『save your dream』第1譜 金井恒太六段―高見泰地六段:第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局 観戦記
今期から新たにタイトル戦へと昇格し、34年ぶりの新棋戦となった「叡王戦」の決勝七番勝負が2018年4月14日より開幕。
本戦トーナメントを勝ち抜き、決勝七番勝負へ駒を進めたのは金井恒太六段と高見泰地六段。タイトル戦初挑戦となる棋士同士の対局ということでも注目を集めています。
ニコニコでは、金井恒太六段と高見泰地六段による決勝七番勝負の様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。
第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局観戦記『save your dream』第1譜
白鳥士郎
「豊島先生」
前を歩く細身の男性に駆け寄ると、私は勇気を出して声をかけた。その隣を同じ歩調で歩く女性にも。
「室田先生も。お久しぶりです」
棋士に話しかける瞬間は、いつも緊張する。
「こんにちは」
「その節は……」
豊島将之八段も室田伊緒女流二段も、笑顔で迎えてくれた。
愛知県を出身地とする豊島と室田とは将棋のイベントで過去にも顔を合わせたことがあり、昨年5月の名人戦第4局(岐阜市)でも二人と会っていた。
ドキドキしたまま、私は挨拶を続ける。
「明日の観戦記を担当させていただきます。どうぞよろしくお願いします」
岐阜県出身の私は、その名人戦で朝日新聞の観戦記を担当した諏訪景子さんの後に3日間ついてまわって、観戦記者がどんな仕事をするか取材させてもらった。
もちろん、自分の小説のネタにするためにである。
その時はまさか観戦記を書くなどとは思いもしなかった。
将棋の観戦記を読むのが大好きな、単なるファンだった私が、タイトル戦の観戦記を書くことができるなんて……本当に夢のような話である。
豊島の雰囲気は以前よりも明らかに柔らかくなっていて、私はホッとした。豊島の言葉は観戦記に絶対に必要だからだ。
その理由は――
「今回、金井先生と髙見先生の両者と公式戦で対局経験のある棋士の方が、豊島先生しかいらっしゃらなくて。色々とお話をうかがえれば幸いです」
「そうなんですか?」
意外そうな顔をする豊島。
豊島は、髙見とは今回の叡王戦本戦で。金井とは7年前に順位戦で当たっていた。
「そういえば豊島先生はC級2組を抜けたのが金井先生と同時ですよね?」
「はい。金井さんとは奨励会に入ったのも同じ年だし、四段になったのも同時です」
そうなのだ。
奨励会入会が同時ということは、将棋界においては同学年というような意味を持つ。
金井の奨励会入会は中学1年生で、豊島は小学3年生。学年は4つほど離れているし、関東と関西で場所も離れてはいるものの、金井と豊島の歩みはある時期までほとんど重なっていた。
四段昇段(プロ入り)が同時というのは、同期入社のような感覚だろうか。
棋士番号で見ても、
264 豊島将之 八段 現在27歳
265 金井恒太 六段 現在31歳
と、1番違いだ。
そして今回のもう一人の対局者は、
284 髙見泰地 六段 現在24歳
豊島は、年齢的には髙見に近いが、棋士番号では20番違い……つまり豊島と髙見の間には棋士20人分の隔たりがある。
「それに金井さんとは子供の頃から大会でよく顔を合わせていたから、東西にわかれているけどよく知っています」
「そうだったんだ」
室田が意外そうに言った。豊島は「うん」と頷いて、続ける。
「大阪の子が、東京の大会へ行くことはよくあります。けれど東京の子が大阪の大会にまで来ることって少ないんです。金井さんは大阪の大会まで来てたから、よく顔を合わせていました」
それだけ金井が熱心に将棋に取り組んでいたという意味だ。そしてもちろん、家族の支えもあったはずだ。子供が一人で大阪まで遠征するわけではないだろうから。
