なぜ渡辺大夢はフリークラスを抜けることができたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.09】
6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。
類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?
ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。
「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。
■前のインタビュー記事
・人間だからね(橋本崇載八段)【vol.08】
叡王戦24棋士 白鳥士郎特別インタビュー
五段予選Aブロック突破者 渡辺大夢五段
『なぜ渡辺大夢はフリークラスを抜けることができたのか?』
渡辺五段:
……弟子のことをですね、石田先生は常に気に掛けてくださってまして。もう弟子全員でですね、いい結果を残して、多く活躍したいっていう気持ちで常にやってます。それはもう一門全員そういう気持ちだと思いますので。
勝利者インタビューで視聴者から『師匠へのメッセージを』とリクエストされ、渡辺大夢五段はそう答えた。
声は少し、震えていたように聞こえた。
【第3期叡王戦】決勝七番勝負 第4局終了後、初のタイトルを獲得した高見泰地叡王へ師匠である石田和雄九段から「おめでとう、よくやった」と一言お祝いの言葉がございました!
— ニコ生公式_将棋 (@nico2shogi) May 26, 2018
●視聴→ https://t.co/4XmKphcyAJ pic.twitter.com/8prE54V7UL
渡辺大夢、30歳。大夢は「ひろむ」と読む。
石田和雄九段門下。弟弟子にはタイトル戦に昇格後・初の叡王となった髙見泰地がいる。
そんな渡辺は、他のプロ棋士とは少し違ったルートを辿ってきた。
本来、プロ棋士(四段)になるためには、三段リーグで2位までに入らなければならない。
しかし3位(次点)を2回獲得することでも四段にはなれる。
なれる……のだが。
その場合、通常のプロ棋士が参加することのできる『順位戦』を指すことができない『フリークラス』というところから這い上がらねばならない。
佐藤天彦名人がこのフリークラス入りを拒否した話は有名だ。
2012年10月にフリークラス入りの四段になった渡辺は、当初、プロの世界で苦戦を強いられる。
だが2015年度は急激に星を伸ばし、勝率6割6分7厘。この年、渡辺はフリークラスを脱して、翌2016年度より順位戦に参加する。
2017年度はキャリアハイの年間30勝。今年度も勝率6割5分をキープするという好調ぶり……いや、もうこの成績は渡辺にとって当たり前のものかもしれない。
渡辺は、他の棋士よりも1つ多く、関門を突破してきた。
その経験がどう影響しているのかを尋ねた。
──渡辺先生は、奨励会の三段リーグで次点を2回取られ、順位戦を指せない『フリークラス』というカテゴリーを経てこられた、数少ない棋士のお一人です。
渡辺五段:
まあやはり……三段リーグで2番手までに入って、普通に順位戦を指せる棋士になりたかったんですけれども。
なかなか……(通常なら昇級ラインとなる)13勝5敗とか取ったときに、3番手になることが多くて。それで次点2回でフリークラスにいったんですけど、心配なことが多かったですね。いいとこ取りで30局以上の勝率が6割5分の規程がクリアできるかとか……。
──フリークラスから上がって順位戦に参加するためには、そのようにかなり高い成績を上げることが必要になります。それができなければ10年で引退。不安はありませんでしたか?
渡辺五段:
師匠が一番、心配してまして……。
最初の頃、棋士になって、あまり勝てなかったんですね。徐々に勝てるようには、なってきたんですけど。
最初の頃は、こんな成績ではフリークラスすらも終わってしまうんじゃないかとか……そういうことばっかり考えていました。
三段リーグを抜けてプロ棋士となった渡辺は、竜王戦でプロ初対局を迎える。
相手はアマチュアだったが……何とこの対局で渡辺は敗北してしまう。それがどれほど不安なことかは想像に難くない。
──その時に勝てなかった理由というのは、ご本人の中ではどう分析しておられますか?
渡辺五段:
三段リーグが12期と長かったんです。だから、フリークラスというところからではありますが、やはりプロ棋士になれたことで安心してしまった気持ちもあったんじゃないかなと思いますね。
──ただ、フリークラスは規程の成績を上げられないと10年で引退となってしまいます。そういうプレッシャーから手が伸びないということは、なかったのですか?
渡辺五段:
あったと思いますね。そういうことも……。
いきなりデビューで3連敗しまして。んー……ちょっと不安な気持ちしかなかったんですけど。
──その不安な気持ちから解放されるきっかけというのは、何かあったのでしょうか?
