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「撮影現場でペットボトルをトイレ代わり」映画制作に憑りつかれた男の集大成──なぜ40歳超えの未経験者が傑作SF映画を作り上げることが出来たのか?

 2021年3月26日に劇場公開されたストップモーションアニメ映画が、いま俄かに話題になっているのをご存知だろうか?

 タイトルは『JUNK HEAD』。
 本作は、新種のウイルスにより人類が滅亡しかけた遠い未来で、ガラクタ姿の主人公が地下世界で冒険を繰り広げる、ちょっとグロテスクながらもどこか愛らしいキャラクターたちによるSFムービーだ。

 本作が話題を集めているのは、作品の面白さはもちろんだが、監督の特異な経歴と、狂気的な制作過程にある。
 堀貴秀監督
は、40歳を超えてから独学でアニメーション作りを志し、本業のかたわらたった1人で制作スタート7年の歳月をかけて本作を完成させた。

 こういった情報を並べると、「映画好きの素人が趣味で映画を作ったのね」と思う方もいるかもしれないが、まったくそんなことはない。
 一足先に上映された海外で「北米最大のジャンル映画祭」と呼ばれるファンタジア国際映画祭で最優秀長編アニメーション賞受賞米アカデミー賞監督『シェイプ・オブ・ウォーター』 のギレルモ・デル・トロ監督が絶賛。という驚くべき実績をひっさげ、満を持して日本で凱旋上映が始まった。

 この作品、実はニコニコとも深い縁がある。

 さかのぼること10年前の2011年1月。
 ニコニコ動画に「コマ撮りアニメでSF系短編映画制作中。」という1本の動画が投稿された。たった25秒の動画だが、狂気を感じるほどの圧倒的な完成度と独特の世界観を放っていた。

動画「コマ撮りアニメでSF系短編映画制作中。」より引用。

 この動画を投稿者こそが堀監督だった。ここに映されたセットが、後の『JUNK HEAD』の舞台の一部になっているのだ。
 堀監督はその後も、『JUNK HEAD』のメイキングや、本作の前身となる短編アニメを投稿し、現在までに11本の動画がニコニコで公開されている。

 今回、劇場公開にあたり、『JUNK HEAD』制作の舞台裏を聞くため、堀監督にインタビューを行った。
 「制作現場でペットボトルをトイレ代わり」、「本業の日数は生活できる最低限まで削って映画制作」するなど、気が遠くなるほどの情熱と、数えきれないほどの犠牲を捧げた“映画人生”を覗き見るインタビューになったと思う。  
 ここまで読み進めてちょっとでも興味をもった方は、ぜひ本記事で語られた赤裸々な監督の歩みに触れ、映画『JUNK HEAD』に足を運んで頂ければ幸いだ。

 

取材・文:金沢俊吾
撮影:金澤正平


──本日はよろしくお願い致します。まずは、『JUNK HEAD』の公開おめでとうございます。

堀貴秀監督:
 ありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します。

──本業を続けながら7年かけて制作されたとのことですが、仕事と映画制作の兼ね合いが大変だったのはないでしょうか?

堀監督:
 まず、最初の4年間ぐらいはギリギリ生活できるぐらいまで仕事を減らして、それ以外を全部映画制作に突っ込みました。

──おお、いきなり思い切ったのですね。週何日ぐらい働いていたのですか?

堀監督:
 仕事は週に1回ぐらいですね、本当に最低限でした。残りの週6日はずっと映画制作です。

──制作の日は、何時間ぐらい作業されるんですか?

堀監督:
 ……寝てる以外ですね(笑)。

──なるほど……。

堀監督:
 移動する時間を無くすために作業場の横で寝るようにして。トイレに行く時間がもったいないので、作業場でペットボトルでしたり……(笑)。

──そ、それは凄まじいですね……。

堀監督:
 もう本当にひどかったですよ。睡眠時間も平均3時間ぐらいじゃないですかね。

──もちろん、プライべートで遊びに出かける時間とかはないわけですよね?

堀監督:
 もう全くないですね。そもそも、誰も友達いないので良いんですけども(笑)。

──最低限のお金を稼いで空いてる時間は映画制作という生活で、犠牲にしてきたことがたくさんあると思うんですが、そこに全く後悔はないのですか?

