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絶対に入ってはイケナイ“禁足地”を巡ってみないか? 街中にひっそりとたたずむオカルト的“立ち入り禁止の場所”を研究家が語る【事故物件ラボ】

 殺人、自殺……様々な理由により、いわくつきとなってしまった事故物件を徹底的に語り尽くすニコニコ生放送番組「事故物件ラボ。番組にはMCとして事故物件公示サイト「大島てる」管理人の大島てると、事故物件住みます芸人の松原タニシのふたりが出演。ゲストには怪談サークル とうもろこしの会会長の吉田悠軌さんが登場しました。

 番組コーナーでは、『禁足地巡礼』『禁足地帯の歩き方』などの著者である吉田氏が「小学校の校庭にある禁足地」や「都心にある禁足地」など、こんなところに存在しているの⁉ と驚くような各地の禁足地を紹介しました。

左から大島てる氏@Oshimaland)、松原タニシ氏@tanishisuki)、吉田悠軌氏@yoshidakaityou)。

※本記事はニコニコ生放送での出演者の発言を書き起こしたものであり、公開にあたり最低限の編集をしています。

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小学校の校庭にある福井県の禁足地「土公さん」

吉田悠軌:
 では早速いきましょうか。画像を出していただいていいですか。

 これは禁足地なんですよ。禁足地は別に説明いらないですよね。入っちゃいけない場所です。事故物件をご存知の方であれば禁足地もご存知でしょう。

 別に法律とかで禁止されているというよりは、信仰であったり宗教という理由であったり、オカルト的に入ると祟られるよ、入っちゃだめだよと禁じられているルールの場所が禁足地なんですけれども、これはとある学校の校庭にあるんですよ。

松原タニシ:
 いいですね。

吉田悠軌:
 小学校の校庭にポツンとこれだけが残されていて、柵で周りを囲まれているんです。子供でも乗り越えられるような高さですけれども、誰も乗り越えない。「誰も入らない」ということを徹底している場所で「土公さん」といわれているものです。

 この小学校の敷地に隣接しているところが、氣比神宮という有名な神社です。全国でも少ししかない神宮で、もともと神社の敷地だったんですけれどもそれが小学校になり……土公さんっていうのが氣比神宮の神様が降りてきた場所とされているような聖地なので、ここだけは神社の敷地というか、聖地のまま残されているという変わった例です。

松原タニシ:
 なんで学校作っちゃったの?

吉田悠軌:
 まあいろいろな都合があるんでしょう。

大島てる:
 これは政教分離とかで問題になるパターンですか?

吉田悠軌:
 そうですよね。ただここだけピンポイントに神社の敷地だとしたら、法律上問題ないのかなという気はします。一応聖地だから残されているという理由しかわからない。

 なんで「土公」っていうのかもよくわからない。陰陽道の神様で土公神というのがいるんですよ。土用の丑の日の「土用」。いまの日本では廃れていますけれど、陰陽の土用であったり、季節によって引っ越しをしてはいけないとか物を動かしてはいけない、建て替えたりしてはいけない、商売をしちゃいけないとかいろいろ決まっているんですよ。

 一番有名な大将軍というのがすごい怖い神なんですけれども、土公神も大将軍と同じように、「この季節のこの方角にはこれをやっちゃいけない」というのがある。だから建て替えとか引っ越しだったり、改築とかしちゃいけないという決まりがある。そういう神様なので、「土を動かしてはいけない」という意味で、動かしちゃいけない神様の代表例として「土公さん」と呼ばれているのかなと。

松原タニシ:
 不思議やな……。

吉田悠軌:
 これも地元の人に聞いて回りました。「やっぱり小学生だから悪戯で入っちゃう子もいるんじゃないですか」って聞いたら、「絶対それはありえない」って。聞いたこともないし、発想すらないと。

松原タニシ:
 スズメバチの巣とかついちゃったらどうするんですか。駆除するために入っていいのかな?

