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致死率20%の感染症「エボラ出血熱」を徹底解説! 過去のWHOや各国政府のお粗末な対策に「WHOって何のためにあるんだっけ」「今と全く変わらんな」の声

 今回紹介する、さんしょううおさんが投稿した『しくじり感染症対策史 「エボラ出血熱」』という動画では、音声読み上げソフトを使用して、同人ゲーム『東方Project』の霧雨魔理沙(きりさめ まりさ)博麗霊夢(はくれい れいむ)のふたりのキャラクターが、エボラ出血熱の対策の歴史を解説していきます。

投稿者メッセージ(動画説明文より)

ご視聴ありがとうございます!
今回はエボラ対策の失敗を考察を交えて解説します。
間違えの指摘やアドバイス等、コメントよろしくお願いします!


エボラ出血熱とは

魔理沙:
 今回はなぜエボラは対策に失敗したのかを考察していきます。まず感染は、コウモリ、霊長類、ヒトで起こります。

霊夢:
 ヒトとヒトの間でも飛沫感染するんですよね。

魔理沙:
 本来の宿主であるとされるオオコウモリから霊長類に感染すると恐ろしい感染症に変貌します。

霊夢:
 致死率は、驚異の20%!!

魔理沙:
 エボラのような通称「ウイルス性出血熱」と呼ばれるモノの特徴に、高い致死率が挙げられます。

霊夢:
  潜伏期間は、2~21日です。

魔理沙:
 この最長で三週間に及ぶ長い潜伏期間が、ウイルスの拡散に一役かっています。症状はDICで、DICというのは「播種性血管内擬固」の略です。

 簡単に言うと、感染によりウイルスが局所で血管を傷つけ出血。血小板の機能が増強されて、それにより血中の血の塊「血栓」が出来る。

 これが心臓や脳といった臓器の血流をショットダウン。

霊夢:
 それはやばい。何がやばいって、それの対策に失敗しているのがやばい。

魔理沙:
 エボラは、人類史において何度かパンデミックを起こしています。

スーダンでのパンデミック

霊夢:
 今回はその中でも重要な3つのパンデミックを紹介します。

 まず一つ目「1976年スーダンでのパンデミック」。

 これは初めてエボラが出現したパンデミックになります。

魔理沙:
アフリカ、スーダンの西エクアトリア州にある町「ヌザラ」から始まりました。

霊夢:
 この年の6月、綿工場勤務の男性から発症して家族、医療者へと急速に広まりました。彼が身体中の穴から血を吹き出し死亡した後、彼の同僚二人にも同様の症状が出ました。

 その同僚は非常に交友関係が広かったため、ヌザラの町はあっという間に患者で溢れました。

 患者の一部は隣町マリディの病院へと移動し、そこから医療者、他の患者へと感染していきます。

魔理沙:
 病院は大パニックに陥りました。その後、エボラの流行は収まりアメリカCDCでエボラウイルスが発見されます。

霊夢:
 CDCというのは「アメリカ疾病予防管理センター」のことです。このパンデミックでの感染者数は284人、死亡者数は151人。つまり感染者の約半数が死亡しました。

魔理沙:
 じゃあ、このパンデミックの反省点を挙げていきます。

霊夢:
 とは言っても、最初のパンデミックだから反省点は特になしですね。

魔理沙:
 挙げるとすれば、病院の対応不足ですね。

霊夢:
 時代背景を考えれば仕方ないことなのかもしれません。あとは先進国の危機意識の少なさですかね。暗黒大陸の奇病の一つ程度の扱いだったと思います。 

魔理沙:
 良かった点には病院のスタッフの逃走があります。

霊夢:
 逃走⁉︎ 患者をほったらかして逃げたわけ?

魔理沙:
 そのおかげでその病院から他の病院へエボラが渡って行くことはなかったです。

霊夢:
 結果的に患者の移動を制限できたわけですね。

魔理沙:
 エボラはこの後も小さなアウトブレイクを繰り返しますが、その致死率の高さもあり爆発的なアウトブレイクには至ってなかったのです。

霊夢:
 この後、エボラはアメリカでの猿に感染したエボラの事件や1994年発行の書籍「ホット・ゾーン」。それを原案にした1995年の映画「アウトブレイク」などで世界的な知名度を上げていきます。

 スーダンでのエボラ出血熱の感染拡大に対して「昔の田舎の病院に十二分な対応しろってのも無茶では」「いきなり未知の病気持ち込まれたら何処も無理だ」といったコメントが寄せられました。

コンゴ民主共和国で起こったアウトブレイク

魔理沙:
 そして、そんな最中に起こったのが1995年ザイール、現在のコンゴ民主共和国で起こったアウトブレイクです。

霊夢:
 このアウトブレイクの前に、ザイールは大きなアウトブレイクを経験しています。この頃のコンゴはモブツ政権が憲法を踏み倒して独裁状態。さらに隣国ルワンダでの「ルワンダ虐殺」で大量の移民が押し寄せて粛清と虐殺の嵐の中に国民はいたわけです。

 舞台はザイールの首都キンシャサに比較的に近い「キクウィト」です。

魔理沙:
 1995年の1月、この町外れに住む男性「ギャスパー・メンガ」。彼が最初のエボラの犠牲者となります。

霊夢:
 最初のパンデミック感染者をインデックスケースと言います。今回は彼がインデックスケースになったわけです。

 ギャスパーメンガはまもなく死亡。彼の家族、親戚、隣人も看病、葬儀を通して感染していきます。

魔理沙:
 この家は慣わしの一つ、呪われた家、精霊に追われる家、現地の言葉で「ランダランダ」と呼ばれ、村八分にされます。

霊夢:
 ただ現代社会において昔からの習わしや戒め程度で感染症は止まりません。

 病気に感染した家族はキクウィト第二病院へ。そして第二病院で感染者は増加していきます。

 大量の死者を出す病院の院長には「魔術師」の二つ名がつきました。

 そして、その年の4月頃、そこから感染者が更に大きな病院、キクウィトの総合病院へ移動することで感染爆発が起こりました。

魔理沙:
 最悪なのは、この病院に町のみんなから愛される人気者ウイリー・ムビアラがいたことです。

霊夢:
 ウイリーは麻酔科医として病院で勤務。手術でただでさえ多くの患者と接するのに、それだけでなく町の人にも慕われていたため、とんでもない数の人と感染中に接触しました。

