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なぜ台湾総統選挙の投票率は7割を超えるのか? もはや「お祭り」な選挙期間の現地レポート

 1月13日に投開票がおこなわれた台湾総統選挙。ニコニコニュースでは、「台湾総統選前日の台北市の盛り上がりを生中継《台湾総統選2024》」「対中路線か、親中路線か!?台湾の行方を決める総統選挙を現地から生中継《台湾総統選2024》」の2本の番組をお送りしました。
 
 本記事では、両番組の出演者、畠山理仁さんによる総統選挙期間の台湾の様子のレポートをお届けいたします。番組をご覧になった方も、まだご覧になっていない方もぜひ、日本の選挙では見られない驚きの光景や各候補者の事務所の様子などをお楽しみください。

文/畠山理仁

民主主義のお祭り・台湾総統選挙

 台湾総統選挙は4年に一度開かれる民主主義のお祭りだ。

 台湾では誰もが政治を「自分ごと」として考え、明るく、熱く語っている。そこには日本社会にありがちな「政治は難しい」という壁がない。政治はすべて生活に直結しているという自覚があるから、台湾では多くの人が万難を排して選挙に参加する。民主主義の基本がしっかり根付いているのが台湾だ。

台湾総統府
台湾総統府


 筆者が初めて台湾総統選挙を現地取材したのは2000年だったが、当時の衝撃は今でも忘れられない。なにしろ候補者の選挙事務所には巨大なアドバルーンが上がり、ビルが1棟まるごと選挙事務所になっていた。ビルの壁は幅20m×高さ15mもの巨大な総統候補のポスター1枚で覆われていた。

 選挙事務所内には現代アート風のおしゃれな椅子が置かれ、誰もが気軽に入れるようになっている。実際に制服姿の高校生カップルがお茶を飲んでおしゃべりし、隙を見ては抱き合ってチューをしていた。嘘じゃない。本当だ。

 夜の小学校で開かれた集会では、候補者が提供したスクーターなどの豪華景品が当たる抽選会が行われていた。集会後にはその場で調理する豪華な食事が振る舞われる大規模な宴会もあった。多くの人が党派を問わずに参加して、大いに政治を語っていた。

2000年の国民党集会
2000年の国民集会。プレゼントのスクーター。



「候補者のお金で飲み食いしながら政治の話をして、投票先は自分で決める」

 かつて国民党の宴会で出会った男性は笑いながらそう話してくれた。

2000年の国民党大宴会


 街中もすごかった。家電量販店では「台湾総統になろう」というシミュレーションゲームが売られていた。それも1種類ではない。3社から出ていて店頭に山積みされていた。実際に購入してプレイしてみると、ゲームの中に出てくるイベントがこれまた激しかった。

「対立候補の妨害工作を『黑金(裏金)』で暴力団に依頼する。300万円払う」

「相手候補の支持率が下がり、トップに躍り出る」

「しかし、妨害工作を画策したことがバレて支持率が大幅に下る」

 ゲームでは実際の候補者に似せたコミカルなキャラクターが選挙戦を戦うのだが、中身がものすごく生々しかった。

 ゲームだけではない。選挙事務所内のグッズショップでは、1体1万5千円もする候補者のリアルなフィギュアが1000体限定で売られていた。音楽に合わせてお尻を振りながら踊る総統候補そっくりの人形が副総統候補の人形とセットで売られていた。

 おしゃれなTシャツや文房具はもちろん、1枚50万円を超える油絵や食器、ジュエリーもある。こうしたグッズの売上が選挙運動を支える費用になるのだ。

 驚いたことは他にもあった。台湾では総統候補が気軽にコスプレをする。与党・国民党(2000年当時)の連戦候補は、63歳なのにローラーブレードを履く。宇宙服のコスプレもする。候補者のテーマソングが何曲も作られる。選挙事務所では連戦候補者本人が出演するカラオケのビデオが延々と流れていた。街中の書店では、総裁候補の著書だけでなく、民進党・陳水扁の写真集が平積みで売られていた。

2000年、陳水扁候補の写真集。


 その写真集がまたすごい。生い立ちから政治家としての歩み、家族との写真だけでなく、なんと、映画のワンシーンを陳水扁がコスプレで再現したページまであったのだ。

 2000年に見た写真集では、民進党(民主進歩党)の陳水扁候補が、映画『ミッション・インポッシブル』のワンシーンを再現していた。トム・クルーズがCIA本部に侵入し、ロープで宙吊りになってコンピューターからデータをコピーする有名なシーンだ。