堀監督:
 全くないですね。
 もう実家を出て30年ぐらい経つんですけど、一度も帰っていないんです。もう両親も高齢だったので……まあ色々なことがあったんですけど、それでも後悔ないっていうか。

──本当に全てを犠牲にして『JUNK HEAD』を作り上げた、ということなんですね。

堀監督:
 はい、それはもう、そうですね。

『JUNK HEAD』制作風景。

現在は日雇いのアルバイト生活

──『JUNK HEAD』が完成して、現在はどのような活動をされているんですか?

堀監督:
 今は日雇いのアルバイトで内装の仕事をしてます。最初は2、3ヵ月ぐらいのつもりで始めたんですけど、気付いたら3年ぐらいアルバイト生活です。

──え、日雇いのアルバイトですか? それは制作活動と並行しつつでしょうか?

堀監督:
 はい、アルバイトしながら次回作のストーリーを考えています。アルバイトはもう普通に週6とかで働いていますね。まだ『JUNK HEAD』は公開前で、特に収益が入ってくるわけでもないので。

──ストーリーが完成して新作を撮る時が来たら、アルバイトを止めて制作に専念するっていうことですか?

堀監督:
 そうですね。新作の準備をしつつ、いつでも辞めれる日雇いのアルバイトを続けて、とりあえず今のところ過ごしているっていう感じですね。

──次回作の制作が始まったら、また何年もかけて……。

堀監督: 
 また新しい地獄が始まるんです(笑)。

40歳手前で「このままじゃダメだ」が爆発

──現在はアルバイト中とのことですが、元々のお仕事は何をされていたのですか?

堀監督:
 30歳ぐらいから、自営で内装の仕事を始めました。もう20年ぐらい前のことです。

──内装のお仕事の内容を具体的にお聞きしたいです。

堀監督:
 例えば、壁に絵を描いたり、古びた雰囲気の部屋に加工したり。設計事務所さんから発注を受けるんですが、「こういうイメージの部屋にしたい」って雑誌の切り抜きとかを渡されて、それを再現するような仕事でした。

──では、絵を描かれたり、立体物を作るという映画作りにつながるスキルは、元々お持ちだったんですね。

堀監督:
 そうですね。スキル自体はあるんですけど、受注仕事なので、自分の表現ができないっていう欲求不満がずっと溜まっていたような気がします。

──ちなみに内装業を始めたのは30歳からとのことですが、それより以前は何をされたんですか?

堀監督:
 アルバイトを転々としながら、芸術家を目指してましたね。ある程度お金が溜まったら引きこもって何カ月も絵描いたり、海外に行ったり。まあ、所謂フリーターです。

──絵を描いたりしている間、映画を撮ろうと思ったことは無いのですか?

堀監督:
 それは無かったですね。映画は高校生の頃から大好きでしたけど、観るだけの娯楽で、自分としては絵とか彫刻で芸術家になろうとずっと思っていました。

──映画を作り始めるのが2009年、監督が38歳の時とのことですが、なぜそのタイミングで映画を作ろうと思ったのでしょうか?

堀監督:
 それが、40歳手前ぐらいに突然思い立ったんですよ。
 それまでも、新海誠監督が『ほしのこえ』をほとんど一人で作ったみたいな話は知っていたんですけど、「自分も作れるかもしれない!」って急になってしまって。

──先ほど仰っていた「自分の表現ができない」みたいな想いが爆発してしまった。ということもあるのでしょうか?

堀監督:
 年齢が40手前っていうのもあったかもしれないですね。
 それまで絵や立体物を作っても中途半端で、そこそこの評価はあるんだけど、それで食えるわけでもなく。「このままじゃダメだ」っていう焦りが沸き起こってきたっていうか。

──年齢からくる焦り、ですか。

堀監督:
 そうですね。どこかで「突き抜けなきゃいけない」っていう焦りがずっとあったんだと思います。

ニコニコ動画が映画の完成に一役買った?

──2009年に映画制作をスタートして、最初から『JUNK HEAD』を作り始めたのですか?

