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宮崎駿と高畑勲を“たまたま”起用!? 人気低迷のアニメ版『ルパン三世』にテコ入れしたのはアニメーション界のレジェンドコンビだった

 3月11日放送の『岡田斗司夫ゼミ』にて、評論家の岡田斗司夫氏が、宮崎駿長編初監督作品である『ルパン三世 カリオストロの城』について熱弁。

 また、同作品の前身となるTVアニメ『ルパン三世第1シリーズ』についても言及。アニメ放送開始時は不振続きだったルパンのアニメシリーズについて、岡田氏は「たまたま手の空いていた宮崎駿と高畑勲を、無理やり『ルパン三世』第1シリーズのテコ入れとして投入した」と、アニメシリーズがヒットした知られざるエピソードを語りました。

『ルパン三世』 TV第1期(画像はAmazonより)

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日本初の大人向けのアニメとして企画された『ルパン三世』

岡田:
 1968年、TVアニメ『巨人の星』で大ヒットを飛ばしたアニメ制作会社「東京ムービー」は、『漫画アクション』で連載されていた人気漫画『ルパン三世』を、それまでになかった“大人向けのアニメ”として制作しようと考えました。

 しかし、『ルパン三世』のアニメ化にあたって、スポンサーも放送する局も決まりません。なんせ、「大人向けのアニメを作る」と言っても、そんなニーズはないんですから。当時、アニメというのは子供向けのもので、なおかつ、どんなくだらないアニメでも、当たり前のように20、30%という視聴率を取っていた時代なんです。

 面白いアニメだったら40%、つまらないアニメでも20%取っていた時代だから、誰も無理して手間が掛かったり、PTAから苦情が来そうな大人向けのアニメをやってもしょうがないと思っていたわけですね。スポンサーも局も嫌がりました。

 そういった紆余曲折があった末、ようやく3年後の1971年になって、人形劇団出身の大隅正秋監督による『ルパン三世』の第1シリーズが始まることになります。

岡田斗司夫氏。

スポンサーからの要請を汲んで生まれた“殺しをしないルパン”

 最初期に監督を務めた、大隅さんのやりたかった『ルパン三世』はどういうものかというと、“しらけ世代【※】”の人物というキャラクター設定だったんです。どういう意味かというと、ルパンはフランスの貴族の末裔なんですね。彼のおじいちゃんのルパン一世というのが、かの有名な大怪盗アルセーヌ・ルパン。その莫大な資産を受け継いでいるから、生まれながらに大金持ちなんですよ。

※しらけ世代
1980年代に、世相などに関心が薄く、何においても興が冷めた傍観者のように振る舞う世代のこと。

 なので、実は泥棒なんかしなくても構わない。それよりは、退屈しきっているから遊びたい。だから、泥棒が失敗しても全然気にせずに、「あはは」と笑ってて、「女だ! ギャンブルだ! 酒だ!」と、その日その日の楽しいことに耽っている。こういうルパン像を大隅さんは提案しました。

ルパン三世(画像はAmazonより)

 このルパン像は、スポンサーにもようやっと受け入れられ、スポンサーとして決まったのが、「咳・声・喉に浅田飴」でおなじみの浅田飴だったんですよ。浅田飴としては、自社が提供するアニメーションとして「泥棒が主人公で、毎回物を盗む」なんて内容にするわけにいかないんですね。

 なので、まず、「本編の中で、ルパンが人を殺すシーンを入れるのはやめてくれ」ということと、次に「物を盗むのもできればやめて欲しい」ということを注文しました。

 こういった要請があったからこそ、アニメのルパンは、ハードボイルドなイメージの原作とは異なり、「泥棒をするんだけども、毎回失敗する」とか、「意味がないものを盗もうとする」という内容になっちゃったんですよ。

 そして、このアニメ第1シリーズで作られたルパンの初期設定が、未だに続いているんです。だから、アニメのルパンというのは、シリーズを通じて、泥棒をするんだけど、成功することがあまりないんですよ。だけど、それでも構わない。なぜかというと、彼は貴族の末裔であって、財産がいっぱいあるから。こういうのが、最初に作られたアニメ版の『ルパン三世』です。

早すぎた大人のアニメは受け入れられなかった

 そうやって、なんとか放送までこぎつけた『ルパン三世』だったんですけども、当時は面白いアニメだったら視聴率40%の時代なんですよ。つまらないアニメでも当たり前のように20%を超えていた。

 そんな時代だったにも関わらず、『ルパン三世』の第1話の視聴率は9%だったんですね。さらに、視聴率は回を追うごとに落ちていって、ついには6%にまで落ち込みます。これには「一緒に大人向けのアニメを作りましょう!」と意気投合していた広告代理店も文句を言ってきて、次に、スポンサーである浅田飴も「なんだこれは!」ということになりました。結果、監督である大隅さんを呼んで、対策会議が開かれます。

 大隅さんは「いや、そんなの最初から話している通りですよ。これは大人向けのアニメだし、大人はもともとアニメなんか見ないんだから、9%で御の字じゃないですか」と釈明したんですけども、当然、代理店も局もそれでは納得しない。

 ということで、大隅さんは怒って、それ以降、打ち合わせに一切参加しなくなりました。つまり、第6話か第7話あたりで、事実上、監督が不在の状態になってしまったんですね。

 そこで、東京ムービーの社長である藤岡さんが目をつけたのが、宮崎駿高畑勲だったんです。

 『長くつ下のピッピ』という児童小説を原作にしたアニメを作るために、東映動画から東京ムービーの子会社であるAプロダクションに移籍していた2人だったんですが、ちょうどその頃、原作者から「NO」が出てしまっていたんですね。

 準備に3年間も掛けた『ルパン三世』が視聴率6%になってしまった上に、長編としてやるはずだった『長くつ下のピッピ』は原作者のNOが出たということで、倒産の危機に瀕していた東京ムービーは「どうすればいいかわからないが、とりあえずなんとかするしかない!」と、たまたま手の空いていた宮崎駿と高畑勲を、無理矢理『ルパン三世』第1シリーズのテコ入れとして投入したんです。

 今考えると、視聴率を稼ぐためだけのテコ入れ要員としては、歴史上、最も向いていない2人だと思うんですけども(笑)。

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