「もし明日、あなたがゾンビになったら?」生き残るより“ゾンビとして生きる”ためのライフハックを専門家に聞いてみた【近畿大学総合社会学部 ゾンビ先生(岡本健教授)】
■サンとアシタカは「究極の別居婚」
――ここからは、ちょっとデリケートな「ゾンビの恋愛」についても聞かせてください。ゾンビになっても、誰かを愛したり、結婚したりすることは可能なんですか? やっぱり「かじりたい」という本能が勝っちゃうんでしょうか。
ゾンビ先生:
そこはもう、ゾンビものの永遠のテーマですよね。まず紹介したいのが、『ウォーム・ボディーズ』という映画です。これは男性のゾンビが人間の女性に恋をする、いわば「ゾンビ版ロミオとジュリエット」なんです。

――ゾンビが恋。ちょっと悲しい話になりそうです。
ゾンビ先生:
それが、結構ハッピーエンドなんですよ(笑)。その世界では、ゾンビたちは人間との温かいコミュニケーションを重ねることで、実は「人間に戻る」という設定がある。
でも僕は、ゾンビのままでも適切な距離感があれば共存できると思っていて。
――ゾンビのままの愛……。それはそれですごくハードルが高そうです。
ゾンビ先生:
例えば、ゾンビが他者の比喩だとするならば、パートナーや友人が「化け物に見える瞬間」って、リアルの人間関係でもありますよね。
お互いに、どんなに長く付き合っていても、埋められない他者性がある。その時に、ゾンビという装置が生きるんです。

――「他者との距離感」って、喧嘩しないようにあえて距離を置くというような感じでしょうか。
ゾンビ先生:
そうなんです。映画『もののけ姫』のサンとアシタカのラストシーン、覚えてますか? 「サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。共に生きよう」ってアシタカが言うじゃないですか。あれ、冷静に考えたら「別居婚」ですよね(笑)。
――(笑)。確かに、一緒に暮らしてはいない。
ゾンビ先生:
価値観の違う他者を「消す」ことはできない。だからこそ、無理に一緒にいるんじゃなくて、あえて距離を置く。
それが一番トラブルが少ないし、幸せに暮らせる方法なんじゃないか。ゾンビと人間の「もののけ姫型・別居婚」は、一つの理想の共生モデルだと思いますよ。
■ゾンビ同士の子供「ゾンリンガル」の誕生
――「別居婚」という距離感は非常に納得感があります。では、その一歩先、ゾンビ同士が惹かれ合って、その先に「子供」ができる、なんていうパターンはあるんですか?
ゾンビ先生:
ありますよ。例えば『28年後…』という作品では、ゾンビが子供を産んでいる描写があるんです。パンデミックが起きて28年も経てば、ゾンビの中で妊娠・出産が行われる。

――ゾンビから生まれる子供。それは果たしてゾンビなのか、人間なのか……。
ゾンビ先生:
そこが面白いところで、生まれた子は感染していないこともある。でも、『ディストピア パンドラの少女』という作品では、菌類によってゾンビ化した母親から生まれた子供が、「間の存在」として描かれます。
人間と会話もできるけど、血の匂いを嗅ぐと猛烈に凶暴化する。まさに『鬼滅の刃』の禰󠄀豆子(ねずこ)ですよ(笑)。

――ハーフのような、一番危うい存在ですね。
ゾンビ先生:
そう。この「間の存在」である子供をどう教育するか。ゾンビのコミュニティで育てるのか、人間の学校に入れるのか。
お父さんがアメリカ人で、お母さんが日本人の時に、どこの国の学校に入れるか悩むようなものです。ゾンビ界でも「ゾンリンガル(ゾンビ語と人間語のバイリンガル)」を育てる教育プランが必要になる。
――「ゾンリンガル」! パワーワードすぎます(笑)。
ゾンビ先生:
(笑)。でも、そうなるともう「人間を救う」なんて合理的な理由はなくなるんですよ。
その子供たちは、菌類と共生している状態こそが「ネクストステージ(ポストヒューマン)」だと考えて、あえて菌糸をばらまく判断をしたりする。ゾンビ婚のリアルを突き詰めると、実は人類の交代劇という壮大な話になっていくんです。
■カミングアウトは不要。「だって、みんなゾンビだから」
――自分がゾンビになったことを、家族や恋人にどう伝えるかという「カミングアウト」の問題もありますよね。
ゾンビ先生:
タイミング、悩みますよね(笑)。でも、最近の『バイオハザード』のフルCG映画なんかでは、もう全人類の中に既にゾンビの因子がある、という設定が出てきたりします。
――最初から全員持っている、と。
ゾンビ先生:
そう。何か刺激があったら、全員そうなる可能性がある。そうなると、もうカミングアウトする必要なんてないんですよ。「ああ、お前もか」で終わりですから。

