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声優・代永翼 『おお振り』『ギガンティック・フォーミュラ』2つのデビュー作で主演を務め上げることができた理由──夢を叶えさせてくれた恩人たちへの想いと、後輩に繋ぎたいもの【人生の3つの分岐点】

■分岐点3:Kiramuneに加入し、Trignalとしてアーティストデビュー

──では、最後の分岐点です。これは声優として順調にキャリアを重ねられて以降のものになるわけですか。

代永 
そうなりますね。最後の分岐点は「Kiramuneに加入し、木村良平くん、江口拓也くんとのユニット・Trignalとしての活動を始めたこと」です。

 他にも大事な作品や、「人生の分岐点だったな」と感じている出来事はあります。でも、まさか自分がアーティストデビューできるとは思ってもいなくて、しかもそれがここまで続くとも思っていなかった。その意味で大きな分岐点として挙げるなら、最後のひとつはここだと思いました。

【アルバム】Trignal/tricolore(画像はアニメイトより)

──デビューの経緯はどのようなものだったのでしょう?

代永 
 それ以前にも、キャラクターソングを歌わせてもらったりとか、作品ありきのステージに出て歌わせてもらったりとか、そうした経験はあったんですけど。アーティストとしてデビューするとは、Kiramuneの桑園裕子プロデューサーから声をかけてもらうまで考えてもみなかったんです。

 お話をいただいたのは2010年ごろ。当時もう既にKiramuneは大きいレーベルで、僕は岡本信彦くんと一緒に声をかけられたんです。ふたりが『模型戦士ガンプラビルダーズ ビギニングG』に出演していたご縁で、静岡でガンプラのイベントに出させてもらったあと、一緒に食事をしていたら、「歌うことに興味はありますか?」みたいなお話をされて。

 そのあとキラフェス(※Kiramune Music Festival、Kiramuneレーベル所属のアーティストが一同に介するイベント。ほぼ年一回ペースで開催されている)にご招待いただいたんですけど、生で観てすごい衝撃を受けたんですね。出演している声優さんたちの姿が、作品のイベントで歌っている姿と、まったく違って見えたんです。

 キャラクターや作品ではなく、まず自分ありき……自分の名義で、自分の曲を歌って、踊って、そしてお客さんをこれだけ沸かせているって、すごいなと。

──カルチャーショックだったわけですか。

代永 
 緊張もするだろうし、自分の名前で活動することには責任もあると思うけど、気持ちいいんだろうな、と感じました。もともと歌が好きでしたし、終わった後のみなさんの表情を見ても、やっぱり楽しそうでしたしね。岡本くんとずっと「すごかったね!」と言い合っていたのを覚えています。

──今も口ぶりから興奮が伝わってきます。

代永 
 そこから岡本くんはソロでのデビューが決まって、僕は桑園さんから、「木村良平くん、江口拓也くんと3人組でやってみませんか?」とお話をいただいたんです。

 最初はユニット名も決めない状態で、Kiramuneレーベルのアーティストの方々を紹介するラジオ番組からのスタートでした。ラジオが進行していく中で、ユニットの名前を決めることになって、リスナーのみなさんから募集したり、自分たちでも会議をしたり、話し合いを重ねて決めた名前がTrignal。「トライアングル」と、「シグナル」をかけた造語だったんです。

──現在まで活動は続いていますが、結成当初はどのような雰囲気だったのでしょう?

代永 
 3人とも歌やダンスの経験がそれほどあったわけではないし、Kiramuneレーベルとしても、そのころはソロが主体のレーベルだったんです。期間限定のCONNECT(岩田光央さん・鈴村健一さんのユニット)とKAmiYU(神谷浩史さん、入野自由さんのユニット)がありはしたものの、そこまでユニットとしての活動のノウハウがあるわけではなかった。だから、「どういうふうに動いていくんだろうね?」と、楽しみな気持ちもですが、不安も大きかったのを覚えています。そもそも、ファンのみなさんから受け入れてもらえるんだろうか? というのもあって。

──未知数なところの多いユニットだったんですね。

代永 
 でも、レーベルのイベントに緊張しながら出たら、ラジオをやっていたおかげもあってか、みなさんとても温かく3人を迎えてくれたんですよね。その初めて人前に出たときの景色は未だに忘れられないです。気持ちよかったし、楽しかった。

 3人で始められたことも、大きかったかもしれないです。良平くん、江口くんのふたりが横にいてくれるのが、とても心強かった。いろいろな考え方があるでしょうけど、僕はソロでやるよりも、ユニットでやれて、結果的に良かったと感じています。

──それにしても、なぜこの3人だったんでしょうね?

