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「日本がアメリカのケツをなめる以外しない」辺野古基地問題から見える沖縄の“怨念と事大主義”について宮台真司らが解説

 社会学者・宮台真司氏とラジオパーソナリティーでライターのジョー横溝氏が政治・経済・司法・国際情勢から、映画・音楽・芸能、サブカル、18禁にいたるまで、様々なジャンルのテーマを独自の視点で徹底的に掘り下げる「宮台真司とジョー横溝の深堀TV」。

 今回のテーマは、7月27日に米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画を巡り、翁長雄志知事が前知事の仲井眞弘多氏による辺野古沿岸部の埋め立て承認を撤回すると表明し、話題となっている「沖縄」。作家で沖縄大学客員教授の仲村清司氏、沖縄県在住の建築士の普久原朝充氏をゲストに迎え、熱いトークが繰り広げられました。

 沖縄米兵少女暴行事件を挙げ、「なぜ語り継げないのか」と疑問を呈す宮台氏に、仲村氏は「語り継ごうにも言葉がない」と世代の分断の現状を挙げ、また沖縄県内の若い世代は基地問題よりも貧困問題のほうに危機感を持っている現状を語りました。

左からジョー横溝氏、宮台真司氏、仲村清司氏、普久原朝充氏。

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視聴者アンケートでは僅差で移設反対派に軍配

ジョー横溝:
 辺野古移設問題なのですが、ユーザーのみなさんはどんな意識でいるのかアンケートをとってみたいなと思っているんですよ。辺野古の移設問題に関しては、沖縄では12月に県民投票がおそらく予定されているということなんですが、きょう見ているみなさんは、辺野古移設に関してどんなふうに感じているのかアンケートをとっていきたいなと思っております。

 アンケートは三択です。辺野古への基地移設に賛成ですか、反対ですか。1、賛成。2、反対。3、分からないという選択肢の中から選んでいただこうかなというふうに思っております。

宮台:
 ひとつだけ言っておくと、元々辺野古への移設じゃないということです。だから、翁長知事は「基地新設」と呼んでいます。もともとは、1995年の少女暴行事件【※】の後、普天間基地の無条件廃絶を、アメリカ側が橋本首相に提案していたのですね。SACO合意と呼ばれているものです。合意文書には「基地移設」じゃなく「基地返還」と書かれています。

※少女暴行事件
1995年9月に発生した沖縄米兵少女暴行事件のこと。沖縄県に駐留するアメリカ海兵隊員2名とアメリカ海軍軍人1名の計3名が、12歳の女子小学生を拉致した上、集団強姦した。

 ところがそれから1年あまりで、日本政府が「基地移設」と言い始めた。アメリカ側の公文書などから分かっているのは、1968年に国防総省が考えていた辺野古軍港計画を、日本の外務省からの提案によってリバイバルしているする形になったということです。

 でも「新設」だと沖縄や一部ヤマト【※】の世論の納得が得られないから、「辺野古移設」というふうに粉飾したわけです。だから「移設」という場合には必ず引用符をつけなけれはいけません。

※ヤマト
沖縄で日本本土をさす言葉。

ジョー横溝:
 しかも移設の規模に関しても、当初から随分変わっているわけで現行案というのが、その中でも一番大きな移設ということになるわけですが、結果はこう出ております。

 移設賛成が40.5%、反対が46.9%、分からないが12.5%という数字が出ました。

宮台:
 素晴らしいね。ウヨ豚の多いニコ生としてはめずらしい。

一同:
 (笑)

ジョー横溝:
 これは仲村さんはどういうふうに受け取られますか。

仲村:
 本土の人たちの反対が46.9%となっていますけれど、これまでの調査は逆でしたよ。賛成のほうが多かった。今の数字とちょっと被るんですけれど、じゃあ沖縄の若い人たちはどうなんだというアンケートがあるんです。そうなると、基地を容認する、辺野古に移設するだけじゃなくて基地を容認するという人たちが5割を超えるんです。

