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名人の中にある宇宙戦艦ヤマト完結編(佐藤天彦名人)【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.13】

 6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。

 類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?

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 ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。

 「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。

■前のインタビュー記事
なぜ永瀬拓矢は藤井聡太を研究会に誘ったのか?【vol.12】


叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー

シード棋士 佐藤天彦名人

『名人の中にある宇宙戦艦ヤマト完結編』

 

「マントを着た棋士がいるらしい」

 最初それを聞いた時は『まさかぁ』と思った。
 しかしその棋士は実在した。
 仲間の棋士から『貴族』というニックネームを授けられたその青年は、「盤上に愛はない」など特徴的なセリフを口にするなど、他の若手棋士とは何かが違うと思わせるところがあった。
 なにより、奨励会で次点を2回取ったにもかかわらずフリークラス入りを拒否し、そこからまた好成績を上げてプロになったという経歴には、痺れるような男らしさを感じた。

 将棋界を舞台にしたライトノベルを書くとき、主人公やヒロインのキャラクター設定は二転三転した。
 しかしライバルはすぐに決まった。マントだ。その青年がどうなったかというと。
 あれよあれよというまに順位戦を駆け上がり──
 あの羽生善治を倒して、とうとう『名人』となった。

 私は焦った。名人を作品に出しちゃったのだ。
 しかもマントを着てるだけならまだしも、自分のことを「我(われ)」とか言ったり、両目の色を変えるためにカラコン入れたりしている……完全なる『中二病』棋士として……。

「まあ、黙ってたらバレないか……」と思っていたが、作品がアニメ化されるに及んで、そうも言ってられなくなった。
 進退極まった私は、しかし、とある情報を得て息を吹き返す。

 どうやら名人には、好きなアニメがあるらしい。
 しかも熱烈なファンらしい。
 ファッションやクラシックに興味があるというから、てっきりサブカルには拒絶反応を示すかと思ったが……微かな希望が見えてきた。

 名人が好きなアニメ。
 それは──

──名人のお書きになられました『理想を現実にする力』(朝日新聞出版)、読ませていただきました。

佐藤名人:
 あ、どうもありがとうございます。

──そちらから、いくつか質問をさせていただきたいんですが。

佐藤名人:
 はい。

──名人はご著書の中で『手の届かないほどの究極の理想』というのがあって、でも、手の届く現実の姿に置き換えていくというか、段階を経ることでそこに到達するんだよということを書いておられたと思うんですが……。

佐藤名人:
 はい。

──名人にとって、手の届かないほどの究極の理想というのは、どのようなものなんでしょう?

佐藤名人:
 やっぱり、将棋のつくりとして……ほとんどこう、負けないような構成になるっていうことですかね。

 序盤、中盤、終盤にかけて、どの場面においても負ける確率を下げられているというような。で、それがこう、自然に自分の中に定着しているっていうような状態ですかね。

──(大師匠に当たる)大山先生のような姿なんですかね?

佐藤名人:
 大山先生もかなり負けづらい将棋を構築されていたとは思うんですけれども、ただ、やっぱりちょっと自分とは違うところもあるので。そこは自分なりの姿を追い求めないといけないんだろうなとは思うんですけどね。はい。

大山康晴十五世名人

──なんというか……誰もが目標とするような究極の戦法のようなものがあって、それを求める……というわけではなく、佐藤名人なりの究極の姿にいきたいということなんですかね?

佐藤名人:
 そうですね。でもそれは、結果的にはあまり戦法的に、人と指してるものと変わらなかったりするかもしれないですよね。

 けれど同じ戦法を指したりする中でも、1つの局面でどれだけの深さの引き出を持っているかっていうのも、一種の幅の広さなのかなっていうふうに思うので。

 客観的にその局面を見ることができて、攻めも受けも、その中間の手も、自在に選ぶことができるっていうのが、まあ、狭い局面における幅の広さかなという。

──ああ、なるほど、なるほど。

佐藤名人:
 そういうものを身に付けていければ、指している戦法が他人とそんなに変わらなくても、深さとか広さとかを持たせることができて……先ほどお話ししたような、総合的に、攻防自在の、負けにくい将棋にできるっていうことですかね。