代永 
 まずは桑園さんの中に、「ユニットを作りたい」という発想が先にあったとはうかがっています。KAmiYUともCONNECTともまた違う、3人から5人くらいのユニットをKiramuneで作ってみたかったと。

 それで僕も、気になっている声優、これから人気が出そうな人のことを訊かれたりもして……良平くんは、『おお振り』の現場で一緒だったこともあって、僕からも名前を出していたんですね。他の声優さんや、Kiramuneのファンの人たちからも名前が挙がっていたと聞いています。

 で、江口くんは、ファンの方からの声が大きかったそうです。それを受けて、江口くんと同じ事務所の先輩だった柿原徹也さん(現在は独立)にも話を聞いたりして、そうしたリサーチを元にして声をかけたと聞いています。

──代永さんと江口さんの接点はTrignalからですか?

代永 
 Trignalからですね。初めてガッツリと現場で一緒になったのは、2011年の『ソードアート・オンライン』だったので。良平くんは江口くんと『東のエデン』で接点があったんですけど。

 だから僕と良平くん、江口くんと良平くんが、それぞれ別の現場で会っているけど、3人全員が知り合いというわけではなない、なんだかおもしろい状態でしたね。

──それが今でも続く、長いユニットになった。揃ってみたら、最初からみなさんの波長があっていたんでしょうか? それとも、続けていく中で、どこかで手応えを?

代永 
 そうですね……ユニットを始めたころ、みんな20代だったんです。それもあって、全員ががむしゃらだったんですよね。自分たちがやりたいことをやるというより、プロデューサーから提案されたことに、とにかく全力で応えていく気持ちが強かった。

 だけど、20代後半から30代に差し掛かってくると、だんだんとユニットの中での自分たちの立ち位置が見えてきて、全体のバランスが良くなっていったんです。ボケの江口くん、ツッコミの良平くんがいて、僕はその真ん中で、両方やる(笑)。その3人揃ったときのバランス感覚が、三角形をかたどっているかのように、うまい具合に噛み合った。

 トークだけじゃなく、曲づくりだとか、他の活動に関しても、お互いのやりたいことがぶつかる場面があまりないんですよね。3人それぞれにやってみたいことがあって、提案すれば受け入れてくれる。僕がロゴのデザインをやりたいといったときもそうでしたし、作詞やダンスのフォーメーションについての提案もそうでした。



──みんなで意見を出し合うようになった。

代永 
 良平くんがリーダーとして立ってくれていますけど、江口くんも意見を言ってくれるし、お互いを尊重するいい形になっていると思います。

 僕が発声障害になって、ちょっとお休みをすると決めたとき、実は解散も視野に入れていたんです。

──なんと。

代永 
 でも2人が、「ウィングが戻ってくるまで待つから。そのあいだもちゃんとTrignalっていう形を続けていくから、今は治療に集中して」と言ってくれたんです。

 江口くんは今、ソロでも活動していますけど、それでも「Trignalの江口拓也」でいてくれている。そうやって、活動を繋げてくれているんですね。3人でいろいろ経験してきたことで生まれた絆の強さのようなものがあると感じています。

 ファンのみなさんにもその絆を応援していただけている、愛していただけていて、だから続いているのかなと思います。

──3人にとって、ホームのひとつようなユニットになっているのでしょうか。

代永 
 そうですね。3人でいると。自然にお互いのことを察せられる、居心地のいい関係ですし。

 このあいだキラフェスに久々にゲストで出させていただいたとき、ふたりの笑顔を見ていたら、自分も感動してきたんですよ。つらいときも、楽しいときも知っている3人だからこそ、阿吽の呼吸のように感情が伝わって来る。2人に聞いたわけではないですが、お互いにそんな関係を作れているように感じます。

──Trignalとしての活動を振り返って、特に思い出深い場面というと、どこになりますか?