吉田悠軌:
 ものすごい長い高枝切りばさみとかじゃないと。

松原タニシ:
 外からやったらええんや(笑)。何人たりとも入ってはいけないということなんですかね。

吉田悠軌:
 神官はいいかもしれないですよね。多少はメンテナンスしないと。

大島てる:
 枝がはみ出ていますよね。

吉田悠軌:
 樹齢も長そうですもんね。平日の朝10時ぐらいに小学校の校庭でパシャパシャ撮影したんです。

松原タニシ:
 めっちゃ怪しい。授業中でしょう(笑)。

吉田悠軌:
 一応、氣比神宮と隣接しているので、撮影スポットは用意されているんですよ。そこから校庭が見えるようになっています。

松原タニシ:
 どんなスポットや(笑)。おもしろいな。吉田さんは『禁足地帯の歩き方』という本も出されていて。

『禁足地帯の歩き方』
(画像はAmazonより)

大島てる: 
 私は吉田さんに教えられるまで「禁足地」っていうワードを知らなかったです。

松原タニシ: 
 僕も別に事故物件やってなかったら、わからなかったと思う。

吉田悠軌: 
 やっぱり今の時代にはなじみはないですけれども、意外と範囲を広げれば禁足地はありますからね。だって天皇陵とかまさにそうだし、皇居なんてズバリ宗教的な意味でも禁足地ですから。

大島てる:
 実はたまたま私、きょう福井県の話もしようと思っていました。禁足地ということではなかったんですけど、県庁が昔のお城の跡地にそのまま居座っていて、東京でいえば江戸城の跡に都庁を建てるような、これはいかがなものかと思いまして。大阪府庁だって別に大阪城のところにはないですよね。

 堀を渡ってお役人に会いにいくって、どういう自治体だよって思いますよねって、

 公務員が偉いっていう、そういう土地柄なのかなって思いましたね(笑)。あ地図で見ると本当に堀で囲まれたお城の跡に県庁とか警察とか。そんなところは他にないと思うんです。

吉田悠軌:
 学校でそのパターンがあるんですよ。お城の跡でお堀もそのままで学校になっているというところががあって、実は結構でかい怪談があって、あまり言えないんですけれども……ゆくゆくは調査をしたいなと思っています。

一度入ったら出てこれない、入れば必ず祟られる「八幡の藪知らず」

吉田悠軌:
 「こんなところに禁足地」というので一番代表的な例が「八幡の藪知らず」。禁足地でも一番有名な禁足地じゃないですか。

松原タニシ:
 あんなにギュッと入ったらあかんアピールしているのはなかなか。

吉田悠軌:
 おどろおどろしいところなのかな? と思って行ってみると、すごくガッカリするスポットでもあるんですね。ご存知の方も多いでしょうけれども、まずは初級編ということで画像にいきますか。

松原タニシ:
 これだけ見たらいい感じですよね。これは礼拝場ですね。

大島てる:
 この時点でイギリスの墓よりも日本のほうが怖いなって思いますね。

吉田悠軌:
 向こうに竹林がある。これは神社というか八幡の社があるということですね。竹やぶの中に入っちゃうと、もう二度と出てこられないと言われています。

松原タニシ:
 水戸黄門が入ったんでしたっけ?

吉田悠軌:
 水戸黄門が入って迷いに迷って、妖怪の親玉みたいなやつに会って、頼んだら出してもらえたという逸話があったり、あと平将門系の話が多いですね。戦った時の鬼門にあたるとか、逆に藤原の方が八門遁甲の陣を敷いて将門を破ったんだけど、それの一番やばい地点にあたるところがこの八幡の藪知らずだ、とか。

 「地元の人に悪いけど、八門遁甲の一番やばいところになっちゃったから、未来永劫ここに入ったら死ぬから」と、将門を倒すためにやばい術を使ったということですよね。それが1000年以上前かな。

松原タニシ:
 1000年も禁足地!

吉田悠軌:
 伝説ですけどね。実際、なぜ禁足地かは誰にもわからないです。次の写真を見てください。前が大通りになっていて、普通に駐輪場なんですよね。

松原タニシ:
 近いな……大丈夫なんですか?

