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新婚カップル12組を含む50名が犠牲 ハネムーン客を乗せた航空機が墜落した「全日空松山沖墜落事故」を解説

 今回紹介するのは、事故と災害を解説するところさんが投稿した『【ゆっくり解説】ハネムーンに出発した新婚夫婦らを襲った全日空松山沖墜落事故』という動画では、音声読み上げソフトを使用して、1966年に発生した全日空松山沖墜落事故について解説します。

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新婚夫婦たちを襲った悲劇

霊夢:
 今日は日本での航空機事故を紹介しようと思うわ。

魔理沙:
 国内の航空機事故? 珍しいな。

霊夢:
 今では日本の空の旅は安全だけど、昔は多くの問題を抱えていたこともあったからね。今回紹介するのは1966年(昭和41年)に5回発生した航空機事故のひとつよ。

魔理沙:
 たったの1年で5回も!?

霊夢:
 そうよ。「全日空松山沖墜落事故」が発生したのは1966年(昭和41年)11月13日。大安吉日の日曜日の夜のことだったわ。

 全日本空輸が運航する国産旅客機YS-11(全日空533便)が愛媛県松山市にある松山空港沖に墜落してしまったの。乗員乗客は50名で、全員が犠牲となっているわ。

魔理沙:
 全日本空輸?

霊夢:
 ANAのことよ。全日空なんて呼ばれ方もするわね。

魔理沙:
 ああ、全日空のことか! 正式名称で呼ばれてもピンとこなかったんだぜ。それにしても……事故当時の国産旅客機って、まだジャンボ機じゃなかったんだな。

霊夢:
 国内でのジャンボ機初飛行は1969年2月だそうよ。でもこの事故機のYS-11も特徴があるの。

 戦後日本で初となる三菱重工が製造した国産旅客機で、国家的威信をかけた開発プロジェクトの末、前年の1965年4月1日より日本国内航空(現在のJAL)の東京(羽田)ー徳島ー高知線で華々しく就航を果たしたばかりの最新鋭機の旅客機だったのよ。

魔理沙:
 まさに最新じゃないか! それにしても戦後の終戦から20年で国産旅客機ってすごいな。

霊夢:
 全日空もこのYS-11を大量に発注していて、JALに遅れること5ヶ月、1965年9月20日より大阪(伊丹)、高知線で営業運航を開始したの。

 そんな現代日本の技術の粋、聖火輸送の立役者としてもてはやされていた最新鋭機YS-11が、全日空の運航のもとで事故を起こしてしまったというわけね。

魔理沙:
 事故当日はどういう感じだったんだ?

霊夢:
 1966年11月13日、大阪の伊丹空港から離陸した全日空533便は午後8時すぎごろに目的地の松山空港付近に到達。

 当日は雲が低く垂れ込めていた上に霧雨が降っていた状況で、視界も含め天候が良くなかったわ。さらにこの日は運航ダイヤが乱れていたこともあって、松山空港の当時の運用終了時間である午後8時を過ぎてしまっていたの。

魔理沙:
 そんな状況で無事着陸できるのか?

霊夢:
 松山空港の滑走路はすでに消灯されてしまっていたから、照明が再点灯されるのを待つために、広島県呉市上空から向かわずに山口県の岩国市上空を経由して、時間稼ぎをしたために少し遠回りしたのよ。

 そして533便が着陸できたのは午後8時28分。この時陸側の滑走路から侵入し、一旦着陸したものの……曇り空で霧雨の降る悪天候、しかも夜間という条件が影響したのか接地した場所は滑走路1200メートルの中心地点から、140メートルほど海側の地点だったの。

 このままではフルブレーキをかけたとしてもオーバーランの危険があって、着陸をやり直す着陸復行を行ったわ。

魔理沙:
 着陸復行って、着陸を中断して上昇体制に移ることだっけ。

霊夢:
 そうよ。飛行機が離陸する際には揚力を確保するために主翼のフラップを出す必要があるんだけど、この時の533便はなぜかフラップと主脚を格納したままだったそうなの。

