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なぜ台湾総統選挙の投票率は7割を超えるのか? もはや「お祭り」な選挙期間の現地レポート

選挙事務所は陣営ごとにカラーがある

 日本で選挙が行われる際、候補者の選挙事務所を訪ねる人はそれほど多くない。熱心な支援者たちが作業をする場所という雰囲気で、部外者には敷居が高い。実際、事務所の中が見えなくなっていて、一般の人を遠ざけるような事務所もある。

 しかし、台湾総統選挙の事務所(競選總部)はまったく違った。入り口は常にオープンで、誰が訪問してもいい雰囲気になっている。入り口に立つと「どうぞ中を見て行って下さい」と事務所内から声がかかって大歓迎される。ニコニコ生放送でも実際に3陣営の選挙事務所を訪ねているので、ぜひ、それぞれの事務所の特徴を見比べてほしい。

【民衆党・柯文哲候補】

 まずは民衆党の柯文哲候補の事務所だ。イメージカラーは「ティファニーブルー」。事務所の全面がガラス張りで事務所内がよく見える。壁には支援者からの寄せ書き。入口そばのカウンターではオリジナルグッズが売られている。事務所の前では若者たちがSNSに上げるための応援ダンスを撮影していた。

民衆党の事務所


 取材班が訪ねたときは事務所内で党幹部の記者会見が開かれていたが、その最中も若者たちは外で大いに盛り上がっていた。あまりにも若者たちの声が大きすぎて、事務所のベテランのスタッフが「今記者会見中だから少し静かに」と声をかけに行くほどだった。

 ボランティアスタッフだけでなく、事務所に遊びに来る人たちも若い人が多い。事務所に足を踏み入れると、小旗、ポケットティッシュ、アメ、コーヒーなどがどんどん出てくる。面白かったのは、小さな緑色の植物の芽をかたどったクリップを渡されたことだ。

「これは小さな草です。私たちは2019年にできた若い政党です。私たち一人ひとりは今は一本の草のようなものですが、いつか大きな木になります」

 事務所の若い女性スタッフがそう説明してくれた。

 台湾はケーブルテレビの数が多く、メディアごとに応援する政党や候補者が違う。民衆党は2019年にできた新しい政党のため、TVメディアに取り上げられる機会は少ないという。改選前の立法院の議席は、定数113のうち5議席しかない。

「他党と比べるとTVメディアに取り上げられる機会が少ないため、自分たちで独自にユーチューブ配信をするためのスタジオを選挙事務所内に作りました」

 広報担当者の説明を聞きながらスタジオ内のモニターを見ると、柯文哲候補を乗せたオープンカーが車列を組み、市内を走り回る様子が生配信されていた。こうしたパレードは「車隊掃街」と呼ばれる。有権者はインターネットを通じて車列が市内のどこを走っているかもリアルタイムで把握できる。柯文哲陣営は候補者のショート動画など、活動の重点をSNSなどのネット空間に置いていたのが特徴的だった。

【民進党・賴清德候補】

 続いて訪れたのは、蔡英文政権で副総統を務める与党・民進党の賴清德候補の事務所だ。入り口で「ニコニコ生放送」だと伝えると、日本語を話せるボランティアガイドさんがやってきて対応してくれた。選挙事務所を案内するボランティアだけで200人はいるという。多くの人が続々と事務所に遊びに来ていて、非常に活気がある。

民進党の事務所


 以前は日本に住んでいたという60代の女性スタッフが流暢な日本語で説明してくれた。

「私自身はこれまで毎回、総統選挙で投票してきました。けれども、2019年に香港の抗議デモが中国によって鎮圧された件で強い危機感を覚えました。今回はいてもたってもいられなくなり、民進党を応援するためにボランティアに志願しました」

 賴清德事務所のコンセプトは「挺台湾(チームタイワン)」だ。賴清德候補は小中学校時代に野球をやっていて、ポジションはキャッチャーだった。そのため事務所全体が野球のスタジアムをコンセプトにしたデザインになっている。賴清德候補のロゴマークには「WE ARE THE MVP OF DEMOCRACY」の文字があしらわれていた。