──なるほど。羽生先生のようなオールラウンダーと言われるような方々とはまた少し違って、1つの戦法の中でも深めていければということなんですかね。

佐藤名人:
 そうですね! いろんな戦法に手を広げるのも、もちろん面白いと思うんですけど。狭い局面の中でも幅の広さを求めたいっていうことですかね。

──佐藤名人はファッションにも造詣が深くていらっしゃいます。ご著書の中でも『ファッションで選択肢の地図をつくっている』と書いておられて……なんて言うんですかね、深くしていく中でも、その地図が広がっていく感覚なんですかね? 将棋でも。

佐藤名人:
 確かに。深掘りすることによって、自分のその局面における認識とかも、やっぱり深くなっていきますから。

 それによって、ピントがぼやけていた地図の部分にピントがくっきり合ってきて。で、その場所に行ったほうがいいのか、良くないのか、そういう因子が固まってくるので。

 そういうふうにしていって、地図の形をだんだんクリアにしていけば、対局するときも不利になりづらい格好になると思うので。

──なるほど……。名人はファッションに関するところで『奇抜なファッションでも、引かれるのではなくて、おっと感心してほしい』という表現があったと思うんです。

佐藤名人:
 はい。

──その、おっと感心されるものっていうのは、おそらく将棋でもあると思うんですよ。名人の指した手に、他の棋士が追随していって流行が起こる……というような状況になったら、やはり嬉しいですか?

佐藤名人:
 そういうことがあれば嬉しいと思いますね。

──なるほど。

佐藤名人:
 ただ最近はソフトの台頭もありますし、以前ほどトップ棋士の指した将棋に追随するようなアプローチっていうのは減ってきているというか。

 今後はそういうアプローチよりも、結構みんながてんでばらばらに研究しながらやっていくような感じが主流になるのかなとは思いますけどね。

第2期 電王戦(公式サイトはこちら

──コンピューターの話が少し出ましたので……佐藤名人は第2期叡王戦の優勝者として、コンピューターと戦われました。

佐藤名人:
 はい。

──相手は奇抜な戦法を指してきた部分もあったと思うんですが……他のインタビューで、名人は、読み筋の選択肢を非常に広げて戦っていると。コンピューターとの戦いに衝撃を受けて、それまでのご自身なら捨てていた手も広げて読むようになったとおっしゃっていたと思うんですが……あの戦いの成果は今、どう出ているのですかね?

佐藤名人:
 そうですね、その2局で得たものは大きいと思うんですが……それも含めてソフトを研究に取り入れることによって、違ってきた部分というのもあると思います。

 今までの自分では読まなかったような手であったりとか、例えば『ここはまあ当然こう指すよね』みたいな感覚がある中で、もしかしたら別の手もあるかもしれないっていうふうに、もう1回、2回、その盤面を拾ってきて、ちょっと探してみるとか。

 そういうふうに、自分の中に既にあるセオリーにとらわれ過ぎないようなやり方っていうのを、具体的に増やしてる部分もやっぱりありますね、はい。

──ご著書の話に戻るんですが、佐藤名人は『時代や人によって流されない力』や『棋譜から得られた力』というものを強調しておられたと思うんです。

佐藤名人:
 ええ。

──世の中の流れとか、そのほかの流行に流されずに、積み上げていかれたものというのをすごく大事にしておられる印象なんですが、そこと、今のコンピューターの台頭というものは、ぶつかったりはしないんですかね?

佐藤名人:
 そんなにぶつからないっていうか……コンピューターは、奇抜な手を指すっていうのもありますけれども、人間がやってる将棋を検討させればそれに応じた手を出してきたりもしますし。

 今となってはコンピューターもものすごく強くなってるので……いわば普遍的な力と言えるようなものをコンピューターから学び入れることは、まったく可能というか、そこはぶつからないところかなと思いますね。

──佐藤名人は、あの大山康晴名人の孫弟子で、棋譜もたくさん並べてこられて。

佐藤名人:
 あ、はい。

日光東照宮で行われた「第2期電王戦 二番勝負 第1局」(観戦記はこちら

──その感覚というのは、佐藤名人の中に、もう既に息づいていると思うんですよ。それがコンピューターとあんまりバッティングしないのであれば……やはりこう、『普遍的な力』というものがあるということになるんですかね?

