【全文書き起こし】Kindleアンリミテッドに限界はくるのか? 出演:津田大介×西田宗千佳×福井健策×現役出版社社員【ニコニコニュース特番】
今年8月3日から日本でのサービスがスタートした「Kindle Unlimited」。月額980円で和書12万冊以上、雑誌240タイトル以上、洋書120万冊以上の電子書籍が読み放題というサービスは大きな話題を呼んだが、ふたを開ければトラブル続き。
Amazonの独断によって読み放題対象書籍が大幅縮小されるや、講談社、徳間書店、小学館の怒りはリミットを超え、抗議文を発表するまでに。いったい何がそんなに彼らを怒らせたのか。 「Amazonがダメなのか?」「それとも読み放題サービスに限界があるのか?」「そもそも電子書籍ってどうなのよ!?」
津田大介&西田宗千佳のジャーナリスト2名に加え、著作権法を専門分野とする弁護士・福井健策、現役の覆面出版社社員・平田(仮名)の4名がAmazonに翻弄される出版業界、Amazonの支配力の現状を語り尽します!
2016年現在の電子書籍の現状は?
津田:
まず「Kindle Unlimited」のおさらいをしたいのですが、なぜこのような状況になっているのか、西田さんに電子書籍市場の解説をお願いしてもいいでしょうか?
西田:
「Kindle Unlimited」がスタートする前に、日本でも電子書籍の読み放題サービスというのは存在していました。特に、ある程度シェアがあって成功しているのは雑誌系です。
津田:
NTTドコモの「dマガジン」などは有名ですよね。そもそも、電子書籍は毎年“電子書籍元年”が続いているような状況でしたが、本命とも言えるkindleが上陸して3、4年が経っています。現在の日本の電子書籍市場の概況はどのようなものなのでしょうか?
西田:
とても好調ですね。電子書籍の考え方では、単品で売れている電子書籍を一つずつ買っていくケースと、サービスの中で読み放題になっているケースがあります。スマートフォンで人気を博す読み放題のサービス、例えばコミックの場合なら無料で読み放題のものもあれば、月額で読み放題のものもあります。そういったもので利益を上げる一方、一冊ずつ電子書籍が売れている背景もかなりあるんです。
電子書籍の全体の売り上げの内、どれくらいかというと出版社にもよりけりですが、例えば一人の作家の本が売れる中で電子書籍が占める割合が10~15%、それ以上というのは珍しいことではなくなっています。電子書籍そのものがビジネスになっていないということはまったくないですね。
津田:
出版業界全体では、電子書籍は紙の本と比べて2割くらいの規模になってきているとは言われていますよね。
西田:
コミックを含めて言えば、もっと多くなっています。色々な試算がありますけど、だいたい1500億円の規模などと言われていますね。
津田:
マンガなどは何十巻となると置く場所がなくなります。電子書籍ともなればまとめ読み需要が高くなるのかな、なんて思いますね。
西田:
非常によく利用する人は100冊、1000冊の単位で買うようになっていて、使わない人はよく分からないから全く使わないという両極端な世界です。定着している人にとっては定着している。僕自身、購入する本の6割は電子書籍になっている感があります。紙でしか売られていないものは紙で買いますが、電子化されているものに関しては電子書籍で買っています。
津田:
両方あったら電子書籍で買うような形ですか?
西田:
ですね。仕事柄たくさん本を購入しますので、置くスペースなどを考慮すると電子書籍の方がいいだろうと。
津田:
もう一つ。出版業界全体的な状況で言うと、書籍以上に雑誌の落ち込みがひどい。そういう中で「dマガジン」のような雑誌読み放題のサービスが出てきているわけですが、これは出版社の利益になっているのでしょうか?
