「必要な議論を飛ばして表現規制で全ての問題を解決しようとしている」“青少年健全育成基本法”の議論が抱える、そもそもの問題点とは【山田太郎と考える「表現規制問題」第5回】
“わいせつ”とは何をもってして“わいせつ”なのか?
山田:
そうそう。そういうことをしていって良い社会が作れるかというと、そんなことはないと思うんですけどね。さて、「エログロが本当にダメなの?」ということで刑法175条についても触れていきたいなと思います。
第百七十五条
1:わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。2:有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。
山田:
175条の条項を見ると、「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録補頒布した者も、同様とする」と。ろくでなし子さんの裁判が大きな話題を呼んだことは記憶に新しいと思います。
智恵莉:
はい。
山田:
ところで、“わいせつとは何か”については何も書かれていない。そして、わいせつ三要件というものが最高裁で議論されたのですが、
1:徒に生欲を刺激・興奮させること
2:普通人の正常な性的羞恥心を害すること
3:善良な性的道義観念に反すること
山田:
ということで、具体的な警察の運用をもとに色々と議論しているのですが、まさに「わいせつとは何なのか?」ということが非常に重要なテーマになっています。
エロ・グロの表現、特にエロの部分に関しては、性的営みは人類としては当たり前で、それを否定する方がおかしいわけです。あたかも犯罪行為のようにしてしまうことは良いのか悪いのか……。
さらに、見たい人と見たくない人がいて、その中に見せたい人もいる。お互いが傷つけ合わなければいいのではないか、内心の自由もあるんじゃないのか、なんて思うのですが、こういったことに対して社会秩序として法律規制をすべきなのか否か、志田先生は175条についてどうお考えでしょうか?
志田:
私は、175条に対してなるべく早く変えてしまって、本当に規制すべき“人権侵害に直接つながるもの”へと組み替えていく方がいいと思います。「こういう表現はわいせつだからダメ」というアプローチで表現規制することは、もう時代遅れというか、やめてほしいなと思うんですよね。
ただ、今のところすぐに実現するか分からないので、やはり“わいせつ表現”という定義をなるべく絞っていき、その方向性として「これがどういった実害を生むか」を考え、実害と全く関係ない性表現はなるべくわいせつの範疇から除いていけるような定義を、裁判所が改めて立ててくれるといいなと願っています。
山田:
なるほど。それにしても175条によって守られるものって何なんでしょうね?
志田:
そうなんですよね。
山田:
175条は個人法益でなく社会法益だと言いますが、では社会法益の社会秩序としての175条とは何なのか。単にモザイクをかけるということなのか? それによってかえってエロく見えてしまうんじゃないの!? だったら思い切って見せてしまえばいい。見たからといって、必ずしも興奮するのかと言ったらそういう文脈じゃないだろうという話もあるわけで。確かに175条の議論は古いと言わざるを得ない部分がある。
先生が仰るように、これが虐待されて嫌がっている人いるとか、人権を犯されたりしているとかであれば問題です。エロ・グロ・暴力の表現に関しては、175条という古い価値観から大きく発想を変えていかないと、守るべきものが守れなくなっているんじゃないかと。
智恵莉:
うんうん。
山田:
私がそれを強く感じたのが、児童ポルノ規制法を議論していたときなんです。入口は子どもの虐待を防止するはずの法律なのに、出口がポルノを取り締まろうとしちゃったから、子どもの性虐待を取り締まれないケースも出てきた。
山田:
裸であるとかないとかが基準になったり、何がポルノに該当するかあいまいであったり、法律の内容がめちゃくちゃなんでですね。
智恵莉:
荻野さんをお招きした第2回目で詳しく触れましたよね。
山田:
3号ポルノの問題ですね。「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの」。
