『攻殻機動隊』草薙素子役etc…”戦う女”を演じる声優・田中敦子が6年務めた会社を辞め声優を目指した意外なきっかけとは?【人生における3つの分岐点】
マネージャーに笑われるくらい半端ない熱量で挑んだ所属オーディション
──養成所での日々についても、ぜひうかがってみたいです。
田中:
私が入ったときの所属は30~40人くらいでしたね。それが20人ほどの2クラスに分かれて、4人の先生方に教わる。当時の先生は納谷六朗さん、北村弘一さん、嶋俊介さん、谷育子さんでした。
──なんて豪華な。
田中:
そうですね。いい時代だったなと思います。養成所ではいろんなことができて、男女比も同じくらいだし、楽しかったですね。当時養成所で一緒だった友人とは、今でも付き合いがあります。業界にいる人だと、久保亨さん【※】とか。
※アニメーション及びコンピューターグラフィックス等の映像コンテンツの企画、制作、販売及びライセンス業務を手掛ける株式会社クロノギアクリエイティヴ副社長。
──声のお芝居に対する戸惑いはありませんでしたか? 同じお芝居でも演劇とはアプローチがまた違いますが、すぐやっていけそうだと、手応えがあったのでしょうか。
田中:
「やっていけそう」とは全然思っていなかったのですが、「とにかくやりたい」という気持ちが強かったです。
今は30歳前後、下手したらもっと年齢が上の方も養成所にいらっしゃいますけど、私の同期は大体20歳前後、高校を卒業してから専門学校で学んで養成所に来ている子が多かったんです。そんな中で、私は26、7歳くらいですからね。崖っぷちなわけですよ。
本当のところはどうかわかりませんけど、先生方からも、事務所からも注目されていなかったと思います。「この子、どうしたらいいんだろう?」みたいな(笑)。
──いやいや。
田中:
でもだからこそ、とにかく所属にさえしてくれれば、私、めっちゃ仕事します! 必ず仕事、できます!という気概だけは大きかったんです。今から思うとすっごくおこがましいし、若くてがむしゃらな時代は大胆さを味方にできるんだなとも感じますけど。
そこに辿り着くまで、養成所のオーディションがあって、1年目から2年目に進む際のオーディションがあって、さらに事務所に正式に入所するためのオーディションがあって……そのひとつひとつの関門を、全部崖っぷちだと思いながらやっていました。
──やれるぞ! という気持ちと、まさに背水の陣だという覚悟があられた。その覚悟の違いは、まわりにちゃんと伝わってらっしゃったんじゃないですか?
田中:
どうでしょう?(笑) ただ、少なくとも小野さんだけは、わかっていたかもしれません。そういえば、「所属オーディションのときの熱量が半端なさすぎて、笑えた」と、事務所に入ったあとから言われたことがありました。
分岐点3:節目を迎えた「今」、そしてここから
──そうして事務所に所属し、声優としての道を歩み始めて以降は、本当に順調にお仕事を続けておられます。そんな田中さんの、現時点での最後の、第三の分岐点はなんでしょうか。
田中:
昨日から考えていて、声優として仕事を始めてから30年以上が経った「今」なのかなと思ったんです。ここから、新たな分岐が始まるのかな、と。
──おお。
田中:
30年以上、本当に忙しくお仕事をさせていただいてきて、吹き替えはもちろん、アニメ、ゲーム、ナレーション、そのほかもいろんなジャンルの、いろんな役を目いっぱいやらせてもらって来ました。
