「学校給食」の始まりや歴代メニューをまとめてみた…思い出を刺激する懐かしの味が登場し「あったあった」「おかわりしたなぁ」の声
今回紹介したいのは、チャイスキーさんが投稿した『【雑学研究クラブ】学校給食あれこれ』という動画です。
多くの方にとって身近な学校給食。年代や地域により異なるものを食べているところも興味深いです。その歴史や海外事情について投稿者のチャイスキーさんがわかりやすくまとめ解説しています。今回は学校給食の歴史を中心に取り上げます。
給食は貧困児童の救済のために始まりました。日本における給食は山形県で始まったというのが定説で、お寺の一角にある小学校に通う生徒たちのためのものでした。給食のためのお米やお金は托鉢で集めたそうです。
給食は子供たちの栄養のためだけにとどりませんでした。食べるために子供も働かなければならなかった時代、給食があることは学校に行かせるきっかけとなったのです。この「就学奨励」の効果により、国が正式に給食へ補助を始めます。
こうして学校給食の基礎が作られ広がりはじめましたが、戦争により給食の質は下がり、やがて中止することになります。
給食が再開されたのは終戦から2年後でした。このときの給食はお米がありません。
2、3年後には海外からの脱脂粉乳や小麦粉が寄贈され、脱脂粉乳とパンを主体とした学校給食が続きます。
その後の学校給食は「食育」の概念を取り入れ、食べ物の知識を給食を通じて身に付けるという方向へ発展しました。
その後日本が豊かになるにつれ、現代の給食へと近付いていきます。鯨の竜田揚げ、ソフト麺やミルメークの登場、バイキング形式の給食などメニューが多様になっていきます。
貧困児童の救済から始まった給食の歴史。時代による変化や地域ごとの事情が反映され今日の給食へと繋がりました。ぜひ動画で詳細をご覧ください。動画後半の世界各国の給食メニューも地域ごとの考え方が伺え、興味深くオススメです。
視聴者のコメント
・懐かしすぎ
・いろいろあるのぉ
・ほぼ毎回おかわりしてた
・あったあった。毎年一回この献立だったわ。
・なるほど
・脱脂粉乳くっそまずいって祖母からよく聞いてた
・家庭事情で給食には大変お世話になりました。
▼動画はこちらから視聴できます▼
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