ジョー横溝:
 そうですか。

仲村:
 ただこの数字はまた動く可能性はあるんですよ。

ジョー横溝:
 これはいつの調査ですか。

仲村:
 これは去年。ちょうど6月23日の慰霊の日あたりの数字なんですけれど。若い人たちの間で基地容認が5割を超えていることはショックでした。若い世代はすでに本土並みだなと思いました。

なぜ屈辱的な歴史を次世代へ語り継げないのか

ジョー横溝:
 普久原さん、今のアンケートの結果はどうですか。

普久原:
 ちょっと意外でした。賛成が多いと思っていたので。僕の若い時からすると、物事をよく知らないというのもあるんですけれど、意思で政治って選ぶものっていうよりは自然現象か何かで、最初からそうだったのでこれからそのままだろうという漠然とした感じで受け止めてしまいがちなものなんですよね。

 だからちょっとそういう判断みたいなものもあると思ったものですから、県民投票運動を若い人たちがしていたとかというのも意外です。僕、個人の体験もそうですし、分断的に象徴しているなと思ったのがチビチリガマを荒らした事件【※】が僕はすごくショックを……。

※チビチリガマを荒らした事件
2017年9月に起きた沖縄県内の少年4人が洞窟「チビチリガマ」を荒らし、器物損壊の疑いで逮捕された事件。

 事件が出た時すでにちょっと想定してたぐらい、ガマと言ったら世代的に祖母が生きていて聞いていたので、ガマというのがどういう場所か固有名詞を知らなくても普通に分かるはずなんですよ。それがもう、その経験が何も伝わっていないというショックですね。あれはすごく分断的なものを象徴しているなと。

 僕が気にしているのは自分たちの祖父母が亡くなると、自分より下の世代に話ができるかと言ったら、体験していないので難しいんですよね。結構そういう時期に今来ていて、新しい世代というのは戦争をどう伝えていくかというテーマのほうが先に立ってきているなと。

宮台:
 先ほどの沖縄米兵少女暴行事件。もう23年が経ちます。だから確かに大学生や高校生には記憶がないと思う。けれど、その両親や、祖父母であれば、事件当時の非常に大きな屈辱感と怒りを覚えているはずです。実際、本当にひどい話じゃないですか。暴行された女の子は小学生ですよ。しかも米兵は集団だった。沖縄の人たちが人間だ思われていなかったという話なのだから、語り告げるはずじゃないですか。

 そんな屈辱的な事件が起こり、アメリカが普天間返還に合意し、実行されると思っていたら、いつのまにか外務官僚の暗躍で、辺野古の基地新設と交換条件になっちゃった。「転んでもただで起きぬ外務省」「火事場泥棒の日本政府」という感じですが(笑)、こういう日本政府による騙しをなぜ語り継げないのかなと思うんだけれども。

普久原:
 米軍側の犯罪をなぜか日本国側が半分を保証するとかで、みんな変だと思っているはずなんですよね。

仲村:
 翁長さんは「新基地建設反対」と主張していますが、民意も同じで、新基地建設の是非を問うアンケートをやると反対が7割から8割を占めます。ただそれが生の声としてあがってくるか、あるいは運動に実際に参加して、現場の座り込み運動に繋がるかと言うとそうはならないのが実情です。反対だけど仕方ないというような声もあって、この辺がものすごく曖昧模糊として自分でもどう表現していいのか分からないというのが現実で、新基地建設問題が膠着しているひとつの理由にはなっていますね。

宮台:
 「反対だけど仕方がない」。そこがきょうの真髄部分です。辺野古にあるキャンプ・シュワブは、辺野古近辺の住人たちが米軍と直接交渉することで、見返りと交換条件に土地提供したものです。幾つかのドキュメンタリーでも描かれてきた通りのことです。

 これを「結局は金目あてでしょ」と理解するのは間違いです。日本政府がアメリカ政府のケツをなめ続ける以上、住民たちが反対しても、結局は強制的に接収されてしまう。ならば、ここで反対するよりも、むしろいち早く条件取引に打って出て、自分たちにとって最大限有利な事態を引き出そうではないか、というこの構えだったのですね。