 事務所内には野球場の応援に使うようなバット型のメガホンや、蔡英文総統のサイン入り木製バット、賴清德候補のサインボールなどが飾られている。事務所の床は野球場のダイヤモンドが描かれている凝りようだ。

 事務所内正面の大型スクリーンにはグローブを持ち、スタジアムジャンパーを着た賴清德候補の映像が流れている。案内してくれたボランティアの方が、「スクリーンの前にあるタッチパネル型の端末を触ってみてください」とすすめてくれた。

 画面をタッチすると、賴清德候補を応援するサインボールを自分でデザインすることができる。画面上に自分のサインを書くと、すぐにオリジナルデザインのサインボールができあがる。そのボールをスクリーン上の賴清德候補がキャッチしてくれる仕組みだ。

 事務所の奥にはオリジナルグッズを売る売店もあり、こちらは野球場のロッカールームのようなデザインだった。民進党のイメージカラーである「緑」を基調にしたスタジアムジャンパーも売られている。値段は3600元(約1万6500円)だが、とても売れている。民進党の集会にいくと、多くの人がこのジャンパーを着ていた。

 台湾では選挙事務所が「候補者のテーマパーク」のようになっていた。とくに支持していなくても、どんなしかけが待っているのかと遊びに行きたくなる工夫が凝らされている。

【国民党・侯友宜候補】

 最後に訪れたのは侯友宜候補の事務所だ。国民党のイメージカラーは「藍(青)」。入り口には来訪者が写真を撮れるように「2024 台湾再出發」と書かれた照明が台湾国旗とともに飾られていた。月や地球、雲の形をしたカラフルなオブジェも光っている。夜でも事務所はにぎやかだ。

国民党の事務所


 選挙事務所の中に入ると、集会ができるステージと大型モニターが設置されている。子ども連れで訪れても子どもが遊べるようにキッズコーナーもある。台湾で縁起物とされる大根のオブジェも飾られていた。

 保健政策、外交政策、経済政策など、候補者の政策ごとにブースがわかれており、それぞれのブースで写真撮影ができるようになっていた。

 「両岸関係(中国との関係)についての政策パネルには「反對台独」(台湾独立には反対)の文字がある。ここが与党・民進党とはスタンスが大きく違った。

 撮影用の小道具も充実している。事務所に集まっているスタッフは年配者が多いが、みんな優しい。事務所内を案内してくれて「写真を撮ってSNSにどんどんアップして下さい」と勧められる。お菓子もくれるしミネラルウォーターもくれる。ポスターや小旗もくれる。TシャツやキャップなどのオリジナルグッズはQRコード決済で購入できるようになっていた。

 事務所の外にある駐車場に行くと、ビルの一面に高さ15m×幅10mほどの大きなポスターが貼られていた。ポスターには民進党・蔡英文総統の大きな顔写真。蔡英文総統の手にはいかにもコラージュっぽい札束が握られていた。なんだ、これは?

蔡英文総統のポスター


「蔡英文総統は3000坪の土地から1年間で4320万元も儲けている、というポスターです」

 ネガティブキャンペーンなのか? 一体誰がつくった巨大ポスターなのかと思ってよく見ると、ポスターの端に「板橋西区立委候選人 林國春」と書かれていた。蔡英文総統の巨大ポスターの横には、これまた大きな別のポスターが貼られている。国民党から立法委員選挙に立候補している「林國春」候補の顔写真が載った大きなポスターだ。

 ネガティブキャンペーンでも、きっちり顔と名前を出す。そして堂々と批判する。日本の選挙では出所不明の怪文書が飛び交うことも珍しくないが、台湾は表で堂々とライバル政党を批判していた。激しいけれど、とても潔かった。

コールアンドレスポンスが4時間以上!

