話題の記事

ノーベル経済学賞 日本人が受賞できない理由を教えます ~経済学界が抱える謎と闇~

 「日本で研究している限り、経済学賞は今世紀も無理だろう」。いよいよそんな言葉まで囁かれ始めた日本人にとっての鬼門・ノーベル経済学賞。日本人候補者として長年候補に挙がっていた宇沢弘文氏と青木昌彦氏が昨年の2015年に死去され、現在有力視されているのは、米プリンストン大の清滝信宏教授のみ。
 「ノーベル物理学賞、ノーベル化学賞などと比べ、なぜ経済学賞には縁がないのか?」「そもそも経済学賞って、社会的な有用性や貢献度ってどんなもんなのか?」、そんな経済学界のナゾ&闇について経済学者である田中秀臣小幡績両氏に加え、翻訳者兼評論家である山形浩生氏が分析。そして、急遽電話参戦となった安田洋祐氏とともに”経済学賞発表瞬間の生実況&受賞評”の模様をお届けします!


n01
左から田中氏、山形氏、小幡氏

ノーベル経済学賞は竹中平蔵が作った!?

田中:
 そもそも経済学賞はノーベルの遺言にはなく、スウェーデン銀行が創立300年を記念して新設を働きかけ、1969年に授与が始まった賞です。まだkindleでしか発売されていない書籍なのですが、ノーベル経済学賞について語られているスウェーデン人経済学者アブナー・オッファーとガブリエル・ソダーバーグが書いた「ザ・ノーベル・ファクター」という本を読んで分かったことがあります。それは……ノーベル経済学賞は竹中平蔵が作ったんです!

山形:
 ファッ!?

田中:
 その道筋を作ったスウェーデンにおける竹中平蔵みたいな人がいるってことなんですよ。1969年の始まりから関わっていて、1980年から1994年の間とても権力を持っていた人物。今も存命でスウェーデン最大の経済学者、名をアサール・リンドベックというのですが、上記の期間、ノーベル経済学賞の選考委員会の議長を務めていた。彼は簡単に言うと市場主義的な人で、規制緩和や民営化を重視した、まさに竹中平蔵的な考え方を持っていた。スウェーデンのような福祉国家的なことに対しても、首尾一貫して反対していました。ノーベル経済学賞ってシカゴ学派の影響が強いと言われているのですが、彼が議長を務めた期間中、受賞者の8割くらいはシカゴ大学に勤めていた背景を持つ。その後、その路線が確立し、今に至っているという現状があります。

山形:
 その方って今もいるんですか?

田中:
 生きてはいます。そして、その後継者たちが委員会を占めている。94年に議長を退任したものの、95年にまたシカゴ大学のロバート・ルーカスが受賞していることからも、その路線が続いていることは疑いようがない。

山形:
 でも、ルーカスはどこかの段階であげないわけにはいかないくらい功績のあった人でしたよね!?

田中:
 それを言ったらやらなきゃいけない人は、まだまだものすごくいますよ(笑)。

小幡:
 スウェーデン人が意外に受賞するというのはありますね。私がハーバード大学に行ったときにクラスメイトのおじいちゃんが貨幣理論で有名なグンナー・ミュルダールだった。彼はフリードリヒ・ハイエクとともに経済学賞を取りましたよね。この人の奥さんであるアルバ・ライマル・ミュルダールはノーベル平和賞を受賞しているというとんでもない夫婦(笑)。ただ、クラスメイトだった孫は遊んでばかりでしたねぇ。彼のお父さんはデレク・ボクといってハーバードの学長をしていたというくらい華麗なる一族。そんなすごい人たちがゴロゴロしているので、経済学賞に関しては日本人にまで回ってこないというのが現実なんじゃないのかなぁ。

田中:
 余談ですが、ミュルダールには、息子に作家のヤン・ミュルダール、娘には哲学者のシセラ・ボクがいます。作家のヤンは、親がノーベル賞を受賞したときに、「俺はネグレクト(育児放棄)の家庭で育った」という暴露本を出して話題になりましたね。

山形:
 ははははは(笑)。

受賞者の傾向と日本人が取れない理由

田中:
 受賞に関して調べてみたところ、アメリカ国籍を持っている……今話題の二重国籍もカウントするとアメリカは56名、全受賞者の約68%、イギリス国籍が9名、その他の国は3名から1名と分散しています。旧英領含めて世界の13ヵ国が受賞している。男女比が76名中、女性はエリノア・オストロム1人。女性には厳しい賞だと言えますね。受賞時の所属大学は先述したようにシカゴ大学の影響が強く12名で全体の約16%を占める。出身大学別で言うと、アメリカの大学出身者が53名。出身大学だと1位はハーバードの10名、同じくMITも10名で並んでいます。シカゴ大学は8名。

n02

小幡:
 ハーバードで教授のときは取れないって話もありますよね。ハーバードからほかの大学に引っ張られて移ったとたんに受賞するというパターンがけっこう多い。これは悲しい現実です(苦笑)。アル(アルヴィン)・ロス、そしてエリック・マスキンも移るや受賞……ハーバードにいると取れないというね。アメリカの研究が最も進んでいるものの、ヨーロッパでの評価も高くないといけない。そのため経済学賞を取るには、ヨーロッパでも一定期間活動していたほうが取りやすいという説が昔はありましたね。一概には言えないですけど。

山形: 
 アジア人はインドのアマルティア・セン1人だけですか?

田中:
 そうですね。

山形:
 それって経済学全体を見たときに、「それは明らかに比率がおかしいだろ?」と思うのか、「まぁそんなもんだろう」と思うのか、どちらでしょう?

