、同じ雁木でもやはりお二人も感覚の違う部分はあるわけですね?

深浦九段:
 増田くんにはよく教わることが多いのですが、話を聞いていると、けっこう違うところもやはりありますね。

 形勢判断を断定的に言ってくれるので、勉強になることが多いです。

──はっきりおっしゃる方ですからね。

深浦九段:
 ええ。あとは兄弟子の森下さんのお弟子さんなので、こちらが甘えてる部分もあります(笑)。

──そうなんですね(笑)。ところで深浦先生は、2011年に棋聖戦に挑戦されてから、タイトル戦から遠ざかっておられます。

深浦九段:
 はい。

──もちろん、先日の竜王戦のように挑戦者決定戦まで進まれるなど、あと一歩というところまでは行っておられるのですが。そのあと一歩が難しくなっているのは、なぜなのでしょう?

深浦九段:
 やっぱり、強い若手というか……しっかりした若手が増えましたよね。

──しっかりした?

深浦九段:
 隙のないというか……自分たちの世代でも、多少将棋に勝つと遊んじゃうとか(笑)。

──なるほど(笑)。

深浦九段:
 そういった面がいい、という時代でもあったんですけど(笑)。

 昔もしっかりした若手というのはいたんですけど、今は本当に層が厚いです。勉強量も多いし。そういった層に阻まれると、なかなか難しいなというのがありますね。

──昔、森下先生がおっしゃった『三十代半ばになって深浦くんのように勉強している人は少ない』という、ファンにとっては伝説となっている言葉があります。

深浦九段:
 はい(笑)。

──そういう若手が増えてきたというわけですかね? 深浦先生のように、弛まない……。

深浦九段:
 そうですね。タイトル戦に出れば……自分は羽生さんが多かったですけど、そこまで行けば、互角に戦える自信は今でもあるんです。

 そこに至るまでに、昔は羽生世代の方々と多く戦いました。それプラス、今のしっかりした若手がいるので。辿り着くまでが困難になったなと思いますね。

──なるほど。いまタイトル戦のお話が出ましたので、そちらの話に。

深浦九段:
 はい。

──深浦先生はフルセットになることが多かった印象があります。

深浦九段:
 そうですね。七番勝負が始まりますと、フルセットにすることを目標にしていますので。

──そうなんですか!?

深浦九段:
 ええ。タイトルを取りたいということはもちろんあるのですが……今回の王座戦みたいに、フルセットになると盛り上がりますよね?

──はい!

深浦九段:
 それは、タイトル戦を主催なさるなどお世話になっている新聞社の方々が望むことだと思いますし。

 自分としても、第7局で勝利を収めると、『ああ、タイトル戦を最高に楽しめたなぁ』という気持ちになれますし。そこに向けてモチベーションを上げていきますね。

──4連勝で奪取してやるぞ! というよりも、まずフルセットなんですね?

深浦九段:
 4連勝は……自分の場合はまずないので(笑)。だから、そこには気持ちを置いてないですね。

──そのタイトル戦を実現するために関わってくださった方々のために……というお気持ちが強いということなんですね。

深浦九段:
 はい。それとタイトルを奪いたい、防衛したいというという気持ちは、ほぼ対等の位置にありますね。

──ファンの盛り上がりといえば、先期の叡王戦本戦の藤井聡太先生との対局は……本当にすごい盛り上がりでしたよね!

深浦九段:
 ありがとうございます。

──深浦先生がその前に、非公式戦ではありますが『炎の七番勝負』で藤井先生に敗れておられて……でもそこから今度は公式戦で逆襲なさった。あの対局のときのお気持ちは、いかがでしたか?

深浦九段:
 自分としては、注目される舞台が棋士冥利に尽きると思っていて……。

 少し外れますけど、自分がプロになったときに、ある方から『銭(ゼニ)の取れる棋士になりなさい』と言われたんですね。

──ほほぉー……。

深浦九段:
 『この人の将棋を見るためなら、お金を払ってもいい』というファンがたくさんいるのが、銭の取れるという意味ですよね。ですからタイトル戦もそうですし、叡王戦の……あれは藤井聡太さんのおかげがほとんどなんですけど(笑)。

──いえいえいえ。

深浦九段:
 そういった注目される舞台を目指しているというか。ですから藤井聡太さんに当たって、自分はモチベーションが上がりましたし。ちょっと内容は……ジェットコースターみたいだったんですけど。

 最後のほうは、どっちが勝つかわからないという視聴者が多かったと聞いていますし。

──すごかったですよね!