佐藤名人:
 うーん……まあバッティングする部分は変えてるっていうところはあると思いますよ、自分の中で。それはもちろん、コンピューターが示してくる価値観は、確かにだいぶ今までのものとは違ってる部分も多いので。

 そこは要するに、僕の中にも大山先生はじめ、様々な人の棋譜を並べたものが溶け合ってできてるわけだと思うんですけど……そこでできた価値観を覆されるっていうこともやっぱりありますので、そこは変えてますね。

 それはわりと素直に、ソフトが示す価値観とか結果を検証した上で……もちろん鵜呑みにするのではなくて、自分の頭で考えて、それが有力であると判断すれば、今まで持っていた自分の価値観を変更することは厭わないつもりではいます。

──佐藤名人は、非常に美的感覚を重視しておられると感じます。例えば、中野京子さんの本にご興味がおありで美術の展覧会へ行かれたりとか、ピアノを弾かれたりとか、ファッションとか、家具とかですね。最近は非常に幅を広げておられると思うんですが、その感覚というのは将棋に生きるものですか?

佐藤名人:
 通底する美意識、というのが多分あるはずなので。その美意識において指してるっていう感じですかね。自然と。

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──お互いが干渉することはあるんですかね? 例えばファッションの好みが少し変わったら、将棋に関する美意識も少し変わったりとか?

佐藤名人:
 自分の気分的なものとして、趣味と将棋の内容がリンクすることもありますね。

 例えば音楽とかで言うと……ベートーベンとかモーツァルトとかクラシックの中でも古典派と呼ばれるような人たちの音楽を聞くことも多いんですけど、今まで自分がやったことがないような斬新な戦法を学んでみようかなって思ったときは、そういうクラシカルな音楽だけではなくて、近現代の……不協和音とかが入ったような。

──現代音楽的な、はいはいはい。

佐藤名人:
 前衛的な将棋を学ぶときは、ちょっと前衛的な音楽を聞いてみたりだとか。そういうふうに気分をこちらが意図的に合わせてるのか……それとも自然とそうなってるのかは分かりませんけど、そういうときもあるにはありますね。

──クラシックのお話が出ましたが、佐藤名人は以前、『自分はモーツァルトとも宇宙戦艦ヤマトとも同じ時代を過ごせないのか』と絶望した、ということを書いておられて……。

佐藤名人:
 よくご存じですね(笑)。そうなんです。

──今回のインタビューでは、ぜひ名人にヤマトのことをお伺いしたいと思っておりまして。私は子供向けの小説を書いて、アニメとかになったりしているので、やはりそういうところから力を得たと言っていただくことはすごく嬉しいんですよ。

佐藤名人:
 そうなんですね。

──はい。まずは出会いから教えていただけますでしょうか?

佐藤名人:
 4歳前後ぐらいですか。家でアニメを見てたんですけど……。

 他に見てたアニメは宮崎駿作品とかで、それも好きなんですけど。『トトロ』とかも、ものすごいたくさん見てたらしいんですよ(笑)。

──守備範囲が広いですね(笑)。

佐藤名人:
 ヤマトはたぶん再放送とかで、録画したりして見てて。で、最初は『ああ、かっこいいな』っていうふうに思って見てたんですよね。

 それでそのうち別のシリーズの録画とかをしたり、TSUTAYAで借りたりしたりして、いろんな作品を見ていったっていう感じですかね。

姫路城で行われた「第2期電王戦 二番勝負 第2局」(観戦記はこちら

──名人が『週刊将棋』に寄稿された記事には、2012年に公開された『宇宙戦艦ヤマト2199』の、試写会か何かのところにヤマトのフィギュアがあって、それを写真に撮って載せておられたり。あと、映画2作目『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』ですよね。あれを最初に見て衝撃を受けて、とあったんですが。子供心にあれを見るとすごい、トラウマというか……。

佐藤名人:
 いや、でも僕はやっぱり、まずはヤマトのこう、かっこ良さとか、そういうキャラクターから入って……。

 で、ラストに関しては、子供のころは……うーん、ちょっとこう……大人ほどはっきりこう、何が起こったかっていうのをたぶん認識してなかったので。ある意味、いろんなふうに解釈してた気がしますね。

──なるほど、自分の記憶の中で『ヤマトはこうだ』とか?