田中:
 経済学賞は市場主義の人たちに与える傾向にある。ノーベル賞本体とノーベル経済学賞は微妙にズレていて、経済学賞はスウェーデン中央銀行が与える賞ゆえにマーケット寄りなんですよ。ノーベル自身は社会民主主義者の人、つまり政治の介入があってこそ市場はうまく機能するという人。ノーベルの子孫の中には経済学賞を批判している人もいるほどです。経済学の格付けに使っている、しかもその経済学も特定の経済学だったりする。なんで日本人が取れないかというと、一つは日本の経済学においてマーケット中心のメカニズムを信奉している経済学者は全体の約半分くらいであるということ。

山形:
 残り半分は?

田中:
 マルクス経済学の影響を持った人や、経済学の観点からではなくて実際の現場から見る地道なフィールドワーカー(実務家)みたいな人たち。そういう人たちが経済学を教えていたり、論文を書いていたりする。日本は戦前までアメリカ、イギリスの経済学ではなく、ドイツ歴史学派やマルクス経済学の影響が非常に強かったこともあって独特な背景がある。新古典派経済学、ケインズ経済学を含む”市場で得られる情報で評価する人間の暮らしの良し悪しの経済学”、つまり今の正統派経済学と言われている潮流とは趣を異にする流れがあるわけです。

小幡:
 日本人が取れない大きな理由は、1950年代、1960年代の一番重要だった時期にマルクス経済学が主流だったということ。私の恩師でもあり、かつては日本人最有力候補とも言われていた根岸隆という人物がいるのですが、彼が東大で勉強していたときはマルクス経済学のゼミばかりだったと言いますからね。経済学の基礎が大きく発展した時期に、マル経ばかりだったというのはもったいなかった。

n03

小幡:
 もう一つ考えられる理由は、戦前はイギリス、戦後はアメリカが経済学の圧倒的な中心だったわけですね。競馬でいうところの日本産ではなく日本調教馬かどうかということが重要で、要はアメリカの大学を研究の場としていたかどうか……センもインド人ですが研究はイギリスとアメリカでしているわけです。調教(研究)の場所が重要で、とりわけ近年は共同で受賞しているケースが目立ちますから、仲間がどこにいるかということも大事ですね。国籍はいずれにせよ、アメリカで研究している人が強いのもそういう背景があるからです。根岸さんもアメリカ・スタンフォード大学などでケネス・アローなどと一緒に研究をしていた過去を持つ。ジェラール・ドブルーが取ったときに一緒に受賞してもおかしくなかったけど、早くに日本に戻ってきたため評判や影響力が下がったからか届かなかった。やはり「極東の知る人ぞ知る」みたいな存在になると難しい。 

とは言え、日本にも経済学賞が取れそうな人がいないわけではない!

山形:
 日本だと清滝信宏さんという方がしょっちゅう候補として名前が挙がるのですが、他に取れそうな人というと万が一でも誰でしょう?

田中:
 似たような業績がすでに受賞しているとなると厳しいですが、林文夫さん。あとは、センの弟子でもある鈴村興太郎さん。

小幡:
 あとはスタンフォード大学で教鞭を取っている雨宮健さんかなぁ。

田中:
 でも、本命で言えば清滝さん。この人はリーマンショックの後の2011年、2012年あたりに注目されて以降、経済学賞における村上春樹的な存在になった感があります。毎年取るんじゃなかろうか、というね。あと、浜田宏一さんも……ただ浜田先生が取るとなるとFRB議長だったベン・バーナンキも取りかねない。

山形:
 他界してしまいましたが、青木昌彦先生もよく取る取らないの議論になっていましたがどうなんですか?

小幡:
 日本人からすると「取ってほしい」という気持ちはありましたが、世界的には少しマイナーな存在だった。制度が重要だという制度学派の流れを汲むため一定的な影響はあったかもしれませんが、メインストリームじゃない。実績のある人が横一線でたくさんいるときに誰にあげるかというと、ぶっちゃけ誰でもいい(笑)。そういう中で「まぁ彼ならいいか」と学者同士が思えるような人物でなければならない。意見が分かれるような人は難しくなるでしょうね。 

田中:
 05年06年ごろに、「日本人はノーベル経済学賞を取れるか?」という論文を書いてくれという依頼がありました。それにともないトムソン&ロイターで引用件数を調べたのですが、日本で権威と言われていた宇沢弘文さん、森嶋通夫さんの名前は件数として高いけれども、当時すでに経済学賞を取っていた面子と比べるとちょっとケタが違った。青木さんに関しては両氏よりも少ないほどでしたね。

山形:
 なるほど~。

田中:
 青木さんは中国経済の研究などもされていましたが、それで言うと一緒に研究をしていた呉敬璉なども可能性がある。中国経済はバブル崩壊などと言われていたけど、かなりの成長率を見せていることは確かです。マーケットという観点で見ると、中国の方が先に経済学賞を取りかねない……そうなったら嫌だなぁ(笑)。あとは、政治的に振れるというのもあるでしょうね。今は世界的に見て反緊縮主義。つまり財政をどんどん回転させようぜという流れがある。マクロ経済系で反緊縮的な人に与えるということもあるでしょうね。そうなるとバーナンキも候補の一人となってきます。

小幡:
 財政政策や金融政策は、世界で話題になりがち。とは言え、政策の価値観を重視して与えるのではなく、財政政策の基礎を作った、研究した人のほうが受賞者としては相応しいかなぁと。バーナンキももう少し業績があればかなり有力だった。ただ、政権の中に入ってFRBという経歴を歩んでしまったので取りづらいかもね。なので、「成長論」が評価されるロバート・バローとポール・ローマーが二人で取るというほうが可能性は高いかなぁ。

 

「経済」の最新記事

新着ニュース一覧

アクセスランキング