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紅白歌合戦で披露「命に嫌われている。」は“死んでほしくない大切な人”のために作られた。カンザキイオリが語る“生と死と音楽”

 2021年、大晦日。歌い手・まふまふさんによって、あるボカロ曲が紅白歌合戦で披露された。
 その楽曲はカンザキイオリさん作『命に嫌われている。』

 まふまふさんは、初音ミクのキーに合わせて高音ボイスで「画面の先では誰かが死んで」、「いつか誰かを殺したい歌を簡単に電波で流した」、「軽々しく命を見ている僕らは命に嫌われている。」と歌った。年に一度のお祭り番組にちょっと似合わないような楽曲とパフォーマンスは、日本中に大きなインパクトを残した。
 普段、ボカロや歌い手の楽曲を聴かない人にも「命に嫌われている。」というショッキングな歌詞は、強く印象に残ったのではないかと思う。

 この印象的なサビのフレーズ、そしてひたすらダークさが漂うこの楽曲は如何にして誕生したのだろうか?

 ボカロPに、ある1曲の歌詞について、とことん伺うインタビュー連載企画「ボカロPの言葉」
 kzさんに『Tell Your World』の歌詞について聞いた第1回に続き、第2回となる本記事では、カンザキイオリさんに『命に嫌われている。』についてインタビューを実施した。

 メロディを作ったあとに歌詞を合わせて書いていくkzさんに対して、カンザキイオリさんはほとんどの楽曲で、歌詞を書いてからメロディを作っていくそうだ。メロディのために歌詞を書き換えることもあまりしないという。
 インタビューでは「歌詞を通してしか、自分の気持ちを言えない」といった発言も飛び出した。では、歌詞をここまで大切にしているカンザキイオリさんが『命に嫌われている。』に込めた気持ちとは一体何なのだろうか。
 自身の半生を振り返りながら、歌詞のひとつひとつの意味を丁寧に解説していただいた。

 本インタビューによって、決してダークなだけではないカンザキイオリのメッセージが感じていただければと思う。ぜひ楽曲を聴きながら楽しんでほしい。


取材・文/金沢俊吾

地元から逃げ出したかった

──『命に嫌われている。』は2017年の8月にニコニコ動画に投稿されました。この頃、カンザキさんはどういった生活をされていたのでしょうか?

カンザキイオリ:
 もう5年前なんですね……。 2017年の3月に地元から東京に上京して、東京で2曲目に書いたのが『命に嫌われている。』でした。

──東京に行かれたのは、ボカロPやアーティストとして生活していこう、みたいな意志があったのでしょうか。

カンザキイオリ:
 いえ、その当時は考えていなかったですね。東京に来たのは、もう単純に地元から逃げたかったからです。東京でダラダラとアルバイト生活をしている中でできたのが、この曲でした。

──地元から逃げたかった、という理由を伺ってもよろしいですか。

カンザキイオリ:
 学校とか全ての環境から逃げたかったのかなと思います。
 それで、逃げるように目標がないまま上京してきてしまったので、その当時は、生きる意味が全然わからなくなってしまったんです。

──そんな中でも音楽は続けていたんですね。

カンザキイオリ:
 そうですね。昔から音楽をやっていたし、音楽だけは、生きる意味にはなってはいなかったけど、その日暮らしの行動をする糧にはなっていたんだと思います。

『命に嫌われている。』は学生時代の同級生への感謝

──東京でのアルバイト生活の中、どういったきっかけで『命に嫌われている。』が生まれたのでしょうか?

カンザキイオリ:
 東京で暮らしていくうちに、地元での生活すべてが悲しかったわけじゃないと気付いたんです。手を差し伸べてくれた人とか、優しくしてくれた人たちも確かにそこにはいて。
 そういう人たちに向けて、何かしらの感謝を伝えたいという想いが漠然とわいて、それで書きはじめたのが『命に嫌われている。』でした。

──感謝の相手というのは、具体的にどういった方ですか?

