懐かしくも新しいキャラクター造型への野心的な挑戦 「パトレイバーREBOOT」吉浦康裕×浅野直之対談
なぜみんな『パトレイバー』をリアルアニメと思うんだろう?
——浅野さんがキャラクターデザインで今回こだわった点は?
浅野氏:
ゆうき先生のコミックスの80年代っぽいマンガチックな表現を最初は入れていたんですよ。ベルトの位置が高くて、肩にちょっと肩パット入れているような感じ。それを出すべきか自分でも迷いはあったんですけど、吉浦さんからは「シルエットは今っぽくしてもいいですよ」という感じで。
吉浦氏:
確かそんな感じでしたね。
——『パトレイバー』は長期連載なので、絵柄の変化も大きいですが、どの時期の絵柄を重点的に拾った形ですか?
浅野氏:
お話をいただいて、さっそく練習しようと思って昔のコミックスを買って練習したんですけど、連載初期は絵柄が80年代っぽい印象なんですよね。
吉浦氏:
ちょっと丸い感じで前作の『(究極超人)あ〜る』を引っ張ってる感じですよね。
浅野氏:
個人的には初期のかわいらしい野明が好きで、8巻ぐらいまでの絵柄ばっかり意識していたんですけど、だんだん後期の絵も見て、ゆうきさんの癖みたいな要素を描いてみたりしました。
吉浦氏:
僕はどちらかと言うと『パトレイバー』は後期の絵のイメージで、後半に行くほどシャープになっていくんですよね。今回は結果的には後期のデザインに近くないですか?
浅野氏:
結果的にそうなりましたね。
——吉浦さんは今回、劇場版1作目のテイストを意識したそうですが、キャラクターデザインの面であまりそこは意識せず?
浅野氏:
ああ、そこは意識しなかったですね。
吉浦氏:
絵柄に関しては『パトレイバー』のなかでもかなり新しいことをやっていますね。今回の絵柄を見て「懐かしくも新しい」と言ってくれた人がいて「なんと嬉しいことを言ってくれるんだろう」と思ったんですけど、ゆうきさんの絵とはっきりわかる上に、現代にマッチしているんですよね。
浅野氏:
僕がちょっと心配だったのは、ゆうきさんの崩し顔ってあるじゃないですか。鼻がなくなるとか。マンガだと自分のスピードで読み進められるんだけど、アニメって流れていくものだから、急に崩し顔になったら見ている人が違和感を感じるかもしれないかなとは思いました。
吉浦氏:
ゆうき先生からキャラ原案の表情パターンをいくつかいただいたときも「この崩し顔は(画面内に占める面積が)ある程度以下のときにしか使えないよね」とおっしゃっていたのですが、そこを浅野さんがデザインの段階でうまい具合に大きな画面であっても成立する崩し顔にリファインしてくれているんですよ。
浅野氏:
確かに原案にはもっと線の少ない崩し顔がありましたね。僕も仕上がりを見てそんなに気にならなかったので、意外と成立するのかなと思いました。『パトレイバー』というとリアルアニメというイメージの人も多いと思いますが、絵柄によるライトさは結構出せたかなと。
吉浦氏:
僕は逆に「なぜみんな『パトレイバー』をリアルアニメと思うんだろう?」って感じることはありますけどね。
浅野氏:
やっぱり劇場版の黄瀬さんの絵が大きいと思います。ほかにも今(敏)【※】さんとかも参加していて、実際のカメラのレンズの要素を積極的に取り入れていたので、その辺をリアルに感じるんだと思いますけど。
※今 敏(こん・さとし)
アニメーション監督。代表作に『パーフェクトブルー』、『パプリカ』ほか世界的に評価が高い。『パトレイバー』劇場版2作目にはレイアウトを担当。2010年8月24日逝去。
吉浦氏:
仮想カメラをアニメに持ち込みましたよね。レイアウトに関しては本作でも一応リアリズムに徹してはいるんですよ。劇場版2作目の画面構成とはまたちょっと違って基本はライトなんですけど。
ゆうきまさみの美学にも通ずるキャラクター表情とは
——浅野さんとしては、ゆうき先生の絵を実際に動かす作業はいかがでしたか?
