渡辺明の視線【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.23】
6月23日に開幕した第4期叡王戦(主催:ドワンゴ)も予選の全日程を終え、本戦トーナメントを戦う全24名の棋士が出揃った。
類まれな能力を持つ彼らも棋士である以前にひとりの人間であることは間違いない。盤上で棋士として、盤外で人として彼らは何を想うのか?
ニコニコでは、本戦トーナメント開幕までの期間、ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』作者である白鳥士郎氏による本戦出場棋士へのインタビュー記事を掲載。
「あなたはなぜ……?」 白鳥氏は彼らに問いかけた。
■前のインタビュー記事
・なぜ菅井竜也は岡山に住み続けるのか?【vol.22】
叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー
シード棋士 渡辺明棋王
『渡辺明の視線』
渡辺明。
史上4人目の中学生棋士にして、20歳という若さで将棋界最高位タイトル『竜王』を獲得した天才。
その後も防衛を重ねた『竜王』は、後に渡辺の代名詞ともなる。
初代永世竜王の資格を得るまでの道のりは、それがそのまま、現代将棋が完成されていく過程と重なっている。渡辺の竜王防衛戦はどれも現代将棋の歴史を語る上で外せない名局揃いだ。
特に、当時勝ちまくっていた佐藤康光の挑戦を受けた第19期竜王戦は、フルセットの末に『羽生世代』の棋士をねじ伏せ、防衛に成功。
新たな時代の到来を感じさせるシリーズだった。
その戦いぶりを、当時七段だった行方尚史はこう表現している。
「微差ながら勝ちづらそうな流れを、歩を使った巧みな揺さぶり、ふてぶてしいまでの開き直りで活路を開いた。22歳とは思えぬ勝負術は、まさに魔王か」(将棋世界2007年3月号“プレイバック2006”第19期竜王戦第5局についてのコメント)
若干22歳で同じプロから『魔王』とまで称された若者は、28歳で史上8人目の三冠王となり、当時三冠を保持していた羽生善治と棋界を二分する存在となった。
その当時の渡辺の将棋観を余すところなく披露した至高の一冊が、2014年に出版された『渡辺明の思考:盤上盤外問答』(河出書房)であろう。
読者から質問を募集し、それに渡辺が対談形式で答えていくという構成だ。
当時、『りゅうおうのおしごと!』の取材を進めつつあった私は、この質問募集に飛びついた。
将棋界に何のツテもなかった私にとって、現役のプロ棋士が、しかもタイトル保持者が質問に答えてくれるチャンスを逃せるわけがない。
出版された『渡辺明の思考』を書店で購入して、自分の質問に渡辺が回答してくれているのを見たときは本当に嬉しかったし、収録されている他の質問への回答を見て「なるほど……!」と唸ったのを憶えている。
宝の山が、そこにあった。
これに味を占めた私は、その後に行われた『将棋の渡辺くん』(渡辺の妻である伊奈めぐみ先生の漫画)の質問募集コーナーにも質問を送り、自作のための取材を進めた……。
私が主人公を『竜王』にすることができたのは、将棋界において渡辺だけが、非常に早い段階から積極的に自らの思考を、そして日常の細々とした出来事をも、誰にでも見ることのできる形で発信してくれていたからだ。
そして『りゅうおうのおしごと!』原作ラノベ1~5巻までの内容が、渡辺と羽生が激闘を繰り広げた第21期竜王戦七番勝負を下敷きにしているのも、そこに至るまでの克明な記録が残されていたからに他ならない。
その渡辺と初めて直接言葉を交わす機会を得た私が手に取ったのは……やはり『渡辺明の思考』だった。
あれから4年。
渡辺明は現在の棋界の状況を、自分自身を、羽生善治を、藤井聡太をどう見ているのか?
大変革期の将棋界を、渡辺明と同じ視線で眺めてみたいと思った。
【第43期棋王戦 五番勝負】渡辺明棋王 vs.永瀬拓矢七段の第5局は、渡辺棋王が109手までで勝利し、6連覇達成となりました。
— ニコ生公式_将棋 (@nico2shogi) March 30, 2018
ただいま、感想戦を生放送中です。
●視聴→ https://t.co/RCs5dGFC6a pic.twitter.com/lPJJN7he53
──私は渡辺先生がこれまでお書きになられた本の中で最も影響を受けたのは『渡辺明の思考』なんですよ。
渡辺棋王:
ああ、そうなんですか?
──あれがなかったら自分の作品は書けませんでした。ですから今日はそこからいろいろとピックアップして、当時と現在でどのくらい渡辺先生のお考えが変わってるかを質問しようと思っていたんですが……。
渡辺棋王:
はい。
──でも別マガの今月号を読んで全部ふっとびました!『将棋の渡辺くん』を読んでたら、渡辺先生が『意図的に1ヶ月勉強してみなかったことがある』って言ってて!
渡辺棋王:
はははは!
──しかも、休んでも実力は変わらなかったんですよね? あれはどういうことだったんですか?
渡辺棋王:
対局が空いたんです。1ヶ月くらい。で……敢えて(勉強を)やってみないっていうか。
──渡辺先生らしいといえば、らしいんですけど……。
渡辺棋王:
そういう疑問ってあるじゃないですか?