カンザキイオリ:
 学生時代の同級生です。18~19歳ぐらいで、はじめて真剣に寄り添ってくれる人たちに出会ったんです。

──過去のインタビューで、中学生時代は不登校だったと拝見しました。ご家庭もうまくいかず、周りに理解者がいなかったという感覚がずっとあったのでしょうか。

カンザキイオリ:
 中学、高校と、ずっとそういう感覚がありました。
 でも、最近、高校の同級生が本当に久しぶりに連絡をくれたんです。それがすごくうれしくて、すべてが悲しかった過去ではなかったのかなと、いまは思いますけどね。

──なるほど。では、この曲の歌詞はフィクションではなく、ご自身の実体験や気持ちが凝っているということですね。

カンザキイオリ:
 そうですね。この曲に限ず、オリジナル楽曲に関しては、できるだけ自分の実体験から書くように心がけています。

明るい曲にムカついていた

──『命に嫌われている。』は、メロディと歌詞、どちらから作られましたか?

カンザキイオリ:
 この曲に関しては、もう断然、歌詞でしたね。真っ先にAメロの冒頭が浮かんで、そこからドドっと一気に書けたんです。

「死にたいなんて言うなよ。諦めないで生きろよ。」
そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな。

実際自分は死んでもよくて
周りが死んだら悲しくて
「それが嫌だから」っていうエゴなんです。

他人が生きてもどうでもよくて
誰かを嫌うこともファッションで
それでも「平和に生きよう」
なんて素敵なことでしょう

──Aメロは、世の中に量産されている、前向きなメッセージを持った楽曲への皮肉のように感じられます。

カンザキイオリ:
 当時、世の中にたくさん明るい曲にすごいムカついていたんです。「僕はこんなに苦しくて悲しいのに、そんな歌ごときで明るくさせられると思ってるの?」って。いま思うとすごく自分勝手ですよね(笑)。
 そういった歌が流行っている意味も全然わからなかったです。1番の歌詞は、そういった怒りを込めていました。

──「前を向いて生きよう」みたいな歌がいっぱいテレビで流れてているなか、みんなが当たり前に楽しんでいるものを自分は楽しめない疎外感みたいなものがあったのでしょうか?

カンザキイオリ:
 「自分は人と違う」という感覚はあったと思います。いま思えば、そうした感覚って多くの人が持っているものだと思うんです。でも当時は、家庭環境のこともそうだし、疎外感はありました。とことん卑屈になっていた気がします。
 1番のAメロは、そうしたやり場のない怒りを込めて書きました。

「命に嫌われている」というフレーズ

──タイトルでもある、サビの「命に嫌われている」というフレーズは、どのように思いついたのでしょうか?

カンザキイオリ: 
 「命」って、ずっとそばにいてくれるものじゃないですよね。理不尽にすぐ離れていってしまうものだし、一方で思いがけず授かる命もある。なんて気まぐれで、一方的な奴なんだと思うんです。
 命を擬人化するなら、自分勝手で、人間のことなんてあんまり好きじゃないのかなと思ったんです。それで「命に嫌われている」というフレーズが出ていました。

僕らは命に嫌われている。
価値観もエゴも押し付けていつも誰かを殺したい歌を
簡単に電波で流した
僕らは命に嫌われている。
軽々しく死にたいだとか
軽々しく命を見てる僕らは命に嫌われている。

──なるほど。その当時、人間が命に嫌われているのは何故だと思いましたか?

カンザキイオリ:
 僕たちだってすごく自分勝手じゃないですか。嫌いな人もいるし、好きな人もいて、命を粗末に扱うこともできる。命を粗末に扱う人間を、命が好きなわけがないと思ったんですよ。
 もちろん、授かる命、愛される命もたくさんあります。でも当時の暗い私は、命の陰の部分だけを見てたので「嫌われている」という言葉を使ったんだと思います。多分、そのときの私の環境が違えば、もっと別の表現があったかもしれないです。

──当時の気持ちを表したのが「嫌われている」という言葉だった。

カンザキイオリ:
 そうですね。もしかしたら「命に愛されている」だった可能性もありますし。そちらの方が歌詞っぽいですよね(笑)。でも、どんなに変な歌詞になっても、衝動で書いたものに勝る美しさはないと思っているんです。だから、この歌詞を書いたことにすごく意味があると思っています。