金井とも、そして髙見とも、私は初対面である。
先を行く二人がどんな人物なのか。二人の何を書くことができるのか。期待に胸が高鳴った。
対局場となる、城の裏側(北側)の茶席に到着する。
叡王戦の開幕を翌日に控えたこの日、名古屋入りした関係者の一行がこれから行うのは、対局場の様子を『検分』すること。
対局に当たって何か問題がないか、事前にチェックするのである。リハーサルとまではいわないが、実際に盤に駒を並べたりして、対局の感触を確かめる。
私は子供の頃からもう数え切れないほど名古屋城に来ているが、この茶席に来たのは初めてだ。
周囲を歩く観光客も少なく、また緑も豊かで、静謐な環境が整っている。これならよい将棋が指せそうだと思った。
……この時、私はまだ、この『静謐さ』というものが持つ恐ろしさを何一つとして理解していなかった。
タイトル戦の検分を取材するのは初めての経験だった。
金井、髙見の両対局者にとっても、自分が主役の検分は初めてだ。
二人は盤の前に座り、自分のやりやすい環境を整えるというよりは、ただその場にあるものを受け容れるといった感じで、ほとんど何も言わずに駒を並べていた。
主役であるはずの二人は、俯いて目を合わせずに、ちょこんと座っている。その場の誰よりも遠慮しているようだった。
「ここ、エアコンがないん? せやったら温度計は? 誰か温度計持ってへん?」
検分をリードするのは立会人の福崎文吾九段だった。関西弁でひっきりなしに喋りまくっている。
福崎は立会人であることはもちろん、この対局室にいる人間の中で唯一、タイトルを獲得した経験を有する。故にその言葉は重い。
「温度計はない……かぁ。せやったら体感でやるしかないなぁ」
冗談で言っているのか本気なのか。真剣なようでもあるし、対局者二人の緊張をやわらげてあげようとしているようにも見える。
私はといえば、どう取材をすればいいかわからず、茶室の玄関のあたりから遠慮がちに写真を撮っていた。
「もっと自由に、奥に入って取材してもいいんですよ」
ネット中継を担当する銀杏記者と吟記者が、優しい言葉で私の背中を押してくれた。
おそるおそる、盤の近くへと進み出る。
まるでテレビ局のスタジオのようだ。
カメラは3台。そして据え付けのマイクも3台、視聴者からはわからないように設置してある。
一番すごいのは照明だ。
記録机に座って目線を上げると、まぶしくて目を開けていられない。
不意に、髙見が盤側の関係者へ話しかけた。
「これ、ありがとうございます」
髙見はお盆に置かれた清涼飲料水のペットボトルをひょいと持ち上げて、お礼を言っている。
「髙見先生。こちらですが、当日はラベルを剥がさせていただきます」
「あ、そうなんですか?」
「はい。『生茶』以外は……」
「そうかー……同じKIRINさんなら大丈夫かと思って、注文させてもらったんですけど」
『生茶』はとても飲みやすく、気分をすっきりさせてくれる。
しかしお茶だけというのも確かに口が寂しいだろう。髙見がリクエストして追加してもらったようだが、メーカーに配慮したところが、何かにつけて気を遣う青年なのだなという印象をもたらした。
「あと、大きめのコップ……いや、お城だから湯飲みの方がいいかな。それから、温かいお茶を一杯いただけると」
髙見は控え目だが、欲しいものをはっきりと口にした。
その髙見の要求を聞きながら、金井は『私もそれでいいですよ』というように、穏やかな表情で何度も頷いている。金井の盆にももちろん、髙見の注文した清涼飲料水が置いてある。
タイトルを奪い合う敵同士というよりも、優しい兄と天真爛漫な弟のようだ。
対局前、二人には温かいお茶が用意されることになった。
髙見はさらに尋ねる。
「立ち歩いていい範囲は?」
「お庭の中までとなります」
「お城まで行っちゃダメなんですね」
「騒ぎになってしまいますから……」
