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「安楽死」をテーマにした小説が10代に支持される理由――みずから死を選ぶことが合法になった日本を描く『レゾンデートルの祈り』著者インタビュー

ヒロイン・遠野眞白について

けんご:
 全体的にメインのキャラクターに女性が多い気がするのですが……そうしたお話のなかで、男性作家として女性についてどんな風に気をつけて書かれましたか。

楪:
 この作品は繊細なお話だと思うんですよね。それで、登場人物の男が何か喋ったときに、僕自身の口調が出てしまうんじゃないかなと思ったんです。
 それを変に抑えようとすると、さらに気持ち悪い感じになってしまうんじゃないかと。

 女性の読者の方からすると、「いや遠野眞白(とおのましろ)みたいな繊細な言葉を使う子なんていないよ」って思う方も多いんじゃないかとも思いますけど……。
 それでも、こうした繊細な物語は女性が主人公だったほうが、登場人物のセリフもすんなり入ってくるんじゃないかと思うんですよね。僕には伝えられなくても、眞白を通してなら伝えられるかもしれないって。

けんご:
 最近は僕も小説家の方々とお話しさせて頂く機会が増えてきまして、実際に僕もお聞きしているのですが男性作家なら女性を、女性作家なら男性を、割と自分の理想の人物像にするのかなと。
 楪さんにとっての遠野眞白という存在はどのような存在だったかというのを教えていただきたいです。

楪:
 うーん、僕にとっての眞白ですか……確かにビジュアルは理想の女性像のひとつではあると思うんです。ただ、どちらかと言うと僕自身の好きなタイプというより、僕が辛い思いをしていた時に出会いたかった人物ですね。

 理想の人物像という意味では、それはビジュアルを抜きにして、純真な心で親身になって向き合ってくれるような人であれば男性女性にかかわらず出会いたい存在だと思うので。

 でも……もし、眞白から好意を持たれたら、僕は凄くテンション上がると思います(笑)。

けんご:
 そうしたお話を伺うと僕も今後、自分の活動のなかで何か伝えていきたいってすごく思っちゃいますね。眞白は恋愛とかするんですかね?

楪:
 『レゾンデートルの祈り』では、あえてそういうエピソードは出してないんですけど、眞白が恋したらそれはそれで何か楽しそうだなって見てる側としては思いますね。

 男性と女性の人間関係は、何かと気を遣ってしまうイメージがあるんです。
 自分のなかで、どうしても恋愛と切り離せない部分もあって……まず、主人公が女性だったら、仲の良い同僚を仮に男性にした場合に、僕が読者なら「この2人ってどうなるんだろう?」という方向に視点がズレてしまう可能性があると思うんです。

 男性は、女性に対して力強く言えない部分も出てくる気がするんです。先生にあたる人物を男性にした場合でもお話は成立するんでしょうけど、僕はちょっと逃げてしまったのかもしれない。
 主人公の周囲の人物の言葉も自然体で書きたくて、そうすると女性が増えていってしまった感じです。

「こんな制度はありえない、と思われたらお話に入り込めない」考え抜いた安楽死の設定

けんご:
 今回のお話は「安楽死が合法になった日本」というSF世界を舞台にしなくても、主人公を自殺志願者の相談にのるカウンセラーにしても成立していたんじゃないでしょうか? 

楪:
 そもそものきっかけは、ニュースを見た時に感じた「安楽死が合法化されたらどうなるんだろう?」という気持ちだったので。
 カウンセラーのイメージが先に浮かんでいたら、「安楽死が合法になった世界」を舞台にした物語にもしかしたらならなかったかも。

 実は、始めは国名や街の名前も全部自分で考えるような、そういう架空の世界を舞台にしたお話でした。でも、それだと眞白達の存在との親和性があまりないという考えになったんです。

けんご:
 架空の世界では、キャラクターたちがうまく動かせなかったということでしょうか?

楪:
 やっぱり架空の世界だと結局何でも自分の都合のいいように作れちゃうからなんです。
 あくまでも「日本に安楽死の制度が出来た」これによって、物語の意味が生まれると思ったので物語の舞台を架空の世界から近未来の日本に変更しました。

けんご:
 そこで、ご自身がかつて旅をしていたことが活かされたわけですね。

楪:
 架空の世界を舞台にしていない分、安楽死という一つの制度を作るために何度も設定を考えました。
 本来なら、国の官僚が考えるようなことを物語のなかで僕が一人で作らなければいけないんですよね。そこで読者の方に「こんな制度はありえない」と思われてしまっては、お話に入り込めなくなってしまう。

 例えば、安楽死が合法になった歴史的背景に、ウイルスによってたくさんの人間が亡くなってしまったのであれば、ではそのウイルスはどんな性質なの? 名前は?こんな感じに考えないといけない。
 どちらかと言うと、ストーリーを作ること自体に対してしんどさはあまり無かったんです。何故かと言うと自分の気持ちを描写したものだったので。

