シオンタウンのBGMを聴くとなぜ「怖い」と感じるのか? 元プロミュージシャンの音楽心理学者が解説
ーーとなると、ドラクエの冒険の書が消えるときの『デロデロ』音はどっちになるんでしょうか。
『ぼうけんのしょはきえてしまいました』
https://youtu.be/gQf_QTsvXCU
池上:
デロデロ音は、結構怖いです。急にぼーんって大きい音が出てくるので。
急な音の大きさっていうのと、あと音色も鋭いです。
立ち上がりと言ったりするのですが、音の鳴り始めからピークになるまでが、『ぶわー』とだんだんと上がっていくのではなく、『ばーん』といきなり大きい音色なので、これは脅威を感じさせやすい『生得的』なほうに近いと思います。
くわえて、冒険の書はセーブデータですから、それが消えるとなると、プレイヤーからすると恐怖(笑)。
こちらも経験とも結びついていますね。この音楽と、データ消失をするっていう今までの積み重ねてきたプレイが消えてしまうというのが結びつくと、音楽そのものが『恐怖』になってしまうんですね。
ーーなるほど。実はもう一つ気になる音があって、ニンテンドー64の『星のカービィ64』の工場ステージの曲なんですが、子どもの頃聴いて以来、個人的にすごく怖いんです。この曲は生得的なのか、経験と紐づいた怖さなのかどちらでしょうか。
『【星のカービィ64】BGM こうじょうけんがく 【30分耐久】』
https://www.nicovideo.jp/watch/sm42791050
池上:
この曲は、怖いというか緊張感がある感じですね。
ーーゲーム内だと、このステージは攻撃にあたると一撃でやられちゃうステージなんです。そういうステージという刷り込みがあるから怖いのか。それとも生まれつきのほうの反射で怖いのか気になったんですよね。
池上:
なるほど。とても緊迫感があるステージなんですね。
となると、やられてしまう怖さと合わさってるのも大きいのかもしれません。
恐怖というのはとネガティブで、感情としては緊迫感ともわりと近いんです。
なので恐怖と結びついたのかもしれません。

ーー恐怖と緊張感が近いところにあるから恐怖に思えていたんですね。
池上:
はい、そうなると思います。
私はゲームはそんなに詳しいわけではないんですが、ぱっと思い浮かぶのはいくつかあって、そのうちの一つがダービースタリオンです。

このゲームの中で、馬が怪我をして競走中止をしてしまうイベントがあります。
これが、ただの怪我の場合にはそのまま問題なくゲームは進行するんですが……。
ーー予後不良ですね。
池上:
はい、この予後不良になったときに流れる音楽があって、音楽単体で聞くと、悲しい感じの曲調というだけなのですが、個人的には今まで一生懸命育ててきた馬が、命を落としてしまったという事なので、すごく恐怖というか怖いみたいな感じに私の中ではなりました。
『悲しみ』という感情もネガティブなもので、恐怖に近い感情なのでこのように感じているんだと思います。
『ダービースタリオン99 予後不良』
https://www.nicovideo.jp/watch/sm21253845
■『緊張』や『悲しみ』は『恐怖』と近いところにある感情
ーー緊張だったり悲しみという感情は恐怖と近いものだから。それが恐怖に結びつきやすいという事なのでしょうか。
池上:
私たちは生きる中でさまざまな感情を経験すると思います。
さきほど申し上げた『基本感情』という考え方は、感情それぞれはカテゴリが全く別々なものであり、悲しみという感情と怒りという感情はそれぞれ別にあるものだという前提に基づいています。
しかし、感情にはもう一つアプローチがあって、それを『次元的なアプローチ』といいます。

ーー次元的なアプローチとはどのようなものなのでしょうか?
池上:
次元は2次元、3次元とかの次元ですね。
私たちが経験する感情は二つの次元で大まかに表せるという考え方なんですが、その二つの次元というのが、『快』、『不快』というものと『覚醒度』です。
覚醒しているか、睡眠している状態かという、この二つの軸の組み合わせで表される考え方があります。
緊迫感は、覚醒的でネガティブなものといえると言えます。
恐れも同じようにネガティブで、どちらかというと、覚醒的な要素があると考えられます。
つまり、別の感情かもしれないけれども、次元で考えると割と近いところにあるために『緊張』や『悲しみ』を『恐怖』と認識するのではないでしょうか。
ーーということは、ここまでのお話の中で『怖い』と『体験』が結びついている、つまり、後天的に感じる『恐怖』は、パブロフの犬みたいな条件付けが起きているということなんでしょうか。
池上:
そうです。後天的と先ほどから申し上げていることは、まさにパブロフの犬みたいな条件づけが成立しているんです。
ーーそうなってくると、この恐怖との結びつきは実生活の中で活かされているんじゃないかなと思うのですがどうでしょうか。例えば、あの音がする、怖い! 逃げなきゃ! みたいなことに活用されているのでは。
池上:
されていると思います。
例えば、 踏切の音は日常の中で私たちが聞く音です。
あれはどういう音が緊迫感とか緊張感を与えるのかというのを利用して設計された音だと思います。