 「政治の闇を暴く」。そんなコピーも入った写真集が書店でベストセラーになっていた。

 テレビでは政治腐敗を批判するCMがバンバン流れる。とにかく台湾は政治が身近だ。筆者はこの時の衝撃が忘れられず、ニコニコ生放送に今回の現地取材を提案したのだった。


台湾ではなぜ選挙が盛り上がるのか

 2024年1月12日〜13日、ニコニコ生放送は台湾総統選挙の盛り上がりを2日間にわたって現地から生配信した。筆者も現地取材に同行し、その熱さを肌で感じてきた。
 
 投票日前日の1月12日の取材に同行してくれたのは、台湾に住む政治研究家の孫若梅(ソンジョメイ)さんだ。ニックネームは「小梅(こうめ)」さん。小梅さんは北海道大学大学院に留学経験があり、大学院では台湾女性政治家の研究をしていた。2022年には台湾の地方村里町長選挙に無所属で立候補した経験もある。

 なぜ、台湾の人たちは選挙で熱くなれるのか。小梅さんに聞くと、こんな答えが返ってきた。

「私たちの暮らしは政治と密接に関わっていて、選挙結果が私たちの生活に反映されるとみんな知っているからです。だから台湾では選挙をお祭りのようにして楽しみ、激しく戦います。日本の若い人たちも政治に関心を持って、政治に対して意思表示をすることがとても大切なことだと知ってほしいですね」

 台湾では普段から家族間でも政治の話をするのだろうか。

「します。ただ、私の両親は国民党を支持しています。私は無所属で選挙に出て落選した後、民進党に入党しました。それからは家で政治のことを話すと喧嘩になってしまうので、あまり話題にはしません(笑)。ただ、私が選挙に出ることについて、家族から反対されることは全くありませんでした。立候補は権利だからです」

番組に出演してくださった孫若梅さん


 台湾では、自分の主張と他人の権利の切り分けがはっきりしている。それが台湾の民主主義のよいところだ。他陣営の選挙集会を邪魔することもなく尊重し、応援するときは全力で応援する。多くの人が参加する台湾の民主主義はとても成熟している。

 今回は総統選挙と同時に国会にあたる立法院(定数113)の選挙も行われていた。街中のポスターを見ると、若い女性候補の姿も目立った。立候補のハードルが低いのだろうか。

「女性が選挙に出ることは、日本ほど特別なことではありません。日本のように変な目で見られたり、嫌な思いをさせられたりすることもありません。台湾ではアジアで初めて同性婚も認められました。非常に先進的な国だと私たちは誇りに思っています」(小梅さん)

 どうしてこれが日本ではできないのだろうか。日本人はみんな台湾総統選挙を現地で見て、どうやったら選挙が盛り上がるのかを学んでほしい。

 間違いなく言えることは、「台湾の選挙はオープンで敷居が低い」ことだ。筆者は現地の言葉がわからないが、現地にいるだけで楽しい気持ちになる。誰もが「自分が民主主義の主役」と本気で信じている。誰かが声を上げてコールを始めると、周りの人たちがしっかり反応してくれる。どこに行っても「排除されないことの心地よさ」を強く感じた。

 日本でも、政治家や有権者の意識が変われば、きっと楽しい選挙ができるはずだ。今の日本の投票率が低いのは、「面白い選挙」をプロデュースできない社会に責任がある。民主主義の根幹である選挙は、本来、みんなが参加できる楽しいイベントなのだ。

投票率が高い台湾選挙とお金の関係

 今回の台湾総統選挙に立候補していたのは次の3人だ(届け出順)。いずれも供託金1500万元(約7500万円)を支払い、副総統候補と一緒に選挙戦を戦った。

 選挙の主な争点である「中国との関係」を整理すると、与党・民進党は「親米」、野党・国民党は「親中」。第三勢力の民衆党は「アメリカとも中国とも関係をもつ」という立場だ。

1.柯文哲(かぶんてつ)/台湾民衆党(以下、「民衆党」)/党主席・元台北市長

副総統候補・呉欣盈(ごきんえい)/立法委員

2.賴清德(らいせいとく)/民主進歩党(以下、「民進党」)/現副総統・党主席・元行政院長・元台南市長

副総統候補・蕭美琴(しょうびきん)/前駐米代表(52歳)

3.侯友宜(こうゆうぎ)/中国国民党(以下、「国民党」)/新北市長・元内政部警政署署長

副総統候補・趙少康(ちょうしょうこう)/元立法委員

 台湾の面積は36,200km²。日本でいえば九州より少し小さい。そこに住む人たちは2326万人。1月13日に行われた総統選挙の当日有権者数は1954万8531人だ。

