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先入観にとらわれることの恐怖 佐藤天彦九段―丸山忠久九段:第2期 叡王戦本戦観戦記

プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。

ニコニコでは、初代叡王・山崎隆之八段と段位別予選を勝ち抜いた精鋭たち16名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。

叡王戦公式サイト


左から、佐藤天彦九段、丸山忠久九段。
左から、佐藤天彦九段、丸山忠久九段。

正確無比の丸山でも

 「最近多用している角換わりや名人時代に愛用していた横歩取り8五飛戦法など、プロ棋士の中でも研究の精度が際立っています。丸山さんの他にもスペシャリストの棋士はいますが、中でも代表格でしょう」

 ある棋士から以前の取材時に聞いた丸山評である。筆者がしきりに筆を走らせていると、メモを取り終える前に「ですがねぇ……」といった声が聞こえた。

 「ごくまれにですが、えっといった凡ミスが出るので驚きます。正確無比のイメージがある丸山さんも人の子のようで、ホッとしますよね」

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 本局はその「ごくまれに」という部分が悪い意味で出てしまった一局となった。

 振り駒で後手番となった佐藤の注文で横歩取りになった。佐藤の横歩取りも一時は9割以上の高勝率を誇り、名人獲得の原動力となったのは記憶に新しい。丸山もスペシャリストなら、佐藤もまたスペシャリストなのである。

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 ただ、本局は丸山の▲9六歩(第1図)で最新形から外れることになった。後に▲9五歩と伸ばして9筋から攻めるのが狙いである。ところが……。

目の前の一局に集中する

 佐藤が叡王戦にエントリーしたのは名人位を獲得する前だった。予選は八段戦に出場しており、名人位獲得で九段に昇段。本戦初戦で佐々木大地四段を破って本局を迎えた。

 名人位を獲得してからの佐藤は、さらに勢いを増した印象だ。この叡王戦でも気づけばベスト8まで駒を進めている。現在はタイトルホルダーとして本棋戦に参加しており、エントリー時とは状況が違う。このまま勝ち進めばコンピュータ将棋ソフトとの対戦が実現することになる。

 佐藤に心境を聞くと「そうですね。ただ、そのようなことをあまり考えても仕方がありません。目の前の一局一局に集中することを考えています」といった答えが返ってきた。

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 局面は第2図に進んだ。丸山は▲4八玉と駒組みを進めると、△5三銀(A図)と上がられる手を嫌ったのだという。次に△6四銀と繰り出されると、7五の歩が負担になってしまいかねない。丸山はじっくりできないと判断して▲7四歩と仕掛けたのだが、結果的に問題だったのである。

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 ニコニコ生放送の解説を担当していた阿久津主税八段は声にならない声を発し、無理筋だと先輩棋士の指し手をすぐに否定した。なぜなら本譜の△9七角成▲同香に△7五角(第3図)の両取りがあるからだ。先手は△9七角成と△5七角成を同時に受ける手段はない。

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プロならではの失着

 トップ棋士の叡王戦出場は様々な葛藤の末の決断だと聞く。もちろん自身の気持ちが最優先ではあるのだが、将棋連盟の一員として全体を見渡すのも大事なことである。ファンやスポンサーへの配慮など、出場棋士が様々な要素を考え抜いたその先に、将棋界の新たな歴史が少しずつ築かれているといえよう。

 第3図を見て丸山は「ひどかったねぇ。確信があったわけではなく、何となくやってみたかった順でしたが……。もちろん角打ちに気づいていればこの順はやりませんよ」といって苦笑いを浮かべた。とはいえ、それなりの手応えを感じなければ、この仕掛けに踏み切るわけがない。

 それを聞いた佐藤がすかさずフォローする。「実は私も初めは△7五角があることに気づきませんでした。角を打たずに△7四歩と手を戻すまでをワンセットで考えるのがプロの感覚ですから。ですので我々棋士のほうがうっかりするものです」

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 ちなみに解説の阿久津八段も視聴者の書き込みによって気がついたという。プロ棋士は修業時代からトップ棋士の将棋に触れることで、本筋の指し手や部分的な形などといった感覚が自然と体に染みついてしまうもの。それが時には先入観にとらわれてしまうことになり、視野が狭くなる弊害をもたらすと聞く。△7五角の見落としは人間ならではの、いや、プロ棋士ならではの一着といっていい。

 第3図で▲8八銀が利かないのが痛いと丸山は振り返る。以下△8七歩と打たれて▲同金(▲同銀は△9七角成)に△5七角成(B図)は本譜より先手がまずい。4七と6七の歩が浮いているため、先手は馬を追い払うことができない。▲5八金は△3九馬で銀が取られてしまう。

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 丸山が△7五角を見落とした罪は重く、形勢は後手が大きくリードした。

佐藤が準決勝進出

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 局面は進んで第4図。直前に丸山が▲9一角と打ったのだが「苦戦に拍車を掛ける悪手だった」と反省する。敵陣に放った9一の角が完全に封じ込まれてしまったからだ。

 残り時間を確認したときの丸山は寂しげな瞳をしていた。心ここにあらずといった印象を受けた。この後は佐藤のソツがない完封劇を見るしかなかった。

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 投了図は丸山の竜が捕獲されている状態だ。先手は攻防ともに見込みがない。丸山は「やるところがないね」と苦笑いを浮かべながら駒を初形に戻す。だが、手つきと言葉に力がなく、感想戦は15分で終わった。

 本局は丸山の仕掛けが破綻していたことがすべてといっていい。加えて佐藤の完璧な指し回しがワンサイドという結果をもたらした。

 勝った佐藤は準決勝で羽生善治九段と対戦する。タイトルホルダー同士の戦いは必見だ。

(観戦記者:内田晶)

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