 彼が倒れた時は見舞いで病院の機能がストップ、遺体は墓地までの長い距離を多くの人々がリレー形式で担ぎました。そこから隣町のモサンゴ病院にも感染は拡大します。

 この辺りでキクウィト行政当局が動き出すもエボラではなく赤痢の流行と考えて動き出したようです。

魔理沙:
 そんな事態を見ていたかつてのパンデミックに対応した「ムエンベ博士」は一連の症状を見て、これをエボラと断定。頼り難いザイール政府ではなく、かつての宗主国ベルギーの開発協力局に連絡します。

霊夢:
 当初、ムエンベ博士の訴えは開発協力局に信用されませんでした。しかし、ムエンベ博士は諦めません。信用されないならとサンプルをとって送ることにします。エボラ患者の血液を試験管に詰めて箱に入れる、その後綿を詰めたクーラーボックスに入れてガムテープを巻きました。

魔理沙:
 物資がないとはいえ、背筋が凍る包装ですね。

霊夢:
 ちなみに発送は、一刻を急ぐためベルギー行きの国際線に乗る人に手持ち荷物として持って行って貰いました。

魔理沙:
 その後、現地では医療者を集めて隔離病院の組織と人員決めを始めました。

霊夢:
 若い医師ブワカアドに決まりました。ただ看護師は都合よく決まりませんでした。そこで総合病院の院長は新人の一人テレーズに目をつけます。

魔理沙:
 そんな彼らの閉じ込められた隔離病棟は地獄でした。照明、トイレ、シャワーは無し、水道は故障、自家発電機は燃料切れ。どんどん増える患者、注射針や包帯は使い回し。

霊夢:
 若い医師、ブワカアドは疲労で5日もしないで昏倒。新人看護師テレーズは輸血注射で誤って自身を刺し、慌てて血を押し出すも、その8日後にエボラで亡くなりました。

 その頃、ムエンベ博士の送ったサンプルが到着。しかしベルギーでは検査が出来ないとしてアメリカCDCに送られることになりました。

魔理沙:
 この時期になってくるとザイール政府も動き出します。ただエボラではなく、あくまで赤痢の流行として対策に乗り出します。

霊夢:
 現場でエボラと戦うムエンベ博士の元に現れた政府医師団。彼らが持っていたのは赤痢用の検査キット、赤痢用の防護服などでした。特に現場の医師とコミュニケーションを取る事無くムエンベ博士のやった赤痢検査を1からやり直し始めました。

魔理沙:
 一方アメリカCDCは大使館経由の別口の情報網を通して、独自にエボラ対策に乗り出します。またWHOもザイール現地の所長が上に情報を送っていました。しかし、CDCに遅れを取る形で動き出します。

霊夢:
 しかし、WHOは緊急対応のための用意を何もしていなかったためWHOの本部倉庫に感染症対策の薬品、器材は何もありませんでした。

 現地派遣員はジュネーブの薬局を駆け回って物資を調達しました。

魔理沙:
 その後の動きは素早く、世界から医療スタッフが集まり出しました。「臨床症状の基準」の作成、医学生が自転車で家をしらみつぶしに当たる「ローラー作戦」。これらが功をなしました。

霊夢:
 この時行われた治療が「輸血療法」です。エボラから回復した患者の血を温めてから症状の出ている患者に注射しました。一定の効果はあったようですが、他人の血を体に入れるのはとても危険なのでやってはダメです。

 政府はキクウィトを隔離、道路を軍が閉鎖。WHOは完全な遮断は不可能であり、キクウィトを孤立させるだけだと批判。

 首都にも患者が紛れ込んでいたようですが、政府は事実を隠蔽し感染者の確認もしませんでした。

魔理沙:
 その後、エボラのパンデミックは終結。感染者は317人、死者は254人、致死率は77%でした。

霊夢:
 今回の反省。休みを理由に対応できないのはヤバイですよね。

魔理沙:
 それらを踏まえてWHOは対応を改善していきました。

霊夢:
 あと、現場の声を聞かなすぎる。ムエンベ博士がエボラを早期断定した意味がない。次は独裁政権が緊急事態で良い方向に働くとは限らない事ですね。

魔理沙:
 感染者への強行措置という意味ではいいかもしれませんが、隠蔽については考えるべきですね。

霊夢:
 それに海外のお偉いさんは、独裁政権だろうと政府からの報告を重視するんですかね。独裁政権だと、そういった外部の対応も遅れそうですね。

魔理沙:
これらの影響を受け、国際保健規則が2005年に改定されました。これによりポピュラーな感染症だったペスト、コレラだけでなくエボラのような新しい感染症にも対応できるようになりました。

 そういった感染症は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」、通称「PHEIC」に指定されます。

 コンゴ民主共和国で起こったアウトブレイクに「WHOって何のためにあるんだっけ」「人権無視して強引な治療方針とれるのはいいんだけどねえ」などのようなコメントが寄せられました。

 二人の解説をノーカットで楽しみたい方はぜひ動画をご視聴ください。


▼動画をノーカットで楽しみたい方は
こちらから視聴できます▼

しくじり感染症対策史 「エボラ出血熱」

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