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男性器を持つ全裸の少女たちが繰り広げる残酷な戦いの物語『非現実の王国で』 歴史的“奇書”の著者ヘンリー・ダーガーの生涯を解説

 誰に見せることもなく半世紀以上もの間、たった一人で作品を描き続けた男、ヘンリー・ダーガー。死の直前に発見された小説『非現実の王国で』は世間に発表されるやいなや一躍ヘンリー・ダーガーはアウトサイダー・アートの代表者になってしまうほどでした。

 本記事では、Alt + F4さんが投稿した『世界の奇書をゆっくり解説 第5回 「非現実の王国で」』という動画をもとに、世界最長の小説である『非現実の王国で』とヘンリー・ダーガーの生涯について解説を行います。

『非現実の王国で』
(画像はヘンリー・ダーガー 非現実の王国で Amazonより)

世界の奇書をゆっくり解説 第5回 「非現実の王国で」


60年以上にわたって書かれた、世界最長の小説『非現実の王国で』

 ヘンリー・ダーガー作『非現実の王国で』。

 『非現実の王国で』とは、正式には、”非現実の王国として知られる地におけるヴィヴィアン・ガールズの物語 子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語”と題される、現在において「世界最長」の小説です。

 作者であるヘンリー・ダーガーは、この作品を19歳のころより書き始め、81歳で没するその半年前まで書き続けました。

 彼は生涯にわたってその作品をほとんど他人に披露することなく過ごしたため、この作品が世に出たのは、彼が没したあと、彼の部屋から1万5千枚に及ぶ原稿と、巨大な紙に書かれた300枚以上の挿絵が大家であるネイサン・ラーナーによって発見されたためでした。

 ダーガーはその「遺品」を、すべて燃やしてくれと生前話していたそうですが、大家のラーナー自身が写真家でもあり、芸術的素養を持っていたため、彼はダーガーが遺したものの価値を感じ取り、それらを燃やすことなく世に公表しました。

 タイプライターで清書され、自ら製本した7冊と末清書の8冊からなるその物語は、少女たちが、彼女らを虐げる大人たちに対して、時に機略を尽くし、時に銃を構えて立ち向かう姿を描いたものです。そのストーリーは、夢の中をさ迷うようなものもあれば、しばしばダーガー自身の現実と交差するものもありました。

 大家であるネイサン・ラーナーはのちにこう語っています。「ヘンリー・ダーガーの人生の最後になってようやく、私は知ったのだ。足を引きずって歩くこの老人が、本当は何者でもあったのかを」

 死後発見されたという膨大な量の文章と挿絵に「美術界じゃあまりに有名」といったコメントや「これ究極の自分用エロ同人なんだよな……」「変態ノート」といったコメントが投稿されました。

全てを失って、書き始める

 4歳の時に妹が生まれた際に、出産時の感染症によって母を亡くし、妹もそれに伴い養子に出されてしまいます。この「顔も知らない生き別れの妹」の存在は彼の人生にその後も影響を及ぼし続けました。その後、彼は暫く父一人子一人での生活を送ります。教育熱心だった父の影響で、彼は学校に上がる前から読み書きを習い、新聞も一人で読むことができました。

 しかし彼が8歳の時に、体を壊して満足に働けなくなった父によって、彼はカソリックの児童養護施設に預けられることになります。養護施設における彼のあだ名は「クレイジー」、突然口を使って奇妙な音をたてる癖があったことから、周囲からそう呼ばれました。

 その他にもいくつかの感情障害の兆候が見られたことから、12歳のとき「リンカーン精神簿弱児施設」に転院させられます。施設での規則正しい暮らしが彼の性に合っていたのか、その生活は概ね幸せなものでした。しかし16歳のとき、彼の最愛の父が亡くなります。その知らせを受けた彼は、悲しみのあまり衝動的に施設を脱走しました。頼る親も、住む家も無くしてしまった彼は、そのままカソリック系の病院を転々とそながら住み込みで働く暮らしを始めます。彼が『非現実の王国で』の執筆を始めるのは、そんな暮らしのさなか、彼が19歳のときでした。

 全てを失ったヘンリー・ダーガー。そんな暮らしのさなかに執筆を始めたことに、「創作こそが唯一の安らぎだったんだろうな。わかるわ」「闇を抱えちゃったのか・・・」といったコメントが寄せられました。