渡辺五段:
4戦目にして、プロデビューしてから1勝目を上げることができて。そこから、1勝したことによってだんだん勝てるようになってきました。
で、大きかったのはですね。NHK杯の予選で。1日で2~3局指せるのですけれど、その時に星を稼げたというのが大きかったですね。
──その1日が、人生を変えたというか……好転に繋がったと?
渡辺五段:
やはりフリークラスだと(年に10局前後ある順位戦を指せないので)対局数がなかなか伸びなくて。早指し棋戦で一日に何勝も上げられるというのは、本当に大きかったです。
──では、叡王戦予選のように1日で2局指すような棋戦は、モチベーションが上がる?
渡辺五段:
そうですね。棋士として、たくさん将棋が指せるのは、本当にありがたいです。
──あの苛酷な三段リーグを抜けて、さらにプロ棋士の世界で6割5分という高い勝率を上げてフリークラスも抜けてきたことが……難関を2度も突破されたことで、ご自身の中で何か変わったことはありましたか?
渡辺五段:
そうですね、ありますね。
フリークラスを抜けたことで自信がついてきて。それからは研究量も前よりは増えたと思うんですね。
自分、そこまで将棋の勉強をするタイプではなかったので。今は本当に、時間があれば将棋の勉強をするというような日常を送っています。
──では、それ以前は……野球とかご覧になっていたということですかね?
渡辺五段:
そうですね。シーズン中は(笑)。
野球を見てしまうんですよね。それはもう、師匠にもですし、兄弟子の勝又先生からも言われてることで……。
──『まさかシーズン中に上がるとは』ですよね(笑)。
渡辺五段:
本にも書かれてしまって(笑)。
渡辺の趣味は野球観戦。それも半端な趣味ではない。
小学校4年生のときに初めて父親に東京ドームへ連れて行ってもらって以来、巨人を応援し続けている。
24歳の9月に四段昇段を決めたとき、師匠や兄弟子はそれがペナントレース中であることに驚いた。こんな驚かれ方をするのは渡辺以外にはいないだろう。
石田九段の著書『棋士という生き方』にも「プロ野球がはじまると成績が落ちる傾向にあるのは、困ったものです」と書かれている……。
昨日は元プロ野球選手、読売巨人軍の鈴木尚広さんとお会いして会食しました。緊張で開始早々、汗が大量に出てきてしまいました。渡辺大夢五段もご一緒で、彼の方が確実に緊張していたようです。(笑)テレビ野球中継で父と鈴木さんの走塁を観ていたのを思い出しました。夢のように時間でした。 pic.twitter.com/E0DCMVi7nj
— 飯島栄治 (@eijijima) April 4, 2018
──野球から得られたものというのも、大きいですか?
渡辺五段:
そうですねぇ、大きいですねぇ。
やっぱり棋士は勝負の世界ですから。野球も勝ち負けが付くし、頭脳プレー。ですから、将棋にも役立つところがあると思うんです。
あと、自分が勝ててないときに応援してるチームが勝ってくれたりすると、『自分も頑張らないと!』という気持ちになるので。
──ただ以前インタビューで『巨人が勝つと興奮して寝られなくなるので、翌日の対局に悪影響が出る』とも……。
渡辺五段:
そうなんですよ。対局の前日でも見ちゃうタイプなので……まあ昨日も見てたんですけど(笑)。
──石田先生のご著書には『将棋と巨人とどっちを選ぶのかと聞いたら「巨人を選ぶ(笑)」と言って将棋を止めかねないくらいです』と書かれていました。
渡辺五段:
けど石田先生も昔は中日ファンで、かなり……(笑)。
──1年間でどれくらい現地観戦なさるんですか?
渡辺五段:
今だと年間10試合前後……棋士になってからはそんなに多くはないと思います。
──それでも月に1回くらいは、という感じですね。奨励会の頃はもっと?
渡辺五段:
厳しい三段リーグから、少し、うーん……解放されたかったというのはあるかもしれないですね。まあ息抜き……。
息抜き程度で本当はいきたかったんですけども……やっぱり、ハマッちゃうと……。
──ど、どれくらい行ってらしたんですか?
渡辺五段:
多いときは、年間30試合くらい……。
──ほぼ毎週くらいのペースじゃないですか!
渡辺五段:
私がいつも一緒に観に行っているのが、将棋のアマチュア強豪の方で……もっとすごい方がいらっしゃるので(笑)。
──将棋の話もされたり?
渡辺五段:
そうですね。指さないですけどね。
──ドラフトとかもご覧になったりするんですか?
渡辺五段:
そうなんですけど……私、ドラフトの日に2年連続で対局が入ってしまって、ここ2年は見られなくてですね。
──おおっと。でも、見られるなら見たいと?
