「プーチン×安倍首相会談の“惨敗”はウソ」? ロシア研究者・小泉悠が日露関係を解説
昨年の12月に行われた、安倍首相とプーチン大統領による日露首脳会談。一部メディアでは「北方領土問題は一向に進展せず、経済協力だけを押し付けられた」との批判的な声も上がっている。しかし、日露会談は失敗だったのか? ロシア側の本当の狙いと安倍政権の意図とは? ロシアとの友好関係は本当に対中国への牽制になるのか?
モーリー・ロバートソンチャンネルで公開中の動画『小泉悠×モーリー プーチンの国家戦略と北方領土』では、この日露首脳会談を切り口に、ロシア研究者・小泉悠氏による日露関係の解説が行われている。
安倍首相はプーチンに「一杯食わされた」のか?
モーリー:
安倍さんとプーチンさんの会談、これは結局なんだったのか、ということなのですが。
小泉:
12月の会談は、メディアなどには“外交敗戦”という捉えられ方がありますよね。確かに、日本側が期待値を上げすぎてしまっていたことには間違いがなくて、「なんかプーチンが来て、少なくとも(北方領土の内)2島は返ってくるんでしょ?」みたいな雰囲気があったわけですよね。
モーリー:
そういう雰囲気って、誰が作っていたんでしょう? 例えば、官邸の中とか外務省に「そういうふうになったら良いな」という希望的観測を押し出してくる人達がいるんでしょうか?
小泉:
外務省ロシア課の保守本流というのは、やっぱり、そんな妥協をする場所じゃないと思うんですよね。でも、例えば、自民党の中から一月解散説みたいなのが流れて、「これで北方領土を手土産に解散するんだ」みたいな話が自民党幹部の中から出てきて、それが新聞に載ったりもしています。
ただ、やっぱり政府の中枢の人々にも国民にも、なんとなく「いけるんじゃないか?」という希望があったんだと思うんですよ。一方、ロシア専門家とか、メディアの中でもロシアをやってる人達っていうのは「世の中はずいぶん加熱しているなあ。でも、そんなに甘くないですよ」と、考えていたと思います。
だけど、じゃあ今回の会談について「プーチンにいいようにやられて、食い逃げで、安倍さんは惨敗でした」ということだったかというと、私はそうではないと思うんですね。今回の日露首脳会談について、私は「安倍さんはかなりの賭けに出たんじゃないか?」と思うんですよ。
日本は、それまで政経不可分原則を持ってたわけですよね。つまり、「経済協力をするんだったら、ちゃんと領土と結びつけてくださいよ」っていうのが日本側の原則だったじゃないですか。ところが、プーチンさんは日本に来る前に読売新聞の独占インタビューの中で、「領土と経済は交換ではないですよ」とハッキリ言ってるんですよ。まず、経済協力によって何らかの“雰囲気のようなもの”を作って、それが出来てから今度は島を渡せるような信頼情勢作りを初めて、それから領土の話が出来るんだって言い方をしてたんですよ。つまり、プーチンさんは「日本の政経不可分原則は認めない」って言ってるわけですね。
そこをあえて、安倍さんは飲んだわけですよね。つまり、「領土の話はしないけど、その代わり経済協力の話をしましょう」と言って、実際に80本もの文書に署名したわけですよ。まあ、この80本というのは、この話がなかったとしても民間が勝手にやっていた分も含んでいるので、必ずしも数通りの評価はできないんですけども。でも、少なくとも、「領土の話と切り離して経済の話をして、それから今後につなげましょう」というアプローチを取ったわけですね。
皆さんが心配している通り、この方法を取ったからといって、必ずしも今後、領土の話が出来るかはわかりません。依然として食い逃げの可能性は残っているんだけども。だけど、あえてそれを冒して、なおかつ国民からがっかりされることも受け入れて、まずは経済の話から始めた。こういうのが今回の安倍さんのアプローチだと思うので、対内的にも対ロシア的にも賭けだったんだと思うんですね。
さらに言えば、今、シリアでロシアとアサド政権が反体制派に対して行っている軍事作戦が、非常に評判が悪い。しかも、ウクライナ危機の方もまだ片付いていなくて、EUは経済制裁の延長を決めましたし、日本もG7の一カ国として経済制裁を行っているわけですよね。
モーリー:
弱々しくね。
小泉:
そう。本当に形式的ですけどね、日本の経済制裁は。だけど、やってるわけですよね。そうすると、やっぱりG7の身内の中から「抜け駆けじゃないか!」と言われるてもおかしくない部分があったわけですよ。でも、その危険をあえて冒してまで、そういうアプローチを取った。
つまり、西側に対しても、ロシアに対しても、国民に対しても、全て賭けだったんじゃないですかね、安倍さんは。つまり、ここで大きな経済協力を行ってでも北方領土問題を次に繋げて行きたいという強い意志でやったと思うんですよ。ですので、私は「なんだかんだロシアに丸め込まれて経済協力を持って行かれた」というのではないと思う。かなり日本側から主体的にやってると思います。
モーリー:
これはちょっと複雑で、憶測の領域にも踏み込むことなんですけど。かつて70年代に中国と国交正常化した時に、やはり手土産として膨大な経済協力を持っていきましたよね。その時も「尖閣諸島の問題はいったん棚上げにしよう」ということで両者が合意して。まあ、今回とは質が違うんですけども。
でも、その後、中国が発展して力を付けるに従って、中国の地政学的な意志・戦略に日本は長らく弄ばれるようになっちゃった気がするんですね。「投資したければウチの法律に完璧に従え!」と言われたこともありましたし、「チベット問題その他、民主主義じゃないとか、弾圧とか、天安門とかに関する文句を一切言うな!」と言われて。日本はそれを丸飲みしたんですよ。
だけど、そうやって中国に譲っている内に、いつしか中国のミサイルが日本に向いているという、すごい“してやられた”感(笑)? つまり、政経分離で話を勧めた結果、中国に関しては、「失敗した」というレッテルは貼れないけれども、相当に不都合な予期せぬ事態を招いてしまっているんですよね。
しかるに、そういった中国における事例が近くにあるにも関わらず、ロシアに対して「政治の問題は後にして、とりあえずインベストメントはガンガンやりますよ! ロシアの極東地域は任せてください! インフラも作りますよ!」と、そんなに出ていって第二の問題を招き入れることにはなりませんかね?
小泉:
その可能性は、やはり拭えないと思うんですよ。今、安倍さんが経済協力をすると言ったからといって、ロシア側の態度が軟化してくれる保証なんてないですし、基本的にロシアの立場としては“0島”(返還なし)だと思うんですよね。経済協力についても「ロシアは投資が入ってきてくれて嬉しい。日本は物が売れて嬉しい。だからウィン・ウィンじゃないですか」っていうのが、たぶんロシアが落とし込みたいところなんですよ。
でも、かといって、政経不可分原則を維持したままでは、これから何も出来ないわけですから、「経済協力をテコにして、そこから話し合える雰囲気にしていきませんか?」というのが、たぶん安倍さんのやりたいことなんでしょうね。
モーリー:
なるほど。