──やっぱり衝動に乗せることによって、何だろう、そこに物作りの一番大切なことが、やっぱカンザキさん的にはある。

カンザキイオリ:
 そうです。本当にそうです。あとで人に聞かせるためにきれいに直すことはもちろんできるけど、でもそれでもやっぱりぱっとわいたものは、何かしらまずかたちにしてみるべきだと思うんですよ、私は。だから私も思いついたことを紙に書くし、だいぶ衝動で動くタイプなので。

生きる意味はわかんなかったけど、でも生きなきゃいけない

──ここまでの歌詞は怒りやダークな面が出ていましたが、もともと同級生への感謝を込めて書かれていたということでした。そうしたプラスのメッセージがDメロからラストにかけて表れているのが、この楽曲のおおきな魅力だと思います。

カンザキイオリ:
 当時の私のベースにあったのは「憎しみ」だったと思うんです。でも、そんな中でも明るい気持ちになれた瞬間もあるし、優しくしてくれた人たちへの感謝の気持ちもある。いろんなものが混ざって、最終的に「愛」みたいな言葉が勝ったんじゃないかなと。そうして出てきたのが、このDメロでした。

明日死んでしまうかもしれない。
すべて無駄になるかもしれない。
朝も夜も春も秋も
変わらず誰かがどこかで死ぬ。
夢も明日も何もいらない。
君が生きていたならそれでいい。
そうだ。
本当はそういうことが歌いたい。

──ずっと怒りの独白だったのが、「君が生きていたらそれでいい。」と、ここで他者が登場します。

カンザキイオリ:
 当時、恋愛はしていませんでしたが、ごく少数の好きな仲間が地元にいました。こんな歌詞を書いたのは、そうした仲間をすごく大切に思っていて、再会したいという気持ちが強かったのかなと思います。「君が生きていたらそれでいい。」は、自分を大切にしてくれた仲間の総体みたいなイメージとしての「君」なんです。

──「そうだ。」というひとことが、とにかく意志が込もっていて力強いです。この楽曲の肝はこの「そうだ。」なのかなっていう気すらして、私は大好きなフレーズなんですけども。

カンザキイオリ:
 「そうだ。」までの歌詞は、若干、ちょっと俯瞰したような言葉遣いをしているんんです。自分も人間だし命に嫌われているのに、それを棚にあげて人間のことをバカにしているような感じがあって。
 それが「そうだ。」のところでぐっと距離を詰めて「でもやっぱり、言いたいことはこれだよ」って、やっと本音が出せたような気がするんです。

──「そうだ。」のあとはサビに戻りますが、最後のサビは1番2番とは打って変わって、前向きなニュアンスを感じます。そして、最後のフレーズは「生きろ。」です。

カンザキイオリ:
 そう感じていただけると嬉しいです。なんだか、さっきからずっと褒めていただいてうれしいなと思うばかりです(笑)。

結局いつかは死んでいく。
君だって僕だっていつかは枯れ葉のように朽ちていく。
それでも僕らは必死に生きて
命を必死に抱えて生きて
殺して あがいて 笑って 抱えて

生きて、生きて、生きて、
生きて、生きろ。

──前向きというか、「命に嫌われてるからこう、生きられるんだ」みたいな想いを感じました。

カンザキイオリ:
 やっぱり、当時の私は生きる意味はわかんなかったけど、でも生きなきゃいけないと思っていて。私も、自分の周りの人には本当に死んでほしくないですし。もちろん、この楽曲を聴いてくれる人にも生きていてほしい。
 最後の展開は意図的ではなかったですが、ありのままに思ったことを書いた結果、最後の「生きろ。」という言葉にたどり着いたのだと思います。

歌詞は1日で一気に書きあげる

──ここからは『命に嫌われている。』に限らず、カンザキイオリさんの作詞方法を教えてください。楽曲にもよると思うのですが、どれくらいの時間かけて歌詞を書かれるんですか?