国会の中でも問題になったのが、服の全部を着けないというのはわかりやすいんだけど、“一部を着けない”というのが何を指しているのか? もう本当に、子どもを守るための法律という立法趣旨から離れてしまっている。本人が嫌がる、または人権が侵害されていることを基準とするべきなのに。
二次元だけではなく三次元の世界でも適切なルール化を
山田:
二次元から三次元に踏み込んだお話もしておきましょう。「人権を中心に考える」という文脈における捉え方の方がはるかに重要だと思うのですが、志田先生はどうお考えでしょうか。
志田:
先日4月1日に、「AV業界改革推進有識者委員会」を発足したのですが、これは例えば「モデルになりませんか?」といったスカウトであったにもかかわらず、意に反してAV出演を強要された人はそれ自体が強制わいせつなどの犯罪にあたります。言うまでもなく表現の自由や人権侵害として対応しなければいけない問題ですから、契約関係をルール化して業界で共有していきましょうという提案をさせていただく委員会です。
将来的な希望としては、見る、見ないは世論によるかもしれませんが、そういったものを守ってくれているプロダクションに対して、“適正な内容や出演者の契約を守る作り方をしています”というものを立てていき、そこに含まれていないものに対しては、出演者自らが不適正なメーカーだと判断して避けられるようにする、と。昨今言われているマスメディアの影響なども防げるのではないか、ということも視野に入れ組成している委員会ですね。
山田:
突然振りますけど、このあたり智恵莉さんどうですか?(笑)
智恵莉:
えぇ~いきなり!? 女性が見るってことはあまりないかもしれませんが、個人的意見としては“ないと困るもの”だと思うんですよね。特に、男性はそういうものを見て大人になった方が多いと思うので。AVが必要なものであれば、働く方もきちんとしたルールが必要ですし、そういった仕組み作りがなぜ今までなかったのだろうって思いますね。
山田:
最初から全部いけないものだと言って避けちゃったからだろうね。
智恵莉:
全部がアンダーグラウンドで行われていた感じが……。
山田:
エロってみんな好きだし貴重かつ大切なものなのに、みんないい子ぶっちゃってとにかく議論されないよね。必要以上に避けているんじゃないかと思うんです。
もちろん良し悪しはありますけど、その中でも何が問題なのかについては、ほとんどオブラートに包まれて、結果的にアンダーグラウンド化してしまう。
一方で、取り締まりやすい漫画やアニメは、今まで自分たちも見てきたにも関わらず、「子どものため」と大人たちが勝手に規制するんですよ。「山田さん、昔より緻密な表現や時代になっているんだからあなたもしっかり見てなきゃだめですよ!」とか言われるんですけど、それってあなた、しっかり中身を見てんじゃん! というね(笑)。
智恵莉・志田:
(笑)
山田:
そういう議論が行われて取り締まられることで社会の何が良くなるの? と。今までやってきた二次元の問題、今やっているAVなど三次元の問題に関しても、ある程度取り上げていかないと、社会の何が良くなるのか分からない。
子どもであれAVであれ、“人権”の問題がとても背景にあって、人権侵害がきちんと解決していないのであれば、それはエロ・グロ関係なしに悪いものは悪いと判断できるかどうかがおそらく落としどころになる。これは決して175条の問題に限ったことではないんですよね。
智恵莉:
はい。
山田:
175条があると、逆に「モザイクかけてれば人権侵害にならない」と解釈されかねないわけです。児ポ法もしかりです。3号ポルノで規制していれば、「ポルノか否かの判断ができるから子どもを守れる!」なんてのは、どう考えてもとんちんかんですよ(苦笑)。そして、今度は「マンガ、アニメ、ゲームは子どもの教育に悪い!」とクレームをつけ始める。むしろ、こういった文化は教育に良い側面をもたらすことだってあるでしょ。
竹宮先生の話ではないけど、そういう世界が現実的にあるわけで、残念ながらなくならないんですよ。「完全な犯罪のない社会」など作れない中で、そういうものを描くことで伝えていくことや、立て直していくきっかけを与えることだってある。だからこそ、マンガ・アニメ・ゲームを規制しようとか無くそうとか議論することは、重要な教育的行為だとも思うわけです。そういうものを全て否定してしまって、素晴らしい人格形成のある子どもたちが育つか?