――「自分だけがハンデを背負っている」と思うから言えない。でも全員ゾンビなら、それはもう単なる「個性」ですよね。
ゾンビ先生:
そうです。あなたがカミングアウトを恥ずかしいと思っているのは、ゾンビであることを「恥ずかしいこと」とか「ハンディキャップ」だと思っているからではないか。みんなゾンビなら、そんな悩み自体が消えてしまう。
■「地獄」の解像度は「天国」よりも圧倒的に高い
――先生、でもゾンビって「あー」とか「うー」しか言わなくて、意志がないようにも見えます。それは不幸ではないんですか? 悩みがない代わりに、喜びもない。
ゾンビ先生:
そこが面白いところで、天国って解像度が低いんですよ。みんな幸せで終わり。でも地獄って多様で解像度が高いんです。ゾンビになるっていうのは、今そこにある肉を食うことだけで動いている「今しかない」状態。未来のことを考えない。
――未来を憂うことがない。
ゾンビ先生:
でも、それってスマホをいちいちチェックし続けなきゃいけないような「複雑怪奇な世界」からの解放でもあるんですよ。今の人間は寝る時も枕元にスマホを置いて、これと一緒に生きてる。もう「ポストヒューマン」に近い。
そんな世界がめんどくさい、全てから解放されたいという欲求がどこかにあるから、ゾンビは羨望の対象にもなる。

――「おばけにゃ学校も試験もない」という水木しげる先生の世界観、その究極形ですね。
ゾンビ先生:
そう。本能の赴くままに生きて、悩まなくていい。人間は悩み苦しむ世の中なんだけど、その中で自分の幸せだけでなく、他者の幸せを喜びながら生きていける。苦しいことの多くも、幸せなことの多くも、人間関係の中にある。
ゾンビになることは、そういう人間らしい幸せを捨てることではあるけれど、同時にしがらみからも解放される。どっちがいいか、ということなんです。
■「魔界の平和」と、地獄に敷かれた官僚制
――先生がVTuberとして活動される時の「ゾンビ先生」というキャラクターには、何か理想の社会像が反映されているんですか?
ゾンビ先生:
私の「ゾンビ先生」は魔界から来ているという設定なんですけど、魔界って意外と平和なんですよ(笑)。悪いことをする奴もいるけれど、基本的にはみんなやりたい放題やっていて、それでいて社会が回っている。
――魔界にも社会があるんですね。
ゾンビ先生:
あるんです。それこそ『地獄の辞典』みたいな19世紀の古い文献を見ても、地獄には「公爵」や「騎士」といった階級がしっかりあって、官僚制が敷かれている。
ゾンビだって、ただ無秩序に人を襲っているわけじゃなくて、そこにはゾンビなりの「秩序」や「集団のルール」がある。私がVTuberを始めたのは、そういった「あちら側」の視点に立って、人間社会のルールを相対化して見たかったからなんです。

――人間側から見れば「パニック」でも、ゾンビ側から見れば「日常」が流れているだけかもしれない。
ゾンビ先生:
そうです。スマホの電波で一斉に同じ方向を向いて殺到する人間たちのほうが、よっぽどゾンビの設定に近い動きをしているかもしれない。今の人間は、自発的に「複雑怪奇なシステム」の一部になって、そこから抜け出せなくなっていますから。
■最後に:ゾンビになることは、究極の「自分探し」である
――今回の取材を通して、「生き残る」ことだけが正解ではないという、目から鱗の視点をたくさんいただきました。最後に、明日をも知れぬ不安な時代を生きる読者にメッセージをお願いします。
ゾンビ先生:
ゾンビになることは、決して「人生の終わり」ではありません。それは、人間という重すぎる鎧を脱ぎ捨てて、本当の自分——本能と向き合う「新しい生の始まり」なんです。
――自分探しの旅が、死んだ後に始まると。
ゾンビ先生:
「人間という役割を辞めた後に、何が残るか」。そこにこそ、あなたの本質があるはずです。
もし明日、あなたが運悪く噛まれてしまったら、絶望せずに「さて、どんな新しい死後をデザインしようか」と、少しだけワクワクしてほしい。
ゾンビ学が、あなたの「死後のQOL(生活の質)」を、ほんの少しでも豊かにする一助になれば嬉しいですね(笑)。

ゾンビ談義をしていたつもりが、いつの間にか「(死後の)人生相談」になってしまった。
岡本教授、ゾンビ先生が語るゾンビは、もはや恐怖の対象ではなく、過剰に複雑化した現代社会から我々を救い出す「最後の聖域」のようにすら思えた。
「スマホを全部やめて解放されたい」という現代人の本音が、ゾンビという装置に託されている。
明日もし、世界が終わっても。あるいは、自分がゾンビになってしまっても、「座布団一枚のスペースがあればいいし、においさえケアすれば、まあ何とかなるか」。
そう思えた時、この息苦しい世界がほんの少しだけ、シンプルに見えてきた。
■インフォメーション
■関連番組情報
【聖夜はゾンビ】ナイト・オブ・ザ・リビングデッド【ニコニコ無声映画・特別編】(12月24日(水)21時から)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv349470573
■関連書籍情報

『ゾンビ化する社会 生きづらい時代をサバイブする』(販売ページへ)

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