 それは戦術的に有効だったけれど、「ほら、沖縄のやつは結局損得で動いてるじゃないか」と考えるのは間違いです。なぜ「どのみち接収されるんだから」って考えるのかと言うと、日本政府がアメリカ政府のケツをなめる以外の振る舞いをしないことについての諦念があるからです。

 この諦念はアメリカ政府に対するものではなく、日本政府に対する諦念なんですね。日本政府に対する諦めがあるがゆえに、アメリカによって強制接収されるよりも、有利な条件と引き替えに自発的に基地を提供しようという話になった。そのことを考えてみると、キャンプ・シュワブをめぐる辺野古住民の自発的な土地提供の責任は、彼らに諦念を抱かせた日本政府にあります。

 この図式が反復されてきたわけです。基地にはもちろん反対だ。でも反対してもどのみち日本政府の卑屈さゆえに基地はできる。そうした諦念があるから、どうせ基地ができるなら最大限のものを引き出そうとなる。「本当は反対だけど」という当たり前の基地反対世論が知事選の投票行動に結びつかないのは、そのためです。

 僕が仲村さんと普久原さんに伺いたいのは、こうした構造をはっきりさせた上での世論の動きが、どうして生じないのだろうという疑問です。「基地を仕方ない」と諦めるのは、「日本政府はどうせ……」と諦めることと同じです。ならば、そうした諦めを沖縄の人たちに強いる日本政府やそれを支持してきたヤマトの人たちに対する憤怒を、沖縄の人たちが共有すればいいじゃないですか。それはいかがでしょう。

仲村:
 宮台さんは沖縄について、自律的依存から他律的依存への頽落をかねがね指摘されていますが、おっしゃる通りで、沖縄の人たちの複雑さとか難しさとかというのは、ちょっと計り知れないものが僕にもあります。米兵による少女暴行事件の後の知事選で大田昌秀さんが負けているんです。なぜあの場面で敗戦するのかと。

 10万人が県民大会に参加したあの熱が一気に冷めるがごとく、知事選では正反対の結果が出てしかも、結構大差が付いているんですよね。そういうことを考えると、「物くいしど、我が御主(=物を与える人こそ主君と仰ぐに足るものだ)」という言葉を思い出します。沖縄人を特徴づける言葉としてよく引き合いにだされます。ほんとうにそんな考え方が根付いているのかどうか断じることは難しいのですが、少なくとも沖縄ではこの言葉が語り継がれていて、それに反するものは落とせ、倒せと……。

 ただ、この考えには両面性がありますね。悪く言うと、利害に群がりやすい事大主義です。よく言えば、君主たるものは民政を安定させて経済を回すことにあるから、自由で合理的な発想。まあ現実の歴史は双方に揺れながら動いていますが……。  

 大田さんが破れたときは事大主義が強く働いたケースかなと思いますが、いずれにせよ負けるはずがないと確信していた人たちの間にはある種の「諦観」が広がったことは事実です。この諦観が辺野古問題の本質を見えにくくさせるわけですが、宮台さんが先ほどおっしゃった諦観はそれほど怖いものであって、それこそなぜ20数年前の屈辱的な事件を語り継げないのか。これは40代50代の人たちを含めて語り継ぐべき重要なテーマだったはずです。

 というのも、今沖縄は100年に一度あるかないかの景気の波が押し寄せているんですね。そこのところも見ていく必要があります。自公政権は翁長おろしに躍起になっていますが、経済面からみれば景気の波に支えられている翁長さんをおろす必要などまったくありません。しかし、現実は逆で、名護市長選では辺野古をまったく語らない候補者が勝利し、選挙期間中には「スターバックスを名護に誘致しよう」というスローガンも掲げられました。いかにも幼稚で事大主義的な主張ですが、実際は意外と市民の心に響いた。そのあたりは沖縄の未来にとって何が大切なのかどうか、沖縄の人たち自身が実のところよくわかっていないのではないかと実感していますね。

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