スポーツ選手と違って身体を作るわけじゃないんだから。2ヶ月ぶりくらいにいきなりやっても……。
でもあれって、もう10年くらい前のことなんですけど。
──あ、そんなに前のことなんですか? そんなに前にもう、勉強をやるかやらないかで……。
渡辺棋王:
どれくらい意味があるのかなって(笑)。
──ははははは!
渡辺棋王:
プロが勉強することに(笑)。ええ。
──でも、実際にそれを実験する人はいませんよ。どういうきっかけだったんですか?
渡辺棋王:
いや、それまではそんなに対局が空くことがなかったんで。若手の頃って対局が多いじゃないですか。
で、タイトル持つと、夏に1ヶ月くらい対局がないことって出てくるんですよね。
──予選が免除されるからですね。
渡辺棋王:
はい。そうすると……たまたま対局の間が空いたんで、『じゃ、ちょっとやってみようかな』って。
──実験してみたわけですね。
渡辺棋王:
10年くらい前ですねぇ。
──今だと、やっぱり厳しいですか。
渡辺棋王:
いやー厳しいんじゃないですかね? いま1ヶ月間将棋見なかったら、わけわかんなくなっちゃいますよね。
当時、1ヶ月じゃあそんなに将棋、変わんなかったんで。
──ああー……はいはいはい!
渡辺棋王:
今は、1年くらい前に流行ってた戦法って、もうないですからね。
──戦法の変遷というと、渡辺先生が昔『固めて固めてドーン!』みたいに表現してたころの将棋とは、変わってきたってことですか?
渡辺棋王:
そうですね。もう王様を囲いに入れることは、あんまりなくなりましたよね。角換わりでも、王様が5八とか6八で戦ってることが多いので。んー……そのへんがすごく変わってますよね。
──そのあたりの感覚の違いというのは……戦法が変わるというレベルの変化とは、全く次元が違う変化なわけですか?
渡辺棋王:
あー……違いますねぇ。やっぱり。うーん……戦い方が違いますからねぇ。
──将棋観の違いということですか?
渡辺棋王:
ま、そうですね。そこはけっこう戸惑った部分ですね。やっぱり。
──今期の渡辺先生の勝率は7割を超えるところまで戻しておられますが、それはやっぱり、その戸惑った部分が調整できたからなんですか?
渡辺棋王:
うーん……1年単位くらいで高勝率が出せれば、ある程度そういう、復調の手応えみたいなものは得られると思うんですが……。
ちょっとまだ、短期的なので。今の戦い方でいいのかは、確信を得てないところなんですけど。
──なるほど……。
渡辺棋王:
去年より数字はいいかな? って程度ですけど(笑)。
──渡辺先生がこれまで培ってこられた技術的なアプローチ自体が変わって来ておられるということですか?
渡辺棋王:
変わってますよね、それは。やっぱり。
──そこに、まだ確信が持てていない?
渡辺棋王:
やっぱりもうちょっと、1年とか……40局とか50局とかまとまった数をやって、勝率が出れば、それは必然性があるものだと思うんですけど……。
──それだけ大きな変化が将棋界に訪れているわけですね。
渡辺棋王:
もともと私は、けっこう王様を囲いに入れて戦うタイプだったので。そういう将棋がほとんど指せなくなったっていうのは……そうですね。形勢判断とかも変わってきちゃいますからね。
王様を囲ってるときは、それ以外の場所で多少損しても後から取り返せるというか、逆転できるというか。そういう将棋も自分は多かったと思うんですけど。
やっぱり王様が薄いと基本、逆転勝ちって難しいですからね。
だからどうしても、先行逃げ切りになるっていうか。
──なるほどなるほど。
渡辺棋王:
だから昔と比べて、序盤の研究がどんどん前倒しになっていって……先手番が先行逃げ切りみたいな将棋が多いんで。そこはちょっと、変わったところですね。
──馬群の中で様子をうかがってから飛び出すというんじゃなくて、もう最初から先行逃げ切りを狙ってバーンと飛び出す。
渡辺棋王:
そのためには、いま流行ってるような戦法がいいとされてるんですけど。
──現代将棋というのは、渡辺先生の出現によって、細い攻めを繋げる技術が非常に発達した将棋だと言われていますが……。
渡辺棋王:
まあ……言われてるんですかね(笑)。
──先日、丸山先生からもお話をうかがったのですが。渡辺先生は幼いころから局面を把握する能力が抜群に優れていたと。そんな渡辺先生の形勢判断というのが、将棋界におけるスタンダードになっていたと思うんです。
渡辺棋王:
そう……なんですかね(笑)。
──渡辺先生の出現によって、現代将棋というものが一つの完成を見た。しかしそれがソフトの出現によって大きく変わっている……という現状なのでしょうか?