渡辺五段:
見られるなら見たいです。
──渡辺先生も、こうして中継される棋戦でご活躍なさることで、野球選手と同じようにファンの方々から注目されると思うんです。
渡辺五段:
はい。
──渡辺先生がプロ野球選手から勇気をもらったり、憧れたりしたように、将棋ファンも先生に憧れて将棋をはじめたりするんじゃないでしょうか。同じプロとして、こうなってみたいと思うような選手はいらっしゃいますか?
渡辺五段:
ジャイアンツでいうと、坂本選手ですね。同じ年なんですけども、あんなにスターで……キャプテンもやって、すごいなぁと。
──今回、五段戦のAブロックから本戦へ進まれました。これは昨年の髙見先生と全く同じルートなのですが……同じように活躍したいという思いはございますか?
渡辺五段:
はい。ありますね。
右:髙見叡王が制した第3期叡王戦五段予選Aブロックのトーナメント表
──髙見先生が本戦に出られて、ああやって次々に勝ち上がっていかれるのをご覧になって、どうでしたか?
渡辺五段:
第3期のことなんですけど、私、髙見さんに負かされたんです。1日で石田門下と2局やったという(笑)。
──そうでしたね。石田先生にとっては大変な1日で……(笑)。1局目は佐々木勇気先生との対局で、2局目が髙見先生との対局でした。そして髙見先生は渡辺先生に勝って、本戦に進み……叡王になられた。
渡辺五段:
けれど、悔しい、という感じはなくて。
弟弟子が本戦に行ったということで応援していましたね。頑張ってほしいな、と。
(第3期叡王戦 決勝七番勝負 第一局)
──石田門下は本当に仲がよくていらっしゃいますね。私は第3期叡王戦の第1局で観戦記を書かせていただいたのですが、勝負所になって、髙見先生が石田先生直筆の扇子を取り出しておられたのが非常に印象的でした。
渡辺先生は、石田先生や、兄弟子の勝又先生から、何かを……?
渡辺五段:
何かをいただいたとか、対局前に声を掛けてもらうとかは、なかったですねぇ。
ただ、先ほど……1局目が終わった後に、勝又先生から声を掛けていただいたんです。将棋会館に来ておられたんですね。それで一言、声を掛けられました。
──そうだったんですか! 勝又先生は何と?
渡辺五段:
『見事な玉さばきだった』と。
勝又が渡辺の対局日に将棋会館にいたことは、私には偶然とは思えない。
祖父から将棋を教わった渡辺は、将棋会館の子供スクールに通った。その時の講師が勝又であり……渡辺は当初、勝又へ弟子入りを申し込んでいる。
しかし弟子を取らない方針だった勝又は、自分の師匠である石田を紹介し、それで渡辺は石田門下に入ったのだ。
勝又にとって渡辺は、単なる弟弟子という以上の存在だろう。
──渡辺先生は受けが強くていらっしゃいますものね。では勝又先生に褒めていただいたことで、もっとそこを伸ばしていこうと?
渡辺五段:
そうですね。けど最近は、展開によってはかなり攻めることも前よりは多くなってきているので。バランスの取れた将棋を指したいな、というところですね。
バランスを取れた上に……自分の持ち味である粘り強さ、というのを発揮できればいいなと思います。
──最後の質問になりますが……目標にしておられる棋士の方は、いらっしゃいますか?
渡辺五段:
目標ですか?
私は奨励会時代から、木村一基先生にお世話になっていまして。今でも研究会などで教わっているのですけども……。
木村先生のように、トップに立って活躍できる棋士になれたらいいなって……いつもそう思っています。
──去年の将棋年鑑のアンケートでも、『今までで一番印象に残っている将棋』で、木村先生との王位戦を挙げておられましたよね。
渡辺五段:
あっ……! そうですね。木村先生と公式戦で最初に当たった時は、やっぱり嬉しかったですね!
棋士になって、戦ってみたかったので。
木村一基九段は『千駄ヶ谷の受け師』の異名を持つほど受けの強い棋士として知られる。
プロになった渡辺はその木村と2度、戦っている。
一度目は2013年の王位戦。そして次は2014年の朝日杯。
どちらも渡辺の負けだった。
しかしその頃まだ渡辺はフリークラスにいて、暗いトンネルの中でもがいていた。
二つ目の難関を突破し、研究へのモチベーションと勢いを得た今の渡辺ならば……きっと別の結果が出るはずだ。
木村と同じ、順位戦を戦う棋士になった今なら。きっと。
そして、渡辺が予選を突破したその11日後。
木村は九段予選Dブロック決勝で塚田泰明九段を下し、本戦出場者最後の一枠を勝ち取った。
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