貴族と貴公子の戦い 佐藤天彦叡王ー金井恒太六段:第3期 叡王戦本戦観戦記
「叡王戦」の本戦トーナメントが2017年11月25日より開幕。3期目となる今回から新たにタイトル戦へと昇格し、ますます注目が集まっています。
ニコニコでは、佐藤天彦 第2期叡王と段位別予選を勝ち抜いた15名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。
貴族対貴公子。そんなフレーズを連想させる二人の対戦は12月24日、クリスマスイブに行われた。街中は華やかなムードだが、将棋界は年末から年度末が対局の多い時期である。
同世代でトップをいく佐藤との対戦を前に、控室に向かう金井の表情は緊張気味だった。対照的に佐藤は普段通りに感じられた。
地位は人を作るというが、佐藤の立ち居振る舞いには感心させられることが多い。「今年の名人戦と電王戦はどちらも大変な戦いだったが、非常に大きな経験になった」という。電王戦ではコンピューター将棋プログラムPonanzaに敗れたが、終局後の会見では棋士として戦ったことに胸を張り、堂々と受け答えをしていたことが印象的だった。
前例をなぞる
振り駒で歩が3枚出て佐藤の先手に。席に着いた金井は、カバンから温かい生茶を取り出してお盆に載せた。
ここ2年ほど、長らく相居飛車戦の主流だった矢倉が減って角換わりが増えている。後手の金井は角換わりを受けて立ち、早繰り銀を目指した。最近出てきた指し方で定跡を形作られる段階にある。中村太地王座が得意にし、王座獲得に威力を発揮した。
二人の指し手が早い。歩がぶつかった第1図で、開始から30分しかたっていない。それもそのはず、11月16日の竜王戦で金井が指した将棋とほぼ同じ(1筋の歩の位置だけ違う)だからだ。
先手リードか
本局は日曜日に指され、出前を取れる店が少なかった。普段はご飯少なめのうな重を頼むことの多い佐藤は、本局では「みろく庵」の肉しょうが焼き定食を注文した。金井は同店のギンダラ定食。本局の解説を務めた郷田真隆九段は、ギンダラ定食を一時期よく食べていた。金井は郷田九段の将棋にあこがれており、研究会をしている間柄である。
佐藤は第2図で▲2五歩と継ぎ歩で攻める手を考えていた。しかし、あらためて読んでみると△8六歩から銀交換され、あとで△7七歩から攻められる展開に自信が持てなかった。そこで▲4五歩。△7六歩▲8八銀△8六歩▲同歩に△8六同飛が普通だが、金井は△5五角と打って8筋を強攻する。▲星野-△金井戦でも出た指し方だ。
最近の相居飛車戦は、戦いになるタイミングが早い。がっちり固める穴熊のような将棋とは異なり、バランスを取って指すことが求められる。佐藤は戦いながら自玉を5筋に動かして、後手の攻めから遠ざかる。このあたり判断が難しいが、解説の郷田九段は「△5五角に少し違和感がある」として、先手持ちと判定した。
佐藤の誤算
第3図で佐藤が熟考する。ここは▲4三歩が手筋。しかし、△5一玉が好手で、▲8三角打△7八とで先手大変。ここに佐藤の誤算があった。また、第3図で▲9五角も△7五飛▲5一銀△4一玉で決まらない。実戦は▲7四歩△7一飛▲7二銀△6一飛▲同銀不成△9四角という進行。後手の飛車がさばけてしまい、佐藤は形勢に自信をなくした。
第5回将棋電王トーナメントを優勝した「平成将棋合戦ぽんぽこ」は、第3図で▲6五角△4三歩▲8三角上成を示していた。両対局者も郷田九段も意外そうな反応。佐藤は「▲6五角はやりにくいうえに、そもそも思いつかない」という。▲7四歩△同飛▲6五角なら飛車取りになるので、単に▲6五角は考えにくいのだ。コンピューターは心理が絡まないので人間とは視点が異なる。郷田九段は「▲7四歩が難しいなら、人間的には先手大変」という。
流れの中の盲点
郷田九段の解説は「プロ棋士は流れの中で指している」など参考になる言葉が多かった。佐藤は第3図で失敗したという思いから、以降は粘る指し方を中心に考えていた。第4図から▲8五金△同角▲8二飛△7二歩▲8五飛成。攻防に働く角を取る自然な進行だ。ところが、▲8五飛成に△8四歩▲同竜△4六桂からの攻めが厳しかった。後手の攻めは小駒だけだが急所を突いている。
▲8五金からの手順で、△7二歩に▲同飛成とこちらを取る手があった。王手角取りをかけて角を取らないのだから盲点になる。以下△6二金▲8一竜とすれば難解で、感想戦でもはっきりした手順が出なかった。とはいえ、佐藤が▲8五金と打ったのは、王手角取りをかけるため。つまり、▲8五金から▲8五飛成の5手一組を一つの流れとして読んでしまうので、▲7二同飛成は指しにくい。先手としては第3図同様に難度の高い手順だった。
一方の金井は、つぶされてはまずいので、先手が攻めてくる順を警戒していた。△8五同角と取るときに20分以上考えて一分将棋に入ったが「▲7二同飛成にどうするのが最善なのか結局わからなかった」という。
形勢判断や視点の違いで、局面の考え方や手の読み方が異なった興味深い場面だった。
金井勝利
金井を見ると、緊張が続いているのだろう、呼吸をするたびに肩が上下していた。それでも、ゴールは目前だ。佐藤は▲3四角成(第5図)まで進めて、自玉の上部を厚くした。しかし、それでも先手玉は詰んでいる。金井は△3八銀打▲4六玉△3六銀成から先手玉を挟み撃ちにしていく。△3六銀成を▲同玉と銀を取った佐藤の肩が落ちていた。
△1四歩を指す金井の手つきに力がこもった。それを見た佐藤はコップに残るわずかな水でのどを潤して、はっきりした声で「負けました」と告げた。投了以下は▲2四玉△2三歩▲同馬△3三金とするのが好手順で、▲3三同馬△同銀▲2三玉△3四角で詰む。
短手数ではあったが、心理的なアヤが面白い将棋だった。叡王に競り勝った金井は大きな自信になったことだろう。2回戦は佐藤康光九段と対戦する。
(観戦記者:君島俊介)
■第3期 叡王戦本戦観戦記
・崩れ落ちた中学生棋士 深浦康市九段ー藤井聡太四段