渡辺棋王:
それは完全に変わりましたよね。
もうあんまり王様カチカチに固める将棋、ないですもんね。相居飛車でもね。
──そこからさらに、渡辺先生も進化しておられるわけですね。
渡辺棋王:
そうですねぇ……進化……してるかどうかは、怪しいですけどね(笑)。
──どんどんうかがっていきたいと思います。『渡辺明の思考』で私が衝撃を受けたのは、渡辺先生が「自分には将棋の才能があった」と気付くところ。それが、ご自身のお子さんに将棋を教えたときに気付くという……。
渡辺棋王:
ああ、はいはい。
──同じように勉強しても、自分のようには伸びなかった。だから才能というものは存在すると……私これまで棋士の先生方にインタビューしてきて、ここまではっきり才能の有無についておっしゃる方は一人もいませんでした。
渡辺棋王:
そうなんですか?
──やっぱり……言いづらいじゃないですか。
渡辺棋王:
そりゃ言いづらいですよ。他のお子さんの夢とかも壊すことになるし(笑)。
──ははははは! ですよねー。
渡辺棋王:
やっぱりそういう……インタビューとかでは言わないじゃないですか。もうちょっと、こう……夢を持たせてあげるようなことを言うじゃないですか。実際は。
でもそれは、思ってることと違うし。
──そうですよね。『実験』という言い方は失礼かとも思うんですが、『実証』した結果としてそれが現れてるわけで。
渡辺棋王:
うーん……まあ、そうですね。
──その渡辺先生から見て、将棋の才能というものは、どういうところに現れるんですか?
渡辺棋王:
小学生とか幼稚園とか、覚えて数年でどれくらい指せるかってことなんじゃないですかね?
──伸び率ということですか?
渡辺棋王:
伸び率っていうか……教えていったときに、それをすぐ吸収できたり。一局指して、自分でそれをどれくらい消化できちゃうのかとか。
向き不向き、ですよね。ありますよね。多少は。
──プロの中でも才能の差というのはあるんでしょうか?
渡辺棋王:
プロの中ですか? うーん……みんなスタートが違いますからねぇ。奨励会に入る段階では。
──ああ……スタートが。
渡辺棋王:
奨励会に入ったあとは、あんまり才能とかそういうので……。
──差が付くわけではない?
渡辺棋王:
いや、差は付くんですけど……子供のころはほら、そんなに一生懸命将棋指すわけじゃないんで。
──ああ! 勉強しないから、才能の差が顕著に結果に現れるわけですね!?
渡辺棋王:
奨励会に入ってからは、みんな必死に取り組むわけで。その成果が、結果に結びつくと思うんです。
ただ、スタートの設定が違うので。そこで差が出ちゃうこともあるんで。
──渡辺先生は、プロの資格を『技術や姿勢』と述べておられました。プロになってからはやはり、才能よりもそういう部分が問われてくるんですね。
渡辺棋王:
ま、そうですね。大人になってからは。プロは勉強の中身も問われますからねぇ。
そのへんの勝負になるんじゃないかな、と思いますね。
──他にも渡辺先生は、『相手が弱いと思うのは、読みの入ってない手を指してきた瞬間』だと述べておられます。
渡辺棋王:
はっ(笑)。
──どう考えても一瞬では読みきれないような2択を、時間を使わず指してくるような相手のことだと思うのですが……どうでしょう? 最近は若手の層も厚くなってきたといわれていますし、こういう人は減りましたか?
渡辺棋王:
でもそれはタイプなんでねぇ。早指しっていうか……。
たぶん自分も、10代から20代前半の若手の頃は、そういう見られかたしてたと思うんですよね(笑)。
──ええ!?
渡辺棋王:
そんなに読みがガッチリ入ってるタイプでもないって思われてたんじゃないでしょうか。ははは!
──なるほど……ご自身を省みられての発言でもあったわけですか。
渡辺棋王:
そういう部分もあったかもしれません。それでも若手のころは勝てちゃうってのもありましたね。
──まだまだどんどんいかせていただきますが……『40歳で子供が独立して、お金に余裕があったら、好きなことをしたい』と。これは今でもそう思っておられる?
渡辺棋王:
それは……いつぐらいに言ったんですか?(笑)。
──4年くらい前ですね。
渡辺棋王:
あー……でもやっぱり40歳っていうのは1つの節目だと思ってて。
その時点で自分がどれくらい指せてるのかって……20歳くらいのときから『あーもう40歳になったらダメかな?』って思ってたんですよ。
──そうだったんですか!?
渡辺棋王:
40歳っていうのが、ずっと自分の中であって……。
その年齢が近づいてきちゃったなってのは、思いますね。
──客観的に見ると、渡辺先生が40歳で衰えてるとは思えないんですけど……。
渡辺棋王:
うーん…………でもけっこう、わかんないですよね。そのへんは。
たとえば40歳の時点で、タイトル戦に数年間出られてないってことになってたら、相対的には落ちてるってことじゃないですか。
だからそのへんのことは、ちょっとわかんないですよね。
──『引退のラインは、タイトルに絡めなくなったら』というご発言もあったと思うんですけど。
渡辺棋王:
はい。
──40歳過ぎてもタイトルを持ってたら、引退することもないわけですよね?
渡辺棋王:
ま、そうですねぇ。20歳くらいのときは、相当苦しくなると思ってたので……まあ一線でやれてれば問題ないだろうとは思うんですけど……。
あんまり……ずーっと先までやるっていう、気持ちの持ち方でいたくないっていうか。
──あー、なるほど。苦しくなっちゃうっていう?