 台湾総統選挙の告示日は2023年12月15日。選挙運動期間は2023年12月16日から2024年1月12日までの28日間で、各陣営は毎日午前7時から午後10時まで活動する。しかし実際は1年近く前から事実上の選挙戦が始まっている。各陣営は毎日のように数万人単位が集まる集会を開く。そして選挙戦最終盤には大都市で大規模な集会を開く。その集会に集まる人の数が日本では考えられないほどすさまじい。

 毎回、総統選挙でメインの集会場になるのは台湾総統府前の「凱達格蘭大道(ケタガランたいどう)」という全長400m、両側10車線の道路だが、この道路を封鎖して特設ステージが作られるのだ。

 投票日前々日の11日には民進党・賴清德候補が凱達格蘭大道で集会を行った。集まった人は、なんと30万人。最寄り駅から混雑が始まり、ステージが見える場所までたどり着くのも大変だ。

 この凱達格蘭大道をどこの陣営が使用するかは「先着順」だという。使用許可申請の受付が始まる日には、時報とともに各陣営の支援者が一斉に使用申請をする。まるで人気ライブのチケット争奪戦のような争いだ。どの陣営にも公平にチャンスがある。

 1月11日は民進党の賴清德陣営が権利を獲得した。しかし、一番盛り上がる投票前日の1月12日は民衆党の柯文哲陣営が勝ち取り、使用することになっていた。同じ場所で別の陣営がたった1日でステージを作り変えるのだ。

民進党の最終集会


 ニコニコ動画のスタッフ・ケンさんが民衆党に「前日の民進党のステージをそのまま使うんですか?」と聞いたところ「そんな恥ずかしいことをするわけがない! 自前でステージを設置する!」と力強く言われたそうだ。

 1月12日のお昼ごろには民衆党の新しい特設ステージが完成し、夕方から大集会が開かれた。集まったのは35万人! 若い参加者が頭の上に「光る小草のカチューシャ」をつけて旗を振り、会場を埋め尽くしていた。その模様はユーチューブで生配信され、同時接続をした人は32万人もいた。立法委員選挙の候補者が登壇して演説するだけでなく、候補者を支援するアーティストの歌や踊りで会場は大いに盛り上がっていた。

民衆党の最終集会


 一方、凱達格蘭大道を取れなかった民進党の賴清德候補、国民党の侯友宜候補は、いずれも新北市板橋区にある第一運動場、第二運動場を最終集会の会場に選んだ。

 国民党は全国からバスで30万人もの支持者が集まった。会場に入れなかった人たちは歩道を埋め尽くす。国民党の集会には史上最年少で台北市長となった蒋萬安も駆けつけて応援演説をしていた。蒋萬安は蒋介石の曽孫で、蒋経国の孫。誰もが認めるイケメンで、将来的には総統候補の一人になると見られている。

国民党の最終集会


 台湾総統選挙でマイクを使った選挙運動ができるのは午後10時までだ。ニコニコ取材班はすべての陣営をハシゴしたため、民進党・賴清德陣営の集会会場に到着したのは午後9時40分頃。到着直前には会場から出てきた蔡英文総統の車とすれ違った。そこから会場に向かって走ったが、人波に揉まれてなかなかスタジアムの中に入れない。なんとか集会終了直前に滑り込み、「祭り」の最後を見届けた。

なぜ台湾の人は選挙に行くのか

 台湾総統選挙の投票は1月13日の朝8時から行われる。当日は早朝からテレビで3候補者が投票を済ませる様子が繰り返し放送されていた。

 日本と大きく違うのは、投票が終了する午後4時を迎えると、投票所がすぐに開票所に変わることだ。日本では投票箱が開票所に集められてから開票作業が始まるが、台湾は各投票所がそのまま開票所になる。

 投開票の会場は全国に1万7795カ所。24万人以上の職員が作業にあたっていた。

 ニコニコ生放送の番組では、投票を終えたばかりの人たちにもインタビューをした。

──選挙には毎回行っていますか?

「もちろん行っています。選挙で投票するのは私たちの権利です。台湾の未来は自分たちで決めます。その権利を行使するのは当たり前です。選挙で投票することは、自分たちのためだけではなく、子どもたちへの義務でもあると思っています」

街頭インタビューに答えていただきました。


 多くの人が胸を張って答えてくれた。投票所から30m以内の場所では誰に投票したかを聞いてはいけないが、「何を一番のポイントとして投票先を選んだか」を聞くことはできる。話を聞いていくと、だいたい誰に投票したかがわかる。候補者の主張に「色」がある。