西田:
非常に大きな利益になっています。すでに雑誌の売り上げの中で、売れているものとそうでないものがあるため一概には言えませんが、「電子書籍において雑誌の読み放題がないと、編集部は困る」というレベルにはなっています。
津田:
そうすると出版社にとって、雑誌の読み放題サービスは歓迎すべきことになっているわけですね。
西田:
販路として、特にスマートフォンがあって簡単に本を読めるということも大きいです。
津田:
平田さん、出版社の立場から見て、電子書籍が伸びてきた状況をどのようにとらえていますか?
平田:
例えば「dマガジン」のような雑誌の読み放題サービスで言いますと、週刊〇〇、女性〇〇のような女性誌が「dマガジン」で読まれるとなると男性読者の比率が上ったりして、その分売り上げが純増になるということがあります。
津田:
昔、BLなどをデジタルで売り始めたら男性が結構購入した……なんて話に近いかもしれませんね。
西田:
そういう意味で言うと下世話な雑誌、ネタとして下世話なものを扱う「週刊文春」や「FRIDAY」などは、読みたいと思ったときにデジタルだとすぐに読むことができるため、実はランキングの売り上げ上位を占めたりします。
津田:
なるほどね。それだけ月500円程度であれば全然払うよ、という人は多いというわけですね。さて、それではそういう状況を踏まえて、なぜ今回「Kindle Unlimited」は混乱を招いたのか!? なぜ揉めているのか!? ということなのですが西田さん、一言で言うとどういうことなのでしょうか?
Amazonがおかした2つの読み違え
西田:
Amazonが失敗したからです。読み違えたということですね。
津田:
何を読み違えたのでしょうか?
西田:
まず一つ目は、「どれだけたくさんの人が読むか」を読み違えたこと。もう一つが、「何がたくさん読まれるかを読み違えた」ということです。Amazonが考えている以上に圧倒的に支払いが増えてしまったんですね。
津田:
サービス全体の売り上げの収益の中から読まれた回数に応じて分配するというのが基本ですから、本来は赤字など出るわけがない。ところが、今回は「Kindle Unlimited」サービスのローンチということでAmazonが特別な条件を出していたということでよろしいでしょうか?
西田:
ですね。その条件とは、出版社に上乗せ料金を支払う契約というものです。出版社もしくは個人で契約している方によっていくらなのかという契約の条件は違いますが、まず今年の年末まで本一冊を「Kindle Unlimited」に提供すると、その本が読まれた場合、普通に電子書籍として売るときと同じ料金を払いますというものだった。
もう一つ、「Kindle Unlimited」の中では何ページ読んだらその本を読んだとみなすかという問題があります。本来は1ページ単位でカウントしていくのですが、「Kindle Unlimited」における出版社向けの条件として、10%読んだら一冊分読んだとみなしましょうとなっていたと聞きます。
津田:
なるほど。どこまで読んだかということをクラウドに記録できますから、Amazon側もそういう条件を提示したのでしょうね。
西田:
例えば200ページの小説であれば20ページまで読みました。続きが読みたいから買いました。という個人の情報がAmazonも分かるわけですね。逆にそれ以前で止めてしまったら、立ち読みのようなものですからお金払わなくていいよね、という考え方だったわけです。ですが、読むスピードが速いものに対する認識が甘かった。
津田:
つまりマンガ……
西田:
マンガ、写真集、そして雑誌。この3つに関しては読者はどんどん読めてしまう。1割読んで面白くないから止めたとなるものが、進みすぎて読んだ扱いになるためAmazonはお金を支払う必要が出てくる。
津田:
本来であれば総売上の分配の話であるはずが、とにかく出版社にも参加してもらいたいから、期間限定で読まれた数に応じてAmazonが上乗せ料金を払いますよ。だから「Kindle Unlimited」に参画してくださいという魂胆だった……。
西田:
ところがあまりに多くの人が来て思った以上に読まれたため、想像以上の上乗せ料金が発生する事態になってしまった。Amazonは読み違えたということですね。
津田:
それに加えて、日本人のマンガの電子への移行が進んでいるということも言えますよね。
西田:
非常に進んでいますね。kindleというサービスの中で、ここまでマンガや雑誌、写真集が読まれる国ってないんですね。欧米では小説をはじめとした文芸が多いんです。
津田:
そういった日本の特殊なマーケットを理解せず出版社に大盤振る舞いをしてしまったところ、当初のプロモーション費用を越えてしまった。これ以上読まれると厳しいということで、Amazon側が勝手に削除をし始めたということで間違いないでしょうか?
