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なぜ金井恒太はストレートで敗れたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.05】

 6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。

 類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?

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 ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。

 「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。

■前のインタビュー記事
信念と慢心の狭間で(郷田真隆九段)【vol.04】


叡王戦24棋士 白鳥士郎特別インタビュー

シード棋士 金井恒太六段(前期決勝進出者)

『なぜ金井恒太はストレートで敗れたのか?』

第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局の前夜祭に登壇した髙見泰地現叡王、金井恒太六段

「ぼくにはできないですね」

 彼の振る舞いに対し、髙見泰地叡王はそう言った。
 それは、第4期叡王戦段位別予選の組み合わせ発表会(関連番組)でのことだった。
 髙見は視聴者から、第3期叡王戦最終局での、金井恒太六段のある行為について尋ねられた。
 打ち上げの席で、対戦相手の金井が、髙見のもとにビールを注ぎに来て、何か言葉をかけたというのだ。
 その行為は将棋連盟モバイルでも報じられ、多くのプロ棋士や女流棋士、そして将棋ファンが「素晴らしい」「感動した」と称賛の声を寄せた。

 そんな金井のことを、髙見はこう評した。
「自分に持っていないところがあって……見習うことが多かったですし、だから自分は勝ちたかった」

第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局の前夜祭の様子

 第3期叡王戦で、私は開幕局の観戦記(関連記事)を担当した。
 タイトル戦に昇格した初めての対局の観戦記。非常に名誉なことであると同時に、自分で本当にいいのか、自分に何が書けるのかと不安もあった。
 ただ、おそらく二度とないチャンスである。
 その日のうちに、引き受けると返事をした。
 一つだけ、こちらからお願いをした。

「対局後、二人に追加取材をする許可をいただきたいです」

 許可は下りた。私の元には、二人の連絡先が送られてきた。
 しかし私がその連絡先を使う事はなかった。
 敗れた金井に何を聞けばいいのか? 金井は前を向きたいはずだ。気持ちを切り替えたいと思っているはずだ。その金井に敗局を振り返ってもらうことは、番勝負に影響してしまうのではないか……?
 そんな思いがあった。
 いや、それは単なる言い訳なのかもしれない。
 結局、私には勇気が足りなかったのだ。
 単なる将棋ファンだった私にとって、対局の現場は厳しすぎた。自分が対局室に入ることで勝負に何らかの影響を与えるかと思うと正直に言って入りたくなかったし、入ってしまった後もとにかく変なことをしないでおこうと思うあまり記憶がほとんどない。これならモニター越しに対局室を眺めていたほうがよほどいい記事が書けたと思うほどだ……実際は無意識ながら詳細にメモを残していたのでそれなりに臨場感のある文章になったとは思うのだが。
 ファンとして接する将棋界と、仕事として接する将棋界とでは、大きな隔たりがある。
 結局私は、追加取材なしで観戦記を書き上げた。

 本職の観戦記者であれば、将棋の内容について精査しない観戦記などあり得なかっただろう。しかし素人の私は、かろうじてそれが許される立場にあった。
 だが……自分から追加取材をさせて欲しいと言っておいたにもかかわらずそれをしなかったことに対しては、ずっと後悔していた。
 あの律儀で実直な金井ならば、私からの連絡を待ってくれていたかもしれない。そのために何か準備をしてくれていたとしたら……それを聞かなかったことのほうが、それを聞かずに観戦記を書いてしまったことのほうが、勝負に悪影響だったのでは?
 その思いがずっと頭から離れなかった。
 幸いにも観戦記は、私が考えていたよりも大きな反響を呼んだが……反響が大きければ大きいほど、後悔も大きくなっていった。
 
 第2局が終わり、髙見の連勝となった後、私は岡崎の将棋イベントで髙見と少しだけ顔を合わせた。勝者に会うのは何でもない。しかし……。
 負け続ける金井を見るのはつらかった。第1局で盤側に座った自分の些細な振る舞いが影響しているのではと、そんなことを考えたりもした。あり得ないと、理性ではわかっているのだが……。
 観戦記を書くということがどんなに大変かことなのか、書き終えた後に私はそれを痛感していた。