まさに非実現青少年健全育成の話だと思うので、それを議論していくのであれば、おおらかに認めていくことの方がはるかに重要だと思います。
表現規制のラスボス“青少年健全育成基本法”とは!?
山田:
表現の自由を考えるときに、規制が進んでしまった韓国の実態をおさらいしておきましょう。韓国には“アチョン法”という、韓国版児ポ法とも言える法律が成立してしまいました。
とてもバランスの悪い法律ですから、このような法律を作ったことに対して、法律家として恥ずかしくないのか? 思ってしまうほどの悪法ではないのかと。
智恵莉:
第3回目でアチョン法に関する罪の重さなどに触れていますので、そちらもチェックしてほしいですね。
山田:
実際の人間が何か暴行や強姦に遭うよりも、社会秩序的の方が罪が重いというのは、どういう価値観、法律体系なのか理解できない。そして、著作権トロールという問題もあります。
こういった問題に対して反対している韓国の民間の団体などもあるのですが、日本は絶対にこうなってしまってはいけません。ヨーロッパなどは極端で、目をつぶって「全部ダメ!」という感じで論理的な議論ができないところがあるけど、日本は世界的に見れば表現の自由という意味では割と恵まれているはず。
しかし、周辺各国が倒れていくと日本がポルノ製造大国と後ろ指をさされ、外圧に屈していくことだって考えられる。そうならないためにも表現の自由をこの国は守っていくんだ、自国内でも戦っていくんだ、と真剣に考えていかなければいけない。
さて、来たるべき“最大の敵キャラ”というか“ラスボス”と言っても過言ではない案件が「青少年健全育成基本法」です。
青健法はこれまで何度も議論されてきたのですが、2020年の東京オリンピックが迫ってきたことで、いよいよ本格的に議論される可能性が高まっています。そもそも青健法は、「子ども・若者育成支援推進法」という名前だったものが、「青少年健全育成基本法」と名称が変わってしまった。
山田:
しかも、本来は若者育成や非行、貧困問題に対して作った法律だったものを、青少年健全育成という形に変え内容まで変えようとしているわけです。だったら新法を作れよ! という話になるのですが、そうなると「その法律が必要なのか?」という詳細な議論が国会でも必要になるので、改正法にしてしまえば一発で簡単に法律を通せると。
ひどいことに改正法は、全会派が一致さえすれば委員長会議の本会議だけで終わってしまう……明らかに議論を避けて楽に事を進めようという魂胆がある。
山田:
どんなところが問題になるかというと、国際条項などはヤバい項目が入っている。「国は外国政府または国際機関と情報交換を行うよう努める」なんて書かれている。つまり、各国から表現規制も含めて「言われたことは尊重しましょう」という議論になってしまうわけです。
それから、「地方公共団体は青少年の健全な育成に関する施策を総合的に推進する」ということで、すでに存在する各都道府県別の青少年健全育成条例の強化みたいなことが条文で書かれている(苦笑)。国が相談センターみたいなものを作って、一律でそういったものを推進していこうという動きもあるわけです。
智恵莉:
かなり変更点があるんですね……。
山田:
23条には、「表現の自由に配慮して」と書かれている。つまり、書いているということは「やる」という意味ですから、配慮さえすればいいと。青健法は何が狙いかというと、マンガ・アニメ・ゲームが主たる対象物であるということは間違いないわけです。
現在、各都道府県ベースでふり幅が違う青少年健全育成条例を、国ベースで統一すれば一番ハードルが厳しいものになることも十分考えられるため大変危険です。
また、青少年健全育成なんて名前が反対しづらいんですよね(苦笑)。「山田さんは青少年健全育成に反対なのか!?」なんて言われると、一見、非行などを推奨している人のように映るでしょ?(笑)
智恵莉:
たしかに(笑)。
山田:
中身と名称にズレがあることを含めて、とても厄介な法律だと思います。丁寧に審議していかないと、一気に改正案が通ってしまう前夜まできていることは間違いない。もしこの法案が通ってしまえば、竹宮先生が6年もかかって命がけで切り拓いた世界である『風と木の詩』も規制されかねない。
志田:
今、とても大事なことを話してくれていると思うんです。例えば健全育成もそうかもしれないし、児童虐待などを防ぐための権利条約とか、女子差別撤廃条約とか、それぞれにきちんと必要な取り組みが掲げられていて、それ自体としてはとても大事なことです。
ところが、必要な取り組みよりも、「表現規制をやっていきます」という形で対応を始めてしまう……。その規制が本来の目的に噛み合っているのか? あるいは視点をずらしてしまっていないか? という議論をもっと丁寧にやっていかないといけないと思います。
行われている議論に対して、「おかしくないですか?」と発言すると、「あなたは女子差別撤廃の試みに水を差すのか!?」と言われてしまうんですね。そういう意味ではなくて、女子差別撤廃や児童の権利条約実現のためには、「こっちの方が優先課題じゃないんですか?」と言いたいわけです。そういった議論を十分行った上で、それでも社会がよくならないときに最後に表現規制がくるはず。「表現規制から始めましょう」と言うのは順序が違うわけで、そのことに対しては「違うでしょ」と言い続けなければいけないと思っています。
山田:
智恵莉さんはどう思いますか?
智恵莉:
そうですね。子どもを守るための法律だったはずなのにズレているなど、この放送を通じて「誰のための法律なんだろう?」 って思うことが度々ありました。
第1回目のゲストで、赤松健先生がいらっしゃったときに、先生自身も武内直子先生の作品の同人を作って……というところからだんだん上がってこられて、自身も「自分の作品をパロったりすることは全然いい」と言っていたのに、法律がそれをダメにしてしまう可能性があるのは不可解ですよね……。
本来の目的から、どんどんずれていってしまうということを国が当たり前のようにやってしまうんだなというか(苦笑)。法律をこんなにも雑に進めていくということに対して、ちょっとびっくりしました。
山田:
うんうん。ポジティブなことを言えば、「表現を守らなければいけない」と声を上げる人が増えてきた事実があるということ。
議員の中でも表現に関しては変わってきていて、当初は「山田はポルノ愛好議員だ」なんて言われていたのに、最近はようやく理解されてきたのかそんな揶揄はなくなってきたり(笑)。
サブカルが今では大きな力を持つカルチャーになってきた状況になってきたことで、一定の二次創作やコミケが力を持ち、そういった作品や文化を無視できなくなってきたということも間違いないでしょう。
実際に、私は前回落選してしまいましたが、そういういった人たちから支持していただき、まさかの29万票というありがたい応援をいただきました。そんなに巨大な数になって表れるとは思っていなかった。少しずつ声が大きくなり始めていることを実感しますし、本当に大きな力だと思います。
文句を言うことは簡単ですから、志田先生が「AV業界改革推進有識者委員会」を立ち上げたように、表現規制に対して各々がこの先どう戦っていくのか……これからもっと大事なことになってくると思いますね。
志田:
ありがとうございます。私は美大に勤めている教員ということもあって、表現したい人々の良い意味での欲を削いでしまうことには反対したいと思っています。同時に人権を守るということに関しても両立しなければいけないと。そういうことをライフワークとして考え続けていきたいと思っています。
「AV業界改革推進有識者委員会」に関しては、業界の方々がニーズを感じて求めてくださるといった側面があります。人権侵害に関する一つの道が当委員会であり、もう一つは「自分が研究者として何を発言できるか」といったことをライフワークにしてやっていきたいなと。