魔理沙:
 ええ!? どうして……。というかこのままじゃ533便は……。

霊夢:
 通常より鈍く上昇した後失速して降下、そして左旋回の姿勢のまま、松山空港沖2.2キロの伊予灘(瀬戸内海)に墜落してしまったの。

 533便は同日の午後10時15分頃に松山沖2キロの海上で機体の破片が浮いているのが発見されて、遭難は確実となったわ。

 機体は海面激突時の衝撃で粉砕されていたそうよ。乗員5名乗客45名の計50名は全員犠牲となったわ。

魔理沙:
 海面衝突の衝撃で機体が粉砕って……。

霊夢:
 さらに事故から2日後の11月15日には、犠牲となった方たちの遺体捜索にあたっていた大阪府警のヘリコプター“あおぞら一号”と、全日空のヘリコプターが正面衝突し、双方の操縦士ら4名も犠牲になってしまうという二次災害も発生しているの。

魔理沙:
 そんな……。どうして正面衝突なんてしてしまったんだ? 双方の操縦士どちらも捜索に意識が持っていかれてたのかな……。

霊夢:
  ええ、おそらくはそうでしょうね。またこの二次災害は警察機関が導入したヘリコプターで初めての事故喪失となったわ。

魔理沙:
 この事故が発生した原因ははっきりしているのか? フラップと主脚を格納したまま着陸復行を行ったって言ってたけど、どうしてそんな事態が発生したのかって。

霊夢:
 結論から言うと……、最終的な判断は出せていないわ。現在もね。

魔理沙:
 ええ!? だってフライトレコーダーとかボイスレコーダーとか搭載されているだろ、回収できなかったのか?

霊夢:
 ブラックボックスね。回収できなかったんじゃなくて、そもそも搭載されていなかったのよ。

魔理沙:
 そんな……。じゃあ調査報告書にはなんと書かれているんだ?

霊夢:
 調査報告書では、速度計の誤読あるいは故障等の推測原因を検討した上で、パイロットのミスを示唆しているわ。

 でも事故機の機体の95パーセントが回収されて検証が行われた結果、機長の操縦席に副操縦士の鼻毛が付着していたために、副操縦士が機長席に座っていた疑惑とか、運航乗務員の遺体の血液からアルコール反応があったことから、飲酒していた疑惑なんかもあったの。

魔理沙:
 いや、まさかそんなことはありえないだろ……?

霊夢:
 ええ。副操縦士の鼻毛付着については大阪で機長が機長席に座っていたことを整備士が目撃していたことから、墜落時の衝撃で副操縦士の顔面が機長席の計器に激突していたと断定されたわ。  

 飲酒については、後に条件さえ揃えば死亡後に、血液がアルコール発酵することが科学的に証明されたため、この飲酒疑惑は無いと判断されたの。

 ただ、事故後に一部で「仮に松山空港の滑走路があと200~300メートル長ければ、533便は滑走路の中央付近に接地した場合でもブレーキだけで安全に滑走路内で停止することができ、着陸をやり直す必要などなかった。もしそうだったら今回の墜落事故は起きずに済んだ。」という論調が出てきたの。

魔理沙:
 なるほどなぁ……。今回の事故はオーバーランの危険があったから着陸復行を行ったわけだし、確かにもう少し滑走路が長ければ事故は起こっていなかったっていうのは納得なんだぜ。

霊夢:
 この論調を受けて、全国的に地方空港の滑走路の延伸、拡幅が急ピッチに進められるようになるのよ。

 中でも松山空港は事故から6年後の1972年に1200メートルから2000メートルにする滑走路延伸工事を完了させ、中国・四国地方の民間空港としては初めてジェット機の離着陸が可能になったの。