物語の展開はヘンリー・ダーガー自身の現実とシンクロしている

 「物語の舞台は、その題名の通り、知られざる国々の間、あるいは私たちの地球が彼らの月であり、地球よりも数千倍も巨大な架空の惑星にある架空の世界、または国々で展開する」

 父の影響で幼いころからとりわけ南北戦争に興味を示していた彼は、それに触発されるように、自らの手で架空の世界における戦記を執筆することを思い至ったのかもしれません。

 そのことを示すように、『非現実の王国で』には彼の視点における南北戦争のモチーフが多く取り入れられています。『非現実の王国で』では主に、子供を奴隷として使役する悪しき国家「グランデニア」と善きキリスト教国家「アビエニア」との戦争のさなか、アビエニアのプリンセス「ヴィヴィアン・ガールズ」たちが時に勇敢に、時に賢く、時に大胆に危難を突破していく様子が描かれます。

 初めのうちこそ文章のみであったその物語に、ダーガーは自作の挿絵をつけ始めます。

 絵の才能に恵まれなかった彼は、初めのうちは挿絵を作るために雑誌の切り抜きを用いたコラージュを頻繁に用いていました、しかし、その後気に入った構図やモチーフを繰り返し使うために、カーボン紙を用いたトレースを行うようになります。

 病院の清掃員という決して収入が多いとは言えない職業のために、高価ま画材を揃えることのできなかった彼は、もっぱら子供用のお絵かきセットを用いて製作を行いました。

 彼の挿絵はその多くが幼い少女たちが戦いに挑むさまを描いたものですが、しばしば、少女たちは全裸の状態で描かれました。そして不思議なことに、その多くに、「未熟な男性器」が描かれていました。この、男性器をもつ少女像は「ダーガーが女性の体に無知であったため」であるという説が有力ですが、これには少し矛盾があります。

 ダーガーはコラージュの素材として日常的に古雑誌を拾い集めていたのですが、このころの雑誌には既にポルノ写真が多く掲載されており、生身ならずとも女性の裸体を見る機会は頻繁にありました。

 そして実際、男性器の描かれていない絵は数多く見られました、そういった意味で、男性器は「勇ましさ」や「戦いに挑むもの」の象徴として描かれたという説もあります。

 実際、「Vivian girls」という名も、今でこそ「ヴィヴィアン」は女性名として使われることが多いですが、古くは「Vivian」とは男性名であり、女性名は「Vivienne]と綴るものでした。この説に立つと、ヴィヴィアン・ガールズとは、「男性と女性の二面性を持つ少女たち」というような取り方もできます。

 物語にはしばしばダーガー本人と思しき人物が登場します。彼がまだ年若かった頃には少女たちを追って戦場を駆ける従軍記者として、あるいは少女たちを守護する万能の超人として。しかしある時には、強大な力を持つ敵国側の将軍として、彼女たちを酸鼻極まる窮地に陥れる邪悪な大人として現れることもありました。

 子供たちを礎にして首を絞める、腹を裂くなど、こういった描写の容赦なさは『非現実の王国で』を象徴する要素の一つでもあります。物語の展開は、しばしばダーガー自身の現実とシンクロしました。象徴的なものとしては、物語中アーロンバーグ・ミステリーとして語られる、ある少女の写真にまつわる話です。

 ダーガーが気に入った写真や雑誌の切り抜きを集めていたというのは既にお話しましたが、その中でも特にお気に入りのものは額に入れて家族の写真のように部屋に飾っていました。

 5月9日付「シカゴ・デイリーニュース」に掲載されたエルシー・バルーベックという少女の写真は、彼女が行方不明となり、一ヶ月後に遺体で発見されたことを報じる記事に載っていたもので、ダーガーはこの写真が特に気に入っていました。エルシー・バルーベックは、アニー・アーロンバーグという名を与えられ「王国」の一員として子供奴隷反乱軍のリーダーになっていました。

 しかしある日、ダーガーはエルシー、もといアニー・アーロンバーグの写真を紛失してしまいます。ひどく動揺したダーガーは、彼女の写真を返してくれるよう神へ祈りました。しかし最後まで写真は見つかりませんでした。このことに対する落胆と神への怒りは、『非現実の王国で』の戦況に現れました。

 「両陣営の何百万という男たちが悪魔のようにわめきあっていた。互いに殴りかかり、真っ向から打ち合い、切りつけ、滅多切りにし、突き刺し、屠畜場で家畜の屠殺に耽る野蛮人のように切り刻み合う」