 

 第3局終了後、私のところにドワンゴから連絡が入った。
『異例ではありますが、第5・6局(1日に2局行われる)の観戦記を白鳥さんにお願いしようという話が出ています。ご予定を確認させていただいてもよろしいでしょうか』
 即座に断った。
 他の予定が入っており、日本にいないというのがその理由だった。
 ただ、その予定がなかったとしても、引き受けなかったと思う。
 そして仮に引き受けていたとしても……結局、私の出番はなかった。

 戦いは、金井の4連敗という結果に終わった。

 あの開幕局から半年近くが経過し、私のところに新たな依頼が届いた。
『第4期叡王戦の本戦に出場する24名にインタビューしてほしい』
 まだ本戦に出場する棋士が誰になるか、全て決まってはいなかった。
 だが今期からシード枠が設定されており、その中には金井も含まれてる。
 迷いはしたが……引き受けることにした。
 あの時できなかった追加取材をするために。
 そして何より、第3期叡王戦集結直後から、私の中にずっと消えずに残っている疑問について尋ねるために。
 それは――

──さっそくですが、前期の叡王戦で初めて番勝負を経験なさった感想についておうかがいしたいです。そこで戦ってみて、自分に足りなかったもの、やり残したことなどございましたらお教えください。

金井六段:
 あっ、そうですね。うーんと…………そうですね……。

 前期の七番勝負は、一つ一つの出来事が自分の財産となっていると思っています。ただ……たくさんの応援をいただいて、それらは私の元にも届いていたのですが……それに応えることができなかったとも思っています。

──持ち時間変動制という特殊な棋戦でしたが、そちらは戦ってみていかがでしたか?

金井六段:
 すごく特徴のあるシステムで、ある種こう、楽しみにしながらといいますか。大きな話題にもなりましたし。ただ心残りといえば、1時間の将棋をお見せできなかった。自分としても指したかったので、もちろんそれは残念です。

──仮に今期、再び番勝負に出られることになったとしたら……本戦からのご出場なのでその確率は高いと思うのですが、次は持ち時間についてどんな選択をしたいですか? 前期は長時間から選択されましたが。

金井六段:
 とてもではないんですけど、そこまでは考えが及ばないですね。本戦のことで頭がいっぱいというのが正直なところです。ただ……もし仮にその場に立てるとしたら、前回の4局分の経験を踏まえてまた考えることになるであろうということは間違いないですね。

──実際戦われてみて、自分に一番合っていた時間というのはありましたか?

金井六段:
 そうですね……3時間という持ち時間は、髙見さんもおっしゃっていましたが、本戦で自分達が勝ち上がって来た持ち時間でもありますし、ある程度、力が出せる持ち時間だなと思いながら指していました。

第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局の前夜祭の様子

──今期の目標というのはどのあたりに置かれているのでしょう? 再び番勝負まで行くのか、それとも……?

金井六段:
 前期、番勝負まで進むことはできましたけれども、いま私ができることは目の前の本戦に一戦必勝の気持ちで臨むことだけだと思っています。

──その一戦必勝のお気持ちというのは、前回の叡王戦を経て、ご自分にとってそういう気持ちが足りないものだとお考えになられたのでしょうか?

金井六段:
 というよりもむしろ、前期の勝ち上がっていたときのいいイメージですね。そういう一つ一つの勝利の積み重ねが、決勝まで進めたといういい結果に繋がったと思っています。それを今回の本戦でも徹底したいという考えです。

──番勝負のときではなく、勝ち上がっていたときのイメージに戻したいというのは、『この番勝負に勝てば初タイトルだ』という状況が、金井先生から冷静さを奪っていた部分もあったのでしょうか?

