“ひふみん”こと加藤一二三氏が引退戦直後に会見を行わなかった理由は「真っ先に帰宅して長年支えてくれた妻に負けを伝えるため」だった
引退が決まった試合。明かされる家族との感動秘話
やまだ:
引退が決まったあの試合の後、「記者会見は後日します」と言ってすぐ立ち去られたじゃないですか。
加藤一二三:
そう。あらかじめファックスで関係者の人に「当日の記者会見はしませんが、後日します」ってお知らせしてたんです。要するに、対局前は自分が負けることを考えてませんから。負けた日に「記者会見をしてください」なんて、私からするとゴメンですよ。
やまだ:
そもそも負けることを考えてなかったから。
加藤一二三:
そうです。負けることもあるかもしれないけれど、「負けた時には後日、記者会見します」って、ちゃんと伝えてあったんです。
やまだ:
負けたからイライラして帰っちゃったんじゃないんですね。
加藤一二三:
本当のことを言いますと、長年の妻の支えもあって今があるので、負けた時は真っ先に家に帰って、妻に「負けた」と言って、共に慰めあってからにしようと思っていました。
ところが家に帰ったら、なんと妻と娘が「お疲れ様でした」と、私にネクタイをプレゼントしてくれました。すっかり落ち込んだ気持ちは吹っ飛びました。
一同:
素敵!
やまだ:
若い時は奥様の腕でワンワン泣いたりした時もあったんですか。
加藤一二三:
妻は明るい性格でして、私が負けると「次は頑張るぞ」という気持ちになるんですって。20回も連続で負けた時、もし妻の落ち込んでいる姿を見る事になったら、私も辛いですよ。でもその時、妻は「20回負けても、また次を頑張ろう!」って心から思ったらしいんです。
やまだ:
ひふみんは、対局が終わった後、家には持ち込まない人なんですか。それとも、部屋に1人篭って何かやる人なんですか。
加藤一二三:
娘は「負けて帰ってきた時も、いかなる時も、父親としての態度は変わりませんでした」って言っていましたね。
やまだ:
家には持ち込まないタイプなんだね。
加藤純一:
切り替えも早いんでしょうね。
やまだ:
優しい家族だな~。
現役の時にできなかったことでやりたいことはありますか
加藤一二三:
ゆくゆくは、私の指した名局を本に残します。1324勝った対局を全部、本に書いて残します。
やまだ:
先生、名局って何が名局なんですか(笑)。
加藤一二三:
将棋は平均125手で勝負がつきます。私の将棋は点数をつけると、控えめに言っても、勝った将棋は95点。
例えば私のライバルであった中原誠永世名人は「加藤さんの勝った将棋は95点。負けた将棋は80点。加藤さんという人は勝っても負けても落差が小さい」と仰っています。
加藤純一:
完敗が少ないってことですね。
加藤一二三:
そういう事です。モーツァルトやバッハの名曲が300年経っても存在しているように、私の“名局”も100年経っても色褪せない魅力があると思います。
やまだ:
他の棋士にも伝えられるようなね。
加藤一二三:
そうです! 本を書いたら後輩たちが「加藤先生、よくぞ書いてくれた!」と言ってくれると思いますよ。
やまだ:
実際、ひふみん以外の方で、そうやって本に残されている方はいるんですか。
加藤一二三:
大山康晴名人は、全部を本に載せました。升田幸三名人は、名局だけ選んで残しています。羽生善治さんは既に全部、全局を本にしていますというように、先例はあります。
私の対局は、本にしたら単行本で15冊分にはなるでしょう。そういった出版計画を持っていますので、出版業者の方で「ひふみんの本、出してあげるよ~」という方がいたら、どうぞ、ご連絡ください。
やまだ:
出た出た! もう自分で営業トークできるじゃん! もう芸能人だ! 完璧(笑)!
でも、ひふみんは先程お名前を挙げていただいた名人の中でも、タレントになられた方でもあるから、もしかしたら本だけじゃなく、DVDとか付けて、動画でも説明してくれると、面白いものになるかもしれないよね。
加藤一二三:
なるほど! それは、本当に良いアイデアを教えていただきました。
やまだ:
将棋ってかっちりとしたイメージがあるからね。こんなに楽しく可愛く解説してくれる人はいないと思うよ。だから、これは一気にひふみんで将棋の門戸が広がりますよ。