代永 
 あまりにも多いので、悩みますね……(笑)。でも、やっぱりTrignalとしてのファーストライブは、すごく印象に残っています。未だにみんなで、よく話題にも出しますしね。あとは5周年記念ライブかな。良平くんの提案でTrignalのロゴマークを考えて、ライブ中にカラースプレーで描いたんです。全員で白いツナギを着て、ロゴを描いたあとに、他のメンバーにスプレーをかけてお互いを飾りつけるみたいなことをやったのが、子供の頃に帰ったようで、めっちゃ楽しかった。

 「他のKiramuneのメンバーでは絶対やらないようなことをTrignalはやっていこう」と話をしていたのが、あのときのスプレーアートでは、まさにやれた気がしたんです。

──なんだか青春ですね。

代永 
 ああ、そうなんです! Trignalの活動ではずっと、2回目の青春を味わっている感じがあって、その感覚は今も続いていますね。

■自分が先輩からもらったものを後輩に繋ぎたい

──3つの分岐点を超えた現在の代永さんが、生きる上でもっとも大切だと感じてらっしゃることは何でしょうか?

代永
  「助け合い」……かな。その時々で出会ってきた方々に助けてもらって、今の自分がある。その意味でも大切だと感じていますし、逆に自分がしてもらってきたことを、後輩に伝えていきたいという思いも、今は強く感じているんです。

 先輩から教わったこと、現場で教わったことを伝えるのはもちろん、何かあったときに後輩たちの話を聞いてあげられる先輩になりたい。そうした「助け合い」の気持ちが、今、大切にしていることかもしれないですね。

──今日、お話をうかがっていて、本当に節目ごとに手を差し伸べてくださる方が、代永さんの人生には現れていらっしゃる印象で、それを思うととても納得するお答えです。

代永 
 本当に僕は、人との出会いに恵まれていたと思います。助けてくださるのもですし、自分がやりたいことを許してくれる方がいっぱいいらっしゃったなぁ、と、あらためて実感しています。

 そのおかげで道を作れたところもあると思っているんです。たとえば、演じているキャラクターのイメージに自分を近づけるために、エクステを着けたり、似た格好を探してみたりすることとか。僕がやり始めたときには、まだ「役は役、自分は自分」という考え方をする先輩方が多かったように思います。でも自分は、「ファンのみなさんの前に出るからには、ちょっとでも自分の外見もキャラに近づけたい」と思って、いろいろ試してみたんです。髪にリボンを結んでみたこともありますね。そうやって、男性声優の世界に新しい風を吹かせることができた……と、断言はできないですが(笑)、もし自分が少しでも、業界に影響を与えられていたらいいなとは思います。



──キャラクターモチーフのネイルアートもSNSで反響が大きいですよね。

代永 
 そうですね。ネイルは奥さんが「やってみるのもいいんじゃない?」と提案してくれて、せっかくだったらやってみようかなと。役に似た色だったり、モチーフを入れてやってみています。

 そうやって、何か新しいことをやる前から「駄目だ」と言われる状況を、できるだけなくしたいんです。ちなみに、そういうことを考えるようになったきっかけも、他の人の影響なんですよ。

──おお、どなたでしょう?

代永 
 KENNくんと前野智昭くんです。このふたりが僕のそうしたスタイルの師匠ですね。『VitaminZ』というタイトルで共演したときに、おふたりが新選組の羽織を着てみたり、そのキャラに似た感じの振る舞いをしていたんです。その姿を見て、自分もキャラクターに近づけることをやっていこう、って思ったんです。自分の個性を殺すより、キャラと自分は一緒の存在で、それができるのは、役を演じさせてもらっている特権だとも考えて、どんどんやろう、って。そんな勇気をもらったんです。

 このあいだ僕の配信番組(※ニコニコ生放送『代永翼のBAR「バァ♡TSUBASA♡」』)のゲストに来てくれたとき、KENNくんにはこの話をしたんですけど、おどろいてましたね(笑)。



──配信番組も同業者とコミュニケーションをとるいい機会になっているんですね。

代永 
 まさにそうでしたね。コロナ禍でご飯に行ったり、現場で議論する時間がなくなってしまって悩んでいた頃にやらせてもらうようになった番組があって。「TAKALAKAチャンネル」というYouTubeチャンネルで、同業者の方をゲストに呼んで話を聞く企画なのですが、新しい形の繋がりが持てたのは助かりました。気になっている後輩の名前を挙げて呼んでいただいたりもして。



 やっぱり高い声の後輩の子とか、同じような悩みを抱えているんですよね。「代永さんはどこで、声の高い少年役から青年役に仕事を切り替えていこうと思ったんですか?」とか、僕も下野さんに似たような悩みを聞いてもらったな、と。自分が相談してもらえる立場になって、話を聞ける場もあったのは、ありがたいことです。この試みは、コロナが落ち着いたとしても続けていきたいですね。

 もっともっといろいろなことを聞いておきたかった先輩もいらっしゃいます。逆に自分だって、何があるかわからない。だから、下にどんどん伝えていけることは伝えていきたいなというのは、最近感じていることですね。

 事務所も応援してくれているんです。賢プロに声が高い少年役の子が入ってくると、マネージャーが「迷ったら代永に聞きなさい」と言ってくださってるみたいで、それもありがたいことですね。

■デビュー当時と変わらない声で少年役を演じ続ける先輩たちを追いかけて

──代永さんご自身としての、声優としての今後の展望はいかがですか?

