児童ポルノ規制法、有害図書指定、通信の秘密の瓦解、マンガ・アニメを規制する様々な圧力とは?【山田太郎と考える「表現規制問題」第3回】
なんとメールは“通信”扱いになっていなかった!
山田:
お手紙というのは、勝手に開けちゃいけないということになってます。郵便法と刑法の中で、まず郵便法で郵便屋さんも宛名にない他人も郵便の中を開けちゃいけませんとなっている。それから刑法では、信書開封罪という刑法の罪がありまして、個人宛の手紙(信書)は受取人しか開封してはいけないとなっています。
「じゃあメールはどうなの?」って話なのですが、先述したように送信されてサーバーから届くまでの間は電気通信事業法という法律があるため、事業者は中を見てはいけないということになっている。ところが、届いた後は「?」だったわけです。メールが当たり前の時代なのに変な話ですよね(苦笑)。
智恵莉:
(笑)
山田:
では、そもそもメールは通信の秘密に当たる“通信”に該当するのか……。普通の感覚を持っていたら、通信だと思うんですよ。ところが、戦後にはそういった解釈がなかった。憲法21条が言うところの“通信の秘密”とは、憲法を作った戦後直後に由来するんです。当時は、通信手段として電話や手紙が主流でした。戦後直後は、電話にいたっては通信士がつないでいたような時代、交換手に聞かれるのが当然、ばれてしまうわけです。一方、手紙は宛先の本人以外、開封されなかったんです。
通信の秘密
信書の秘密よりも広い概念であって、封書の内容のみならず、開封の書状、葉書などの秘密を含み、さらに電信電話の秘密をも包摂する。日本国憲法の「通信の秘密は、これを侵してはならない」 (21条2項後段) とは、(1) 公権力によって封書を開披されたり,通信の内容や通信の存在自体 (通信の日時や当事者など) に関して調査の対象とされず (積極的知得行為の禁止) 、また、
(2) 知られてしまった通信に関する情報を漏洩されないこと (漏洩行為の禁止) をいう。
山田:
戦後、憲法の解釈を巡って、メールを含めたその他が通信の秘密の“通信”にあたるかということは、全く解釈されてこなかったんですね。だからこそ、今の時代にこの問題を考えておかないと、このままでは「やったもん勝ち」というか「やられたもん負け」になってしまう。そこで国会では通信の秘密を守るために、「メールはその範疇なのではないか?」ということで、すったもんだしたわけですね。
山田:
内閣法制局が音頭をとり……憲法に絡むことですから法務省だけでは対応できないということがあったんでしょうね。当時の横畠法制局長官も乗り出して動いたみたいです。後日談ですが、相当、この話に関しては内閣法制局の中でもいろいろと揉めたみたいです。
その後、法制局主導で、法制局長官が私の質問に「通信の中に入る」と直接答弁に答えたことで、メールは通信扱いになることになります。これね、いくつかの答弁・解釈の中で歴史上極めて重要なことだと思うんだけど、まったく報道で取り上げられなかったんだよね(苦笑)。私の方からメディアの関係者に、「メールも通信として認められたんです!」ってPRしてくれって伝えたのに……(笑)。これは憲法の解釈としてはすごく大切な内容なんですよ。
智恵莉:
大きな一歩なのに。
山田:
結局、彼ら(表のメディア)からしたらネットやメールはくだらないものだと下に見ているんだろうね。ちょっと残念だったなぁ。そして、もう一点。高市総務大臣との答弁も重要でした。通信の遮断の問題というのがあると思うのですが、今や人間はインターネットなしでは生きていけないところがあります。ですから、勝手に官憲などによってネットを遮断されるようなことがあってはいけないよね、ということで、2016年3月7日の参議院予算委員会で、当時総務大臣だった高市早苗大臣に対して質疑をしました。
お上が通信を遮断するブロッキングは越権行為ではないのか!?
智恵莉:
はい。
山田:
質疑の結果、「通信の遮断は法的にはできない」ということになりました。その際、「フィルタリングはどうか?」という話もしました。直接、通信を遮断しなくても、フィルタリングという形で規制すれば通信はできなくなりますからね。すると、「利用者の同意があれば別であるが、それそのものをフィルタリングとして遮断することはできない」と。
智恵莉:
利用者の同意が必要?
山田:
例えば、親が子どもに対してわいせつなものを見せたくないとか、変なもの見せたくないとか、そういう場合の利用者同意ですね。それ以外の方法で、勝手に通信の遮断をすることはいけないと、総務大臣が答えた。ただ気になることがあるんです。
智恵莉:
なんでしょう?
山田:
内閣府の知財本部で、サイトブロッキング(特定のサイトへの通信を強制遮断する手法であり、フィルタリングよりも強制力が高い)の検討ということを行っていた。テロなどを考慮して国家が通信のコントロールをする、また、違法アップロードを行う海外サイトをブロックするなど著作権の問題も絡んでいたわけですが、個人的にこの件は臭うなぁと。「検討中です」という回答しか得られませんでしたが、その前の答弁で「通信の遮断は法的にはできない」という旨の回答を聞き出していたので、結果的にサイトブロッキングにも釘を刺せたのは、ファインプレーだったかなぁと。
山田:
今、非常に気がかりなのは、国際的に通信の秘密がどんどん守れない状態になりつつあることです。一番深刻と言われているのがロシア。中国は最初からないような状況ですが、最近ロシアがLinkedIn(リンクトイン)をコントロールしたりとか、国内にサーバーがないものに関しては禁じるなど、かなり積極的にコントロールしている背景があります。それからイギリスも“覗き見法”などと揶揄されましたけども、通信傍受に関する強い規制の法律ができました。これはテロなどの関係の中から、いわゆる裁判所の令状なしでも通信の内容を「見ることができる」という法律を通しています。世界的にこういった動きがある中で、日本がどういう対応をしていくか気になるところなのですが、山口先生はこの点はどうお考えでしょうか?