声優として仕事を始めてからは、分岐があまりなかったといえばなかった感じで、30年以上来ているんですね。幸せな声優人生だと思っています。
──そんなふうにはっきりと言い切れる。本当に素敵なことです。
田中:
だから分岐といっても、これから何か他のことをやっていこうというわけではないんですよ。でも、たまたま今年は、私の人生においても節目の年でもあって。
これから先を見据えて、声優としてどういう風に仕事をしていけるのか、どういうことをやっていくのが一番私らしいのか……そういうことを考えながら過ごし始める時期に来ているのかなと。
──還暦を迎えるこのタイミングで、あらためて今後の仕事に対して見つめ直すというか。
田中:
そうは言っても年齢はひとつの通過点で、この業界では上を見ればキリがなくて、羽佐間道夫さん、野沢雅子さん、沢田敏子さん、同じ事務所にも谷育子さんがいらっしゃって、みなさん80代でも現役バリバリでお仕事をされています。自分にそこまでの技量はあるのかな? と思ってしまうけれど、生涯仕事を続けられたら、幸せなんだろうなとは思います。
そうなるためには、ここからの20年くらいをどう過ごすかを考えないといけない。50代の真ん中くらいまでは、学生時代にやってきたダンスや舞台で溜めたエネルギーというか、「あのとき、あそこまでできたんだから、大丈夫」みたいな体力的な自信でやってこれたんです。
でも、蓄積されてきたものがだんだんと薄まって来はじめたような気がして……そうなってくると、今までとおなじ走りかたでいいのかな? と考えることも増えてきた。
ずっと現役でいるためには、自分をブラッシュアップするためにどういうことをやればいいのか。考えながら、体と相談しながらやっていけたらいいのかなと。
──もともとこのお仕事を選ばれた理由が、「一生続けられる仕事がしたい」だったわけですものね。初志貫徹されている。
田中:
そうですね。私が高校生のときから大好きなアーティストの方が、今年デビュー50周年を迎えるというので、今盛り上がってまして……。
──もしかしてユーミンですか? 大学時代の思い出にも名前が挙がりましたが。
田中:
あっ、わかりました?(笑)
テレビ出演やご自身のラジオなどで、「どうやったら50年続けられたんですか?」とか「50年続けられてきた秘訣はなんですか?」みたいな質問をされる方がやはり多くて。それに対してユーミンさんは、「ずっと続けること」と答えてらしたんです。ずっと続けてきたから、今までやってこられたんだと。
──哲学的というか、禅問答のような……。
田中:
私は「まさにその通りだな」と思ったんです。私もいままで、30年以上この仕事をやってきた中で、体力的にも辛い、きついこともいっぱいありました。でもそこでやめていたら今はないですよね。
そういうときにはいつも、もうひとりの自分が、「辛いんだったらいつでもやめたら? 代わりをやりたい人はいくらでもいるんだから」と言ってくれる。そう言われると、なんとか続けることができた。事務所のマネージャーや、デスク、他にもたくさんのスタッフの方たちにも、本当に支えてもらってきて、どれだけ感謝してもしきれませんけど。
そうしたいろいろなことを振り返っても、やはり結局、「続けるためには続けること」。そういう考えかたが、基本なんだなと思って、今にいたっています。
これからも「戦う女」を演じ続けるうえで
──今後も役者人生を続けていく中での、具体的な未来への展望はありますか?
