「第76期名人戦」PVのために書き下ろされた先崎学九段の『昇る落日』と題した文章を公開
4月11日(水)から開幕した「第76期名人戦 七番勝負」。佐藤天彦名人に挑戦するのはA級順位戦で前代未聞の6者プレーオフを制した羽生善治竜王。
佐藤名人が防衛して3期目の名人位を獲得するか、それとも羽生竜王が奪取しタイトル通算100期を達成するのか、名人対竜王という対戦カードとなった今回の名人戦は例年以上に注目を集めています。
niconicoでは「第76期名人戦」を全局生配信するとともに、11日には名人戦のPV(動画はこちら)を公開。そのために書き下ろされた先崎学九段の『昇る落日』と題した文章の全文を掲載します。
『昇る落日』
先崎 学
長い冬が終り、日本人のこころの花、桜が散って名人戦がはじまる。葉桜の下、佐藤天彦名人、羽生善治竜王は、日本一の将棋指しの座を賭けて闘う。名人の称号。それこそは、すべての棋士、奨励会員、そしてすべての棋士を目指す子供たちの憧れのものだ。
羽生は常にトップにいるうちに、どこが全盛期かついに分らなくなった。不調になっても押し返すその姿は、寄せては返す波のようだ。夕陽かと思ったら、いつの間にか朝日に見えてくる。みんな、ア然としながら戸惑う。
持って生れた才能で易しく勝っているかと思う人も多い。しかしすべての棋士は知っている。羽生が沈まぬ太陽でいるために、どれだけもがき苦しみ、毎局毎局歯を食いしばっているかを。
羽生はいつも変革者で革命家だった。まだ荒っぽかった将棋界を、彼は自分が勝つことによって変えてみせた。不世出の大名人大山康晴が近代の将棋界を作ったように、羽生は現代の将棋界を作った。そして今、すこし前ならば、近未来だったAIの世界の中で泳いでいる。
佐藤は何が何でも負けられない。相手は歴史に残る大棋士だが、彼には年令差という強みがある。あらゆる世界は、毎日陽が東から昇るように、新しい時代を若者が作るのを求めている。名人が時計の針を逆回転させてはいけない。
藤井聡太が出てきた時、羽生は、彼ならばこの世界を健全に回してくれると思ってホッとしたはず。そんな相手に「冗談じゃない、俺たちだっているぞ」と見せつけられるかどうか
僕を含めたすべての棋士、奨励会員、ファンは、ゆっくりとふたりの決闘を見させてもらうよ。日本のもっとも美しい文化のひとつ将棋。つまりは日本でもっとも美しい勝負を。