山口:
刑事訴訟法111条の「その他必要な処分」って結構怖い話なんですよね。錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができると言っていますから、あくまでも主体は警察もしくは警察の委託を受けた人となるわけです。基本的に、他人に対して必要な処分を強制することができるということを想定している条文ではないんです。確かに、例えばガサ入れを行ったときにどうしてもドアが開かない……じゃあ引き返しますか? っていうとそういうわけにはいきません。そうなるとその場で鍵を開ける、場合によってはドアを壊して入るなど、そういうことを行う必要が出てきます。
山口:
さっきのAppleとFBIの話は、FBIの方が自分で開けられないのでAppleに対して「iPhoneのプロテクトを解け」と言っているわけです。それと同じようなことを、日本の警察が日本のプロバイダなどに命令できるのか? という問題があるわけです。ですが、やはり命令はできないと思うんですよね。警察の方で、例えばサイバー犯罪対策課などが自らの総力を結集してやる、またはそういったことが可能な民間業者に委嘱することは、おそらくは範囲ギリギリのところにあると思います。ですが、プロバイダに対して無理やりやらせることは厳しい。
智恵莉:
そうなんですね。
山口:
というのも、他人に対して「協力しろ」と命じることができる権限がよく分からないんです。それからもう一つ。通信の遮断の問題について言えば、通信の秘密とダイレクトに絡む理由が、通信を遮断する=どこにアクセスしようとしているか把握する、ということが前提になる。著作権を侵害するようなサイトにアクセスしている、児童ポルノのサイトにアクセスしてる、それって通信事業者の誰かが漏らさない限り、遮断することができないわけです。実はサイトブロッキングは、児童ポルノのサイトに関してはすでに行われています。その際、なぜそれが正当化されるか? と言えば、緊急避難だというわけです。
山口:
サイトがあって、現にリアルタイムに人権侵害が継続している。被写体となってる子どもの人権を守る方法はブロッキング以外にない、と。だったら、やむを得ないよねという理屈なんですね。限定的な理屈ではあるけれど、確かにこの理屈であれば否定しにくい。ただ大前提として、他の手段がないってことなんです。本来の趣旨で言えば、そこに児童ポルノがあると分かっていれば、プロバイダに対して警察の方で摘発する……それがあるべき本来の姿。
ところが、警察の摘発も間に合わない、サービスプロバイダの方も削除に応じられない(その力を警察が持っていない)、というような極限的な状況ですから、特例としてサイトブロッキングが行われているわけです。
智恵莉:
う~ん。
山口:
著作権侵害についても、本当に当事者間で処理できない、警察の方でもどうにもならない、という極限的な場合であっても、それを認めるほど強い権利侵害性があるかのか? ということが問題になる。児童ポルノの場合は、子どもの人権の問題という大きな論点がある。ところが、著作権の問題……人格権もあるとは思うのですが、主な問題は結局お金の問題なんですね。それにもかかわらず、強い例外を認めていいものなのかなぁと。
山田:
(頷く)
山口:
逆に言うと、業界の著作権を守りたい……その気持ちは分かるんだけれども、そのためにサイトブロッキングを含めた通信規制という大事なものを明け渡していいのかなと思います。山田先生以外にこういう問題意識を持っている国会議員が非常に少ないのは残念です。とは言え、一生懸命作ったものを盗用される話を聞くとかわいそうですから、なんとかしたいという気持ちはあります。ただ、もう少し広い視点を持ってほしいと僕は思うんですね。
山田:
この話をしていたときに、すぐ刑訴法の197条の話にすり替えられたんですよね(苦笑)。
第百九十七条
③ 検察官、検察事務官又は司法警察員は、差押え又は記録命令付差押えをするため必要があるときは、電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者に対し、その業務上記録している電気通信の送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し、三十日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面で求めることができる。この場合において、当該電磁的記録について差押え又は記録命令付差押えをする必要がないと認めるに至つたときは、当該求めを取り消さなければならない。
山田:
「協力を求められる」って書いてあるわけですが、強制的にいわゆる令状も取らずに開けることができるのかなどは、197条には当たらないんだけど、官僚たちが「先生、大丈夫だから納得してください」みたいなことを延々と言ってくるんだよね(苦笑)。「197条の話はしてない」って言っているのに、向こうが理解してないんじゃないかって疑いたくなるくらい、立法府の中で法律論をやると大変。弁護士出身の国会議員は多いんだけれども、意外とそういう人って弁護士出身だって言われたくないのか、あんまり法律の話を振り回さないんだよね(笑)。私は経験上、国会議員というのは法律の条文が読めないと商売にならないなと思いました。経験も頭もある官僚によって言いくるめられてしまう。そういう人も多いんだろうなぁ。
智恵莉:
(笑)