立教大学で日本史を学んだ髙見は、大の歴史好きで知られる。
かつてインタビューで『夢はお城で対局することです』と語っていただけに、せっかくなら対局中も城を眺めて気分転換したかったのかもしれない。
そういえば、上座の金井は盤の前に座ったまま庭が見えるが、髙見の側からは床の間しか見えない。
その後、髙見は奥にある控室を見に行った。金井の控室は対局室の隣だが、髙見の部屋は渡り廊下を伝った先にある。
金井は庭でインタビューの撮影を行っていた。私はその様子を、茶室の廊下に立って眺めていた。
ふと、背後に人の気配を感じて振り向く。
目の前に、自室の検分を終えた髙見が立っていた。
「あ……」
私と目が合うと、髙見はそう呟いて目を伏せ、それからまた目を合わせようと視線を上げる。
初対面の人間と会ってもじもじするその姿は、道場や将棋教室でよく出会う、将棋が大好きな少年そのものだ。
対局者に気を遣わせてはいけない。私は自分から切り出した。
「初めまして。観戦記を担当させていただきます、白鳥と申します」
髙見は、はにかんだ笑みを浮かべながら、両手を丁寧に膝に当てて頭を下げ、
「どうも。アニメは全部、録画してます」
作者にとって一番嬉しい言葉だ。
「あの……名刺は後でもいいですか?」
「はい。もちろん」
私は頷くと、こう言い添えた。
「観戦記は初めて書かせていただくんです」
髙見はそれを聞いてニコッと笑い、
「じゃあいい将棋を指しますね!」
髙見との邂逅は一瞬で終わった。
爽やかな、春風のような青年だと感じた。
検分を終えて、一行は前夜祭会場となるホテルへと向かう。
軽く俯きながら、一人で後ろを歩く金井。少し前を行く豊島が、そんな金井を振り返り振り返りしつつ歩いている。
私は小走りに金井に追いつくと、名刺入れを取り出しながら声をかけた。
「初めまして。今回、観戦記を担当させていただきます……」
「ああ! どうも」
金井は笑顔を浮かべて、深くお辞儀をしてくれた。
名刺を交換して、並んで歩き始める。豊島も歩調を緩め、私たちと並ぶ。
さっそく私は取材を開始した。最初の質問は――
「金井先生は、華原朋美さんのファンだとうかがっておりますが……」
金井は大爆笑した。聞いていた豊島の表情も緩む。
「『save your dream』が好きな曲と、以前に雑誌のインタビューで」
「そこですか」
最初の質問がまさか将棋とは全く関係無い芸能ネタだとは予想していなかったのだろう。
華原朋美の『save your dream』。
22年近くも前の曲だ。チョコレートのCMソングと言えば「ああ」と思ってくれる人もいるかもしれない。
「どんな部分がお好きなのですか? 歌詞が?」
重ねて尋ねると、金井は思い出すように少し上を向いて語り始める。
「初めて買ってもらったCDだったのかな? 当時はピアノを習っていて……」
叡王戦のPVでも披露しているが、金井のピアノの腕はかなりのものだ。本人は『初段くらいですかね』と謙遜するが。
そもそも将棋界が金井を語る際に最初に持って来る話題が『ウィーン生まれ』『両親が音楽家』という点である。
金井の穏やかな性格と端正なマスクもあって、将棋界が語る金井恒太は常に『貴公子』というイメージだ。
しかし私は金井の書いた文章を読み、金井の指した将棋を観賞して、全く別の感想を抱いていた。
人間の本質は出身地や容姿で決まるのではない。
ましてや棋士の個性は、積み重ねた思考と対局によって培われるはずだ。私は金井のそこを書きたいと思っていた。
金井は華原朋美の印象について語り続けている。
「あんなに高くて美しい声の人がいるんだと感激してファンになりました。小学3年生だったから、歌詞の意味は理解していなかったと思います」
「華原さんは将棋連盟の子供スクールに通っていたそうですから、金井先生の先輩になるわけですよね」
「ええ。後から知って驚きました」
「金井先生はスポーツ観戦もお好きとうかがっています。バレーボールとか」