佐藤名人:
 なんかこれは、ぶつかりに行ったんだろうなとは思ったんでしょうね。

──あれ、ラストシーンは子供には難しかったかもしれませんね。まあそもそもヤマト自体が4歳の子には難しいとは思うんですが……。

佐藤名人:
 そこ(ラストの悲愴さ)を感じ過ぎてはなかったですね。

──リアルタイムでヤマトをご覧になれなかった佐藤名人ですが、2009年公開の『復活篇』で追いつきます。劇場版でご覧になったときは、涙を流されたとか。
 ところで、名人が一番お好きな「ヤマト」はどれになるんですかね?

佐藤名人:
 僕が好きなヤマトは…………『完結編』な気がしますね。

──『完結編』ですか!?

佐藤名人:
 ええ。

──それは……どの辺りが?

佐藤名人:
 自分の中ですごい名シーンが多いというか。

 まあ……あれもヤマトを前から見てた人にとっては……ご覧になってますか?。

──まあ、そうですね。一応……。

佐藤名人:
 なんか、そうですね。沖田艦長が復活したりして。

──そうなんですよ!

佐藤名人:
 それはどうかみたいな感じにも思うんですけど……。

──そうなんですよ。だからちょっと……どうかなって思うところが。

佐藤名人:
 そうですよね(笑)。

 でも僕は、まったくオンタイムではなかったので、真っさらな目で、こう……後世から見てるんで。

──ああ……。

佐藤名人:
 ショッキングな部分がたぶん少ないっていうか。むしろなんか僕、独立して『完結編』を、たぶん子供のころ見てたんで。順番に見てたっていうよりかは。

 で、『なんで佐渡先生、謝ってるんだろう?』みたいな(笑)。あと、パート1をなんか最初テレビシリーズじゃなくて、劇場版しか見てなかったんですよね。

──なるほど。

佐藤名人:
 うん。劇場版は2時間ぐらいで、かなりカットされたものだったんで。

──そうですね、総集編ですよね。

佐藤名人:
 で、なんか沖田艦長の死の場面、ちょっとぼやかされたんですかね。

──でしたか。

佐藤名人:
 ええ。で、それのつながりで『完結編』も見てたんで……『なんか変なシーンがあるな』みたいな感じで(笑)。

──佐渡先生が画面の向こうから謝ってて(笑)。

佐藤名人:
 でも、今の視点で言うと……すごく音楽と演出が調和して、かっこいいなって思うシーンが多いんですよね、完結編って。

 それは、有名なハイパー放射ミサイル防御戦のところもそうですし、なんて言うんでしょう……あの作品はヤマトの中でもかなり暗めの雰囲気が漂ってるとは思うんですけど。

──そうですね。西崎テイストが、より濃いというか。

佐藤名人:
 あと音楽もちょっと、空気感が変わる部分もあるじゃないですか。羽田健太郎さんが参加されてるんですかね。それで音楽と演出とセリフとが調和して……すごい、なんて言うんでしょう……印象に残るシーンの数もすごい多いというか。

──はい。

佐藤名人:
 例えば……すごくマニアックですけど(笑)。

──いえいえ。

佐藤名人:
 ハイパー放射ミサイルの防御戦に入る直前のところからのこう、場面の移り変わりとか、なんて言うんでしょう、その有名なシーンとか音楽に入る前もすごい計算されてるなみたいな感覚がとにかくあって。

 で、それによって、まあ、知らず知らずのうちにこう、こっちも高揚して見ることができているというか。他にも、ハイパー放射ミサイルへの対応策が確立されていない状態で戦う冥王星会戦、都市衛星ウルクに着陸した状態でアクエリアスのワープを巡るギリギリの攻防や、終盤の古代のヤマトクルーへの演説から自沈に至るまでの流れなど、そういう素晴らしい場面が特に自分の中で多いと思えるのが『完結編』っていう感じですかね。

──『完結編』だったんですね。名人のご著書の中に『将棋は逆転の一発がない』っていう言葉があるじゃないですか。

佐藤名人:
 はい。

──ヤマトは結構、波動砲でばーっとやっちゃったりとかするところもあって……まあ、そこが1つのカタルシスかなと思うところもあるんですけれども……。

佐藤名人:
 ああそれもあります。ただ、苦しい状況から波動砲を使って逆転することもあるわけじゃないですか。僕の中で印象的なのは、パート1の、ガミラス本星で使ったときが非常に印象的だなと。

──潜ったところですか。

佐藤名人:
 そうです。潜って、鉱脈を撃って。で、酸の海から出てくる。そこはかなり、音楽とも相まってカタルシスがある部分。

──はい、はい!

