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最強CPU将棋ソフト『水匠』VS最強GPU将棋ソフト『dlshogi』長時間マッチ観戦記 第四譜『プロ棋士』阿部健治郎の未来予測

どんな道具も使う人次第。技術的な工夫が見たい

──今回の長時間マッチのことを、プロ棋士と話したりはなさいましたか?

阿部:
 いや。最近は私も棋士との付き合いが減ってきていますし……数人と『面白かったね。バグが出たりして』みたいな話はしましたが。

──バグのことが話題になっちゃってるんですね(笑)。じゃあ、バグについてお尋ねします。このバグが検討中に出現したことはありましたか?

阿部:
 それはありますし、そのスクリーンショットを……半年くらい前に、杉村さんに送ったんですよ。で、磯崎さんに相談してもらって。でも再現性がないから、GUIを変えてみたら? みたいなことを言われた気がします。

──『やっぱりバグだったんだ!』とわかったときは、どう思われましたか? 今までの研究が無駄になってしまったり……。

阿部:
 いえ。再現性もありませんし、出現すればすぐにわかるバグですから、研究には影響ないです。それに棋士はみんな一度は遭遇してるので。

──阿部先生は、研究家揃いの西村門下じゃないですか。

阿部:
 はい。

──藤井猛先生のように、ソフトで研究はしないと公言しておられたり。地方出身で、自分の力で研究してきた方々からすると、ソフトの指し手や思考を暗記するような方法で勝つというのは、どんな感じがするんでしょう?

阿部:
 資本主義が、行き着くところまで来てしまったということですね。仕方がないんですよ。世界中の天才が、投資された潤沢な資金を使って、コンピュータを発展させていっている。それを子供でも使えるような時代が来てしまったわけですから。

 トーナメントプレーヤーとして見たら、それでいいんです。けど、普及の面から見ると……危ういですよね。

──危うい? それは、どういう点で?

阿部:
 最近も私にこんな相談が来ました。『トップ棋士は高いパソコンを使って、ディープラーニングのソフトを動かして研究しているけど、支部ではどんなふうに子供に将棋を教えたらいいんだろう?』と。

 高価なパソコンも買えない。そもそも指導者には高齢の方が多いからパソコンの操作すらできない。けど今はコロナ禍で、リアルでは支部に子供を集めたりして将棋を指せない……。

──なるほど。難しいですね……。

阿部:
 ソフトって、強い人ほど強くなれる道具なんです。棋力の高い人は理解力も高いので、コンピュータ将棋の指し手を早く理解できる。だからより早く強くなっていく。

──才能と呼ばれるものなんでしょうね。それが。

阿部:
 同じ性能のパソコンとソフトを使っていたとしても、棋力の高い人のほうが吸収速度が早いので、差が広がっていくと思います

──さらに現実は、資金力の面でも差が出ると。

阿部:
 そうです。だからソフトがあれば下剋上ができるとか、そんなことはないです。強い人がもっと強くなっていく。そして初心者は活用が難しい。二極化が進むと思います。

──阿部先生は研修会の幹事もなさっていますよね? プロはともかく、修行中の子供たちの公平性についてはどうお考えでしょう?

阿部:
 難しい問題ですよ。スポーツの世界でも、いいシューズを履いてないと勝負にならないみたいなの、あったじゃないですか。

──箱根駅伝でみんなナイキの厚底スニーカーを履いてる、みたいな。

阿部:
 幹事をやってるから色々な話を聞くんですけど……香落ちの定跡をコンピュータ将棋で作っている人がいるとか。

──駒落ちの定跡って、かなり古いものばかりですもんね。ソフトを使えば強い定跡も作れそうですが……そんなに意味がありますかね?

