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A級棋士・広瀬八段と将棋ソフトの申し子・千田五段が対決:第2期 叡王戦本戦観戦記

プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。

ニコニコでは、初代叡王・山崎隆之八段と段位別予選を勝ち抜いた精鋭たち16名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。

叡王戦公式サイト

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左から、千田翔太五段、広瀬章人八段

若獅子の山

 段位別予選は、高段であるほど本戦トーナメント出場枠が多い。当然ながらベテラン棋士がトーナメント表に名を連ねるが、広瀬章人八段と千田翔太五段のいる付近は平均年齢25.5歳。ほかの山と比べて若さが突出している。叡王を目指す前に、次世代を担うであろう棋士たちの潰し合いは避けられない。

 広瀬は棋士歴12年目。タイトル獲得経験のあるトップ棋士だ。年齢こそ29歳と若いが、もう若手とは呼べないほどのキャリアを積んできた。「振り穴王子」の異名を持つ。近年は主に居飛車で戦っている。
 対する千田は、ニコニコ生放送で将棋を見る方々にとって、広瀬以上に有名かもしれない。コンピューター将棋に詳しい若手棋士で、第1期電王戦では兄弟子の山崎隆之叡王を支える参謀役として活躍。この叡王戦には、ある特別な思いを持って臨んでいるという。

歩み慣れた局面

 対局当日の関西将棋会館棋士室(棋士が練習将棋や検討をするための一室)では、仕掛けが始まったばかりの第1図で「千田さんはすでに自信を持っているのでは」との声があった。

 それもそのはずだ。千田はこの仕掛けを今年に入ってからすでに2度、公式戦で採用している。1度目は持ち時間が短い棋戦の大一番で、同一局面を迎えていた。2度目は本局と同じ月に行われた持ち時間が長い棋戦で、相手はなんと、いま目の前にいる広瀬だった。
 ここまでの手数は38手。広瀬の消費時間が12分なのに対して、千田はまだ2分しか使っていない。局後の千田に自信がある変化かを尋ねると、笑顔で「定跡です」とだけ答えた。

一触即発の変化

 第2図の▲9七角は広瀬の大胆な一着だ。持ち駒の角を手放して、局面をよくしにいっている。実戦は△8一飛と後手陣深くまで引き揚げたが、代えて△7六飛ではどうなるか。以下▲6五銀直△同歩▲7七金△9六飛▲5三角成△同金▲9六香△5一歩▲8一飛(A図)が進行の一例。

 「いつ飛車回りを防げばよいのか分からず、指せなかった」と千田。互いの陣形はボロボロだが、先手の2八飛はわずか2手で後手陣に成り込める。広瀬も「本譜のほうが嫌でした」という。

迷い

 千田が何度も疑問符つきのうなり声を上げる。第3図の局面での出来事だ。

 千田が予想していたのは▲6二歩に代えて▲6七歩で、それはどの変化も5九角が遊ぶため後手よし。また、代えて▲4五桂は考えられる手だが、以下△4四銀▲1五歩△同歩▲1四歩△同香▲6二歩△7一飛▲1五香△1三歩▲1四香△同歩▲6七香(B図)で一局。

 △8六歩や△8六香で手を作ることになるが、手順中の端攻めについて「徐々にむしばんでくる感じがして嫌なんですよ」と千田。▲4五桂に△同銀▲同歩△5四桂といった別変化もあるものの、「それなら桂跳ねだったかな。ここは迷いましたね」と広瀬も同意した。

 戻って第3図。千田が17分の熟考で出した答えは△7一飛だった。本当は△6二同飛と取りたかったというが、以下▲8一歩成△7五歩▲9一と△7六歩のような展開は、後手の玉と飛車が近いままさばけず、いわゆる愚形になる。

後手有利

 「よい手渡しでした」。第4図の△7五歩に対する広瀬の評価だ。先手から指す手がなく、実戦はやむをえず▲7五同歩と応じた。「自信はないですけど、受けに回るしかない将棋かと思いました」と広瀬がつけ加える。見た目以上に後手が指せるようだ。

逆転の可能性

 ▲7四歩(第5図)の着手後、広瀬は小さくうなずいた。対する千田はため息の回数が増えている。互いに座布団を指でトントンとたたく。脳内盤の駒を動かすとき、多くの棋士はこのクセが出る。

 次に▲7三歩成を狙っているのは明白だ。可能であれば△7四同金と取り払ってしまいたいが、それは後手がひどい目に遭う。以下▲3三桂成△同桂▲3六金△4四角▲4五歩△6六角▲同歩△8六桂▲8三角△7八桂成▲同飛の進行に「しかしこんな、読みきらないといけない将棋ではなかった」と千田。
 ▲7八同飛以下、△7七銀▲6一角成△7八銀成▲同玉△5八飛には▲6八銀(C図)で後手の攻めは続かない。広瀬も「これは勝ちになっていそうです」と逆転を意識する変化だ。