西田:
そういうことです。
津田:
それはおかしな話ですよね。このあたり平田さんどう思われます? 事実関係含めて教えていただければ。
平田:
まず2015年くらいから西田さんが仰っていたような形で条件の提示がありました。「一定期間上乗せ条件でお支払いいたします」と。こういうケースというのは過去の読み放題サービス開始時にもいろいろありました。初月何千万円用意しています、たとえユーザーが一人しかいなくても皆さんに読んだ分でお分けしますよという提示は過去にもありました。
津田:
読み放題や電子書籍のサービスというのはカタログを提供してくれないことには人を集めることができないから、そこに参加してもらう代わりに、最初は多めに出しますよということが珍しくないわけですね。
平田:
そうですね。ただ他のサービスと違うなと思った点がありまして、「Kindle Unlimited」は新刊を売り伸ばすプロモーションにぜひ使ってくださいと。
津田:
読み放題を?
平田:
はい。例えば既存の作家さんの1巻であったりとか、過去シリーズなどを出していただいて、ぜひ新作のプロモーションに使ってほしいというわけです。
西田:
「過去のベストセラーを出してください」という言い方をしていたと私も聞きました。3~4年前のベストセラーだと本来はあまり動かないはずが、「Kindle Unlimited」に入れれば動くので是非という働きかけ方です。
法律的な問題と講談社の抗議文の意図
津田:
プロモーションになるし、「Kindle Unlimited」で読まれることで収益にもなりますよってことだったんですね。そうなると福井さんに伺いたいのが、Amazon側と出版社側の契約、出版社によって細かい条件は異なると思うのですが、当初予定されていた年末までは読まれた回数に応じて上乗せ料金を払うという約束が反故にされている点です。しかも講談社には断りなく削除している。それに対して講談社が改善を求める抗議文を発表したところ、Amazonは懲罰的に全作品を取り下げる行為を行った。これは契約としていかがなものか気になるのですが。
福井:
懲罰かどうかは分かりませんし、個別契約に関しても分かりかねますが、一般論すなわちプラットフォームと出版社との間で言うと、提供された電子書籍のどれを売るか。また、どの場所に売るかというのは、プラットフォーム、今回で言えばAmazonが自由にできるというケースが多いのは事実です。そういった典型的な契約のままならば、止めてしまうこと自体がイコール契約違反ということにはならないと思います。
津田:
Amazon側もそういうことができる余地を残しながらの契約だったのかもしれませんね。
福井:
ただしポイントが三つあります。一つは何か特殊な条件はなかったのか? ということ。二つ目は一方的に止められるという条件が事実だとしてもそれが独禁法などの問題にあたらないのか? ということ。つまりAmazonという強大な力を持つ企業が存在するなかで、彼らを無視して電子書籍を売るという選択肢はなかなかない。乗らざるを得ない契約の中で条件がAmazon側に有利であるとすれば、それは独禁法上、「一応、大丈夫か?」という問題になります。
津田:
難しいですよね。Amazonはkindleの販売チャンネルであると同時に、紙の本でも最大のチャンネルです。出版社の人に話を聞くと、Amazonって新品と中古が同じ画面で売られますよね? それゆえ昔はそれがネックになって、直取引がなかなかできなかった背景があると。今では取次などを外して、Amazonと出版社が直接取引を行うようになったと聞きます。西田さん、出版社にとってAmazonという存在はやはりなくてはならないということでしょうか?
