3時間連続で“うさぎ跳び”を強制された野球部員たちの悲劇。昭和の名物トレーニング禁止のきっかけになった腓骨疲労骨折事故を解説
今回紹介するのは、ゆっくりするところさんが投稿した『【1978年静岡】「タラタラするな!」3時間連続でうさぎ跳びをさせられた中学生たち…「うさぎ跳び疲労骨折事件」【ゆっくり解説】』という動画では、スパルタ指導の代名詞「うさぎ跳び」により発生した骨折事例について解説しています。
■昭和のスパルタ「うさぎ跳び」はなぜ消えたのか
魔理沙:
さてと、今回紹介するのは、以前から多くのリクエストがあった「うさぎ跳び」に関する事例だ。
霊夢:
うさぎ跳び? うさぎ跳びってトレーニングとかのやつ?
魔理沙:
ああ。うさぎ跳びは足腰を鍛えるトレーニングとして、かつてわが国で広く行われており、体育指導者に好まれていた種目の1つだが、現在ではその危険性から、ほとんど採用されていない。
霊夢:
危険性……。
魔理沙:
かつては文科省から禁止措置を検討するといった発表がされるほど、うさぎ跳びによってケガをする人が多かったんだ。今回の事例は、うさぎ跳びを見かけなくなったきっかけとなる事例になる。
ただ今回も例によって、その紹介の一部でショッキングな表現をせざるを得ない部分がある。それに、これはあくまでも概要を伝えるものであり、すべての事柄を詳細に、正確に解説する動画ではない。なので、以上のことを理解し、了承できる人のみ視聴・コメントしてくれ。
霊夢:
おっけーおっけーだけど、ケガの状態とかあんまり怖い感じに伝えようとするのやめてよね?
魔理沙:
ワカッテルワカッテル。
霊夢:
それならいいけど……。
魔理沙:
ヨシ、それじゃ早速本題に入ろう。本州中部の太平洋沿岸に位置する、「静岡県」。県の北東部には日本最高峰の山、富士山が聳える場所。
夏から秋にかけて台風の影響を受けやすく、沖合には日本海流である黒潮が流れ、冬でもあたたかな気候となっている。
1978年の夏。そんなここ静岡市内のとある中学校では、夏休みを利用して、野球部の練習が行われていた。部の顧問をしていた男性教諭「Aさん」は、学校近くにある野球場に部員たちを集め、彼らを鍛えていた。
霊夢:
夏の部活とかきつそうね……。
魔理沙:
部員たちはバッティング練習などを行っていたが、あまり練習に熱が入っていないように思え、その様子を見たAさんは憤りを感じていた。
霊夢:
う……こわぁ……昔の先生って怖そうよね。
魔理沙:
ああ。Aさんはスパルタ教育の代名詞のような教師で、生徒たちの間でも恐れられている人だった。そこでAさんは部員たちに向かって、「なにタラタラやってんだ! 集合しろ!」と呼びかけ、部員たちを集めた。
「お前たち気合が入ってないぞ!」「集中しないならなぁ、練習する意味ねぇんだよ!」と語気を強め、「よし、お前ら今からうさぎ跳びだ」と続け、彼らにうさぎ跳びのトレーニングを始めるよう、指示を出した。部員たちは直ちにAさんの指示で、グラウンドのベースをうさぎ跳びで周りはじめた。
霊夢:
厳しいなぁ……。
魔理沙:
ベースを1周するには、およそ110mの距離になり、彼らは1列になってこのコースをうさぎ跳びで跳び続けた。
霊夢:
ヒィィィィ! きつすぎる。
魔理沙:
うさぎ跳びは簡単にいうと、膝を曲げてしゃがみ込むような体制になり、手を後ろに組んだ状態で、前方に跳ねて移動するトレーニングだった。これは見た目以上に膝に負荷がかかるため、ベースを1周するだけで部員たちは疲労困憊。
夏の暑さも相まって、ほとんど拷問に近いような状態だったという。しかし、厳しいことで有名なAさんの指導がその程度で終わるはずはなかった。彼は部員たちにそのままうさぎ跳びをつづけさせ、最終的になんと20周以上、ベースをうさぎ跳びで周らせた。
霊夢:
に、20周!?