 日本と台湾は政治制度が違う。日本は議院内閣制で、選挙で選ばれた議員で構成される国会が内閣総理大臣を指名する。一方の台湾は「半大統領制」だ。台湾のトップリーダーである総統は軍も統括し、大統領のような強い権限を持つ。そして、行政院の行政院長を任命する。行政院長は日本で言えば首相に相当する役職だ。台湾では総統を中心に大きな方針が決められ、行政院長を中心に政策の決定と執行が行われる。

国民党のステージ


 日本と台湾の一番の違いは、トップリーダーを人々の直接投票で決めていることだろう。

「自分の一票でリーダーを決められる」

 こんなにシンプルで盛り上がる選挙はない。だから台湾は投票率が高い。今回の総統選の投票率は4年前の74.9%から下がったとはいえ、71.86%もある。

 ちなみに台湾で総統が直接選挙により選ばれるようになったのは1996年からだが、投票率は次のように推移している。

1996年76.04%(当選者:李登輝/中国国民党)
2000年82.69%(当選者:陳水扁/民主進歩党)
2004年80.28%(当選者:陳水扁/民主進歩党)
2008年76.33%(当選者:馬英九/中国国民党)
2012年74.38%(当選者:馬英九/中国国民党)
2016年66.27%(当選者:蔡英文/民主進歩党)
2020年74.90%(当選者:蔡英文/民主進歩党)
2024年71.86%(当選者:賴清德/民主進歩党)


 いずれも日本に比べると高い数字だ。世界的に見れば投票が義務化されていて90%を超えるオーストラリアなどもっと高い国もあるが、留意すべき点がある。

民進党のステージ


 台湾の選挙は日本などと違い、在外投票や不在者投票、期日前投票ができないことだ。つまり、有権者の71.86%が選挙当日に投票所で一票を行使している。

 投票できるのは、選挙当日の1月13日午前8時から午後4時まで。有権者は本籍地で投票する必要があるため、投票日を目指して海外から帰国する人(4120人)もいる。国内でも投票するために本籍地へと大移動する。新幹線や長距離バスでお金も時間もかけて投票に行く人が珍しくない。そんな状況で投票率が7割を超えているのだからすごい。

 実際に台湾の街中を歩いてみると、さらにびっくりする。

 日本では候補者のポスターや看板には公職選挙法で細かい規定があり、サイズも枚数も決まっている。ところが台湾では街のあちこちに総統候補と副総統候補の顔写真が大きく載った巨大な看板がある。

 それどころか、公共交通機関であるバスが総統候補のラッピングバスになっている。デコレーションされた車も走る。バイクや車には自分が支持する候補者の小旗やポスターがつけられている。候補者の選挙事務所に行けば、顔写真が入ったオリジナルのティッシュペーパーや小旗、キャップ、ミネラルウォーター、シールや缶バッジが配られる。日本なら「利益供与だ」と大問題になりそうだが、台湾では問題にならない。

民進党のミネラルウォーター


 なんと台湾では「1個30元以下(日本円で約150円)」であれば粗品の配布が可能だ。そのため選挙事務所に行くと、候補者名が入ったボールペン、ティッシュ、マスクなどが手に入る。総統選挙は正月の時期に行われることもあり、玄関先に貼る新年のポスターや縁起物のポチ袋も無料でバンバン配られていた。

「一人で何個も持っていく人がいるのでは?」

 選挙事務所で聞くと、「そんなことがないように適正に配っています」と笑われた。

 日本と台湾の選挙の大きな違いは、選挙に使える経費の上限額をみればわかる。

 台湾総統選挙を管理・運営する中央選挙委員会によると、今回の総統選挙の活動経費上限額は、過去最高の4億2749万4000元になっている。1ドル4.59円で換算すると、なんと、19億6374万4726.23円も使っていい。計算式もちゃんとある。

「(中華民国の自由地域の総人口の70%×20元)+1億元=4億2749万4000元」

 日本でも選挙運動経費には上限額が定められている。たとえば2020年に行われた有権者数1129万229人の東京都知事選挙の場合は次のようになっている。

「(告示日における選挙人名簿登録者数×7円)+2420万円=約1億円」

 台湾の有権者数は東京都の約2倍弱だ。しかし、選挙にかけられる経費は約20倍にもなる。これだけお金がかかったお祭りだから、大きく盛り上がるのは当然だといえる。


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