 第5図に戻って、千田は上記の変化を回避して△4五銀と着手。これを銀と歩のどちらで取るか。二者択一だが、広瀬は危険な▲4五同歩を選んでしまい、△5五桂から猛攻を食らう。
 しかもその局面で広瀬は一分将棋に突入。記録係から合図を受けると、「ひえー」といって両手を頭の上に置いた。

 代えて▲4五同銀が有力だった。以下△7七桂打▲7三歩成△8九桂成▲同玉△8六桂に▲6二銀(D図)で、後手の大駒を2枚とも使わせない。これならば難解だ。

土俵を割らない

 トップ棋士に共通していえる特徴がある。それは終盤力が抜群に高いことだ。例え形勢が不利でも、例え秒読みの声に追われても、虎視眈々と反撃の機会をうかがう。このときの広瀬もそうだった。

 第6図の▲7二銀は実戦的な一着。この手を見た千田からは、本局でいちばん大きなため息が漏れた。代えて▲5五同銀△5七桂成▲4六金のほうが手の流れに乗った自然な手順だが、以下△6七成桂▲3五金△7八成桂▲同飛△6九金▲8八玉△6七飛成▲8七銀△8六銀▲同角△同歩▲7六銀△3五歩(E図)で後手優勢。

 △8七金以下の詰めろ。▲6七銀と竜を取っても受けにならない。広瀬はその変化を回避し、同時に▲7二銀で後手玉にプレッシャーを与えた。「怖さがある」と千田も本譜を警戒した。

痛恨の手順前後

 第7図は△3一玉と早逃げをして「勝っていると思った」が千田の見解。実戦は以下、▲2四歩△同角▲7二飛△6九銀▲4四歩△7八銀不成と攻め合って、後手の刃が先にとどいた。
 途中の▲4四歩に代えて▲2四飛△同銀▲5二銀成は、△7八銀成▲同玉△5八飛から先手玉が詰む。つまり▲7二飛の瞬間、後手の勝利は揺るがなくなった。

 しかしそう簡単な局面ではなかった。第7図に戻って、▲2四歩△同角に▲4四歩が感想戦で深く調べられた。応手として考えられるのは、決める準備の△8六銀や△6九銀、すぐに襲い掛かる△7七銀や△7九銀、妥協の△4四同歩。いくつかの変化を見ていきたい。

 まず△8六銀は、▲4三歩成△同金▲5二銀不成△4二金▲5一飛△2二玉(F図)。後手は攻め駒補充のためにどこかで△5二金と銀を取りたいところだが、▲同飛成が王手になる仕組みだ。

 広瀬は「やれているのかな」。少なくとも本譜のように、しっかりと1手差で負かされることはなかった。「(△2二玉に対する)先手の具体的な手は分かりませんが、考えたくない変化です。そうか……」と、千田も第7図での形勢判断を曲げた。

 次に、△7九銀には▲9八玉と逃げて、△9五歩▲4三歩成(G図)で先手よし。

 「あとで△9六歩としても、▲9五歩で自信なしです。何でこんなに攻めあぐねているんでしょうね」と千田。広瀬は「でも攻めにくい将棋ですよね。先に▲4四歩と突けば激戦だったか」と、本譜の手順を反省した。

 最後に△4四同歩は、▲7二飛で本譜の類似局面になる。ただし4筋の歩を突き捨てた分だけ、一方的に先手が得をしている。千田は「3二金を取られるか、手を戻すか、となれば△4四同歩のほうを選ぶかもしれません」としながらも、不満であることに変わりはない。

 ▲7二飛に代えて▲4四歩は、どの変化も勝負形。本譜を思えば、広瀬にとってありがたいものだった。千田も「人間的にアヤが出る。勝敗はどちらに転んでいてもおかしくない」と認めた。

激戦の果て

 終局直後。広瀬は右手で顔を押さえ、目を瞑って動かない。千田は左手で前髪を持ち上げて、扇子でバタバタとあおぐ。しばらく無言が続いた。
 重苦しい空気の中、口火を切ったのは広瀬のほうだった。両者は徐々にいつもの調子を取り戻し、感想戦は1時間半を超える大ボリュームになった。

 感想戦後、千田に話を聞いた。

 「前期は負けたあとで『叡王戦だけは勝ちたかった』といいましたが、今期のほうがその気持ちは強いです。いまの私は棋力向上のために将棋を指しています。優勝すれば最強ソフトを一時期だけでも使えるという権利が得られますが、それがないと私は効率よく強くなれないんです。だからどうしても勝ちたい。それが叡王戦に対するモチベーションです」。

 千田は自身の棋力について「この半年で、レーティングにして50点ぐらい上がりました。ありえないほどの速度です」と分析している。そこに効率のよさが加わると、いったいどうなってしまうのか。記者は一将棋ファンとして、その先を見てみたい。


(観戦記者:虹)

叡王戦公式サイトより引用
叡王戦公式サイトより引用

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