魔理沙:
部員たちがこの日行ったうさぎ跳びの距離は、合計でおよそ2200m。約3時間もの間一切の休憩を許さず、水分補給などもさせずに部員たちを飛ばせ続けた。
霊夢:
地獄過ぎる……。
魔理沙:
ようやくこの辛いうさぎ跳びが終わり、この日の練習は終了。部員たちは帰路についた。
霊夢:
よく倒れなかったわね……。
魔理沙:
その翌日。部員の1人である「Bさん」が目を覚まし、ベッドから立ち上がろうとすると、膝にすさまじい痛みが。太ももを見てみると、今にもはちきれんばかりにパンパンに腫れていた。
霊夢:
うぅぅ痛そう……。
魔理沙:
歩くだけで激痛が走るような状態だったので、家族に相談したものの、昨日の練習がきつかったという理由から、両親もケガをしているとは考えず、「筋肉痛だろうし、2、3日したら治るだろう」と、湿布を貼るだけで、医療機関などを受診することはなかった。
霊夢:
う、イヤナヨカーンだわ……。絶対病院行ったほうがいいわよ。
魔理沙:
Bさんはそのまま夏休みの日々を過ごし、1週間以上が経過したが、足の痛みはまだ治まっていなかった。
霊夢:
筋肉痛が1週間って、ちょっと長いわね。
魔理沙:
治るどころか、むしろ痛みは悪化していて、座った状態から立ち上がろうとしたり、膝に力を入れると、悶絶してしまうほどの激痛が走る状態になっていた。この日の痛みは余りに強く、Bさんは起き上がろうとして床に倒れてしまったまま、膝を抱えてうめき声をあげた。
母親が彼の異変に気が付き、足の状態を確認した。変色などは見られなかったが、すねに少し触れるだけで「痛い! 」と叫び声をあげてしまうほどの状態だったため、母親はBさんを近くの病院に連れていくことにした。
霊夢:
筋肉痛ではなさそう。
魔理沙:
すぐに検査が行われ、Bさんのひざの状態が明らかになった。彼が激痛を感じていた原因は、ひざ下の外側にある骨「腓骨」という部分が疲労骨折を起こしていたためだった。
霊夢:
こ、骨折!? 脚が折れてたの!?
魔理沙:
ああ。実はBさんがこの病院に来院する前にも、あの時同じ練習をしていたほかの野球部員たちが脚の痛みを訴え、医療機関を受診し、Bさんと同じく足を疲労骨折していると診断されたり、肉離れを起こして歩けなくなっていたことがわかった。
霊夢:
みんなケガしてたんだ……。
魔理沙:
1週間ほど前の練習で、ケガをしていた部員は15名にも上り、この事件は新聞などにも取り上げられ、大きく報道された。
あのとき、Aさんの指導によってうさぎ跳びをさせられていた彼らは、ベースを数周したあたりから強い足の痛みを感じており、恐らく足が疲労骨折を起こしてひびが入った状態でうさぎ跳びを続けさせられていたため、ここまで症状が悪化してしまったものと考えられた。
霊夢:
イヤアアアアアアアアア! 骨折してるのにうさぎ跳びなんて!
魔理沙:
この事件の影響で、顧問のAさんが行っていた、うさぎ跳びというトレーニングの安全性が調査されることとなり、そこで初めてその危険性が発見された。うさぎ跳びを行うと、着地したときに腓骨に体重が一気にかかり、弓の弦のようにたわむ。
特に腓骨の上部分、ひざに近い所が大きくたわむため、ここに最も負荷がかかる。数度程度ならそれほど問題なかったかもしれないが、あの時彼らは3時間も連続でうさぎ跳びをやらされていた。
そのため、少年たちの腓骨は、まるで針金を何度も折り曲げては戻しを繰り返したときのように、疲労骨折を起こしていたんだ。
霊夢:
ヒィィィィィィ! 想像するだけで怖い!
魔理沙:
疲労骨折をしていた部員ほぼ全員が、丁度この部分を骨折していた。さらに、うさぎ跳びには大きな問題があった。
うさぎ跳びは膝を深く曲げたままの状態で行うため、膝の皿と、ひざ下の脛骨という骨を繋いでいる「腱」が飛ぶたびに強く引っ張られ、骨との接着部分にある軟骨が剥がれてしまうという症状も出ていた。
これは「オスグッドシュラッター病」という病気で、成長に重要な軟骨を損傷してしまう、恐ろしいものだった。
霊夢:
骨だけじゃないんだ……。
魔理沙:
また、膝の皿の裏にある軟骨も、強い力で擦られ続けるので、軟骨が壊れ、日常生活に支障をきたす危険性もはらんでいた。
霊夢:
やばいことばっかじゃん!