金井六段:
 自分ではあまりそうは思っていなくて。他者から見た印象とは違うかもしれませんが、私は、前期の七番勝負の結果は、自分の実力通りの結果だと思っているので。

 番勝負になって、力が出なくて負けたという風には、思っていないです。

──これまで私は結構な数の方にインタビューさせていただいて、その中で、ほぼ全ての方が『あれだけ星が離れたのは不思議だ』と仰っていましたし、金井先生の序盤の準備に関して多くの称賛の声を耳にしました。繰り返しの質問となってしまうのかもしれませんが、金井先生ご本人は、あれだけ星が離れた原因がどこにあるとお考えですか?

金井六段:
 ん……と、ですね。んんー……そ、れ、は…………。

 そぉー…………ですね………………。

 

 長い沈黙が流れた。
 おそらく私がここで何か言葉を発すれば、この質問は流れたであろう。
 しかし私は自分からこの質問を流すことはしないと決めていた。
 仮に金井が答えないという選択をするにしても、それは私がするのではなく、金井がするのでなければ、インタビューの意味はない。あの時と同じ後悔をするわけにはいかないのだ。

 将棋連盟会長である佐藤康光九段の言葉に
『番勝負でストレート負けを喫すると、格=角が一枚落ちる』
 と、いうものがある。
 佐藤はその著書『長考力』でこう書いている。

『一つも勝てないのは技術以前にまず根性、気合いが足りなさすぎる。そして、応援してくれたファンに与える失望も大きい。いまの自分の課題が目に見える形で厳しく示される、そんな体験でもある。』

 やがて、吹っ切れたようにしっかりとした口調で、金井は答えを語り始めた。

第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局の様子

金井六段:
 最初の2局のうち……いや、どちらもですが。

──はい。

金井六段:
 まあノーチャンスではなかった将棋。それをどちらも負けたことが大きかったと思いますね。

 第3局で千日手模様になって、その時、読み切れなかったことに……それまでの2局で押されていたことも、どこかに影響していたと思うので。

 ま、そういったこともありますし……どの将棋もノーチャンスではなかったと思うんですけど、その中でも第2局の終盤は、一番勝てそうな、勝ちに近いような気がしていたので。その将棋を負けたことですかね。

 そういった面が、星が離れた要因になったと思っていて。

 ただ実際、ゼロヨンという結果が出たので。それが果たして髙見さんを苦しめた上でのものなのか、もしくは髙見さんにはまだ余裕があったのか、ちょっと私にはわからないところがあります。

──なるほど。仮に1勝でもできていれば、髙見先生の底というか、どこまでやれば倒れるのかがわかったけれども、今回はそこまで行かなかったから……。

金井六段:
 そうですね。そういう意味では苦しいシリーズでしたかね。

 第1局、第2局の終盤は、精度が悪いところがありましたし、読み間違えていた部分もありましたし、自分を信じて踏み込むべきところで踏み込めなかった。その第1局、第2局のミスというのが、シリーズを通して響いたということですね。

──番勝負が終わってから、その終盤の精度に関して意識して修正しておられたりするのでしょうか?

金井六段:
 んんー……そうですね。終盤の精度という面に関しては、やはり何とかしないといけないという気持ちはあります。ただ、日々の対局はそれぞれ持ち時間など条件が違うこともありますから。目の前の将棋を精一杯やる、というところにエネルギーを注いでいる感じですね。

──金井先生は、前期の番勝負が始まる前、他棋戦では納得のいく結果を残せていないと仰っておられました。また、活躍している同世代の棋士と比べて……果たして自分が番勝負に出てもいいのかと葛藤しておられたように、私には見えたんです。

金井六段:
 はい。

──ただ、届かなかったとはいえタイトル戦の番勝負まで進んだわけですよね? その葛藤を……壁を乗り越えることはできたんでしょうか? 上のステージで戦う資格を得たと、自分で自分を信じることができるのか……。

金井六段:
 ……それが問われるのが、まさに今期の叡王戦の本戦だと思っているんです。

 ここであっさり一回で負けるか、勝ち進むことができるのか。それが……周りの印象もそうだと思いますし、自分自身でもそう捉えていて。

 だから本戦の第1局を見て、皆さんの目でそれを判断していただきたいと思っています。

第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局の様子

──和服のことについておうかがいしたいのですが。白瀧さんから、羽裏のことについて教えていただいて……ああいう柄を選ばれた理由というのは?