阿部:
 私は研修会幹事なので、ソフトを使って駒落ちの評価を調べたことはあります。香落ちは評価値マイナス200。桂落ちはマイナス300。でも、局面の評価を調べただけで、駒落ちの研究をソフトでしてるわけではないです。

 でも奨励会って、長い人だと10年くらいいるじゃないですか。仮にそのうちの半分の5年間を二段以下で過ごすとしたら、その期間中は香落ちを指す機会があるわけです。

──なるほど……駒落ちはそれで効率よく勝ち星を稼いで、浮いた時間を平手の勉強に回すことができれば、定跡を作る価値は十分過ぎるほどありますね。

阿部:
 平成の真ん中くらいまでは、将棋界って自分の頭一つで戦える世界でした。けど世の中の流れが変わってきて……これ、将棋連盟がどうにかできる問題じゃありませんよね。客観的に見て。

 これがCPUだけであれば、ちょっと無理すれば手が届くかもしれない。でもA100とかが出てきてしまうと……。

──プロ棋士ですら購入には躊躇しますよね。インスタンスを借りるというのが囲碁の世界では主流のようですが。

阿部:
 そもそも囲碁の棋士と違って将棋のプロ棋士がAWSを使用するのって、普通のアパートだとアンペアが足りなかったりした場合には自宅に消費電力の大きなPCを置けないので、その時ぐらいですし。それにインスタンスを借りるのにクレジットカードが必要だとしたら、未成年の奨励会員は借りられなかったりする。

 だから今回、CPUが勝ってくれたらまだ、こうした問題にも直面せずに済んだんですよ。

──今回は引き分けでしたから、ディープラーニングを導入しようと思う人も、まだ少ないんでしょうね。

阿部:
 でも勘のいい人は、10年前にわかってるわけですよ。私もCSAの会員として選手権を見続けて、こういう時代がいずれ来ることはわかっていたので。

 変な話なんですけど……将棋教室とかでよく『強くなるための方法』を聞かれたりするじゃないですか。けどそれって、その方法を公開してしまった時点で、使えなくなってしまうものなんですよ。

──みんなそれをやってしまったら、差が開かなくなる。

阿部:
 と、思うんです。だからそれは各自見つけるべきだし、それがこれからの研究なんですよ。どうやってソフトを使っていくのかを、自分で考えることが。

 パワーゲームに参戦してしまうと厳しいですよ。東京出身で、千駄ヶ谷の近くに住んでいるといった、非常に恵まれた人なら、そういうやりかたがいいと思うんです。

 永瀬さんなんかはそうだと思うんです。ひたすら最新型を勉強して、将棋に時間を投資する。それでいいんですよ。それが合理的ですから。

──しかし阿部先生のような、地方出身で、最新型を勉強するどころか将棋を指す相手にも困るような少年もいるわけじゃないですか。仮に阿部先生が今、修行時代に戻ったとしたら……現在の環境はプラスだと思われますか?

阿部:
 そこがまさに経済力の問題なんです。お金を持っていれば地方でもそんなに苦にならないんですが……お金がなくて地方だと、私の時代よりも悲惨なんですよ。

 東京都の平均年収って600万円台ですけど、山形県って300万円台なんですよね。しかも移動費がかかる。さらに私の頃は5%だった消費税が10%になっていて……挑戦する人にとって重荷になっている。

 地方からプロになるのは、私が通っていた17年くらい前より、もっとリスキーで難しい行為になっていますよね。

──そこは親の経済力次第という感じですね。

阿部:
 さらに今後は、子供の学力も必要になってくると思いますよ。英語が読めなければソフトの設定もできない。あの非常に長い設定書を理解するためには国語力も必要でしょう。

──プログラミングが棋士に必須になるとしたら、数学力も必要ですね。

阿部:
 総合的な学力が必要になってますよね。藤井二冠の時代はまだ過渡期で、そこまで求められてはいなかったと思うんですが。

 プログラミングも義務教育で必修になりましたから、いずれは自分の作ったソフトで研究する子も出てくるでしょう。谷合さんはもう作っているんでしょうが。

──dlshogiの山岡さんは、自分のソフトが人間の能力を拡張するような形で使ってもらえたら嬉しいと話しておられます。山岡さんは音程を調べるアプリも作っていて、それを使えば絶対音感がない人でも、同じように演奏や作曲ができると。dlshogiも同じように使うことはできるんでしょうか?

阿部:
 なるほど。触れてる時間が長ければ、そうなるでしょうね。

 将棋は触れている時間が長くないと、どうにもならない世界です。今回の観戦記もそうですし、定跡書とか将棋世界を読んでも強くなれる。基本的に質が低い情報がないのが今の将棋界です。

 そういう世界だと、触れている時間が長ければ長いほど強くなる。何でもいいんです。ただ自分の棋風を改造するということであれば、本を読むよりも、dlshogiに1日8時間くらい触れていた方がいい。

 間違いなく伸びると思いますよ。私がもし、地方で指す人がいなくて、インターネットとソフトだけは使えるとしたら、絶対にそれを使いますよ。

 開発者の方々が何十年も開発を続けてきたものが、無料で使えてしまうなんて、本当にすごいことですよ! 積極的に使うべきなんですよ。ただ……。

──ただ?