堀監督:
 そうですね。当初、『JUNK HEAD』は30分の短編を10本作る予定で始めたんですよ。まず最初の1本を公開して、クラウドファンディングで資金集めて作ろうと思っていました。

──その全10本はシリーズものっていうことですか?

堀監督:
 はい、最初はその続き物で考えてました。今回の映画『JUNK HEAD』はシリーズの3話分をまとめたぐらい、90分の長編に仕立てたっていう感じですね。

──1本目の短編はニコニコ動画にアップされたそうですね。【※】

堀貴秀監督:
 そうです。だからもう、ここにいるのはニコニコさんのおかげなんです(笑)。

※『JUNK HEAD』短編は、劇場公開にあたり現在は視聴出来なくなっています。

──いやいや、いろんなところで反響があったんじゃないですか?

堀監督:
 そんなことないです。10年ぐらい前、最初にYouTubeにテスト撮影の動画をアップしたんですけど、イマイチ反応がなかったんですよ。

──それは、ニコニコにもアップされている、「コマ撮りアニメでSF系短編映画制作中。」という動画ですか?

堀監督:
 そうです。

──なるほど、そうだったんですね。では、10年前の短編の投稿が今作にもつながっていると。

堀監督:
 はい、本当にそうなんですよ。

──ニコニコが少しでもお役に立てているなら、本当に光栄です!

堀監督:
 こちらこそ、本当にありがとうございます。

予算と手間を減らして、いかに世界を大きく見せられるか

──『JUNK HEAD』は環境汚染によって人類の人口が激変した世界が舞台のSF作品ですが、なぜこういったジャンルを作ろうと思ったのでしょうか。

堀監督:
 映画って、やっぱり非日常を体験したいと思うんですよ。普段見れない世界を見れるのは、もうSF映画しかないだろう! って悩まずに方向は決まりましたね。

『JUNK HEAD』制作風景。

──制作にあたり、ストップモーションアニメという手法を選択した理由をお聞きしたいです。

堀監督:
 ああ、それはもう仕方なくです。
 以前、芸術家を目指していた頃に操り人形を作っていたんですよ。それを動かして撮影すればコマ撮りできるかもっていう、安直な考えでした。2Dとか3Dを作るソフトを覚えるのも厳しいっていうか、記憶力もよくないので。

──コマ撮りだったら経験の無い自分でも行けると思ったっていうことですね。

堀監督:
 そうそう。特にストップモーションアニメが好きっていうわけじゃないんですよね。

──それでも、地下生物や地下世界の造形は、ストップモーションアニメならではの生々しさがとても表れていると思いました。

堀監督: 
 地下世界も結局、コマ撮りっていう技法の制限がある中で、予算とか時間をかけなくても効果的に見える世界観を作るための作戦なんですよ。
 地下世界のセットだったら、床、壁、天井って使い回せる素材があったら、すぐ作れちゃうんですね。
 なるべく予算と手間を減らして、いかに世界を大きく見せられるかっていう、そのギリギリのラインをなるべく攻めてったんです。

『JUNK HEAD』制作風景。

──ちなみに映画作りは全て独学っていうことだったんですけれども、ストップモーションという手法はどのように学ばれたんですか?

堀監督:
 YouTubeで勉強しましたね。
 海外では人形の作り方を紹介してる動画がよくアップされているんですよ。それを見ながらまず動く人形を作り始めて、後はその都度YouTube見て新しい技術を覚えて。の繰り返しですね。

キャラクターに責任を持って命を吹き込む

──『JUNK HEAD』は完成まで7年という長い時間がかかっていますが、どういったモチベーションで完成させることが出来たのでしょうか?

堀監督:
 「ストーリーを作りあげる」っていうことが、僕にはすごく大事なことだったんです。
 例えば、落書きでオリジナルキャラクターを描いたりするじゃないですか? でも、描いた後に何かすごく虚しい気持ちになるんですよ。
 立体の人形を作っても同じで、結局ただのモノっていうか。ストーリーがあって初めてそれがキャラクターになり得ると思って、もうストーリーを完成させるしかないなって。

──モノに命を吹き込みたい、みたいな感覚でしょうか?

