シオンタウンのBGMを聴くとなぜ「怖い」と感じるのか? 元プロミュージシャンの音楽心理学者が解説
■音楽を聴いて『怖い』と思うのはDNAに刻まれているから
ーー今回は音楽とホラーの関係性について聞きにやってきました! どうして人は音楽から『恐怖』という感情を覚えるのでしょうか。
池上:
すごく端的に言うと、私たちが周囲にある脅威をちゃんと見つけて、その脅威に対して素早く対処できるような仕組みが備わっているから。
って言えるんですけど、この説明だとさっぱりわからないですよね。

ーーさっぱりです(笑)。
池上:
初めから説明すると、心理学の有力な考え方の一つに、文化やこれまでの経験に左右されず、人間が生物学的に備えているとされる感情を『基本感情』と捉える理論があります。
そのうちの一つに恐怖、『fear』があります。
ーー喜怒哀楽みたいな感情群のことでしょうか。
池上:
そうですね。研究者によって違いはありますが、アメリカの心理学者ポール・エクマンが提唱したのが『喜び』、『怒り』、『驚き』、『嫌悪』、『悲しみ』、『恐れ』の6種類です。

感情には役目があるのですが、『恐怖』にはどんな役割があるかというと、自分に迫った脅威に対して素早く対処ができるようにしてくれるのが恐怖という感情と考えられています。
例えば、目の前に天敵が現れたとき、『怖い』という感情がなかったら、何も対処できずに立ったままになってやられてしまいます。
そのときに、『うわ、怖い』と恐怖という感情が起こることで、体にも生理的な変化が現れます。
『怖い!』となったときには、ドキドキっと心拍数が上がることが多いと思います。
心拍数が上がるという事は、体中に血液を送り出してくれているということなので、素早くぱっと逃げられるようになります。
脅威から回避することにつながるという意味で、恐怖はネガティブな感情ではあるんですが、生きていくうえですごく重要な感情が恐怖なんです。

ーーなるほど、戦ったり逃げたりするための準備を勝手に感情がやってくれるってことなんですね。なんだか猫の近くにキュウリを置いておくと、蛇と見間違えて驚いて逃げるのと似ていますね。
池上:
『恐怖』のスタート地点にはトリガー、きっかけが必要になってます。
何がトリガーになるかというと、感覚、いわゆる五感から取り入れた情報とか、自分が持っている記憶がトリガーになっています。
こうして恐怖という感情が起こります。
今の猫の例で言うと、視覚ですね。
視覚で天敵らしい、蛇っぽい形を見ることがトリガーになって『恐怖』という感情が起こっていると思います。
音の場合は鳴き声だったり、天敵の足音だったり悲鳴だったりがトリガーになります。
音楽から恐怖を感じるのもこのトリガーになっている要素があるからなんですね。

■不協和音は自然のなかにある怖い音に似ている
ーーメカニズム的な話だと、不協和音が人に恐怖を感じさせていると聞いたことがあるのですが、なぜ『不協和音』が人に恐怖や不安を想起させるのでしょうか。
池上:
音を構成する周波数が単純な比になっていると協和といって、『響きがいいね』と私たちは感じます。
逆に『不協和音』というのは、構成している周波数の比が複雑な比の音のことを指しています。
この不協和音をわれわれは『きれいな響きではない』と感じるんですが、先ほどちょっと話に出た『叫び声』とか、『断末魔みたいな声』も不協和音に近い特徴を持っています。
ーーお話をさえぎってしまうのですが、先ほどお話に出てきた『周波数の比』というのはどういう感じのものなのでしょうか。
池上:
はい、周波数というのは音が大気中を伝わっていくときにあるものです。
音が大気中を伝わっていくと、空気がぎゅっと詰まっているところと、すかすかになっている部分ができます。
これが波として伝わるんですが、海の波にもいろんな長さの波があるのと同じで、音も短い波から長い波まであります。

人間は大体20Hzから2万Hzぐらいまでの音を聴くことができるのですが、これはようは1秒間に20回振動する音から2万回振動するぐらいの音を捉えることができるという事です。
ここで少し専門的な話をすると、理論上、ただ一つの周波数だけで構成される最もシンプルな音を『純音』と呼びます。
ですが音楽も私たちの音声も一つの周波数からなっているわけではなく、いろんな周波数が重なって一つのまとまった音として聴かれていることが一般的です。
音楽で、よく『1オクターブ』高いって耳にするじゃないですか。
あれは音の周波数、振動する数が2倍になっている状態をいいます。
なので、『1オクターブ高い』というのは、音の振動数が倍になっていることを指しています。
1オクターブ違う音を鳴らす、例えば、オクターブ違いのドとドを鳴らすと、響きがきれいという感覚を得ることが多いです。
逆にさまざまな周波数の音をめちゃくちゃに鳴らすと、いろんな周波数の音がどっと溢れてしまい、構成する比が1対1のようなきれいな比ではなく、ものすごく複雑な比になります。
それを私たちは不協和音と感じています。

ーーいろんな音が混ざった、ごちゃごちゃした音が悲鳴だったり危険な時出す音に近しいために怖いと感じるということなのでしょうか。人間が作った音楽は、自然の中では聴くことのない音だと思うのですが、音楽から『恐怖』を感じるとはどういうことなのでしょうか。『不協和音』であったり『悲鳴』などから恐怖を感じるのと同じで、音楽の中にも『恐怖』を感じさせる要素が含まれているのでしょうか。
池上:
確かに森の中で人間の作った音楽が流れてくることはそうそうないと思います。
しかし、自然の中で聞こえる音と、音楽には共通点があります。

