映画『ダンケルク』が世界中で大ヒット。『ダークナイト』『インセプション』も手がけた天才監督・クリストファー・ノーランの手法に迫る
太平洋戦争中にナチスドイツ軍によるフランス侵攻の最中に起こった戦闘「ダンケルクの戦い」を描いた、クリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』が全世界興行収入5億ドルを突破しました。
これを受けて10月11日放送の『ニコ論壇時評』では、漫画家の山田玲司氏がアシスタントの乙君氏、しみちゃん氏に本作の解説を通してクリストファー・ノーラン監督作品の魅力を語りました。
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『ダンケルク』は“言葉で伝えない”映画
乙君:
これは好き嫌いで分けられない映画じゃないですか……何も言えないという感じですね。
山田:
映画を見てどんな気分になった?
乙君:
気分が上がっているのか下がっているのかと言えば……はっきり言えば下がってますよ。
山田:
下がってるのか(笑)。
乙君:
だいぶ下がってますよ。
山田:
俺はめっちゃ気分が上がったよ!
乙君:
上がった? 見終わった後に「クリストファー・ノーラン、最高な仕事したぜー」って?
山田:
なったよ。
一同:
(笑)
山田:
やっぱり、クリストファー・ノーランはめっちゃすごかったよ。ストーリーはフランスがドイツに攻め込まれて占領されている状態で、それをフランス軍とイギリス軍が何とかしようと思ったら包囲されてしまった。
とりあえず一旦退却せねばならない、という話なので「敵を倒す映画」ではなく「敵から逃げる映画」なんだよね。そこがまた面白くって、とにかく最初から最後まで逃げなければならない。
山田:
ノーランは、どの映画も“つかみ”が上手過ぎる。さーっと静かになって、カメラがゆっくり降りてくると、そこに一人の主人公がいて、なにやら不穏な雰囲気に。そしていきなり「走る」。とにかくノーランといえば、「走る」。これが大事。
乙君:
そうなんですか。
山田:
しかし、出口がないんです。本人も、この作品を戦争映画というよりは、サスペンスとして撮りたかったそうで。何より秀逸なのが、最初のシーンで若い兵士が数人、誰もいない街の中にいる。シーン……としている綺麗なフランスの街なんだよ。
山田:
そして、いきなり戦いが始まって「ここは戦場だ!」ということをわからせる。あっちに逃げてもダメ、こっちに逃げてもダメ。そして、周りがガンガン撃たれていく。その状況で何を感じるかというと、「ここにいたら確実に終わる」という雰囲気が伝わってくる。
塀を乗り越えて、向こう側の味方のところに行こうとして、やっと出られたのが海岸線。そこに行くと一気に広くなるんだけど、みんなで列をなして、脱出の順番を待っている。ここが大事で、脱出の順番を待たなきゃいけないんだという絶望が伝わってくるんですよ!
山田:
その「現実とはこういうものだから、受け入れろ」というのを、それまでほぼ会話無しで、しかも画1枚だけで見せる! これがすごいんですよ。
乙君:
そうですね。
山田:
要するに「言葉で伝えない」というのがノーランの手法だと思ってもらいたい。
男性はノーラン作品が好きだが、女性には不評な理由
山田:
クリストファー・ノーランの作品は、男たちは大好きなのに、女の子達にはあまり好きじゃないと言われる。この映画を熱く語る男たちを、女の子達がウザがる理由を説明しますね。
山田:
まず一つ目は、“リアルで美しい”こと。画面が静かで、音は波の音しかしない、かつ不穏でリアルな雰囲気を感じさせる。モノトーンの中に、少し色が入っているのが、現実は暗いんだけど、希望はあるサインであり、それを画で見せるのがノーランスタイル。ほとんど作品の中に、グレーの中に一色だけ色が入ってるの。
この“挿し色スタイル”というのが、グレーの画面の中で、この部分だけなんだよ。いくつか色が入るシーンもあるんだけど、どの画面を見ても、基本的に色で何かしらを主張している。
山田:
この描写の反対側に存在するのが“新海誠”で……。新海誠とノーランの画を比べると、新海誠はキラッキラ過ぎるんだよ! 「お前、何色重ねてるんだよ!」 って。
一同:
(笑)
山田:
「向こうの雲をくどく描こうとし過ぎ!」 みたいな(笑)。でも、あれは夢を描いているから良いんです!