渡辺棋王:
はい。だからわざと、短めに言ってるというところもあるんですけど……。
将棋の研究をずーっとやってて、『あとこれ15年やれ』とか言われたら、気が遠くなるじゃないですか?
──確かに!
渡辺棋王:
それが苦もなくできる人ならいいんですけど。
自分の場合『ああ……あと15年かぁー……』って思うと…………。
20歳くらいの時点で……一般的には60歳まで指すじゃないですか。そうすると『あと40年かぁー……』ってなってて(笑)。
──ははははは!
渡辺棋王:
モチベーションが続かないというのが……そんなにやる気に漲ってるタイプではないんで、普段の勉強では。
──あー……。
渡辺棋王:
だから結果が出なくなってきたときに、それでも勉強するっていうのが……たぶん続かないんじゃないかなって。
そういう根性がないんで(笑)。
──ふふふ(笑)。やりたいことが他におありなんですか?
渡辺棋王:
いや、そういうわけじゃないんです。他にやりたいことがあるわけじゃないんですけど。
ただ、負けが込んできたときに続ける根性がないんで。うーん……そうすると、ある程度成績が落ちたら『どうしようかな?』ってのは考えると思います。
──いやぁ……そうなんですね。あれだけ激しく戦われる渡辺先生でも、そういうことを考えるんですねぇ……。
渡辺棋王:
もうどんだけ勉強しても勝てないっていう時期は、いつかは来るじゃないですか。年齢的に。
──まあ、まあ、確かに。
渡辺棋王:
成績が落ちてきたときに、周りからも『もう終わったな』って思われるじゃないですか(笑)。
それに耐えられる自信がないっていうか。プライドが高いわけですよ(笑)。
──それはおっしゃっておられましたね。プライドだと。ただ逆に、それがあるからこそ続けるともおっしゃっていたと思うんですけど……。
渡辺棋王:
うーん。そうですね。やっぱり……立場とかが落ちていくのが、棋士のつらいところだと思うんです。それに耐えられないと……。
──ただ、渡辺先生は羽生先生と共にタイトルを2人で分け合っていた時代があって、そこから考えると現在は1冠なわけじゃないですか。
渡辺棋王:
はい。
──先期は勝率も厳しくて。でも今期はそこから復活してきている。それはやはり『こなくそ!』というお気持ちからなわけですよね?
渡辺棋王:
ですからやっぱり、プライドなんですよね。10代の頃はタイトル獲って、有名になって、お金を稼ぐぞ、というモチベーションもあったんですが、今はそうではないので。。
ですから……落ちていかないためにやるっていうか、プライドのところですよね。
──30代というのは、客観的にも衰える年齢ではないでしょう。
渡辺棋王:
いやーだけど20代のときより落ちてるから(笑)。
一番よかったときと比べると、それは落ちてますからね。
──渡辺先生は、棋士として充実する年齢はいつくらいだとお考えですか?
渡辺棋王:
自分の場合は20代後半から明らかに成績が上がったんで。
ただまあ、短かったですね(笑)。
一番勝ってたころは、三冠とかになったその2年間くらいだったんで。その後は、前と同じくらいに戻っちゃったんで。その前後は同じくらいだと思うんですけど。
──その三冠のころのご発言で『羽生さんと五分が目標』というのがあったじゃないですか。
渡辺棋王:
はいはいはい。
──羽生先生も強い。そこに渡辺先生が同じくらい力を付けて、二人でほぼタイトルを独占していた。
渡辺棋王:
はい。
──でも今は、羽生先生も渡辺先生も共に一冠。しかも八冠の時代に突入し、さらにタイトル保持者が分散する戦国時代になった。そうなったとき、渡辺先生の目標はどう変化するのでしょう?
渡辺棋王:
うーん……やっぱり羽生さん一人をターゲットにしていればいいという感じではないですよね。今はね。
そのころは確かに、そういう感じはありましたね。
──目標が明確だった?
渡辺棋王:
まあそうですね。二人がタイトルの過半数を持ってれば、タイトル戦に行っても『まあ(相手は)羽生さんなんでしょ?』っていうのはあったわけで(笑)。
だから羽生さんに5割勝てれば……もしくはちょっと負けてても、タイトルは確保できるっていう考えはありましたよね。
──となると、こうして複数のタイトル保持者がいるという現在の状況は、ターゲットが絞りづらくて複数冠を狙いづらいということなんですかね? 状況的に。
渡辺棋王:
挑戦するためには、ある程度、高い数字が必要ですからね。どの棋戦もね。
挑戦者になるためには、8割とか9割とかいう数字を出さないといけないわけで。その棋戦に関しては。
トーナメントはもちろん1つも負けらんないわけで。
──はい。
渡辺棋王:
それって、抜けた力がないとやっぱ難しいっていうか……。
番勝負なら1つ勝ち越しでいいんでねぇ。求められる勝率が5割台だから。七番勝負とかだと。4対3でいいわけだから。
そこの違いはありますよね。
──そこは他の方々もおっしゃっておられました。番勝負に行くまでが本当に厳しくなったと。
渡辺棋王:
はい。
──渡辺先生がお考えになる、挑戦者になれる条件ってどんなものですか?