「はい」
「しかし先生はテレビでスポーツ観戦をする際、プレーよりもむしろタイムアウトなどで監督が選手にどんな声をかけているかをできる限り聞き取ろうとするといった努力をしておられると。『相手も苦しいんだから』『ワンチャンスだぞ。諦めるな』という声を聞くためにテレビに顔を近づけて、ご両親から『おかしい』と言われるほど熱心に……」
近くで聞いている豊島の笑みが深まる。
金井は少し豊島を見ながら、気恥ずかしそうに頷く。
「そうですね。将棋は対局中、誰も声をかけてくれないので」
金井の行動は特殊なように聞こえるかもしれないが、私は他の取材でも、対局中に自分を励ますために頭の中で応援歌を奏でるという棋士の話を聞いたことがある。
また、加藤一二三九段が対局に際して賛美歌を歌うのは有名だ。
弱気になると局面を過度に悲観し、そのせいで指し手が乱れることがあるから、そうやって自分を励ますのだろう。
「劣勢になった時に、ご自分にかけるための声をストックしておられるわけですね。それから、対局中に頭の中で曲が流れることもあると……」
「持ち時間が短いと、流れないんですけどね。明日は5時間だから、何か流れるかもしれませんが……」
私たちの話を、豊島がずっとニコニコしながら聞いている。
いや、もうニコニコというよりもニヤニヤになっている。明らかに表情で金井をイジっていた。
「豊島さんが……この利かしが厳しいんですよ」
金井も嬉しそうに、将棋用語を交えながら豊島とじゃれ合う。
ちなみに『利かし』とは、相手の駒をいつでも取れる状態にしていることをいう。豊島が敢えて何も言わずにニヤニヤしていることを、将棋にたとえて表現したのだ。
知らなかった。この二人が、こんなにも仲がいいなんて。
「冬のオリンピックに勇気をもらったので、今はその曲が流れると思います。4年に一度、その一日のために準備をして、力を出し切るというのがすごい。こちらは4年間も準備をしませんが……」
今回の叡王戦は、挑戦が決まってから番勝負までの期間が二ヶ月半ほどあった。怪我から復帰して完璧な演技を見せた羽生結弦選手のように、金井も完璧な将棋を指したいと思っているのかもしれない。
私は話題を変えた。
「金井先生の将棋で私が感銘を受けたのは、児玉孝一七段との順位戦です。深夜に持将棋となり、指し直しの前に休んでいると、仲のいい長岡先生がコンビニで夜食を買ってきてくれたというエピソードが印象的でした」
「そうでしたね。でも、それで負けてしまうというのが……」
金井は苦笑する。
午前4時10分に終局した指し直し局。金井はベテランの児玉に敗れた。
しかしその翌日のA級順位戦を検討するために、金井は再び将棋会館を訪れ、仲間達と共に熱心に学んでいたという。結果的に、金井はその期の順位戦で昇級する。
金井の『昇級者喜びの声』には、こんな一節がある。
――研究会・VS等で仲間と顔を合わせる中で、少しずつだが落ち着きを取り戻すことができた。たとえ最終戦に負けたとしても、これからもこの仲間とともに将棋を頑張っていくのだと思えるようになった。この気持ちを忘れないようにしたい。
『強い気持ち』
『勇気を持って』
『仲間とともに』
金井の自戦記やインタビューには、そんな言葉がよく見られる。
「金井先生は、順位戦でC級2組を抜けるのが同年代の佐藤天彦名人や中村太地王座よりも早かったですよね。お二人をはじめとする同世代の棋士の活躍が、今回のタイトル挑戦に繋がったのでしょうか?」
金井がC級2組を抜けたのが23歳の時。
当時、23歳以下で金井よりも上位にいたのは、広瀬章人や戸辺誠といったほんの一握りのエリート達だった。
「……活躍している同世代の仲間達のようになりたいと……同じ舞台に立ちたいという思いは、あります」
金井は俯き、一言一言を噛み締めるように答える。
「けれど思うだけじゃどうにもならないし、ましてやすぐに手が届くものでもなくて……」