浅野氏:
すごくやりやすかったです。自分は違和感なく取り入れられましたね。
吉浦氏:
浅野さんのセオリーとも近しかったんですかね。
浅野氏:
そういうのはあると思いますね。自分のなかでも合う、合わないはあるし、これは描けないというラインはあるんですよ。似せようとしても似せられないというか。
吉浦氏:
浅野さんの絵は『ドラえもん』【※】でも『おそ松さん』でも、一見記号的に崩した絵のようで、その裏にちゃんとしたデッサンが透けて見えると言いますか。骨格があった上で崩しを入れてる感じがすごくしたんですよね。
※ 『ドラえもん』
浅野は『ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史』(作画監督)、『ドラえもん のび太の人魚大海戦』、『ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ天使たち~』(総作画監督)など、リニューアル後の劇場版で活躍。
浅野氏:
ありがとうございます。確かに骨格は意識していますね。ドラえもんも普通に考えたら骨格がおかしいんですけど、アニメーターの面白味としてそこにいかに骨格を入れていくかという作業は楽しいですね。そこは先駆者の小西賢一【※】さんの影響もすごくあります。小西さんのあの上手さに憧れている部分があって、線は少ないけど立体感や奥行きを出すのは結構楽しんでやってますね。
※ 小西賢一
アニメーター。『ドラえもん のび太の恐竜2006』、『かぐや姫の物語』(作画監督)『鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星』(キャラクターデザイン・総作画監督)など。
吉浦氏:
そこは、ゆうき先生の絵柄の美学にもかなり通じますね。
浅野氏:
あとはマンガのコマの一枚絵として成立している表情をアニメーションで動かしたいというのもありますね。崩れた顔を動かすところに面白さがあるという。
吉浦氏:
1号機のコクピットで後半にパイロットがグワッとなるカットがあるじゃないですか。あそこの顔芸でびっくりした。ゆうき先生の崩し方ではないんですけど、浅野さんは一度自分のなかに落とし込んで消化してるので、その崩し方がゆうき先生っぽく見えちゃうという不思議があって。
浅野氏:
そうかもしれないですね。
吉浦氏:
コンテでは「『人狼(JIN-ROH)』【※】みたいに」って書いてたんですけど(笑)。
※『人狼(JIN-ROH)』
2000年公開。脚本・押井守、監督・沖浦啓之。手描きアニメとしてリアル路線の最高峰とも呼ばれる作画、画面づくりが名高い。
浅野氏:
それに引っ張られたかもしれない。『人狼』を思い浮かべて歯ぐきを描いた気がします。ゆうき先生の絵って受け皿が広いんで、結構どういう表情にしても成立するような感じがしますね。
吉浦氏:
ゆうき先生がそもそも顔のバリエーションが多いですし。
浅野氏:
多いです。コミックでも急にリアル寄りになったりするじゃないですか。
吉浦氏:
影の入れ方も的確なんですよね。
——今回モブ(群衆)にも、ゆうき作品のモブキャラが使われていますが、作業としては吉浦さんから浅野さんにオーダーした形ですか?
吉浦氏:
僕のほうで7、8割がた、どのモブでどのキャラをモチーフとするかは決めたんですよ。やっぱり描く側は迷うじゃないですか。「なんでこのキャラ選んだんだよ」と文句を言われようが、あらかじめ決めておいたほうがまだいいんですよね。
浅野氏:
「ここの後ろのおじさんはこのキャラ」って決めてくれてたんで、僕はすごく助かりました。自分はモブを描くのが好きなんですよ。ゆうき先生のマンガもモブの魅力があったので「これはモブが楽しめるなあ」と思って、細かいところも描いて楽しんでいましたね。
吉浦氏:
そう言えばモブの服のロゴとか描いてましたもんね。面白いからいいんですけど、当時は「なんでそこにこだわるんだろう?」と思いながら(笑)。
浅野氏:
大友克洋さんのマンガの……。
吉浦氏:
ああ、モブのひとりが有名な赤いジャケットを着てましたね。「やばいやばい!」って色だけ直して(笑)。
浅野氏:
「なんで赤にしてくれなかったんだ!」と思ったんですけど(笑)。
吉浦氏:
あれ、目立ちすぎるんですよ。別にパロディで怒られはしないんでしょうけど、イングラムを見せるべきカットでモブキャラに目が行くのはまずいと思って。あとじつは今回の作品って臨場感を出せば出すほど、「これだと人が死ぬんじゃない?」というレイバー犯罪のシャレにならなさが目立ってくるんですけど、それをうまく緩和しているのがモブキャラだと思っていて。レイバーの足スレスレを逃げるキャラがゆうき先生のタッチで「うひゃ〜」って逃げてたら、なんか許せるじゃないですか(笑)。
——『パトレイバー』は基本的には人が死なないテイストで演出されていますからね。
吉浦氏:
今回はとくにライトに行く方向性でしたし、ゆうき先生のモブでよかったなとあらためて思いました。あとマンガ版を調べて思ったのは、男性のモブは多いんですけど、女性のモブは少ないんです。最初は『パトレイバー』の中から探すつもりだったんですけど、主婦のモブはゆうき先生の他の作品から持ってきたりもして。
——メインキャラについてもお聞きしますが、以前の対談ではゆうき先生のマンガのキャラからイメージを決めていったというお話でした。
吉浦氏:
そうですね。全部新キャラで行く企画なので『パトレイバー』から外れない絵にするには、ゆうき先生のほかのマンガのキャラをモデルにするのが一番合理的だったんですよね。ゆうきマンガのキャラらしい言い回しや立ち居振る舞いもふくめて「こいつだったらこうするだろうな」というイメージも作りやすかったですね。