渡辺棋王:
そうですね……棋戦ってだいたいトーナメントじゃないですか。そうするとやっぱり……うーん……。
トーナメントだと、やっぱり振り駒の運というのはあると思うんですよ。
──あっ。はいはい。
渡辺棋王:
そういうのもあるし……ま、総合的な力を求められますよね。後手番とかをいっぱい出されちゃっても勝ち抜いていかないといけないわけだし。
だからどんな厳しい状況でも跳ね返せる力がないと、トーナメントを勝ち抜くのは大変だと。それは思いますね。今の時代だと。
──トーナメントといえば……まさに先期の叡王戦本戦の、渡辺先生と髙見先生の対局は、大一番だったと思うんですよ。結果から見ても、タイトルの行方を左右するほどの……あのときはどんなお気持ちで戦われたんですか?
渡辺棋王:
あれは……竜王戦で負けてから『叡王戦で頑張ってください!』って言われることが多かったんですけど。
──はい。
渡辺棋王:
たぶんそれって、本戦のメンバー見て、勝ち上がってる中ではタイトル保持者が一人だけだったから(笑)。
──そ、それは……本戦の観戦記(関連記事)でも書かれてましたよね。渡辺先生が、それもあってかなり叡王位を意識しておられるのではと……。
渡辺棋王:
でもね。呆気なく負けちゃったんで。
あの時期は順位戦とか棋王戦とか……両方『落ちる』ほうの戦いだったので。自分にとっては。
──はい、はい、はい。
渡辺棋王:
上を目指す戦いではなかったんで。マイナス方向の戦いだけしてたんで、そういう意味ではプラス方向の戦いである叡王戦は、すごい楽しみにはしてたんですけどね。
それがあっさり終わったことで……気持ち的にはその辺りは、かなり落ちてた時期ではありましたね。
──なるほど、そんなことが……。
渡辺棋王:
プラス方向の戦いは気も楽だし、楽しいですけどね。
──そういう気持ち的な面も、タイトルに出る出れないに関わってくるんでしょうか?
渡辺棋王:
そうですね。挑戦するときってのは、気持ち的にもイケイケになりますからね。
特に若手のころって、基本的にマイナス方向の戦いってないじゃないですか。順位戦でも落ちることなんてあり得ないし、どの棋戦でも上に行く戦いばかりで。
──そうですね。失うものがないわけで。
渡辺棋王:
そうすると普段のメンタルも安定してると思いますね。
やっぱり上に行ききっちゃうと、今度はマイナス方向の戦いばかりになるので(笑)。その差はけっこうありますよね。
──それもあって今、若い方々が一気にタイトルに絡むようになったんでしょうかね?
渡辺棋王:
っていうか、それは昔からですよね。昔から若いのは、上を見る戦いばかりだから。
──タイトルが八冠になったんですけど、そのことは渡辺先生的にはどう捉えておられますか? チャンスが増えたとか……。
渡辺棋王:
タイトルの数というより、それを八人で分け合ってるという状態がねぇ。力が拮抗してるということを表した事象かなぁと。
──はい。
渡辺棋王:
タイトル保持者だけじゃなくて、そこに絡んでくる人たちとも力が拮抗してるっていうことですから。
トーナメントとかリーグとか、どこを見たってトップの30人とか40人くらいの人たちばかりなわけでしょ? そこで勝って抜けてくってのは相当キツイですよね。
相当な根性とか、相当な努力とかが必要になるんじゃないかと。それはやっぱり、キツイなーって(笑)。
──渡辺先生からご覧になっても……根性や努力が、最後に抜け出るための要因なんですか?
渡辺棋王:
やっぱそうじゃないですか? やっぱり、はい。
──すみません。あっというまにインタビュー終了予定時刻なんですけど……今期の叡王戦への意気込みというのは、どういう感じでしょうか?