佐藤名人:
 まあ、そのあとも戦いは続くわけですけど。だから、なんて言うんでしょう……やっぱり自分が苦しい立場に置かれているときに、そういう子供のころに見たイメージっていうのは、逆転のイメージみたいなのは、自分の中に生きているような気はしますね。

 『最後はああいうふうに逆転できるんじゃないか!?』みたいな。希望的観測だとは思うんですけど……。

 ただ、そういうイメージがまったくないのとではやっぱり違うというか。ご都合主義とも言えますけど、最後、やっぱり勝つイメージっていうのが、子供のころからついていったのはヤマトのおかげではあるかなっていう気はしますよね。

 まあ、あとは……最後は勝つわけですが、結構ヤマトはボロボロになりながら戦ったりすることも多いんで、そこにある種の美しさを感じるところもありますよね。

──満身創痍の美しさですよね。

佐藤名人:
 そうですね。満身創痍でありつつも最後まで諦めない。それこそ……『さらば宇宙戦艦ヤマト』のラストのほうとか、そんな感じじゃないですか。

 満身創痍になりながらも、巨大戦艦が出てきて、それでも戦うよみたいな。

──何度も何度も敵が、どんどん出てきますよね。マトリョーシカみたいな感じで。あれも恐ろしい話で。

佐藤名人:
 そうですね、うん。でもああやって諦めずに戦う姿の美しさとかも、そういう美意識も……もしかしたら遺伝的にもともと僕の中にあるのかもしれませんけども……でもヤマトのああいうのを見て、すごくこう、定着されたような気がします。

 だから、結構チラシの裏とかにヤマト描いてたんですけど、ぼろぼろのヤマトとかを描いてましたね。

──なるほど! 完全な形のヤマトじゃなく、第三艦橋とかが壊れてたりするようなヤマトを?

佐藤名人:
 そうですね。そういうヤマトを結構描いてたんで、やっぱりそこの、満身創痍の美しさみたいのには惹かれてたように思いますね。

──そうだったんですね。羽生先生との名人戦で、羽生先生が詰み逃したといわれているところ、あるじゃないですか。あれも名局として選ばれてましたけれども。あのときもやはり、最後まで諦めずに戦えばという?

佐藤名人:
 あのときも、もちろん諦めずに戦っていましたし……。

 その中で、諦めないっていうのも、熱く戦うだけではなくやっぱり冷静にやらなきゃいけない部分なので。

──なるほど!

佐藤名人:
 そこはこう……なんて言うんですか、そういう熱い気持ちを持ちながら、冷静に、目の前のことに向き合うっていう、その2つがやっぱりそろわないと逆転は起こらないと思うんで……そういうのを重ねながらっていう感じですかね。

──ヤマトも作戦を練りますもんね。こう、困難にぶち当たったら、みんなで会議して。南部とかが戦おうみたいなこと言っても古代がいさめたりとか、沖田艦長がね、重要な一言を言ってくれたりとか。そういうディスカッションはやっぱり佐藤名人の中でも、戦いの中で行われていたりするんですか?

佐藤名人:
 ああ、するかもしれませんね。まあ脳内会議じゃないですけれども(笑)。

 熱い気持ちで行けばいいっていう状況もあれば、今はちょっと一歩立ち止まろうみたいなときも、当然あるわけなんで。

 ある種そういう……うーん、まあ、自分のヤマトで戦ってるじゃないですけど(笑)。

 やっぱり、将棋……楽しく勝つときだけじゃないわけじゃないですか。苦しい中で戦わなきゃいけないときもあるわけで。そういうところもゲームの醍醐味の1つとして楽しめてるのかなと思いますし……それは、ヤマトが苦しい中で頑張る部分ともリンクしているかもしれないです。

第2期電王戦 二番勝負 第1局終局後の会見の様子

──ヤマトの話っていうのはこう、敵のことにも感情移入してしまう場合もあるじゃないですか。やはり将棋でも相手を、相手の人生を、非常に大きく左右してしまう勝負とかもあるわけですよね。そこでの考え方というのにも影響してくるんですかね?