田中:
本当に私はお仕事に恵まれてきたんです。声優というジャンルの中でやれることは、すべてやらせていただいてきたと思うんですね。ある種のタレントさん的な活動、テレビに出るとかそういうことは除いて、少なくとも自分のやりたいことはすべてやらせていただいてきた。役柄ひとつとっても、「悪女」から「いい女」から、「戦う女」から、幅広く演じてきました。
そのひとつひとつを悔いがないようにやってきたので、ここから先、新しく何かをというのは逆になくて、むしろ今まで演じてきたタイプの役を、いかに維持し続けられるかが大事かなと思っています。
──なるほど。それもまた、ある意味では大変な挑戦ですよね。
田中:
特に私のキャリアの中では、「戦う女」の役が大きな位置を占めています。
もちろんこれは、「悪と戦う」という意味と、実際にファイトシーンを演じるという意味の両面で、日常会話の役とは使うエネルギーなり、肉体なり、いろんなものが少し違うんです。あくまで私の中ではの話ですが、ハードルが一段高い。
そういう仕事を続けていくためには、今後どういうことをやっていったらいいのか。守りに入るのではなく考えることは多いです。ボイストレーニングやジムでのトレーニング方法も見直しつつ、あくまで高みを目指したい。
──現実の人間は年齢を重ねますが、アニメのキャラは歳を重ねない。それこそ田中さんの代表作のひとつである『攻殻機動隊』シリーズの草薙素子は、全身を義体化していて、少なくとも肉体的には老いを知りません。
田中:
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』で最初に素子を演じたのは30代の前半で、昨年から配信になった『攻殻機動隊 SAC_2045』で演じたときには、それから24年が経っていました。その間さまざまな形で素子を演じる機会があったとはいえ、まったく変わらずにいられたといえば、嘘になります。
これからさらに素子との年齢差は開いていくのですけれど……もしもまた再会できる機会があるとすれば、そのときに、その差を補っていく「何か」を自分で見つけていきたい。
それは体力的に鍛えた「何か」かもしれないですし、経験値が上がったことで補える「何か」なのかもしれない。いずれにせよ、差がゼロにはならないにしても、マイナスにはならないようにしていきたいですね。
過去に演じた役と再び出会えた時、「今また田中敦子が演じることに意義がある」という視点で観てもらえる作品になればうれしいです。
──四半世紀前も、今も……もしかしたら四半世紀後も?
田中:
いやー、それはどうでしょう!(笑)
(大塚)明夫さんや山ちゃん(山寺宏一さん)たちとも、「大丈夫かな、俺たち……」みたいな話になりそう(笑)。ストーリー構成や私たちの立ち位置によっては、作品自体はいくらでも続けられるのかもしれませんけど。
──いいですね。長く続く作品だと、歳を重ねていく仲間たちも一緒にいる。
田中:
そうですね。私は役だけじゃなく、作品にも恵まれていて、『攻殻』もですし、海外ドラマのシリーズでも10年近く続いているものがたくさんありまして。その座組の声優同士で、ずっと交流があって仲良くしています。自分一人で走ってきたんじゃなくて、仲間に支えられてきたから、ずっと続けてこられたと思っています。
もちろん、スタッフさんたちも含めて。私の力なんてもう、ほんとちっぽけです。
──いやいや!(笑)
田中:
ファンの皆さんはもちろん、まわりの方たちに支えてもらったおかげだなって、振り返るたびに、あらためて感じます。ただただ、全てに感謝だけですね。
6年務めた会社を辞めて新たな道へ進む決意、大手事務所に門前払いのように取り合ってもらえないなか、それでも養成所の門を叩いた勇気、崖っぷちの思いでオーディションに挑み続けた熱意。会社員から声優を志そうとした際のエピソードをお聞きしている時は「なんて強い人なんだろう」と背筋が伸びる思いだった。
一生続けていける仕事に就きたくて「声のお芝居」の道を歩み出す……その選択から30年以上が経った今、「声優・田中敦子」は「声のお芝居」を続けている。
そして、人生において節目の年を迎えた現在、これから先を見据えて「声優としてどういう風に仕事をしていけるのか、どういうことをやっていくのが一番私らしいのか」を考えているという。
取材中にも話題にあがったが、声優業界は80代でも現役バリバリにお仕事をされている方も少なくない。ご自身も「生涯仕事を続けられたら、幸せなんだろうなとは思います」と語るように、それこそ四半世紀後も「声優・田中敦子」の演じる「戦う女」を見られることを願いたい。
田中敦子さん直筆サインをプレゼント!
インタビュー後、田中敦子さんに直筆サインを書いていただきました。今回はこの直筆サインを1名様にプレゼントします!
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— ニコニコニュース (@nico_nico_news) November 14, 2022
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▼インタビュー記事https://t.co/Ksl3jSs2lu
締切:2022/11/21(月)23:59
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田中敦子さん撮りおろしフォトギャラリー
インタビュー後、田中敦子さんのフォト撮影を行いました。記事とあわせて、ぜひお楽しみください。