金井六段:
 ああ、あれはですね。和服を選ぶ際に、羽裏については『ここは自由に選んでください』と。それで……家紋ですよね。最後まで逃げなかったという島津家のものとか、色々ある中で……ちょっとね、まぁそうなんですよ。勝負手気味だなって思ったんですけど(笑)。

 まあ脱いだりしない限りは……ということもあったので。私が心に刻んでおこうと思ったことを、そこに。意外にその後、話題になってしまって(笑)。

──す、すいません。観戦記(関連記事)に書いてしまいました……。

金井六段:
 いえいえ。番勝負に出たことで、とても多くの方からいろんな言葉をかけていただくことができました。それに応えていきたいというのが、今の気持ちです。

──あの第1局で一緒にいた、奨励会入会も四段昇段も一緒だった豊島先生が、初タイトルを取られました。それはどうお感じになりますか?

金井六段:
 ふふふ。豊島さんと私とでは、今まで残してきた実績が違いますから。いずれ取るとはずっと思っていましたし、むしろもっと早く取るんじゃないかと思ってたくらいですから。

 それでも、あの感動的な棋聖の奪取……羽生さんからよく取りきったということは思います。だから自分がどうとかではなく、豊島さんの頑張っている姿が素晴らしかったという感じですね。

──今まで、ネガティブなことばかりおうかがいして申し訳ありませんでした。最後に、前期の七番勝負を戦い終えて、ご自身の長所、ここに自分のいいところがあるなと発見したものはございますか?

金井六段:
 そうですね、まあ番勝負でいえば……髙見さんは本戦で、豊島戦は苦戦だったと思うんですけど、渡辺戦、丸山戦と強豪相手に一気に勝ちに持っていくような圧勝劇を見せていて、非常に手強いなと感じていたんですけど……。

 その髙見さんに番勝負で、序中盤に関しては、一気に持って行かれないように封じることはできたというのは、収穫だったかなと思います。

──ありがとうございます。最後になりましたが、郷田先生も本戦に進まれました。私もインタビューさせていただいたのですが、金井先生の戦いぶりを「非常に面白い内容だった」「よく戦ったと思う」と称賛なさっておられましたし、「ぜひ本戦で当たりたい」と言っておられました。金井先生は、どうですか? 郷田先生と……。

金井六段:
 …………はい。

 郷田先生とは、一回だけ公式戦で戦わせていただいたことがあるんです。その時は、まあ実力通り惨敗だったです。それで……。

 それ以来、いつか郷田さんと大きな勝負で戦いたいと。その瞬間というのは、本当に私が待ち侘びた瞬間ではありますので、もしそういった機会があれば、持てる力を全て発揮したいと思っています。

第3期叡王戦 決勝七番勝負 第1局の検分の様子

『ストレート負けを喫すると角が一枚落ちる』

 あの戦いの中で、金井は自分を信じられなくなった瞬間があった。本戦を勢いよく、一戦必勝の気持ちで勝ち上がっていた時の金井と比べれば、弱くなっていたのかもしれない。
 だが同じ佐藤の言葉には、こんなものもある。

『タイトル戦を戦うと香車一本強くなる』

 あの番勝負を経て、金井は角一枚弱くなったか?
 それとも香車一本強くなったのか?

 全てを試される本戦が、始まる。


 ニコニコニュースオリジナルでは、第4期叡王戦本戦トーナメント開幕まで、本戦出場棋士(全24名)へのインタビュー記事を毎日掲載。

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