代永 
 その歳、その歳で、できる役を演じていきたいですね。この業界で、長く続けていきたい。50歳になっても、60歳になっても、70歳になっても、年齢を重ねることでできるようになる役、味が出てくる役がある。若いときにしかできない役もありますけど、僕は何だか、これからの方が楽しみなんです。

 僕、『最遊記』シリーズが好きで、『最遊記RELOAD BLAST』に出演できたのは本当にうれしかったんですけど、そのとき保志総一朗さんが、十数年前のシリーズ開始当初と変わらないパフォーマンスで、孫悟空を演じてらしたんですよね。大興奮でした。その場ではこらえましたけど、そのあと『アイドリッシュセブン』の現場でお会いしたときに、思わず感想を伝えつつ、「どうやって声を保たれているんですか!?」なんて聞いてしまったくらい(笑)。

──ガチファンですね(笑)。

代永 
 保志さんもですし、下野さんもですよね。デビュー当時と変わらない声で、今でも少年役を演じ続けている。そういうすごい先輩たちがいらっしゃるので、自分も負けないように、ずっと少年役を演じていきたい気持ちもあります。でも、おじいちゃんの役をやるのも、魅力を感じますよね。どんな形でも、とにかく楽しんで演じていきたいです。

──声優としてのお仕事以外に、より広いエンターテイメントの枠の中で、挑戦してみたいことはありますか?

代永 
 えーっ。何でしょうね……本当に、芝居がとても好きなんですけど、ドラマに出たい気持ちはそこまでないです。最近、声優さんでドラマに出る方が増えていますけど。

 朗読はすごく好きなので、朗読劇はこれからもやっていきたいですね。関さんのやってらっしゃる劇団ヘロヘロQカムパニーに客演したときも楽しかったし、お声がけしていただけるのであれば、舞台や朗読には積極的に参加していきたい気持ちはあります。

 特に朗読は、演技力をつける上で一番いいものですし、いろんな内容のものをやっていきたいですね。

──たとえば、今後取り組んでみたい題材はありますか?

代永
 去年、江戸川乱歩の作品を読ませていただいたときに(※CCCreation Presents リーディングシアターVol.3『RAMPO in the DARK』)、子供のころとは作品から受ける印象が全然違ったんです。大人になって、しかも朗読という形で接することで、観点も変わったし、演出家の方からお話を聞くことでも捉え方が変わった。その前に演じた、深作健太さん演出のシェイクスピアの『マクベス』の朗読劇もそうでした。専門学校時代に卒業公演で演じた『マクベス』とは、印象が全然違ったんです。

 そうした、「新しい発見の繰り返し」が朗読にはあるんですよね。アニメや外画の吹き替えの仕事も面白いんですけど、どちらも画があって、そこにお芝居のためのヒントがいっぱいある。でも朗読には文字しかないので、自分で想像したり、演出家さんの指示と自分が作ってきたお芝居をすり合わせて、作らなければいけない。難しいけれど、そこがまた、違った楽しさがある。そうした活動は、これからも続けていきたいですね。


 長期にわたって人気を誇る作品への出演が多い代永さん。代永さんが演じたキャラの涙に共感し、シリーズ開始当初と比べたキャラの成長に励まされたことがあるファンも多いのではないだろうか。

 まさに、声優を目指し始めた頃から感じていた「自分と同じような悩みを持っている誰かに寄り添いたい」という願いが叶っている、いや、代永さんが思い浮かべていたよりもさまざまな種類の壁にぶつかる人々に届いているように思う。

 逆境での負けん気や、周囲の仲間への想い……代永さんご自身がまるでスポーツ漫画の主人公かと思えるようなエピソードの数々。これらを読んで、あなたにとって大切な代永さんが演じたキャラから勇気をもらったときのことを思い出していただけていたら嬉しい。

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