佐藤名人:
 それは相当、影響した気がしますね。うん。

 将棋と同じようにというか、ヤマトはかなり相手側の描写も濃いですし。

 なんて言うんでしょう……それこそ将棋もそうですけど、自分が勝つと、相手が不幸せになる面もあるっていうのを強調している部分もありますよね。

 例えばパート1の最後。ガミラス星滅ぼしたときに、古代が慟哭する部分とか。あれいきなり、なんか受験の話とかも出てきて、ちょっとびっくりする部分もあるんですけど(笑)。

──学校でも社会でも競争してきて、みたいな話をしますね。いきなり(笑)。

佐藤名人:
 まあ話している言葉はともかく、すごい雰囲気は伝わるわけで。やっぱりそれも子供のころ見ているわけなので。

 それから僕も、わりと若いときに奨励会に入っているので、自分が勝つことによって、相手が、こう……1つずつ夢破れていくようなところもあるわけで……。

 そういうところについて考える機会っていうのが多かったですね、やっぱり。

──そこの究極というと、瀬川五段のプロ編入試験ですよね。あれはやはり将棋界の中でも『ちょっとそれは残酷過ぎるんじゃないか』っていうふうに言われてたと思うんですが……どういうお気持ちだったですかね? あのときというのは……。

佐藤名人:
 あのときはですね、まさか自分に指名というか、依頼があるとは思ってませんでした。

 で、やることになって。僕自身は瀬川さん、非常にプロ棋戦でも勝たれてましたし、一方で、A級の久保さんにも勝たれてましたし、もちろん自分は奨励会員の身ですけど、やっぱりそれだけプロに勝てる人がいるんだったら、プロ編入もありなんじゃないかぐらいの、むしろ賛成ぐらいの感じだったんで。

 ただやっぱり、対比……を強調した構図になったとは思うんですよ、僕と瀬川さん。フリークラス入りをしなかった人と、そこに入ろうとする人という感じで。ただ実際は僕も、瀬川さんのことを別に憎しと思ってたことはまったくなくて。

 で、まあ準備を普通にやっていって。公開対局だったんですよね、あれ。僕も公開対局って初めてだったので、舞台裏とかを当日、見たりして、むしろ結構好奇心が湧いてきたというか。『ああ、こんなところで指せるんだ、すごいな』とか。

 そういうふうに思う中で、舞台袖に行って、いよいよ出るよっていうときになったときに、当時手伝いで来てた奨励会員の人がいるんですね。大盤操作とかで。その人に、僕が舞台に出る直前ぐらいに、『奨励会員の意地、見せてください!』と言われて……。

 それですごい、しゃっきりした部分もあったというか。そういう意味ではわりと自然体でやっていた部分と、責任感を持ちながら……気持ちのバランスとしては、最終的にはすごい整った状態でできたかなっていうふうには思いますね。

──なるほど……そうだったんですね。普通の人には想像できないような棋士人生を経てこられた佐藤名人が、今回、叡王戦本戦に出られるということで……本戦の目標というか、目指す場所というのはどこに設定しておられるんでしょうか?

佐藤名人:
 やっぱりでもそこは本当1つ1つ、目の前の将棋を勝っていくっていうことになりますかね。

 もちろん最終的にはタイトル挑戦を目指したいと思ってますけど……誰もが強敵というこの世界では、あまり先のことを考えるよりかは、目の前のことに集中するっていうのが分かりやすいのかなっていう気もしますし。

──今の将棋界はタイトルホルダーが各年代に分散した希有な時代だと佐藤名人は語っておられましたが、その希有な時代において、名人が果たされる役割というか、『こういう名人になりたい』というイメージはございますでしょうか?

佐藤名人:
 現状のところは、棋士として結果を出すっていうところと、名人として他の世界へのPRというか、普及活動というか、そういうものを両立してやっていければ一番いいなとは思ってますね。

 ただやっぱり非常にレベルも拮抗してる中で、水面下の研究合戦も激化しているので、そこを両立し続けて結果を出し続けるというのは大変なことなのかなとも思うんですけれども……。

 けど、やはりそこを両立するのが一番理想だとは思うので。そこを目指したいなと。

──ありがとうございます。長々と申し訳ございませんでした。

佐藤名人:
 いえいえ、とんでもないです。

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──すみません、最後に、私……『りゅうおうのおしごと!』というですね、アニメにもなった作品を書いてるんですが、そこの主人公のライバルで……佐藤名人をモデルにしたキャラクターを、その……出してしまって。