渡辺棋王:
初戦の相手もまだ決まってないんですけど、キツいブロックに入ったなぁと(笑)。
──確かに厳しいですね……。
渡辺棋王:
まあ、どこのブロックも厳しいってのはありますけど。結局、4つ勝たないといけないんで。
でもそれって、上の20人くらいの中の4人を棒に倒さなきゃいけないから。いやー、客観的に見て『キツイな』って思いますよ。
──特に渡辺先生の入られたブロックは、竜王戦に挑戦している広瀬先生、王座戦に挑戦している斎藤先生、それに先期の七番勝負を戦った金井先生がいて、新人王を取ったばかりの藤井聡太先生も……。
渡辺棋王:
そうですねぇ……まあでもどの棋戦でも、楽な組み合わせはありませんからね。叡王戦についても『厳しい組み合わせになったな』って感想は持ちましたけど。
──まだ対戦経験のない藤井聡太先生の印象はいかがですか? 当たる可能性も出てきましたが……。
渡辺棋王:
印象ですか? うーん……基本的には去年から変わらないですねぇ。
タイトル戦に出られなかったんで評価を下げる向きもあるかもしれませんが、そんなに……まだそういう段階ではないと思いますけど。
──タイプとしては、新しい、特殊なタイプが出てきたなぁという感じではないんですか? 渡辺先生からご覧になって。
渡辺棋王:
将棋はすごく、王道を行くタイプですよね。全部もう相居飛車だし。後手番でも全部迎え撃ってるし。
それでいてきっちり考えてるし。いつも時間ないし(笑)。
──確かにいつも時間なくなってますね(笑)。
渡辺棋王:
すごくだから、ほんと強い人の指し口ですよね。難しいところでちゃんとまとまった時間使って、それでいて終盤は時間がなくても強いわけでしょ? そりゃ、本当に一番強い人の指し口ですよね。
──なるほど……。
渡辺棋王:
それこそ若いころの羽生さんや佐藤康光さんや森内さんがね、すごいところから秒読みでもぜんぜん間違えないみたいな。
昔は今以上に、序盤から時間を使ってましたからね。定跡がないから。
2日制のタイトル戦でも、すごいところでもう時間がない。けど強い。それが、自分がタイトル戦に出る前とかだから、20数年前とかですか? そっから自分とかが出てきて、序盤とかは早くなってきて。
──合理的になってきて。
渡辺棋王:
そっからさらに今は、序盤で時間を使わなくなって。終盤に時間を残すのが主流ですけど……藤井聡太七段は、そうではないというか。常に時間ないですもんね相手より。
──そうですね。この前の里見先生との対局とか、早々に時間がなくなって。
渡辺棋王:
そうですよね。あの将棋すごかったですよね。ちょっと駒がガチャンとぶつかったらもう秒読みになってて(笑)。
──しかも形勢を損ねてるという(笑)。
渡辺棋王:
だから一分将棋になっても相当、自信があるんでしょうねぇ。
──ついつい考えちゃうんですかね?
渡辺棋王:
考えて、納得できるまで手が出ないタイプなんでしょうね。
そのへんは詰将棋で鍛えた集中力なんでしょうねえ……。
──あー! なるほどなるほど!
渡辺棋王:
やっぱ指し将棋って、相手が間違えるのが前提じゃないですか。だから別に、自分がわかんなくても何か指せば、勝ちが転がり込んでくることがあるわけですよ(笑)。
でも詰将棋はそれがないじゃないですか。相手が間違えることがないから。
──間違えさせるんじゃなくて、たった1つの正解を求めるものですもんね。
渡辺棋王:
だからそのへんがやっぱ、詰将棋やってる人の考え方なのかなって思いましたね。
子供のころから実戦派だと『何か指せば相手だって間違えるでしょ?』ってとこがあると思うんで。いわゆる『時間責め』みたいな概念は、それですよね。
──あぁー……!
渡辺棋王:
自分も正しく指してないんだけど、相手に間違えさせる。という発想で。
──瀬戸に住んでて、近くに対戦相手がいないのも影響しているんでしょうか?
渡辺棋王:
うーん。それはどうでしょう? 今はネット将棋が発達して、地方に住んでても実戦はできるんで。佐藤天彦名人とか糸谷八段とか……糸谷八段とかその典型だと思うんですけど。
──確かに。地方に住んでいても実戦派はたくさんいますね。
渡辺棋王:
やっぱ、実戦で育ってきたかどうかは、ある程度出ますよね。
たとえば藤井猛九段は、実戦をほとんど指さなかったっていうじゃないですか。
──あっ! そうですね。沼田で本を読んでただけで強くなったという……。
渡辺棋王:
プロになった中で、実戦を指した数は一番少ないって。
──おっしゃってましたね。
渡辺棋王:
だから今でも序盤からすごく時間を使って考えてますよね。
そのへんの、実戦派とそうじゃない人の指し口ってのは、見てると出てるかなって。
──藤井聡太先生は、やはり実戦派の将棋とはどこか違うと。
渡辺棋王:
いや、だって実戦派で率だけ求めたら、『そこで時間ないのはどう見ても良くないでしょ』って思いますもんね(笑)。
──ふふふふふ。
渡辺棋王:
けど、あんまそのへん気にしてる様子はないっていうか。直さないじゃないですか。プロになってからずーっと。
そういうのを見てると……実戦における効率の良さというのは、あんまり考えてないんだろうなと。
──あんまり序盤の研究をしてるって感じにも見えないんですけど、そのへんはどうなんでしょう?
渡辺棋王:
んー……でも角換わりの研究は深いですよね。
──角換わりは、確かに。一つの戦法を深めていく感じなんですか?
渡辺棋王:
知ってるんでしょうけど、そこでまた考えることができる……って感じなんですかねぇ?
今は、知ってるところはとりあえず指すっていうのが主流だと思うんですけど。あんまりそんな感じがしないんですよね。
──それは……強さに繋がるんですかね? 実戦でさらに考えられるというのは……。
渡辺棋王:
それは難しいですね。今はそれで結果が出てるから『それが藤井聡太七段の強さです!』って言いやすいですけど。
でも結果が出てなかったら『いやただ時間使いすぎてるだけでしょ?』ってなるから。だからそれはタイプの問題であって。
──先ほど森内先生のお話も出ましたが、まさに渡辺先生が序盤をどんどん飛ばしていくのに衝撃を受けたのが森内先生でした。その森内先生から竜王位を奪取した渡辺先生の新たなスタイルが棋界に浸透していったわけですが……今後は、そういった将棋観の戦いにもなっていくのでしょうか?