例えば急に『ドンッ』って大きな音がするときです。
音楽でも急に音がどっと大きくなるときがありますよね。
これって、自然界で起きるとしたら、雷が落ちたとか、何か大きな獣がやってきて吠えたとか、そういうことが起きたときだと思います。
このように考えたとき、自分の脅威になるものと出くわした時の音の特徴と、音楽に含まれている特徴が共通しているのではないでしょうか。
作られた音楽ではあるけれど、そこから『恐怖』を感じるというふうになるわけです。
また、叫び声のように音の強さや周波数が速いサイクルで変調していると、音の強さが強くなったり弱くなったり、高さが上がったり下がったりしていると『粗い』音色に聞こえます。
粗い音色は、人間に危機や警戒を喚起しやすいことが知られています。
『ぎゃー』という叫び声って粗い音色なんです。

こうした、音の変調が音楽の中に出てきても、危機のサインになります。
他にも音がだんだん大きくなる時も同じように危機を感じやすいんです。
例えば熊とかが『のっしのっしのっしのっし』と近づいてきてだんだん音が近づいてくるときくるとかがそうですよね。
今危険が近づいてきていて、とても怖い状況です。こうした音が危機のサインになります。
こうした、『恐らく脅威となり得るものが出す音』の特徴を音楽が持っていると『恐怖』を感じやすいです。

ーーなるほど。お話伺っていて、ホラー映画のテレビのノイズの音だったりとか、だんだん音が高まってって急に静かになるみたいな場面もそうだなと思いました。改めて考えてみると、恐怖を感じる仕組みっていうのはしっかりいろんなエンタメに使われているんですね。
池上:
おっしゃるとおりだと思います。作曲家の方が『恐怖』を伝えるための要素を意識的に使っているのかはまた別ですが、恐怖を感じる音の特徴をうまく曲という作品に落とし込んで、ホラー映画なら怖さをより増強してくれるような音楽を作っていると思います。
■音楽から怖さを感じるには『生まれながら』と『結びつき』の2種類がある
ーーということは、東日本大震災のときのACの『あいさつの魔法。』のポポポポーンみたいなCMとか、初代ポケモンのシオンタウンのBGMとか、ああいうのも怖さを増幅するために作られているという事なのでしょうか。
池上:
ここまではすごくざっくりと音楽でどのようにして『恐怖』をかき立てるかの仕組みをお話をしてきました。
しかし、実際には『恐怖』を感じさせるために伴うメカニズムはいくつかあると考えられています。

たとえば、恐怖に限らず私たちが音楽を聴くとさまざまな感情を体験すると思うんです。
そうなっている原因の一つが『反射』といって、先ほどお話した、大きな音がするとびっくりするようなこと。
これが反射ですが、これは人間に生まれながらにして備わっているメカニズムなんです。
一方で、後天的に、生まれたあとの経験に結びつくことによって生じる感情っていうのもがあります。
先ほどお話しされたシオンタウンのBGMは、テンテンテンテン、テンテンテンテンみたいに、不自然に高さがだんだん上がっていくのと、順番に音をあげたり下げたりする技法のアルペジオが混ざっていて、それが不協和音を生み出している感じになっているんです。
『歴代のシオンタウンBGM』
https://nico.ms/sm45396532?ref=thumb_watch
おそらく、叫び声みたいなちょっと不快感があって危機が迫っている生得的な面があるのではと思います。
一方で、ACの『ポポポポーン』というのは、このインタビューの前に何年ぶりかに聴いてみたんですが、音楽自体は単体で聞いてもそんなに怖くない。
むしろ、明るいと感じる方が多いと思います。
これは恐らく生得的というよりは、条件付けのようなものではないでしょうか。
恐怖を感じさせるようなものを見た後に、『ポポポポーン』を何度も何度も聴いたことで、単体では恐怖ではなかったものが恐怖を感じさせるものになっている。

具体的には震災の直後だったことで、報道で震災のときの映像や、さまざまな怖いなと思わせるようなものをテレビで見かけていたんだと思います。
そんなときにCMで『ポポポポーン』を何度も聴いたことで、音楽と恐怖という感情が結びついた。
要は学習してしまった結果なのかなと思います。
『ポポポポーン』に関しては経験との結びつきによって生じる恐怖なのかなと思います。
ーー先ほど出てきたアルペジオってどういうものなんでしょうか?
池上:
ド、ド、ド、ドって順番に1音ずつ鳴らす弾き方のことをアルペジオと言います。
ギターをされている方だとアルペジオ奏法って一般的にいわれていたりします。
シオンタウンはそのアルペジオと、マイナーコードのアルペジオと、ピューみたいな、ちょっとずつ上がっていくような音が重なっているんです。
和音単体だとそこまで響きは汚くならないんですけど、ピューっという音が合わさることで周波数比がところどころで複雑になっているんです。
そうした組み合わせが『怖い』という感情を作っているのかなと思います。
ーーつまり、シオンタウンは生まれながらに人間が怖がる音ってことなんですね。
池上:
そうですね。シオンタウンの場合は生まれながらのもの、生得的にも感じやすい特徴があります。
それにくわえて、ゲームをプレイしていると怖い街とあの音楽というのを何度も何度も経験していくうちに、初めて単体で音楽聞くときよりも怖いという感情と結びつくというのもあると思うんです。
一方で『ポポポポーン』には生得的『恐怖』を感じるところは見当たりません。
こちらは後天的な経験との結びつきによる怖さではないでしょうか。