けんご:
 てっきり人物の心情描写に苦労されたと思ってましたけど、設定考証に苦心したんですね。

楪:
 物語のなかでは、安楽死を申請するには最初の時点で20万円かかって、実際に安楽死するには30万円かかる設定になっています。この点について読者の方の中でも共感していただけなかった方もいらっしゃいました。
 「本当に死にたいと思っている人を救う為の制度であれば、お金がかからないようにするべき」とか。

 自分が読む側になった時に、本当にリアルなものとして考えたいんです。例えば安楽死制度を申請するのにお金がかからなければ、誰でもできてしまう。では、お金をかけないとしたら、きっと代わりの判断が必要になる。では、安楽死が許可される、されないの判断基準が問題になっていく……。
 そんなふうに、次々と考えてしまうんです。

「生きる意味があるのだろうか」といつも考えていた

けんご:
 現実の社会では、難病によって健康に生活することが難しい場合しか安楽死は認めないという風潮もあったりしますよね。

楪:
 そうですね。その場合は作品のなかの人物が難病の人ばっかりが出てくるようになってしまって、そうなると僕が書きたかった趣旨と違ってきてしまう。
 僕は生きづらさを抱えた人々の話として書きたかったので。作中の安楽死制度についてはそういう意味でかなり考え抜いたつもりです。

 それでも読者の方からの感想で、「こんな話はご都合主義だ」といった言葉をいただくこともあるのは、制度のリアリティというよりも「話を聞いてもらったくらいで自殺志願者がやめるわけがない」という考えの人なのかもしれません。

 ただ、僕としては『レゾンデートルの祈り』は、死にたいと思ったことがある人にしか書けない物語だと思っているんです。

 第4章に、明確な安楽死への意思を持っていないものの、モヤモヤとした希死念慮【※】を抱えた青年が出てきますが、まさに僕がそんなタイプの人間でした。なんとなく「生きる意味があるのだろうか」といつも考えていたんです。

※希死念慮(きしねんりょ)
死にたいと願うこと。自殺願望と同義ともされるが、疾病や人間関係などの解決しがたい問題から逃れるために死を選択しようとする状態を「自殺願望」、具体的な理由はないが漠然と死を願う状態を「希死念慮」と使い分けることがある。

 死にたいという気持ちは何かひとつの出来事がきっかけになることもあると思いますが、僕の場合はどちらかと言うと、色々な出来事や思いが積み重なってモヤモヤと生きる意味について悩んでいたのだと思います。

 遺書のような気持ちで書いたという最初の話に戻るんですけど……死ぬ前に何か残しておこうって。僕と同じような気持ちを抱えている方に、届けばいいなという思いがあったので執筆に向かえたんだと思います。

けんご:
 自分と同じ様な心境にある人に、『レゾンデートルの祈り』が届いて欲しかったからということですね。

 さきほど、人物の心情描写よりも、設定考証のほうが苦労したとのことでしたが、とくに執筆に苦労した章というのはありますでしょうか? 

楪:
 悩んだ時間の多さで言うと、第4章「その時、彼は勇者になった」が一番苦労しました。

けんご:
 それは、年齢も性別もご自身に一番近い人物として登場するからですか?

楪:
 それもありますが……はじめに言ったように、小説を書くきっかけが旅での出会いだったので、どこかで旅はテーマにしたいと思っていたんです。しかし、そもそも登場人物をいきなり旅に出すわけにもいかない。では、旅に出る理由として眞白から「旅に出てみてはどうですか?」と言われたとして、それってどういうことがきっかけで言われたんだろう。そして、旅の終わり、結末はどうしようと。

 たとえば「旅に出ました、帰ってきました、いい感じだったのでもうちょっと生きてみます」……では、物語としてちょっと味気ないと思いました。結局、ずっとバッドエンドばかり考えてしまっていたと思います。

 生きたいのに生きられない、死にたいのに死ねない、自分の思いと反対の結果になることって人生でよくあることだと思うんです。第4章のメインキャラである翔(かける)が、自分の願いと正反対の生き方になるところにリアリティが生まれたのではと思っています。本当に苦労というか……悩んだ箇所でした。
 自己投影している部分が多かったので、僕が翔のことを好きになり過ぎてしまったのも長く時間をかけて悩んだ原因かもしれません。

けんご:
 『レゾンデートルの祈り』を自殺を止めるメッセージにしたくないとおっしゃっていたことと、翔のエピソードとちょっとリンクしていると思いました。
 なんとなく生きるのではなく、自分で生きることを選択して生きるというか。この章だけ他と毛色が違っていて、本作のテーマがより明らかになったと思います。

楪:
 そうですね。翔は勇者になるために「生きる意味をもう少し探したい」と前を向き始めましたし。だからバッドエンドばかり考えていたんですが、結局あの結末にしたんです。