佐藤名人:
 ああ、噂には。はい(笑)。

──マント着てるとかですね、順位戦ですごく強いっていうキャラクターを出してしまって…………おわびをしなければいけないと……。

佐藤名人:
 いいです、いいです、全然構いませんので。

──本当にすみません。ただ、そういう形でもですね、佐藤名人の個性的なキャラクターというか……理想というものは、やはり将棋ファンや外の世界にもものすごく届いていると思います。これからもぜひ、その個性を持って、ご活躍いただきたいと思っております。

佐藤名人:
 どうもありがとうございます。

 

 インタビューを終えてから、私は改めて『完結編』を観賞した。
 以前に見たのは大学時代だったと思うので、少なくとも15年ぶりになる。
 見て、驚いた。
 面白いのだ。
 確かに、脚本に対する不満は残る。ご都合主義だとも思う。
 だが佐藤の言う通り、独立した作品として見るのであれば、その作画の完成度の高さと格調高い演出は現在でも通用するし、学ぶべきところがある。普遍的な面白さがあるのだ。
 音楽も、羽田健太郎のピアノが加わったことで、旧来の重厚なヤマトサウンドに、クラシカルな要素が加わっているように感じた。
 また、西洋貴族的な装いの敵キャラクターも、佐藤の趣味に合いそうだと思うと同時に、世代や国境を越えて受け容れられそうだと思った。

 漫画、アニメ、ゲームを浴びるように消費し、サブカル批評にかぶれていた大学時代の私は、他の誰かが書いた批評をさも自分の意見であるかのように語ることだけに血眼になり……『完結編』の中にある美しさに気付くことはなかったのだ。
 逆に、将棋に邁進していた佐藤は、ヤマトという作品の持つ魅力を己の中で咀嚼し……自分が求める理想がどんなものなのかを、恐れずに表現した。

 そしてもう一つ、私にとって興味深い発見があった。
『完結編』が公開された1983年というのは、ちょうど劇場では『うる星やつら オンリー・ユー』が、テレビでは『超時空要塞マクロス』が放映されていた時期に当たる。

 マクロスは、ヤマトを見て育った世代……戦争を知らない世代が、ヤマトの中にアイドル音楽と美少女とラブコメ的な要素を詰め込んで作ったアニメだ。
 うる星やつらは、言わずと知れたラブコメ漫画の金字塔である。
 アニメはそこから、美少女がクローズアップされるようになっていく。
 戦いの場に美少女が現れて、ロボットに乗ったり、レーザー銃や大きな剣を振り回して、自ら戦うようになる。
 そしていつしか、戦いすら忘れ去られ……ただ美少女が寝起きする様を観賞するようになった。
 その流れはライトノベル文化に繋がっているし、現在のアニメシーンでも支配的だろう。
『完結編』は、宇宙戦艦ヤマトの中にあって今のアニメが失ってしまったものの、美しい結晶のようにも思える。

 そういう意味で、将棋という伝統文化の頂点を担う名人・佐藤天彦が『完結編』を選択したのは、非常に示唆に富んでいる。
 観戦記者の池田将之氏は、その著書『関西若手棋士が創る現代将棋』(マイナビ出版)において、奨励会入会直後の佐藤について、このようなことを述べている。

 奨励会の休憩時間に佐藤と糸谷(哲郎八段)が話し込んでいるので近づいてみると『なぜ日本は第二次世界大戦で負けたのか』というテーマだった。2人とも小学生ながら博学だった……と。

 私は、佐藤が戦争を賛美していると言っているのではない。
 そうではなく……戦いと苦難の中からしか生まれ得ない大切な何かを、その魂に宿していると思うのだ。

 佐藤天彦という棋士の中には、今のアニメが、日本のサブカルチャーが失ってしまった美しさが、ある。
 日本文化を体現する名人の中に、日本アニメの始祖ともいうべき『宇宙戦艦ヤマト』の失われた精神が確かに生き残っているのだ。
 これを奇跡と言わず、なんと言おう?

 だから私は将棋ファンだけではなく、アニメファンにこそ、佐藤天彦の将棋を見てほしいのだ。
 我々が失ってしまった大切なものが、そこにあるはずだから。


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