渡辺棋王:
うーん。ただそれは……藤井聡太七段の性格とかも含めて、長所としてすごく活かしてるなっていうのは見てて思うし。
そういう強みは、それぞれ違うじゃないですか。
──はい。
渡辺棋王:
ま、だから長所も短所も含めて、いろんな指し口の将棋があるなって思いますけどね。みんなそれぞれ違うし。
──そういう時代になってきた、ということなんですかね?
渡辺棋王:
今は『研究会やってません』みたいな人も多いでしょうし。タイトル持ってる人たちの将棋を見てても、本当にそれぞれ違いますしね。長所とか短所とかってのは、思いますね。
(ニコニコ生放送で中継された盤外企画「【将棋棋士】東西対抗フットサル大会」より)
──あの、すみません。時間が大幅にオーバーしてて恐縮なのですが……。
渡辺棋王:
いえいえ。
──最後にもう一つだけ。これは私が将棋に関するフィクションを書いてるからぜひお聞きしたかったんですが……
渡辺棋王:
あ、はい。
──渡辺先生が最近、監修を始められた将棋漫画『宗桂 ~飛翔の譜~』(漫画・星野泰視先生)を拝読しております。これはもともと渡辺先生が昔の棋譜に詳しかったからお話が来た……とかなんですか?
渡辺棋王:
いや。江戸時代の将棋については、ほとんど知識がなくてですね。
──そうだったんですか!?
渡辺棋王:
だからゼロから調べてますね。
──そ、それは……大変じゃないですか……?
渡辺棋王:
だけど、だいぶ知識は増えました。ははははは! それが何に活きるかって言われたら、難しいですけど(笑)。
──さすがにその時代の棋譜を調べても、対局には活きないですか(笑)。
渡辺棋王:
技術的なところでは……でも、将棋ってこういう歴史があって、こういう人たちがいて、それで明治時代に入ってこういう人たちが出てきて、今こうなってるんだよ……という流れがわかったので。
それまでは、そういうことがよくわかっていなかったので。あまり勉強する機会がありませんでしたから。それでずーっと来ちゃいましたからね。
──渡辺先生の昔のご発言に『漫画は好きだけど、漫画は漫画で、人格形成には関係ない』というのがありました。
渡辺棋王:
ああ、はい。
──作り手の側に回ってみて、いかがですか?
渡辺棋王:
そうですねぇ……お話の中身についてはそんなに関わってるわけではないんですけど……んー、でも……。
読む側から、読ませる側に回ってみて……面白い作品を作るのって大変なんだなぁって。今まで読むだけだったんで。
──近くでご覧になれば、そう思われるかもしれませんね。奥さまの漫画も……あれだけ面白いものを継続して描くというのは、本当に大変なことですから。
渡辺棋王:
ああ、いえいえ……。
でも漫画って、もう無数にあるわけじゃないですか? だからどんな展開を書いてみても『ああこの流れ前も見たことあるよ』ってなっちゃう(笑)。
──あはははは!
渡辺棋王:
でもそうすると……書き手側は結構、痺れますよね? 痺れませんか?
──痺れますねぇ……本当に……(深い溜息)。
渡辺棋王:
その中でどうやって特色出していくの? ってなったときに……今ってみんなもう絵は綺麗じゃないですか。デジタル使ってすごい絵を描いてる。そうなると……大変ですよね。すごく。
──そこもおうかがいしたいところで。渡辺先生は、将棋漫画はほぼ全部チェックしてるとおっしゃってたじゃないですか。
渡辺棋王:
ええ、はい。
──最近は非常にたくさんの将棋漫画が始まったりしますけど、なかなかそこから抜け出た作品が出てこないというか……続かないですよね?
渡辺棋王:
うーん。確かに……。
──それは、どこに原因があると思われますか?
渡辺棋王:
やっぱり……地味、なんだと思いますね。動きが少ないっていうか。
──はい。
渡辺棋王:
それでいて、将棋ファン寄りにしてしまったらダメじゃないですか? だって将棋ファンじゃない一般の漫画好きが買ってくれないと打ち切りになりますし。。
──さすが……それは完全に作り手側の思考です。
渡辺棋王:
そこのバランスが難しいっていうか……。かといって将棋を空気みたいにしちゃったら、もう将棋漫画じゃないし(笑)。
──そこからいくと『宗桂』は、設定を江戸時代としたことで、将棋監修のハードルはさらに上がっている感じです。棋譜を作るの、難しくないですか?
渡辺棋王:
いやー難しいですね。難しいですよ。そこは現代にある将棋をシレッと使って許してもらうしかない(笑)。
──ははははは!