阿部:
 人には向き、不向きがあります。私も10年以上、指導対局をしてきましたから、人と指さないと強くなれないタイプの子供がいることは知っています。今までは、そういう子のほうが時代に合っていましたが……。

──コミュニケーション能力が高い子は、情報を集めやすかった。けれどコロナ禍で対面できない状況だと、他の才能が重要になってくるというわけですね。

阿部:
 時代によって強くなる方法が変わるのは、そういうものなんですよね。コロナが終わったらまた、変わるわけですから。

──しかし……大部分のプロ棋士は、従来通りの方法で強くなってきたわけじゃないですか。引退まであと30~40年くらい将棋を指し続けるとして、簡単に『仕方がない』と割り切れるものなんですか?

阿部:
 私は淡々と、客観的に見ています。10年前からわかっていたことですから。私はSF漫画とかが好きで、たとえば手塚治虫の『火の鳥』の未来編とか。そんな時代が遂に来たかと。コロナによって時計の針が早く進んだ感じですね。

──まさに『評価値ディストピア』な世界が……。

阿部:
 悪いことばかりではありません。たとえば内閣府が公開している『ムーンショット型研究開発制度』の目標 によると、2050年までに人が身体・脳・空間・時間の制約から解放された社会を実現するとあります。

──2050年!?

阿部:
 国策通りなら、2050年までに人間の能力を拡張できるようになるので、山岡さんの願いは叶います。

 理論上、2050年の3歳児は、2021年のトップ棋士に大駒を落として勝つことが、棋力的に可能になるということです。つまり強くなりたければ長生きして、科学技術の恩恵を得ることです。

──30年後ならまだ私も生きていますね……今のうちに、3歳でタイトルを獲る将棋のラノベを書いておかないといけないかもしれません(苦笑)。しかし私なら笑い話で済みますが、実際に将棋界で戦っている棋士の先生方にとっては、こうした技術の進歩は……やはり恐怖なのでは?

阿部:
 私は地方出身で、都会の人々と比べたら圧倒的に人間と指していない。山形で長く普及に携わってこられた指導棋士の土岐田先生から教わるということはありましたが、それに依存するということはなかった。だから割り切れるということもあると思います。うん。割り切れない人もいるんでしょうね。

──プロ棋士の方々って、一般論として……開発者たちのことをどう思ってるんでしょう?

阿部:
 いや、よく思ってない人もいるんじゃないですか(笑)。

──ははは!

阿部:
 私は地方出身者で、恩恵を受けてるほうですから、そうは思いませんが(笑)。

──CSAの人って、学者先生だったり研究者だったり、肩書きがあって固いイメージがあるじゃないですか。でも電竜戦は、本当に趣味の集まりですからね。正体不明の連中に人生を振り回されている感覚が(笑)。

阿部:
 CSAの瀧澤会長には、大山康晴賞を授与して、連盟もその功績をたたえているわけですが……。

──CSAも会員が高齢化してきて、いずれ電竜戦と合併するようなことになるかもしれません。そのときは、阿部先生が連盟との架け橋に……。

阿部:
 私よりも勝又さんが適役だと思います。それに私も、単に解説を依頼されただけだったら、引き受けなかったと思うんです。

──そうなんですか?

阿部:
 はい。CPUとGPUの過渡期だし、興味深いところがあったので……そういう、何か得られるものがないと。

──プレーヤーとしてですか?

阿部:
 個人的な興味ですね。佐々木勇気さんはプレーヤーとして興味があったから参加したと思いますが。棋士も人それぞれで、コンピュータ将棋を強くなるためだけに利用している人もいれば、私みたいに興味が先に立つ人間もいますし

 それを副業にしたいという人も、もちろんいるでしょうしね(笑)。

──コンピュータ将棋開発の世界も、先細りのような感じになっていて。今回の長時間マッチは、そこを何とかしようという思惑もありました。棋士にとって、開発者がいなくなってしまうような事態は、どう思われますか?