深浦九段:
 そういった舞台設定が好きなので。そういったおかげもあったかもしれませんね。勝てたのは。

■関連記事
崩れ落ちた中学生棋士 深浦康市九段ー藤井聡太四段:第3期 叡王戦本戦観戦記

──『ここでこうしてやったら盛り上がるだろ!』という気持ちが、力に変わるということなんですね。

深浦九段:
 そうです。ですから王位戦の木村さんとのシリーズは、もう本当……3連敗して……それで次が……。

──地元ですよね。

深浦九段:
 そう佐世保です。もう本当に……前夜祭からお通夜みたいですし、将棋に勝っても1勝3敗だし……『どうせ深浦は(タイトルを)取られるんだろう』みたいな、そういう空気を感じてしまって……。

 いやぁ、あれは本当に、タイトル保持者として失格なので。さっきのお話と逆ですよね。

 でもそこから逆転して……持ち直して。フルセットとなって、注目されるシリーズとなりました。第50期という節目でもありましたし。盛り上がることになって、よかったなと思いました。

──深浦先生はこれまで、順位戦で。勝ち星は同じなのに、順位の差で。

深浦九段:
 はい。

──そういうときに、また立ち上がることができたのは、なぜなのですか?

深浦九段:
 そうですね、順位戦…………やはりかなり厳しい状況が続いていますけど、昇級のほうはもう、切り替えるしかないですね。システム上のことなので。

 降級のほうも、始まる前からそういうシステムになっているので。ギリギリの僅差ですけど、やっぱりそれだけ負けが込んでそういう成績になっているわけなので。そこは自分を納得させて……切り替え、ですよね。

──なるほど……。

深浦九段:
 久保さん(利明王将)が『前後裁断』という言葉をよく使っておられますけど、やっぱりもう過去は忘れて、いま現在、未来のことを考えないと、棋士はダメだと思うので。その切り替えは大事にしています。

──前後裁断ということは、忘れてしまうということですか? それとも、失敗を糧として……ということなのでしょうか?

深浦九段:
 そういった状況のことを反省はしますよね。反省をして、全て忘れて、対局に向かうということです。

──一度忘れてしまうことが大事なんですね。

深浦九段:
 そうですね。あとは自分の性格上のことなんですけど、負けず嫌いというのがあって。棋士とかファンの方とかに『弱いから負けてしまった』とか、そういうふうに思われるのがすごくイヤで。

 だからまた勉強して、強い深浦を見てほしいと。そうやって自分を奮い立たせますね。過去は忘れて、ですけど。

──プライドというのは、やはり大きいんですね。プライドという言い方が正しいのかはわからないですけど……。

深浦九段:
 単なる負けず嫌いです(笑)。

フットサルをプレイする深浦九段(ボールを追いかける白いユニフォームの選手)
(ニコニコ生放送で中継された「【将棋棋士】東西対抗フットサル大会」より)
深浦九段が解説席に来る一幕も
(ニコニコ生放送で中継された「【将棋棋士】東西対抗フットサル大会」より)

──話は変わるんですが、フットサルでお怪我をなさって……左手で指しておられたと。

深浦九段:
 ああ、はい。

──それも我々ファンは、困難に直面してもへこたれない深浦先生の姿を拝見して、感動していたのですが……。

深浦九段:
 ありがとうございます。

──ギプスを外されてからも、左手で指しておられましたよね? あれはやはり、まだしっくりこないからという……?

深浦九段:
 完治までは長引くと、お医者さんに言われていて。今でも……4ヵ月くらいたったんですけど、7割くらいです。あとはリハビリで治していく感じなんですけど。

 それは自分の責任で怪我をしたので、それを受け容れて。左手で指すうえで、いろいろ本とか読んで。

──ほほぅ?

深浦九段:
 全てが絶望的というわけじゃなくて、左手だと右脳が働くとか。

──はいはい。

深浦九段:
 そういうことを、本だったり周りの方からアドバイスいただいて。悪いことばかりでもないので。食事も左手でして、常に左手で暮らしていたんですけども。いい勉強になりました。

──囲碁の井山裕太先生は、敢えて左手で指しておられると聞いたことがあります。

深浦九段:
 そうですね。将棋だと真部先生(一男九段)とか。

──何か将棋的に変化はございましたか?

深浦九段:
 いえ、意識的にはないんですけど(笑)。

 でもとにかく、何でも左手だけでやるしかなかったので……。

 竜王戦とかで、対局中に髪の毛がモジャモジャしてたと思うんですけど……あれも左手でセットしたり、家内にやってもらったりしていたので。ファンの方にけっこう『イメチェン?』とか言われて(笑)。

──新しい深浦先生が(笑)。

深浦九段:
 『いえいえ、こうするしかなかったんです』と(笑)。

──左手の件もやはり、困難から何かを得て立ち上がる深浦先生らしいエピソードです。

深浦九段:
 結構その状況を楽しんでいる自分もいますね。

第31期竜王戦 挑戦者決定三番勝負 第2局では、深浦九段は左手で指していた

──ところで今、奥さまのことが出たので少し……。

深浦九段:
 はい。

──お二人の出会いも、深浦先生が病院に行って、そのときにお知り合いになられたんでしたよね?

深浦九段:
 ええ。

──そこも、困難から立ち上がって逆に幸せを得る、深浦先生らしいエピソードかなと思うのですが……。

深浦九段:
 はっはっは(笑)。いやぁ……ご縁というものは考えますね。自分は自然体で……まあ自然体のくせに、けっこう不幸が訪れるんですけど(笑)。

──あはははは!