 「戦闘の騒音の中、うなりを上げて炸裂さる砲弾や小銃の衝撃音よりも鋭く響いたのは、無数の銃弾を撃ち込まれた兵士たちの死の嘆きだった」

 「戦闘が中断すると、何千もの負傷者が這い回っていた。血で目がみえなくなったもの、痛みのあまり発狂したものが、撃たれて粉々になった体や、飛び出した内蔵、腕や足、頭の欠片や撃ち抜かれた腹壁の間を這い回っていた」

 このころから、彼の創作活動は、信仰上の儀式のような側面を持ち始めました。彼はキリスト教国であるアビエニアを「人質」にとるようにして、神を脅すような行為をはじめました。それは、生活も苦しく、周囲ともうまく打ち解けられない現実に対する嘆きでもありました。自らを他者に承認されたいというのは、社会性生物である人間の基本的欲求ともいえます。

 お気に入りの写真を紛失し、神に怒りをもったヘンリー・ダーガーに、「神のせいかよw」「なんでだよwww」「自分でなくしたんやろw」といったツッコミのコメントが寄せられました。

バッドエンドだったかもしれない「物語の結末」

 彼の周囲の人々の言葉や、彼自身の残した日記によれば、彼は決して他者との交流を望まなかったわけではなかったようです。いえ、彼は人との交流を熱望してさえいました。

 例えば、彼は「子供たちをネグレストから救うため」と、たびたび教会に養子縁組の申請をしていました。しかし、ダーガー自身に十分な収入がないことと、結婚歴がないことによってすべって却下されていました。また、晩年に隣人によって開かれた彼の誕生日パーティーでは、「ブラジルの子供の行進曲」を歌って見せたりし、非常に楽しげだったと言います。

 そうして60年以上にわたって書き続けられた物語は、ダーガーの入院という形で終わりを迎えます。彼はその部屋を出る前にその物語の結末を2通り用意しました。

 一つはアビエニアはグランデリニアを打倒し、平和が訪れ、ヴィヴィアン・ガールズは幸せに日々を過ごせるようになるもの。

 そしてもう一つは戦争は終わらず、ヴィヴィアン・ガールズは激しい戦いに身を置き続けた、というもの。

 二つの結末はいずれも製本されないまま放置されており、ダーガーがどちらを採用しようとしていたのかは闇の中です。

 あるいは二つとも、「物語の結末」という時点で彼にとってはバッドエンドだったのかもしれません。

 結末をちゃんと用意していたことに、コメント欄では「物語を完結させる創作者の鑑」「そして完結まで創る、すげえよ」「格好よすぎる」といった反応が。

ヘンリー・ダーガーの生き方

 「君は信じるだろうか。たいていの子供たちと違い、私は大人になる日を決して迎えたくなかった」

 「大人になりたいと思ったことは一度もない。いつも年若いままでいたかった。いまや私は成人し、年老いた脚の悪い男だ。いまいましくも」

 この言葉に、「俺も」「わかりみしかない」「子供でいたい!」といった多くの共感のコメントが寄せられました。

 「そしていまや、壊れた脚のせいで、長い絵の上に、描くために両足で立つこともとても難しい」

 「それでも私は挑み、痛みがやってくると座り、また挑む」

 本書は紛れもなくアウトサイダー・アートの象徴的な存在として位置づけられてはいるものの、その手法と内容は、「コラージュ」「トレパク」「リョナ」「ロリ」と、現在の倫理観からいえばかなりアウトなものばかり。それを指して「アウトサイダー」と呼ぶのであるというなかなかに皮肉的な意見はあるものの、ともあれ彼の作品を見ればそれが紛れもない「アート」であることは事実であり、それを納得させるだけの「凄み」がその作品にはあります。

 表現したい、せずにはいられない一つの世界があり、それを世間が許さなかったとき、人はどうすればいいのか。

 彼の生き方はその事実に抗うための一つの答えだといえます。つまりはなんといってもその王国は、「非現実」なのですから。

 作者のヘンリー・ダーガーの生き方について、「上手く言語化できないんだけど、ダーガーの決死さに胸を打たれるんだよな。」「これは最高の作家ですわ」「これほど文章が書ける知性があったことこそ悲劇なのかもしれん」「どんな惨めな人生であってもかくありたいと思う。勇気づけられる」といったコメントが投稿されました。

 解説をノーカットで聞きたい方はぜひ動画をご視聴ください。

▼動画はこちらから視聴できます▼

世界の奇書をゆっくり解説 第5回 「非現実の王国で」

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