 さらに1991年には滑走路がさらに海側に500メートル延伸され、ジャンボ機の乗り入れも可能になったのよ。

魔理沙:
 積極的に滑走路の工事を行ったのはいいことなんだぜー。ブラジルのコンゴーニャス空港にも、この精神を見習ってほしいんだぜ……。

 それにしても、当時最新鋭機だった機体がこんな事故を起こすなんて……。当時の世間は衝撃を受けただろうな。

霊夢:
 もちろんこの墜落事故の報道で世間は騒然としたんだけどそれ以上に震撼させた事実があるの。

魔理沙:
 どういうことだ?

霊夢:
 この事故が発生した日が関係しているわ。事故発生日の1966年11月13日が「大安吉日の日曜日」だったってこと覚えてるかしら?

魔理沙:
 ああ、そういえば最初に言っていたな。わざわざ大安吉日だっていう必要あるのか? って思ったけど。

霊夢:
 そこが重要なの。愛媛県松山市には「道後温泉」という日本最古の温泉があるのは知ってる?

魔理沙:
 道後温泉……。ああ、確か「千と千尋の神隠し」に登場する油屋のモデルだって言われているところか!

霊夢:
 そうそう。それで、当時は飛行機がまだまだ珍しい存在だったこともあって、新婚カップルが一生一度の新婚旅行で飛行機を利用し、道後温泉や宮崎県、鹿児島県などに出かけるのが流行していたの。

魔理沙:
 事故のあった日は「大安吉日」……。そして夜の便ってことは……、結婚式を挙げて道後温泉へのハネムーンに旅立ったカップルがいたってことか……。

霊夢:
 ええ。それが一組だけではなくて……、関西在住の新婚カップル12組24名、533便の乗客の半数越がこの悲劇に遭遇してしまったのよ。

魔理沙:
 そんな……。結婚してこれからだっていう時に……。

霊夢:
 他にも533便には関西や愛媛県内に住むビジネスマンや医師、児童を含む家族連れも乗り合わせていたそうで、当時の日本社会を震撼させたそうよ。

 さらにこの年はこの事故以前にも4回も航空機事故が発生していたし、多くの関係者が悲しみにつつまれる結果となってしまったの。

 犠牲者の遺体は俳人・正岡子規の旧居「子規堂」があることで知られる松山市末広町の正宗寺や近隣の警察署に安置されたのち、家族と悲しみの対面を果たしたそうよ。正宗寺にはこの事故の慰霊碑が建立されていて、事故の悲惨さを忘れないよう、後世に伝える役目を果たしているわ。

魔理沙:
 そういえば1年間で5回も航空機事故が発生したっていっていたよな。他にはどのような事故があったんだ?

霊夢:
 133名が死亡した「全日空羽田沖墜落事故」が2月、64名が死亡した「カナダ太平洋航空402便着陸失敗事故」と124名が死亡した「英国海外航空機空中分解事故」が3月、5名が死亡した「日本航空羽田空港墜落事故」が8月。

魔理沙:
 それにしても、いま私たちが安心安全に空の旅ができるのって、過去のこういった悲惨な事故での犠牲の上で築かれたものだって改めて痛感したんだぜ。

 今ある安全って、結局は多くの犠牲に伴う原因究明と再発防止策から成り立ってるものだし……。

霊夢:
 そうね。航空路線の安全性を世界トップレベルのものにする礎になったことは肝に銘じなきゃいけないことだと思うわ。この事故は現在全日空が起こした最後の単独死亡事故よ。今後も重大事故が起こらないことを祈るばかりね。

 

 現在の日本の航空路線の安全性が世界トップレベルになるきっかけとなった悲しい事故でした。解説をノーカットで聞きたい方はぜひ動画を視聴してみてください。


▼動画はこちらから視聴できます▼

【ゆっくり解説】ハネムーンに出発した新婚夫婦らを襲った全日空松山沖墜落事故

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