『レゾンデートルの祈り』は僕の一生のお守り

けんご:
 読者に限らず、生きづらさで悩んでいる方々に対して楪さんから何かメッセージをいただければと思います。

楪:
 「安楽死出来たらいいのにね」っていうニュアンスの言葉がふとした時に、口に出てしまう人っていると思うんです。
 なので、一見重たそうに感じられるテーマではあるんですけども、それと同じく生きづらさや、息苦しさから安楽死に興味を抱く方が多いのかなという感覚はありますね。

 悩みを抱えていることと同じくらい、悩みを打ち明けられない辛さもあると思います。抱えている悩みを根本的にすぐに解決することは簡単ではないかもしれないので、まずはその悩みを話せる環境を探してほしいです。受け入れようとする人って親しさに関係なく絶対いますから。

けんご:
 僕も相談して解決するかはどうでも良くて、話す事そのものが大事だと思うんですよ。
 たとえ、言葉がまとまっていなくても誰かに打ち明けることはすごく大切だって……そのときに楪さんの作品を通してでもいいので、どんどん伝えていって頂ければ、多くの方が救われるんじゃないかなって思いますね。

楪:
 『レゾンデートルの祈り』でも書いてますけど、誰かに話してもらえた時にやっぱり相手の感情を否定しないで欲しいかな。
 その思いを否定することは、本人を否定することと同じ事だと思うので、もしそういう人を見掛けた時に、否定からは始まらないで欲しいなって思いますね。

 僕が書いた『レゾンデートルの祈り』は救われる物語だとは思ってないんです。どちらかと言うと、こういう風に思ってる人がいるんだって知ってもらって、この本がその人の味方のような存在になってくれたらと思ってるんです。
 そうして、僕もその人が自分にとっての味方になって……お互いの共通点探しみたいな感じですね。

けんご:
 出版されてから少し経って、今は客観的に『レゾンデートルの祈り』に接することができるようになったと思うんですけど、今の心境として楪さんにとって『レゾンデートルの祈り』はどんな存在になっていますか?

楪:
 僕がずっと胸に抱えてきたものを書いた作品なので……僕の命そのものだったり、第2の自分であったり、これを超える出来事は自分の人生でこれから出てくることは、もう無いんじゃないかって思います。

 今ではありがたい言葉も沢山いただいていますし、いただいた感想は全て嬉しいのですがなかでも一番響いた感想は発売されて1週間くらい経ったときに届いた「一生のお守りにします」というメッセージですね。
 逆に、僕にとってその言葉や沢山の方々からいただいた感想が一生のお守りになると思っています。本当に、けんごさんにご紹介いただいたお陰ですね。

 あとは安心感もあります。生きているうちに何か形に残るものを作りたいと思っていたのでその夢も叶いました。『レゾンデートルの祈り』を読んで下さった方たちがこれから繋いでいってくれて色んな事が出来そうな気もするので。

けんご:
 読者から“お守り”と言ってもらえただけでなく、楪さん自身にとっても、『レゾンデートルの祈り』はお守りのような存在になったんですね。
 
楪:
 これからの人生で悩んだ時……多分この本を見て生きようとするんだろうなって。僕自身がこの本で救われたということだと思います。

けんご:
 最後に、次回作の展望や今後の創作活動についてお聞きしたいのですが、小説家としてどのような作品を書いていきたいと思われていますか?

楪:
 そうですね……今回の『レゾンデートルの祈り』の場合では、自分が生きづらさにすごく苦しんでいた時期に書いたもので、その想いを届けるものでした。なので自分がすごく幸せな状況だったら、そのお裾分けのような作品も書けると思うんです。

 日記のように自分の中の何かが少しでも反映されていて、想いが届くようなものが書けたらって。いつか恋愛モノを書きたいと思っています。趣味も含めると『レゾンデートルの祈り』は人生で3作目の小説なんですが、その前の1、2作目って恋愛色が強かったものなんです。今後はそういったものも書いていけたらと思っています。

 やっぱり書く上では、自分の想いを伝えたいのでどんなジャンルであってもそれを大切にして書いていきたいと思っています。

[了]


 遺書のつもりで書かれたという『レゾンデートルの祈り』は、多くの読者の手に取られ今では生きづらさを抱えた若者たちの「大切なお守り」となった。
 著者である楪さん自身が、その事実によって救われていると語った今回の取材。

 フィクションの力が人の心を動かし、誰かの命を助けることがある――

 けんごさんが語ったように、本作『レゾンデートルの祈り』は誰もが生きづらさを抱える現代だからこそ、必要な物語なのかもしれない。

■info

 『レゾンデートルの祈り』のカバーイラストを手掛けた、イラストレーターのふすい氏と、楪氏の対談が決定! 近日、ニコニコニュースに掲載予定です、お楽しみに!


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