魔理沙:
ああ。この時代は筋力アップのために、うさぎ跳びを採用している学校が多く、運動部、特に野球部ではおなじみのトレーニング種目で、人間の筋肉の中でも最も大きな筋肉、大腿四頭筋の筋力アップを目的として採用されていたものだったが、日本スポーツ医学財団によれば、実はこの種目はその辛さの割に、筋力アップ効果が少なく、大腿四頭筋への効果はほとんどないとされており、数ある下半身の筋力アップトレーニングの中でも、非常に効率の悪い種目だったこともわかっている。
霊夢:
いいことないじゃん……。
魔理沙:
実際に、太ももの筋肉である大腿四頭筋はあまり収縮しておらず、きわめて非効率な運動、しかも苦痛を伴う危険な運動だった。また、こういった軟骨や骨などに強い負荷が掛かる種目というのは、うさぎ跳びに限らず、成長期に行うのは推奨されていない。
霊夢:
まだ成長段階で骨とか軟骨に負担がかかるとよくなさそうよね……。
魔理沙:
ああ。骨格をゆがめてしまったり、本来の成長が得られなかったりする危険もあるからな。このような事実が判明し、多くの医師から「危険だ」という声があがったため、文部省はうさぎ跳びの禁止を検討すると発表。
霊夢:
禁止にまでなったんだ。だから今はもうやってないのね。
魔理沙:
ああ。学習指導要領で明確に禁止という記述はないものの、実質的に現在の教育機関では禁止されている。うさぎ跳びの危険が周知されるようになり、その後の1980年代以降は、うさぎ跳びの禁止が呼びかけられるようになり、1990年代末頃になると、ほとんど見かけることはなくなった。
それに、この事件以降、うさぎ跳びが疲労骨折の原因となることは、スポーツ医学会の定説となった。
霊夢:
こんなことが起きて、やっと調べるって感じだったのね……。
魔理沙:
また、このころになると、徐々に海外からの合理的、科学的見地に基づいたトレーニング法などが取り入れられるようになっていき、Aさんのような、非科学的な根性論を基にした、危険なトレーニングなどを指導する教師が減っていった時代だった。
霊夢:
なんか、前に紹介した熱中症の事例でもそうだったけど、そういう根性論みたいなので子どもたちに無理を強いる人って、昔は結構いたんでしょうね……。
魔理沙:
ああ。もちろんすべての教員や人がそうとは思わないが、実際に昭和から平成中期にかけては、Aさんのような教育法を採用している学校も多く、被害を受けた子供たちも多かっただろう。
霊夢:
そういう前例があって、はじめてダメだって気が付くような教育もあるのね……。
魔理沙:
うさぎ跳びはこの当時でも、日本以外の国で教育に取り入れている国はないといわれているくらい、非合理的なトレーニング方法だった。
霊夢:
それなのに、どうしてそんなものやろうとしてたの?
魔理沙:
うさぎ跳びはかつて軍事訓練のプログラムの一環で、その流れで教育にも取り入れられたという説もあるが、はっきりとした理由は判明していない。
だが、この当時は科学的な効果がどうこうよりも、とにかく辛いトレーニングが良いとされている時代、根性論が横行していた時代だったので、当たり前のように行われていたんだろうな。
霊夢:
そういう精神論者にとってはちょうどいいトレーニングだったってわけね……。
魔理沙:
精神的に強くなるための教育を否定するつもりはないが、それはあくまでも、生徒の体や心を傷を傷つけないという大前提があって初めて成立するものだ。
真夏の炎天下で激しい運動をさせ、それが終わるまで水分補給を許さないといった、前時代的で非科学的な指導法などは、非効率極まりないし、児童や生徒の命を奪う結果にもなりかねない、恐ろしいものだ。
霊夢:
ほんとね……でもこういう事例があったから、今の教育現場が昔よりも安全になってるんでしょうね。
魔理沙:
そうだな。だからこそ、こういう事例は忘れちゃいけないんだぜ。
昭和の時代に当たり前のように行われていた「うさぎ跳び」。現代では研究が進んで、筋力アップの効率が悪く怪我のリスクが高いこともあり、今では全く見かけなくなったという話でした。
この解説をノーカットで聞きたい方はぜひ動画を視聴してみてください。
『【1978年静岡】「タラタラするな!」3時間連続でうさぎ跳びをさせられた中学生たち…「うさぎ跳び疲労骨折事件」【ゆっくり解説】』
―関連記事―
・“遅刻を絶対に許さない”異常な校風が招いた死亡事故。学校の隠ぺい体質も話題になった「神戸高塚高校校門圧死事件」を解説
・下着の色を検査…法の裏付けのない“ブラック校則”が増え続ける理由は親にあり!?「問題が起きた時に学校を責める保護者から自衛するため」