渡辺棋王:
だって当時、どんな将棋がどの程度あったかなんて、はっきりわかってないですし。御城将棋の史料くらいしか残ってないわけで。
──ですよね。そこらへんの町人がどんな将棋指してたかなんて、わかんないですよね。
渡辺棋王:
でも何となく、この戦法はどれくらいからあってとか調べてって……『あーこれは明らかになかったんだな』とか。明らかにないものは、やっぱ出しづらいんで……。
──なるほど。
渡辺棋王:
だけどね!? だけどそれ突っ込める人は、たぶん読者の1パーセントもいないんで。
『そこに向けて描くの!?』って話になるんですよ! その調整が難しいんですよね……。
──この作品は、特にそれが難しいですよね……。
渡辺棋王:
売れた将棋漫画を読み返して、将棋のシーンがどれだけ出てくるかを改めて確認してみたりしましたよ。将棋のシーンだけすっ飛ばして読む人もいると思うんで。
──そう! そうなんですよ!! 絶対いるんですよそういう層は!!!
渡辺棋王:
それでも成り立つくらいのストーリー性とか台詞の濃さとかがないといけなんだなと、すごく感じましたね。
──おっしゃる通りです。
渡辺棋王:
でも今までそんな、作り手側のこと考えながら読んだことないんで。盤面をどれくらい出すかとか、バランスとか……。
明らかに、読んでるだけのが楽ですよね(笑)。
──まあ純粋な感じでは読めなくなりますよね(笑)。
渡辺棋王:
漫画を描くのって本当に大変だなと思って。でも作り手側のみなさんって、熱心なんで。そこにちょっと、お手伝いしたいなって気持ち……わきますよね。
漫画の作り手側って、本当に大変な中でやってて。スケジュールもそうだし、人気が出ないと打ち切られちゃうし……。
そういう人たちに『将棋のことわからないんで監修お願いします』って言われたら、『じゃあ……』っていう気持ちになりましたね。
──ありがとうございます! 将棋漫画は本当に大変で……盤面に歩が一枚なかったりするだけで、叩かれてしまいますからね。作品の質がそこで判断されてしまう苦しさがあります。それだけで駄作の烙印を押されてしまうので……。
渡辺棋王:
そうですよね。確かに。
──将棋を出し過ぎれば読んでもらえないし、将棋をしっかり描けないと叩かれる。本当にね、かけた労力に比べてリターンが少ないジャンルだと思うんです。
渡辺棋王:
難しいですよね……プロ棋士や将棋ファンに評判がいい将棋漫画って、つまりマニアックになりすぎてるって意味ですから。
だからやっぱり、将棋だけじゃない、緩さが必要なんですよ。それこそ……女の子が上がり込んでくるくらいの(笑)。
──あははははは!!! そこは将棋以上に叩かれたところですけど(笑)
渡辺棋王:
ギリギリありなんじゃないですかね? そんなこと普通はありえないけど……ギリギリ成り立ってる(笑)。
──細い攻めが繋がりましたか(笑)。
……この後も、渡辺とは将棋漫画の可能性について白熱した議論を交わした。
仮に渡辺が編集者や漫画原作者であったら、物事の本質を瞬時に見抜く視線と、その上でバランスを失わない現実的な勝負勘によって、ヒット作を連発していただろう。
サブカルチャーという私の土俵ですら、その鋭い視線から繰り出される意見には唸らされるものがある。
現在の混沌とした将棋界も、渡辺にかかれば、非常にスッキリと整理される。渡辺の示す解は、どれも明快だ。
これまで22人のインタビュー記事を公開してきたが……そこで残った疑問についても、渡辺は非常に説得力のある答えを返してくれた。
渡辺明の視線は、刃のように鋭く、厳しい。
そしてその刃は誰よりもまず自分に向けられる。全盛期をわずか2年と分析していたことには、衝撃を受けた。
『マイナスの戦い』。
何よりその言葉が強烈な印象として残った。
渡辺は、いつからそんな戦いを強いられていたのか?
だが今回話してみて、渡辺からはマイナスの気配を感じることはなかった。
将棋界の変化や、まだ戦ったことのない藤井聡太について生き生きと語る渡辺は、純粋に楽しそうだった。
10月21日に名古屋で行われたJT杯では、角換わりの最新流行型を採用して羽生を撃破。4年ぶりの決勝へと駒を進めた。
漫画監修を含め、新たなことに挑戦する渡辺は今、マイナスではなくプラスの戦いをしているように、私には感じられた。
上を向いた渡辺がどれほどの勢いで昇っていくかは……この叡王戦が示してくれるだろう。
天を翔る龍のように閃く、渡辺明の姿を。
ニコニコニュースオリジナルでは、第4期叡王戦本戦トーナメント開幕まで、本戦出場棋士(全24名)へのインタビュー記事を毎日掲載。
■次のインタビュー記事
・なぜ羽生善治だけが伝説なのか?【vol.24】
■叡王戦24棋士 インタビュー連載
・記事一覧はこちら
■ニコ生公式将棋Twitter(ニコ生将棋情報はこちら)
https://twitter.com/nico2shogi
■将棋関連番組
・第4期叡王戦 本戦 及川拓馬六段 vs 増田康宏六段(10月27日放送)
・第66期王座戦 五番勝負 第5局 中村太地王座 vs 斎藤慎太郎七段(10月30日放送)
・第4期叡王戦 本戦 斎藤慎太郎七段 vs 藤井聡太七段(11月23日放送)