カンザキイオリ:
 基本的に、ざっくりとしたラフができあがるまでは1日で書いています。先ほども言いましたが歌詞は衝動が大事だと思ってるので、脈絡がなくても「ばばばば!」って、その瞬間に浮かんだものを紙に書くようにしています。

──その瞬間を紙に書く。

カンザキイオリ:
 もちろん衝動では補完できないところあるので、そのあとはギターをかき鳴らしながら、ゆっくりテーマに合わせたものを作っていくという感じです。

──一気に書くことによって、書き始める時からは想定しない方向に着地するようなこともあるのでしょうか?

カンザキイオリ:
 もちろん。もうそんな楽曲ばかりですよ(笑)。

──そうした曲で、具体的に思い浮かぶものって何かありますか?

カンザキイオリ:
 真っ先に思いつくは『死ぬとき死ねばいい』です。
 最初は堕落して生きて「事故に遭うなり病気で死ぬなり、そういうときに死ねばいいじゃないか」という展開なんですが、最後に「ちゃんと人間として生きていきたい」という、ある意味真逆のことを書いています。最初と最後で言ってることが違う楽曲って、それこそ衝動って感じがして好きなんですよね。

花譜『不可解』の歌詞に込めた想い

──衝動で書かれているなかで、書き終わった瞬間「これはやってやったぞ!」みたいな、好きな歌詞があったら教えてください。

カンザキイオリ:
 花譜さんの『不可解』という曲は「これを超えるほど気持ちを込められたものはないんじゃないか」と思っています。花譜ちゃんのファーストワンマンライブやるにあたって書きおろしたのですが、とにかく楽しくてすごいスピードで書いた覚えがあります。

──特にどのフレーズがお気に入りでしょうか?

カンザキイオリ:
 冒頭の「お金とか、ビジネスとか、効率とか、そういうことをこれから考えなくちゃいけないんだ」というところです。
 その当時、自分の曲がカラオケに入ることでお金が入ってくるとか、音楽を稼ぐことに疑問を持っていたんです。「役割分担」とか「効率」とかが大嫌いで。そういったビジネスを抜きにして、本当に自分の感情だけで音楽をやるべきだよねと思っていて。そういった気持ちを込められたので、このAメロはすごく好きです。

──カンザキイオリさんは長い活動の中でもお金やビジネスに捕らわれず、初期衝動を音楽に込められ続けるのが本当にすごいと思うのですが、なぜそんなことができるのでしょうか?

カンザキイオリ:
 そうですね……私はもう、ここにしか本音を言える場所がないんです。どれだけ好きな人がいても、100%信用して自分の気持ちを言うことは絶対にあり得ないんです。歌詞を通してしか、自分の気持ちを言えないんです。
 だから私は歌詞を書かないわけにはいかないし、できることなら一生、言葉をアウトプットし続けたいです。

──歌詞のなかでだけ自由に呼吸できるような、そうした感覚でしょうか。

カンザキイオリ:
 本当にそうです。だから歌詞だけは衝動で書かないと意味がないし、ありのままでいたいと常々思っています。

もっと素直に音楽を楽しみたい

──最後に、今後どういった楽曲を書きたいか、イメージするものがあれば教えていただきたいです。

カンザキイオリ:
 最近、いまさらながらギターを習っているんですよ。ギターのテクニックをみせる曲とか、サウンド面で作っていて楽しい曲にこれからは挑戦していきたいと思っています。Suchmosさんの『STAY TUNE』とか、ああいった踊れる曲とかも書いてみたいですね。引き続き「衝動」は大切にしつつ、もっと素直に音楽を楽しめればいいなと思っています。

──そう思えるようになったのは、カンザキさんご自身が明るくなったというか、楽しいと思う瞬間が増えてきたということなのでしょうか?

カンザキイオリ:
 もちろんそうだと思います。だって『命に嫌われている。』のときは、明るい曲なんてくそほど大嫌いだったわけですからね(笑)。

──(笑)。踊れる新曲、楽しみにしていますね。本日はありがとうございました!

カンザキイオリ:
 こちらこそありがとうございました。つい長く話してしまいました。


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