吉田悠軌:
 めちゃくちゃ人が通っているでしょ。手前側は商店街ですからね。駅まですぐ3、4分ですから。市川街道を挟むと市川市役所なのでめちゃくちゃ人通りも車通りもあります。

 竹やぶの向こうが見えちゃうから迷うも何もないのかなと思うけど、でも実際入って迷うんだとしたら、こんな狭い空間で不思議ですよね。

松原タニシ:
 最初からこんなに小さいんですか。

吉田悠軌:
 たぶんこれぐらい小さいと思いますよ。

大島てる:
 コアの部分だけ残したんじゃないですかね。

吉田悠軌:
 広かったかもしれないですけど、ただ江戸時代の地図とか見ても大して広くないんです。

大島てる:
 うまく脱出できたら、あんなに狭いのになんで? って逆に怖くなりますよね。明るい時に見たら「こんな狭いのになんで?」って。元が小さければ小さいほど怖いですね。

吉田悠軌:
 結構馬鹿にされがちではあるんですけれど、私の知り合いはここにスポット探訪しに車で行ったらしいんですよ。市川街道をずっと車で行って東京の方に戻って行ったと思うんですけれども、行きはまったく雨なんか降ってないような状態だったんだけど、急に車に雷が落ちたらしいですよ。

松原タニシ:
 車に⁉ それは怖い。すごい話ですね。

吉田悠軌:
 その時に八幡の藪知らずみたいなところに行ったからだ、というのは思ったんです。ただ、その人はその時は知らなかったけれど、あとから調べてみると平将門関連というふうに言われていました。平将門って結構雷を使うっていうのはよくありますね。常陸国(ひたちのくに)と呼ばれていた茨城県近辺は将門の拠点で雷がすごい多い。

 八幡の藪知らずの逸話として一番個性的で独特な伝説が、6人の将門の家来が将門が敗れた時に、首を持ってここに来たらしいです。

松原タニシ:
 家来が、将門の首を持ってですか?

吉田悠軌:
 はい。首を取られると名誉にかかわるからということで。ここの竹林の中でずっとそれ を持って守っていたらしいです。ずっと立ち尽くして家来が泥人形になっちゃったらしいです。 

松原タニシ:
 何年もおったということですか?

吉田悠軌:
 何百年レベルじゃないですか。泥人形になったんだけど、それが雷雨にあって泥が崩れちゃってここの土になっちゃったらしいです。

松原タニシ:
 すごい話やな。作ろうと思ってもそんなエピソード思いつかないですよ。東京の大手町の首塚とは関係あるんですか。

吉田悠軌:
 実際私の知り合いが雷にあっていますし、首伝説というよりは将門の首塚ともかかわりますよね。ここと関連しているというつながりは聞かないです。平将門の首塚で、祟りだと言われるようになったのは、大蔵省を敷地に作っちゃって大蔵省の人たちが死んでこれはやばいということになって、将門をちゃんとお祀りしようということになった。

 かつ、ちょっとあとに将門没1000年の1940年に雷が落ちて一帯が火災にあったんですよ。

 大蔵省がまず焼けた。大手町の官庁街も結構焼けちゃったんですよね。ちょうどそれが没1000年きっかりの年だったので、もう1回お祀りしたっていう。あそこだって将門の首はたぶんないですからね。あれは飛んできて落ちたっていう伝説があるだけで。関東大震災で崩れて、ちょうどいいやって調査したんですよ。

松原タニシ:
 だけどその時、何も出てこなかった。

吉田悠軌:
 将門どころか誰も埋まってなかったらしいですよ。誰かを祀った塚なんでしょうけど、遺体すら出てこなかったので。八幡の藪知らずも一緒なんですよね。関東の人間とか東京の人間は、結局そういうふうに将門伝説っていうのを自分たちで作り出してしまっているのかも。

松原タニシ:
 そうですよね。関西では聞かないもんな。最後ちょっと怖かったです。

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