傍らにいたはずの豊島は、いつの間にかいなくなっていた。
「そこに手が届くなんて、今は言えない……」
金井の言葉は明らかに混乱していた。
明日、タイトルに挑戦する人間とは思えないほど、弱気な言葉を連発する。
強い気持ちを表現しなくてはと思いつつも、それがどうしても口に出せない。
焦りや迷いが感じられた。
夢と現実の狭間で、金井は葛藤していた。タイトル戦の前日になっても、なお。
「指し分け以下なんていう成績では、何も言えない……」
2015年度、2016年度と、金井は2期連続で負け越している。
特に2016年度の順位戦では1勝9敗という衝撃的な成績だった。
降級点が付き、順位は最下位となった。
2017年度は順位戦の降級点を消去、15勝15敗の指し分けで終わった。
タイトル挑戦という結果を残したが、しかし指し盛りの若手棋士にとっては物足りない成績だろう。
結局、金井の口から『強い気持ち』や『勇気』を感じる言葉は出てこなかった。
代わりに出てきたのは全く別の言葉だった。
「そういえば妹弟子を追いかけてくださっているようで、ありがとうございます」
金井の反撃だった。
私の作品である『りゅうおうのおしごと!』には、金井の妹弟子に当たる飯野愛女流初段をモデルにしたキャラクター・清滝桂香が登場する。
父親がプロ棋士で、高校生の頃に女流棋士を目指して……少しでも将棋界について知識があれば、誰がモデルなのかは一発でわかる。
だからアニメ監修の野月浩貴八段は、桂香が主役の回の音声収録に、飯野を見学に誘って来てくれた。同席した私は冷や汗が出っぱなしだったが……。
その収録は、私にとって忘れられないものとなった。
桂香が活躍するアニメ第7話『十才のわたしへ』を見た飯野は、収録が終わった瞬間に「よかった……」と涙を浮かべてくれたのだ。
隣で一緒に見学していた山口恵梨子女流二段が「もらい泣きしないように我慢するのが大変だった」と言うほど、感動してくれていた。
執筆やアニメ化では様々な苦労も経験したが、飯野の言葉で全てが報われた……。
そんな話を、金井は誰かから聞いていたのだろう。
私は恐縮しつつ、
「飯野先生からは、お父さまと連名の色紙をいただきました。『絆』『和』と書かれた色紙を。仲のよいご一門なのですね」
金井は嬉しそうに微笑んだ。
ふと思い出し、尋ねる。
「一門と言えば、関根先生は……」
「そうですね。大師匠の関根は、昨年の二月に……」
金井の師匠は飯野健二七段。
その飯野の師匠が関根茂九段である。2017年2月、老衰により死去。87歳であった。
関根は飯野の他にも泉正樹八段、北島忠雄七段、千葉幸生六段、佐々木慎六段、田中悠一五段とたくさんのプロ棋士を育てている。しかし、弟子や孫弟子の中からタイトル挑戦にまで辿り着いた者は、金井が初めて。
関根本人は、第4期棋聖戦で大山康晴に挑戦。惜しくも2勝3敗で敗れている。
もし、関根が存命であれば……金井の活躍をどれほど喜んだかは想像に難くない。
だが関根が最後に見ていた金井は、順位戦で苦しむ姿だった。
「関根先生が亡くなられたことで、心境の変化などはおありだったのでしょうか? それが今回の活躍に繋がったということは……?」
「はい」
金井は私の目をまっすぐ見て、頷いた。そして言った。
「不甲斐ない成績だけど、活躍すると誓ったので」
その表情と言葉の強さに、私は強く胸を打たれた。
それまでとは別人のような金井がそこにいた。
勝利への決意を口にしようとして、どうしても言えなかった金井が、初めて口にした大師匠への誓い。
私は確信した。
金井恒太とは、誰かのために戦う時、強くなれる男なのだと。
目頭が熱くなった。
重ねて質問しようとしても、声が震えてまともな言葉にならなかった。
(つづく)
第1局の観戦記は4月20日~26日まで、毎日17時に公開予定。
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