堀監督: 
 ええ、そういうことです。それで、やっぱりストーリー、つまり映画を作るなら、イチから自分で作んなきゃ成就できねえ。みたいな感じで。だから、自分が作ったキャラクターに責任持って命を吹き込んでやらなきゃって。そういう気持ちで作り続けていましたね。

『JUNK HEAD』制作風景。

──一般的に、映画ってたくさんの人が集まって作るものだと思うんですけど。例えば、仲間を集めてスタートしようとか。

堀監督:
 それは多分、友達が誰もいなかったからかもしれない(笑)。
 今は一緒に作ってくれる仲間が何人かいますけど、最初は周りに映像を作っている人も全くいなかったし、もう仕方なく自分一人でっていう感じです。

──いきなり自分で作らずに、経験を積むためにどこかの映画制作に参加する方法もあったかと思うのですが。

堀監督:
 その発想は全くなかったですね。そういうところに行くと、多分自分の作りたいものを作れないと思ったんです。
 やっぱり自分の世界を作るには、まず一人だなと思ったんですよ。

──自分の世界を作る上では、資本のある大きい映画よりも純度の高いものが作れるっていう自信のようなものがあったのでしょうか?

堀監督:
 うん。やっぱり映画をずーっと沢山観てきて、「俺ならこうするのにな」っていうのは常にあったんです。
 自分が作ったら絶対面白いっていう謎の自信みたいなものがあったんですよ。

映画を作り続ける限り、いつでも死ねる

──それにしても、7年間、トイレに行くのも惜しんで映画を作り続けるっていうのは、相当な情熱が無いと、とても続けられないことですよね。

堀監督:
 多分、やり出したら、途中で止められなくなる病気じゃないですかね(笑)。
 でも、創作を通して「自分の存在」を証明していくには、やっぱり映画って最高の舞台だと思ってるんですよ。

──自分の存在証明、ですか。もう本当に命かけて作っていられるのですね……。

堀監督:
 そうですね。自分の命そのものですね。もう、いつでも死ねるって感じです。

──えっと、いつでも死ねるのは、『JUNK HEAD』が完成したからですか?

堀監督:
 いやいや、映画を作り続ける限り、いつでも死ねますね。

──作り続ける限り、いつでも死ねる?

堀監督:
 うん。

──それは……「映画を作っている」というだけで、もう既に監督が生きた意味がある。というような理解で合っていますでしょうか?

堀監督:
 そうですね。映画を作っている限りは生きていけるっていうか。逆に言えば、何の後悔もない生き方をずっと続けていると思っているので。

──なるほど……。いや、ちょっと先ほどから圧倒されているんですが、どうして、そこまで映画に人生を捧げることができるのでしょうか?

堀監督:
 やっぱり、誰でも「幸せを感じる場」が必要じゃないですか。人によっては、それが家庭だったり、趣味だったり、仕事だったり。
 僕にとって、そういう喜びの場っていうか、遊び場が映画だっただけだと思うんですよね。

作りたい映画がたくさんある

──最後に、今後のお話を少し聞かせてください。映画『JUNK HEAD』は全10話の最初の3本とのことですが、今後は続編を作られるのでしょうか?

堀監督: 
 そうですね。映画の3部作にしようと思っています。もう2作目は絵コンテまで出来ているんですよ。

──1作目に7年かかりましたが、『JUNK HEAD』を人生かけて作っていくのでしょうか?

堀監督:
 いや、残りの2作はそんなに時間かかる作品じゃないと思ってるんですよね。
 他にも、もっといっぱい作りたいんです。実写で作りたい作品も4つぐらい考えてますし。ちょっと面白い原作を映画化しようと作者さんと話したりもしています。

──じゃあ、『JUNK HEAD』に限らず、とにかく映画を作り続ける人生を送られるのですね。

堀監督:
 そうですね。作りたい作品がもうたくさんあるので、やっぱりまだまだ生きなきゃいけないですね(笑)。

──長生きしてください!(笑)。今日はありがとうございました。次回作、楽しみにしております。

堀監督:
 こちらこそありがとうございました!


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