和歌山毒物カレー事件・林眞須美死刑囚はなぜ報道陣にホースで水を撒いたのか。マスコミの過剰報道で作られた死刑囚の人物像と冤罪の可能性
個性豊かな言葉のスペシャリストたちが集結し、今年も熱く燃え上がったニコニコ超会議2017超トークステージ。その中でも、『マスメディアが伝えない・超リアルな死刑会議』と題したトークステージでは、1998年の和歌山毒物カレー事件が題材として取り上げられました。
林眞須美死刑囚の弁護人である安田好弘弁護士、慶応義塾大学の小林節名誉教授、ローリングストーン日本版シニアライター・ジョー横溝さん、社会学者の宮台真司さんをパネリストに迎え、ジャーナリストの堀潤さんがコーディネーターを務めました。「再審を開始するという事は、今までの判決が間違っていたことになり司法の権威が無くなってしまう」と語る安田弁護士。事件に対するメディア報道が裁判に与えた影響についても語られました。
再審請求を棄却した経緯とその理由
堀:
1998年7月に起きた和歌山毒物カレー事件。これはワイドショーも含めて異常に報道された事件の1つです。夏祭りに出されたカレーにヒ素が入れられており4人が死亡、67人が負傷した事件です。カレー番をしていた主婦の林眞須美がメディアが注目する中、10月に逮捕され、裁判では動機不明、自白も直接証拠もないまま、林の自宅にあったヒ素がカレーのヒ素と同一である、といった検察鑑定によって2009年に死刑が確定しました。
後に京都大学の河合潤教授が検察鑑定の誤りを指摘。再審請求をするも、今年3月に和歌山地裁により棄却されました。どのような内容を河合さんが指摘して、一方で棄却されていったのか、その中身について教えて下さい。
安田:
林さんの自宅ないし、親戚の家から6種類のヒ素が発見されました。科警研という政府の鑑定所、それから東京理科大学の鑑定書によって、同じヒ素だと鑑定されました。根拠は、現場に残っていた紙コップに付着した不純物と、カレーの製造過程に含まれる不純物が同じだ、という事で結論が出たんですね。
しかし、河合先生がもう一度測定したデータを見直してみたんです。そうしますと、まず濃度が違うんです。彼女の家にあったヒ素は60%くらいしか濃度がない。ところが、カレーに入れられていたヒ素は98%。純粋に近い濃度のヒ素だった。(カレーに)入れた時に濃度が濃くなるという事は、物理的に有り得ない話なんですね。ですから、「全然別物だ」となって来る訳です。それを河合先生が解明されたのです。それで、再審開始決定になるかな? という期待が広がったんです。
堀:
そうですね。もう一度、審議するべきだという風に。
安田:
裁判所は色々な理屈を付けて、濃度の問題は、もう1つ別の入れ物を経由して入れたかもしれない。もしくは、(ヒ素濃度の)薄い所ばかりがカレーに入って、濃い所は残ったかもしれないという、新しい仮説を立てました。不純物が違うという指摘も、1回しか測っていない訳ですから、測り間違えかもしれないという様な理屈を立てる訳です。
(現場に残されていた)ヒ素が同じだったとは言えないけれども、全く間違っているとも言えない。有罪の最大の決め手の、ヒ素が同じだったということが、崩れてしまったんです。それでもう一度裁判所で見直して、「ヒ素が同じじゃなくても、彼女が犯人らしいから、やっぱり犯人だ」という結論を出して、そして再審開始をしなかったんです。
「再審をしない」というメッセージから読み取れる司法の権威と保身
堀:
「犯人らしいから」の「らしい」という理屈が通る世界なんですか?
安田:
ええ。最高裁まで有罪だと認めた事件ですから、それをひっくり返すとすると、真犯人を見つけてくるか、あるいはDNA鑑定のように、全くの他人が介在しているという様な物が出てくるか。そういう事でないと、裁判をひっくり返せないというのが、裁判官の考え方なんですね。
小林:
だけど、それは酷い話ですよね。つまり、動機が無くて、自白が無くて、「(犯行)道具は貴方の物じゃないですか」で捕まった訳ですよね。道具はどこから出てきたか分からないって事なんでしょ? 当然、再審すべき話ですよね。有罪を決めるというのは、証拠を固めて、「これっきゃない!」という時に有罪にするのであって、疑わしきは被告人の利益に【※】というのは、古典的な憲法原則じゃないですか。
※疑わしきは被告人の利益に
全ての被告人は無罪と推定される事から、刑事裁判では、検察官が被告人の犯罪を証明しなければ、有罪とすることが出来ない。
堀:
裁判所は、何を誰に向けての「再審はしません」というメッセージなのでしょうか。
安田:
再審を開始するという事は、今までの判決が間違っていたという事です。林さんの場合だと、一審から最高裁まで全て有罪だった。特に、最高裁は「事実は揺るぎない、明らかなんだ」とやった訳です。それが過ちだったとなると、司法の権威が無くなってしまう。
堀:
権威を守るために再審請求を退ける事になったのでは? という事ですね。
安田:
そうとしか、考えられないですよね。
小林:
司法の権威は高まるけど、司法が尊敬されないようになるじゃないですか。
堀:
そうですよね。一番は事実を知りたい。それを裁くのが司法の場ですから。
宮台:
司法の権威というのは実は言い訳で、瀬木(比呂志)さん【※】に聞いた話だと例えば原発に関する訴訟で、電力会社に不利な判決を下した裁判官は全員例外なく左遷される。1つも例外が無いんだよね。行政官僚制の中でポジションを保とうとすれば、どういう事をすれば良いのかという事は示されているんですよね。
※瀬木比呂志
元裁判官。現在は明治大学法科大学院教授。