「私は台湾を国際社会で認められるような存在にしてくれる人を選びました」

「中国との関係を平和的に勧めてくれる人を選びました」

「若者の雇用問題解決と賃金アップ。そして子育て政策を重視してくれる人を選びました」

 みんな自分の選択に自信を持っている。そして「開票が楽しみだ」と教えてくれる。

 台湾の人たちへのインタビュー中、日本で直近に行われた2022年参議院議員選挙の投票率が52・05%だったことを伝えると、みんなひどく驚いていた。

「えっ!? 本当ですか!? なぜ投票に行かないのか信じられない!」

 日本では「自分の一票には力がない」と考えて投票しない人が約半分いる。そのことをあらためて説明すると、台湾の人たちは諭すように教えてくれた。

「たしかに自分の一票は一票の力しかありません。それでも投票に行かなければ、まったく影響を与えられません。私は自分の一票が国の行方を決めると思って投票に行きます」

 日本は民主主義の基本を台湾の人たちから学ぶべきではないだろうか。

お寺や教会も投票所になる

 台湾総統選挙の投票所は日本と同じように小学校が使われる。それだけではなく、お寺や教会も投票所になる。ニコニコ取材班はお寺や教会の投票所も取材した。

お寺も投票所に。


 投票所の入り口には各候補の政策が書かれた選挙公報と、投票する上での注意書きが貼られていた。

「携帯電話の電源は切って下さい」

 投票所内での携帯電話使用は禁止だ。

 投票の様子を見ていると、台湾の投票用紙は非常に大きいことがわかる。A4サイズの投票用紙には、字が読めない人にもわかるように、届出番号と候補者の顔写真があらかじめ印刷されている。自分が投票したいと思う候補の上の欄に、投票所に置かれたスタンプを押してから投票箱に入れる形だ。日本は候補者名を有権者が自分で書く「自署式」が基本だが、台湾はシンプルにスタンプを押すスタイルになっている。

 投票締め切り時間が迫る午後3時30分。元毎日新聞台北支局長で長年台湾政治をウォッチしてきたジャーナリストの近藤伸二さんと合流した。近藤さんは『現代台湾クロニクル 2014-2023』(白水社)の著者でもある。台湾政治を俯瞰する上で大いに参考になる書籍であり、近藤さんも現地で取材すると聞いて出演をお願いした。

 近藤さんと投票所の様子を取材していると、投票締め切り時間の午後4時ギリギリに走って駆け込んでくる有権者もいた。

教会も投票所に。


 間に合うのか? 間に合った! 投票を終えた女性二人組はニコニコして出てきた。旅行用のトランクを引きずりながら投票所にやってきた人もいた。台湾の人はみんな自分の一票をとても大切にしている。

 投票が締め切られると、すぐに開票作業が始まる。投票中は投票所に入れなかった取材班も開票が始まってからは中に入れる。一般市民も見守る中で開票が始まった。

 開票作業従事者が投票箱の中から一枚一枚、投票用紙を取り出し、頭の上に掲げる。それを監視人たちにハッキリみせるようにして叫ぶ。

「総統選挙、賴清德、1票!」

「総統選挙、賴清德、1票!」

 係員が読み上げた票を復唱して、集計用紙に「正」の字を書いていく。1枚目が「正」の字でいっぱいになると100票分。その上に2枚目、3枚目と貼っていく。

 非常にアナログな開票作業だが、これなら不正が疑われない。投票箱を移動させないのは「投票箱が行方不明になるようなトラブルを避けるため」と近藤さんが教えてくれた。

 開票結果はすぐに開票センターに報告され、集計される。

 台湾では毎日のように「誰を支持するか」という世論調査が行われているが、選挙前1週間は世論調査の結果を公表することが禁止されている。投票終了後、その場ですぐに開票が行われるため、日本で行われるような投票所の外での出口調査は行われない。そのため日本のような「投票箱が閉まると同時の当確報道」はない。みんながギリギリまで投票先を悩み、開票作業を見守る。そして当落を判断する。

 開票が進むにつれ、民進党の賴清德候補がリードしていることがわかってきた。ニコニコ取材班は台湾総統決定の瞬間を見るため、賴清德陣営の開票見守り集会が行われる民進党本部前の特設ステージへと移動した。


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