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【国難突破解散】戦後の○○解散、24+1回分を時系列でまとめてみた

 9月28日午後、国会の衆議院が解散された。解散後の衆議院選挙は10月10日公示、22日投開票の日程で行われることになる。安倍晋三首相は北朝鮮のミサイル・核開発問題などの安全保障問題と、消費増税による少子高齢化対策をその争点として訴えた。解散前日の27日には小池百合子・東京都知事が国政政党「希望の党」を結党。民進党は両院総会を開き「希望の党」への合流を決めるなど、自公VS希望という構図が出来上がりつつある選挙戦はどのような結果になるだろうか。

 安倍首相により「国難突破解散」と名付けられた今回の解散劇。戦後の日本の国会の政治体制が確立されてから、〇〇解散と呼ばれた国会解散劇は何度も繰り返されてきた。本記事では、「マニフェスト解散」「バカヤロー解散」など、数々の解散の歴史を振り返る


①馴れ合い解散 1948年(昭和23年)12月23日

【命名の由来】第2次吉田内閣成立時に少数派だった与党が、政権基盤を強化するため、野党と打ち合わせの上、内閣不信任案を提出させ、与党も賛成して可決。このように与野党のシナリオどおりに解散されたという経緯から。

【結果】与党の民主自由党圧勝

②抜き打ち解散 1952年(昭和27年)8月28日

【命名の由来】公職追放されていた鳩山一郎らが追放を解除されると、鳩山系議員が吉田茂首相の辞任を要求する等、政局は混乱していた。事態打開のため通常国会召集3日後の8月28日に不意をつく形で解散を断行。準備の整っていない鳩山派に打撃を与える目的があった。

【結果】反吉田の鳩山派が議席増

③バカヤロー解散 1953年(昭和28年)3月14日

【命名の由来】1953年2月28日の衆院予算委員会で、吉田茂首相と社会党右派の西村栄一議員との質疑応答中に吉田首相が西村議員に対して「バカヤロー」と発言したことがきっかけとなり衆議院が解散されたため、こう呼ばれている。

【結果】吉田派 過半数割れ

④天の声解散 1955年(昭和30年)1月24日

【命名の由来】日本民主党だけでは衆院で過半数に足りなかった鳩山内閣は、左右両社会党の支持をもって首班指名を受けた。その見返りとして、早期解散の約束をしており、1955年1月24日に解散。鳩山首相が解散の理由について「天の声」と答弁したことから名付けられた。

【結果】日本民主党 過半数に届かず

⑤話し合い解散 1958年(昭和33年)4月25日

【命名の由来】岸信介首相と社会党鈴木茂三郎委員長が会談し、解散に合意。4月25日、社会党が内閣不信任決議案を上程し、採決せずにただちに解散したことから。1955年の社会党再統一と保守合同による55年体制後初の総選挙となった。

【結果】自民 議席減ながら勝利宣言

⑥安保解散 1960年(昭和35年)10月24日

【命名の由来】日米安保改訂による混乱後初の解散であることに由来する。実際には、辞職した岸信介のあとを受けた池田勇人首相は「所得倍増計画」を掲げ、争点を安保から経済に切り替えて選挙を戦った。

【結果】自民党が過半数を獲得

⑦所得倍増解散 1963年(昭和38年)10月23日

【命名の由来】池田内閣が推し進めていた所得倍増政策について国民への信を問うべく解散総選挙を断行したことに由来。また翌年に控えた東京オリンピックに向けて国内政治を安定させる狙いもあった。

【結果】自民党 勝利

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