深浦九段:
 でもそうなったら仕方がないと思って、その場所を、その自分の位置を楽しむ自分がいますね。

──入院してしまったのは仕方がないと、切り替えられたわけですね。

深浦九段:
 ただ本当にご縁で……院長先生が米長先生(邦雄永世棋聖)とゴルフ仲間だったり。

──そうだったんですか!?

深浦九段:
 ええ。長崎、佐世保の看護師さんをずっと雇っていらしたり。

──そうだったんですね! 奥さまだけが長崎の方というわけでもなかったんですね!?

深浦九段:
 長崎の人は多かったですね。その中で、院長先生から佐世保出身の人を紹介してもらって、それが今の家内でしたね。

──はぁー……。

深浦九段:
 こちらもご縁でしたので。

──奥さまのご両親を説得するために、王位戦の対局場に……佐賀でしたね。ご招待なさって。やはりお喜びになられましたか?

深浦九段:
 そうですね。なかなか昔は、今ほどメディアに出ていなかったので……『将棋の棋士』と言うだけで、困惑される方が多くて。

 タイトル戦で紹介できるアピールというのは、なかなかないと思ったので。

第3期叡王戦 本戦 深浦康市九段 vs 藤井聡太七段(当時四段)

──ご家族のことが出ましたので、もう一つ、教えていただきたいことがあります。

深浦九段:
 はい。

──深浦先生の『昇級者喜びの声』の中で、私が最も心を動かされたのは……B級1組に昇られたときのものです。その年、深浦先生はお母さまを58歳で亡くされたんですよね?

深浦九段:
 ……ええ。そうです。

──私の母も、58歳で亡くなったんです。

深浦九段:
 ああ……。

──通夜のときに気になって調べたんです。深浦先生は、お母さまが亡くなられた直後の順位戦で勝っておられますよね? その悲しみを乗り越えることができたのは……なぜだったのですか?

深浦九段:
 …………母は、本当に……。

 うちの実家は、小料理屋をやってるんですけど。いろいろ、店のこととか苦労していたので。

 自分の性格……負けず嫌いとか、根性があるとか言っていただいているものは……母の性格がかなり強いと思っているので。

 母も、自分が将棋に勝つと……嬉しそうな顔をしてくれて。

──はい。

深浦九段:
 両親を東京に呼んだこともあるんですけど、東京観光を楽しんでくれたこともあったので……。

──はい。

深浦九段:
 いなくなってしまった後……やっぱり、将棋しか。自分には将棋しかないんで。

 それで恩返ししたいなという気持ちで……切り替えていきましたね。

──それで順位戦で昇級なさるというのは、本当にすごいことだと……ましてや深浦先生のお母さまは、闘病の期間もおありだったんですよね?

深浦九段:
 はい。

──そのあいだは先生も、東京とご実家を毎週のように行き来なさって。そんな状態でも将棋に打ち込めるものなのですか? 打ち込め……ない、ですよね?

深浦九段:
 ああ……でも自分の場合は、そうですね、それが一番…………一番、母に報いることかなって。喜んでくれるかなって。

──……そうだったんですね。やはり、自分のためだけでは足りなくて……誰かのためという気持ちもあって、それでようやく乗り越えていけるものなんですね?

深浦九段:
 そうですね。自分の場合は特に…………両親……周りの方のご縁とか、そういったものがなかったらプロになれていなかったので。

 長崎という特殊な位置で……そんなに将棋も盛んなわけでもないですし。ですからやっぱり、九州の方とか、周りの方のいろんなことがなかったら……プロになっていなかったです。両親ももちろんそうですね。

 ですからまずは、常に、周りの方々のことを考える自分がいますね。それが、自分のベースになっていることなので。

 それと自分の想いが両立している。ええ。それが全ての基本になっていますね。

──……ありがとうございます。であれば、中継される叡王戦というのは、深浦先生の中でも力の入る棋戦ということですね。

深浦九段:
 そうですね。去年の藤井聡太さんとの対局もですし、タイトル戦の立ち会いもさせていただいて、大変に注目されましたので……。

 自分も、あの場所に行きたいという気持ちです。

 通夜の日のことに話を戻す。

 深浦が対局に勝っていたことを知った私は、母の亡骸の傍らで、原稿を書き始めた。
 書き終えた原稿のデータを持って明け方のコンビニに行き、そこでプリントアウトした紙の束を、棺に収めた。
『母と一緒に焼いてほしい』
『あの世で母にこの原稿を読んでほしい』
 その一心で、私は立ち直ることができた。

 深浦の話を聞いて、改めて思う。
 あのとき私が見た深浦の勝敗表に、もし黒星が記されていたら?
 そうだったら、あんなに早く立ち直ることはできなかっただろう。

 打ちひしがれた私に、深浦は、それでも人は立ち上がることができるのだと、立ち上がらねばならないのだと、教えてくれた。
 言葉ではなく、将棋で。

 だから私には断言できる。
 深浦康市の将棋には、銭を払う価値がある。

 それどころか……絶望から人を救い出すほどの力がある、と。


 ニコニコニュースオリジナルでは、第4期叡王戦本戦トーナメント開幕まで、本戦出場棋士(全24名)へのインタビュー記事を毎日掲載。

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