西田:
出版社の性質によってだいぶ違うと思います。メジャーな雑誌や漫画を売っている出版社は、kindleでの売り上げより書店での売り上げのほうがずっと多いわけです。ただし、マイナーな本やマニアックな書籍は本屋さんが縮小している昨今では棚に並べてもらえない現状があります。そういう場合はAmazonで探して買おうという人がいるわけですよね。
津田:
ロングテールという効果もありますからね。
西田:
僕のような本も然りです(笑)。
津田:
そんなことないでしょ(笑)。たしかに、レジの横に平積みされている本とは違うでしょうけど。
西田:
そういう本に関してはkindle、電子書籍は非常に助かるわけです。一説には50%近いシェアがあると言われているほどです。
そうするとAmazonがどういうビジネスをしようとしているかということを忖度せざるを得なくなるわけです。
福井:
「受け入れざるを得なくなる」のであれば、一応独禁法の問題は浮上する。だけど、売るか売らないかはサイトの自由となると、なかなか独禁法上、無効ということにはならないですね。売らないという契約は、出版社とAmazonとの契約上できうる可能性は一般論としてはあるんだけど……
そこで三つ目のポイント、「ユーザーに対してそれでいいの?」という問題が浮上します。突然止めてしまうことや、ランキング上位の作品から外していくことがユーザーに対していいのか? ということ。「Kindle Unlimited」というコンテンツに期待して加入したユーザーに対する責任はどうなんですか? と。
西田:
非常に見事なはしごの外し方になっていますよね。ユーザーの期待に対しては、不公平なんじゃないのかと思いますけどね。
津田:
講談社がこういった抗議文を発表した背景も、ユーザーや著作者に対して「せざるを得なかった」ということがあるのかもしれませんね。
福井:
我々の本意じゃないよということを告げたかった可能性はあるでしょうね。
津田:
平田さんは、今回の講談社の抗議文に関してどうお考えですか?
平田:
声明については非常に同調している出版社は多いと思います。「著作権者との間で合意している提供書物が、著作権者の方々に事前に説明させていただくことなく、サービスから消えることとなり……」と記述されています。電子書籍を出す際に、我々出版社は著者に電子書籍で出しますよという契約を結ばなければないません。
おそらく講談社は著者と「Kindle Unlimited」に対して別途、新規で契約を結んだのではないかと思います。「Kindle Unlimited」を一生懸命売っていきたいので、著者の方も協力してほしいという旨を伝えていたのに、あっという間にストアから外されたことにやりきれなさを感じたのでは。しかも世間の反応は、出版社が自主的に落としたかのような捉えて方をされている。これは納得できないと思いますね。
津田:
ただ、講談社は早い段階から「Kindle Unlimited」に乗っていましたが、他の大手出版社の中には乗らなかったところも多いんですよね? 乗る乗らないの判断として、出版社はどういう思惑があったのでしょうか?
平田:
読み放題サービスにおいて過去の成功例は確かにあります。そのためビジネスになると考えた出版社もあるでしょう。一方、提示された条件では厳しいと判断した出版社もあるはずです。その判断はかなり各社で割れたのではないかと推測できます。もう一つは、Amazonは外資企業なので非常に期限が短く、著者との契約が間に合わなかったという背景もあると思います。
津田:
コメントを見ていると、「Amazonが調子にのっているだけでは?」「法的な問題はないのか?」という意見も目立ちます。Amazonのセルパワーが強すぎるがゆえに、出版社に対しても徐々にAmazon側が有利な条件に変わっていき、しかも契約が変わってもその内容を飲まざるを得ないという状況もあるように感じるのですが、こういう場合、どこまで法的に問題ないのでしょうか?
福井:
対ユーザーで言うと、Amazonが「読み間違ったんだ」「意図的じゃなかったんだ」と主張すれば故意はなかったことになります。ただし、今回は「Kindle Unlimited」を開始した1週間ほどで作品が減少していると聞きます。さすがにこれは対応が早すぎるような気もします。もしAmazon側に「予算を越えたら作品点数を除外していく」という意図があったんだとすると、対ユーザーとしては法的な問題が生じるかもしれない。