ーーふとした疑問なのですが、この恐怖と結びついてしまった音を克服することはできるのでしょうか。個人的に『エリーゼのために』がずっと怖くて。これ、どうすれば治るんですかね。
『時代を超えて想いを届ける【エリーゼのために】ベートーヴェン – クラシックピアノ – Classic piano -CANACANA』
https://youtu.be/GtK5n4qcuKw?si=v7iw3c3pyby-jJ_G
池上:
特定の音楽と特定のネガティブな感情が結びついてしまっている状態ですね。
この場合、その結びつきを自然に弱くするということはなかなか難しいですね。
ですが、克服するためには、例えば、その音とポジティブなことを新たに結びつけ直すという方法があります。
例えばおいしいご飯を食べているときにその音を聞くとか。
こうしたことを行うと、今度はネガティブなものとの結びつきではなく、ポジティブなものとのつながりが生まれます。
『エリーゼのために』って、多くの方は怖いとは感じない音楽だと思うんですよね。
それを怖いと思うようになったのって、おそらく何らかの経験があったのではないでしょうか?
ーーそうなんです! 子どもの頃、夏休みにやっていた『学校の怪談』スペシャルみたいなテレビ番組で、『エリーゼのために』を3回聞いたら死ぬというお話があったんです。それを見て以来何か怖くなっちゃって。タイミング悪く、当時の父親の目覚まし時計の音が『エリーゼのために』で、毎朝6時に鳴ってたんですよ。それがまあ怖かったんですね。
池上:
それはもう完全に結びついてますね(笑)。
克服するとなると、なかなか難しいかもしれませんが、たとえば、好きなことをするときに『エリーゼのために』を流せば克服することはできるかもしれません。
しかし、ものすごく繰り返さないと難しいと思います。
そのせいで、逆に好きなものが、怖い者のせいで結びついて今度怖くなっちゃったら嫌ですよね。

■『トラウマ』は子供のころのほうができやすい
ーーここまでお話ししてきた中で、心因性で怖いって思うものは経験からくるものだとわかりました。そこで思ったのが、トラウマになったり、恐怖症になるものって、子どもの頃にできるもののような気がしています。やはり年齢も関係しているのでしょうか。
池上:
これはあると思います。私たちの脳は生まれたときにもうでき上がっているわけではないためです。
脳には『可塑性』という性質があり、学習や経験によって脳内の神経回路が人生を通じて組み変わっていくんです。
なかでも幼少期は環境や体験による影響を敏感に受けやすいんです。
成長していく中で、『可塑性』と言って、だんだん脳の部位間のつながりができていって、完成するものなんです。
例えば、幼少期にすごい怖いシーンと、音楽が結びついたとします。
恐怖を感じる「扁桃体」という部位は比較的早く成熟しますが、その恐怖を抑えたり客観視したりする「前頭前野」の成熟はもっと長いんです。
子どもが恐怖と音楽を結びつけると、大人のように論理的に処理して解消することが難しいので、影響力は大きいと思いますね。
この時の影響力は大人になって、ある程度脳の経路ができてからよりも、子供の時の方が影響力が大きいと思いますね。
ーー確かにそうかもしれないです。個人的に『ロボコップ』の1作目がすごいトラウマになっていたので当てはまります。主人公がガンアクションするのが得意だったのに、序盤で手を吹き飛ばされてしまうシーンがあってだいぶトラウマになった時期がありました。ただ、最近見返したら、そんなに怖くなかったのはそういうことなんですね!

一同:
(笑)。
池上:
記憶の中でも無意識的な記憶というのがあります。
意識には上ってこないけれども、何か嫌だな、怖いなみたいなことは起こります。
言語的に自分では説明できないけど怖いもの、トラウマになっているものみたいなものは結構あるのではないかと思いますね。
ーーもう自分では忘れているけど、染みついてしまっている記憶のような感じでしょうか?
池上:
人にもよるとは思いますが、おおよそそのような感じではないでしょうか。
子どものときに怖いとなったものがずっと続いてきて、大人になってあらためて向き合ってみたらそんなに怖くないみたいな。
そういったことも起こると思いますね。
ーーまさに私の『ロボコップ』ですね!
一同:
(笑)。