乙君:
なるほど!
山田:
「夢の中にも真実があるのではないか」というのが新海スタイルだけど、「暗い現実の中にも希望があるのではないか」 というのがノーランスタイルなんだよ。
乙君:
なるほど! 真逆なわけですね。
山田:
だからノーランスタイルを見ていると「世の中なんて、どうせ綺麗事だろう!」と荒んだ男たちの気持ちが「そうそう! これくらい地獄だよね!」から、だんだんと光が射してきて「ちょっとはいいことあるよね!」 と感じられるようになる。荒んだ男たちの心の中に一筋の光を入れるのが、ノーランなんですよ。
乙君:
よくわかった。
山田:
そして正直なところ、男たちは、女たちと議論したくないんです。男は女と仲良くはなりたいけど、会話をしたいと思っているわけではないんです。これ『ダークナイト』のセリフで出てきます。
山田:
『ダークナイト』のあるキャラクターが、女に向かって「お前と一緒にいるのは、話をするためじゃねえぞ」と言うシーンがあるんだけど、ノーランがすごいのは、脚本も自分で書くんだよ。だから脚本の節々にノーランの本音が入ってくる。
このノーランの本音に「諦めきれない女々しい男」というものがかなり入っている。ここがまた面白いところで『ダークナイト』でも顕著なんだけど、とにかく女の人と喋りません! ましてや、この『ダンケルク』に至っては、女がほぼ出てこない。
乙君:
確かに。
山田:
だから「救助に来る船の中の看護婦さんが、ちょっとだけご飯をよそってくれる」シーンが面白くて。女はあの一瞬だけ映るんだけど、そういうのいらないし! That’s ノーランスタイル!
一同:
(笑)
山田:
「私の気持ちをわかって!」と言われる前にいなくなってしまう。これがノーランスタイルです。いなくなるか、とにかく即暴力。
乙君:
要するに議論する時間もないと。
山田:
キレるのが早すぎるの。『ダークナイト』のバットマン、キレるの早すぎるけどジョーカーの方が早いからね。相手を見もせず躊躇なく撃つ、というか議論の余地がない。でも男って本当はそういう生き物なんだよ。「もう答えは決まっているんだ!」という感じで。
乙君:
やるかやらないかなんだ。
山田:
気づいたら即行動、ぐだぐだしないというのが、ノーランの映画の流れ。とにかく主人公がまず先に行動に出るから、先が読めない。「次はこう来るんだろうな」と思い浮かんでいる余裕もなく、すぐにシーンが移ってしまう。これが『ダークナイト』の中で、ジョーカーが「俺は一歩先に行くから」と言い、ケケケと笑う理由です。
一同:
(笑)
山田:
映画を見ている人だったらわかるかもしれないけど、ノーランの映画といえば「前走ってるかな? と思ったら、横からドーン!」という感じ。
乙君:
はいはい、わかります。
山田:
この横からドーンが『ダンケルク』でもやたら出ていて。「人生はコントロールが不可能だし、次に何が起こるわからない」っていうことを、今まではSFの系譜で見せていた。それを今度は、「実際の戦場もそうだったんだ」と表現する。『ダンケルク』ではそれを徹底した。
40万人の人が砂浜で閉じ込められて、ドイツ軍に包囲された。おまけに、来る船が足りない。しかも船のところまで辿り着かなければならないから、そこで大変な攻防戦が起きる。極めつけに、上から飛行機が撃ってくる。逃げる場所もなく、ただただ撃たれるだけという地獄。しかも助かる人は、ただ運が良かっただけなんだよ。
山田:
そういった地獄の世界で「どうやって逃げ延びるか」というところを描いていく。
乙君:
そこも含めて、男たちが燃えるんですね。