阿部:
 そこが問題なんですよね。自分の将棋盤とか駒って、使う前に磨くじゃないですか。だから本来、ソフトだって自分たちで開発して、改良していくべきなんですよ。

 自分の使う道具なんだから、藤井二冠みたいにPCを自作することは、本来なら当たり前のことなんですよ。私はそこまでできませんが、ケースを開けてダストスプレーで綺麗にするくらいのことはしています。

 そこは常々、開発者の方々には申し訳なく思っているんです。

──さきほど、ソフトに対するアレルギーのような話がありました。それによって最も大きな影響をこうむったのは、先生のご一門だったと思うのですが……ああいうことは、今後も起こると思われますか?

阿部:
 起こりうると思いますよ。なぜならあの問題はコミュニケーション不足が原因で起こったんですよ。

──コミュニケーション不足。なるほど、確かに……。

阿部:
 昔の棋士は、対局後に記者も交えて飲みに行ったりしてたわけじゃないですか。けど今は黙食してるし、対局中はもちろん話さない。

──今後、ソフトで研究することが一般的になり、さらにコロナの影響で対局日にも話さない。棋士同士が孤立していく傾向が加速すると、また……。

阿部:
 起こりやすくなりますね。研究会が非効率的かどうかという議論はありますが、組織の運営のためには有用でしょう。情報交換にもなりますし。人と人とが対面で将棋を指すというのは、やっぱり重要なことなんですよ。

 でも、棋士が棋士に話しかけるって、何かしら警戒されてしまうところがあって……話す機会もそうそうないし。今はみんなピリピリしてますからね。会釈はしても、声を出して挨拶することはだんだん珍しくなってきました。

──戦う相手なわけですから、それはそれで正しい方向なのかもしれませんが……そうなんですね。ソフトがもたらした影響というのは、将棋だけではなく、棋士同士のコミュニケーションにまで及んでいるのですね……。

阿部:
 あと、私と渡辺名人が共演NGだと勘違いしていた視聴者がいたように、将棋ファンの方々にもご心配をおかけしてしまうことも。本人同士はなんとも思っていないのに。

 コンピュータが原因で人々が分断してはいけない。人工知能の思うつぼになる(笑)。

──コンピュータに支配される将棋界なんて、まっぴらごめんですよ!

阿部:
 でも結局は、どんな道具も使う人次第なんだと思うんです

──使う人、次第……。

阿部:
 今のiPhone以下の性能のコンピュータを使って、人類は宇宙開発をしていたんです。そんな低い性能の道具だって、工夫すれば、宇宙へ行くことすらできる。

 将棋の真理に到達するためには、高性能のマシンが必要なのかもしれない。けれど勝負に勝つためであれば、使い方を工夫しさえすれば、低スペックのマシンであってもそれは可能なはずなんですよ

 さきほど『強くなるための方法』についてお話ししましたが、今後は、ソフトを使っていかに強くなるか……その方法を独自に研究することが重要になってくるし、そこに才能が顕われるのだと思います。

 それは将棋ソフト開発の世界についても思いますね。技術的な工夫が見たい。お金で速度を競うことに才能は感じないので。

──……いや、感動しました。確かにおっしゃる通りです。

阿部:
 この点はぜひ強調しておいていただきたいです。今回は開発者の方々のお話がメインになるとは思うんですが、これだけは……。

 ま、これは私ではなく『ドラえもん』の言葉なんですけどね!


 最後の言葉を、阿部はニヤリと笑いながら口にした。
 ディープラーニング系の著しい伸長によって、大きな変革期が訪れている。今回の長時間マッチでは、それが改めて実証されたように思う。
 結果だけを見れば引き分けだったが、山岡や加納の話を聞けば、dlshogiがもっと強くなることは疑う余地がない。
 さらに今回の長時間マッチが興行的にも成功を収めたことで、新たな開発者たちが参入することも予想される。
 その影響は、プロ棋界へと波及するだろう。間違いなく。

 だが、阿部のような棋士が育成や普及の現場にいてくれるのであればきっと、人類は道具を正しく使うことができる。
 山岡が望むような形で。きっと。

(了)

第一譜『水匠』杉村達也の挑戦
第二譜『dlshogi』山岡忠夫の信念
第三譜『GCT』加納邦彦の自信
第四譜『プロ棋士』阿部健治郎の未来予測

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